ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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ついにその時が訪れる


第140話 試練の時

 向こう正面に入ったレースは淀みなく進んだ。大きな動きを見せることなく、ただ誰かが仕掛けるのを待っている。そんな拮抗状態が続く。俺はそんなレース模様を見ていた。

 レースが動いたのは残り半分を切った頃。最後方に控えていたホクトボーイがペースを上げ始める。そんなホクトボーイをピッタリとマークするようにバルニフィカスも上がってきた。

 トウショウボーイが呟く。

 

 

「ホクトの奴、ペースを上げてきたな!」

 

 

「ホクトボーイ様は長距離、ステイヤー寄りです。ロングスパートを仕掛けてきましたね!」

 

 

 シービークインの言葉通りに、ホクトボーイが最後方から追い上げてきている。集団をかき分けるようにホクトボーイが追い上げてきていた。

 そんな時、ずっと膠着状態が続いていた先頭にも動きが見えた。

 

 

 

 

《先頭が第3コーナーへと入ります!ここにきてデッドスペシメンが仕掛けた!常にテンポイントの半バ身後ろに控えていたデッドスペシメンがテンポイントに並んだぞ!テンポイントもペースを上げる!それを見てか先頭集団もペースを上げ始めた!前との差をジリジリと詰めてきております!》

 

 

《最内を走るテンポイントは依然として有利な状況ですが……っと、デッドスペシメンは外へ外へと進路を取っていますね?これには一体どのような意図があるのでしょうか?》

 

 

 

 

 デッドスペシメンは外へと進路を取り始めた。その姿を見た瞬間、俺は予想していたことが的中したことに内心舌打ちをする。

 

 

(やはり、テンポイントとの競り合いを避けてきたか!しかも、なんつう嫌なタイミングで仕掛けてきやがる!)

 

 

 4バ身程あった先行集団との差はすでに2バ身以内に収まっている。しかも、最内を走るテンポイントを避けるように外へと進路を取っている。この状況だと……。

 

 

「不味いです!あの状況だと、テンポイントさんは外に進路を取れません!」

 

 

「あぁ……ッ!テンポイントはまだトラウマを克服できていない!あのままだと……ッ!」

 

 

「それだけじゃないよガビー。ホクトボーイにあてられてか、後続がどんどんと差を詰めてきている。後ろに下がって外へ進路を取る……なんて悠長なことをしている暇はない」

 

 

 すでに第3コーナーも半分を過ぎようとしていた。つまり、問題の第4コーナーまでもうすぐということである。

 ハイセイコーの言う通り、トラウマの克服はできていない。外へ進路を取り、できる限りフラッシュバックをさせないようにするという作戦もあの状況では厳しいだろう。どうあがいても減速は免れない。つまり、ほぼ詰みである。

 その状況を察してか、みんな不安げな声を上げ始める。

 

 

「テンちゃん……」

 

 

 顔を俯かせるグリーングラス。

 

 

「テンポイントさん……ッ!」

 

 

 悔しそうに歯噛みするクライムカイザー。

 

 

「テンポイント様……」

 

 

 祈るように呟くシービークイン。

 

 

「……」

 

 

 ただ黙ってテンポイントを見据えるハイセイコー。

 他の面々、テスコガビーや沖野さん達もテンポイントの名前を呟きながら目を逸らしたり、暗い表情をしている。そんな全員に共通していることは、この詰みに近い状況に絶望しているということだろう。

 そんな暗い表情をしているメンバーの中でただ1人、トウショウボーイが声を上げる。

 

 

「頑張れぇぇぇぇ!テンさぁぁぁぁん!」

 

 

 大きな声で、テンポイントを応援していた。ここにいる全員が、トウショウボーイの方を見る。メンバーたちの態度を見て、トウショウボーイが訴えかけてきた。

 

 

「ほら!みんなも!テンさんを応援しようぜ!」

 

 

「ボーイさん……」

 

 

「まだレースは終わってねぇ!まだ第4コーナーにも入ってねぇじゃねぇか!諦めるには、絶望すんのにはまだはえぇ!オレ達で一生懸命応援しようぜ!」

 

 

 トウショウボーイの言葉に、全員が驚いたような表情を浮かべる。そして、その言葉通りだと思ったのかテンポイントへの応援が始まった。全員が一丸となってテンポイントを応援している。

 

 

 

 

《第3コーナーでデッドスペシメンが外へ外へと進路を取る!先頭は依然としてテンポイントだ!しかし後続との差はどんどん縮まってきている!後方からホクトボーイが仕掛けたぞ!ホクトボーイとバルニフィカスが上がってきている!集団の外を走るホクトボーイ!そしてホクトボーイのすぐ後ろをバルニフィカス!ホクトボーイがこじ開けた進路を走るバルニフィカス!2人の追い込みウマ娘が上がってきている!》

 

 

 

 

 その状況を見ながら、俺はテンポイントとの作戦を思い出す。表情を引き締め、レースを走るテンポイントを見つめる。

 

 

(ここまでは作戦通りだ……ッ!後は……ッ!)

 

 

 手に力が入る。もう少しで、第4コーナーに入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースも半分を切った。もうすぐ第3コーナーへと入ろうとしている。そのタイミングだった。

 常に半バ身後ろから掛けられていたプレッシャーが不意に緩まった。そちらの方へと視線を向ける。デッドは、外へと進路を取っていた。つまり……。

 

 

(ボクとの競り合いを避けてきた……ッ!読み通りっちゅうことか!)

 

 

 考えてみれば当たり前だ。ボクを徹底マークするというならば、勿論ボクの強みだって把握しているはずだ。ボクの強みを活かさないためにも、外へと進路を取る判断は間違っていない。

 ならばボクも外へと進路を取ろうとすればいい。だが、それはできない。内心舌打ちをする。

 

 

(後続との差も縮まってきとる!こんまま外に進路を取ったら、斜行を取られてまう!)

 

 

 無理矢理にでもペースを上げて外に進路を取るという作戦もある。だが、その作戦を取る気はない。無理にデッドと競り合う必要はないからだ。

 それに。

 

 

(ここまでは作戦通りやからな!)

 

 

 トレーナーとの作戦を思い出す。

 このレース、トレーナーは2つの作戦を立てていた。1つは、トラウマが克服できなかった場合の外を回るという、最初に立てていた作戦。フラッシュバックしないほど外を回ることで、できる限り減速を防ぐという作戦だ。

 この作戦のメリットはただ1つ。今のボクが抱える弱点を押さえられるという点だ。減速した状態からまたマックスのスピードに持っていくには、最後の直線だけでは全然足りない。だからこそ、できる限り減速を押さえた状態で最後の直線に入るための作戦。ボクが打てる最善手がこの作戦だった。

 だが、この作戦はハッキリ言ってデメリットだらけだ。外を回るということはそれだけ距離のロスがあるし、どんなに外を回っても減速は免れないのだ。どんなことになっても負ける気はないが、できる限り不利な状態は避けたい。

 そしてもう一つの作戦。最後の模擬レースがあった日に、トレーナーが言っていたことを思い出す。

 

 

『いいか?まず、やることは今までのお前と変わらない。内側を走って、そのまま駆け抜ける作戦だ。これが作戦の第一段階』

 

 

 やることは単純なこの作戦。

 

 

『おそらくだが、デッドはお前と競り合わないために外へと進路を取る可能性がある。お前の意識外から抜き去る……。これはその対策も兼ねているんだ。外へ逃げるデッドに無理に付き合わない、そのための作戦でもある。それにはあるウマ娘が必要不可欠なんだが……ここも問題はない。必ず罠に引っかかるだろう』

 

 

 問題点があるとすれば。

 

 

『だが、これはお前がトラウマを克服したことが前提の作戦だ。今のお前でこの作戦を取った場合、最下位になることは免れない。それだけのリスクがある』

 

 

 そう。この作戦ができるんだったら苦労はしていない。内を走るとトラウマがフラッシュバックして大幅な減速をする。それを防ぐために色々と作戦を立てていたのだ。前と同じように内を走る。そんなことができるんだったら、外を回る作戦なんて考える必要なんてないのだから。

 その時のことを思い出していると、ふと笑みが零れる。あの時トレーナーはボクの状態を見て言い出せなかったと言っていた。けれど、結局はこの作戦のことを話してくれたのだ。その意味は、ボクも分かっている。

 

 

(ボクなら大丈夫。そう思うたからこそこん作戦を提案した。やったら……ッ!)

 

 

 それに応えなければならない!そう思いながら、ボクは少し内を開けて走る。丁度ウマ娘が1人走れる分くらいのスペースを開けながら、ボクは内側を走る。

 残り800mを報せるハロン棒が見えた。第3コーナーを抜けようとしている。もうすぐ、問題の第4コーナーを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースはまもなく第4コーナーへと入る。レースを見守っている人達は、様々な感情を見せていた。

 日本のウマ娘を応援している観客。

 

 

「頑張れー!ホクトボーイー!」

 

 

「日本のウマ娘の強さを見せろー!」

 

 

 海外のウマ娘を応援する観客。

 

 

「やっぱバルニフィカスの脚はすげぇ!どんどん追い上げてってるぜ!」

 

 

「やべぇ!?オブリガシオン囲まれてるじゃねぇか!抜け出せー!オブリガシオンー!」

 

 

 あるウマ娘を応援しながらも、心配そうに見守る少女もいれば。

 

 

「頑張れー!テンさーん!」

 

 

「頑張れ……ッ、頑張れテンちゃん……ッ!」

 

 

 祈るように手を組んでいる少女もいる。

 

 

「お願いします……ッ!どうか、どうかご無事で……ッ!テンポイント様!」

 

 

「曲がって……ッ!曲がってくださいッ!」

 

 

 ただただ、レースの展開を見守る人もいれば。

 

 

「……テンポイント」

 

 

「……会長、ただ、祈りましょう。彼女が、無事でいることを」

 

 

 展開を見てほくそ笑む人もいる。

 

 

「『内側に閉じ込められた。これでアイツは終わりだな』」

 

 

「『……』」

 

 

 実況の声が東京レース場に響く。

 

 

 

 

《各ウマ娘が第4コーナーへと入ります!先頭は内を走るテンポイントと外を走るデッドスペシメンだ!しかし後続との差はなくなってきているぞ!すぐそこまで迫ってきている!3番手は8番4番手は15番に代わります!そしてオブリガシオンは完全に囲まれている!オブリガシオンを囲むように5番手外に3番6番手内に9番カネミノブ!その半バ身後ろに11番オブリガシオン!前の進路は3番とカネミノブに防がれているぞ!》

 

 

《オブリガシオンこれは完全に囲まれましたね。やはり最重要で警戒されているウマ娘の1人。前の進路を防がれています!》

 

 

《7番手オブリガシオンの後方8番手は13番その外9番手に12番!そして集団の外からはホクトボーイが上がってきている!その内にはバルニフィカスがいるぞ!集団のやや外、ホクトボーイを内から抜きにかかるバルニフィカス上がってきている!ホクトボーイとバルニフィカスがグングン上がってきている!》

 

 

《ホクトボーイのロングスパートを利用してバルニフィカスも上がっていますね!これは上手い位置取りです!》

 

 

 

 

 そんな中、テンポイントのトレーナーである神藤誠司は先頭、内を走るテンポイントを真っ直ぐに見据えていた。両手は観客席のフェンスを力強く握っていた。

 ただ一言、呟く。

 

 

「……いけっ!テンポイント!」

 

 

 その目に曇りはない。真っ直ぐとテンポイントというウマ娘を見ていた。

 第4コーナーへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼吸は落ち着いている。脚も十分に残っている。まるで問題ないとばかりに身体は動く。

 だが、そんな身体とは違って心臓は強く脈打っていた。その原因は走っているから、というだけではない。

 もうすぐ第4コーナー。粉雪が舞っている。左回りと右回りという違いこそあれど、嫌でも思い出してしまうあの日の光景。その考えを、ボクは必死に振り払う。

 第4コーナー。このタイミングだ。ボクは、スパートをかけるために左足を思いっきり踏み抜く。

 瞬間。

 

 

(……ッ!)

 

 

 脳裏にフラッシュバックする、事故の記憶。模擬レースでは、景色が色あせていたり、ひびが入っていたりしていたその光景は、くっきりと当時の情景が浮かび上がってくるぐらいに見えている。

 ボクの左足が折れる音、バランスが崩れる身体、意識が刈り取られる感覚がボクを襲う。

 身体が思うように動かせない。鉛のように重く感じる。自分が走っているという感覚すら曖昧だ。ボクの身体は、諦めそうになる。

 目の前の事故の光景から目を逸らすように、ボクはゆっくりとを目を閉じた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時。

 

 

『……送ってんだ!頑張れ~……』

 

 

 事故とは違う光景が浮かんできた。

 

 

『……すねそれ。ここにいない……』

 

 

 これは、レース前の。

 

 

『……タダだからね~』

 

 

 みんなからの応援。

 

 

『私もやらせて……』

 

 

『……私もやらせてもらおうかな?』

 

 

 その時の光景が、浮かんできた。

 それだけじゃない。今までのみんなとの記憶が、事故の光景を隠すように、上書きするように覆いつくしている。

 そして、聞こえてくるみんなとの会話。

 

 

『頑張れ、テンさん!テンさんならきっと大丈夫だ!』

 

 

ボーイ。

 

 

『頑張ってねテンちゃん。観客席で応援してるよ』

 

 

グラス。

 

 

『無事に走り切れること、祈ってますよ』

 

 

カイザー。

 

 

『テンポイント様は1人ではありません。私達がついております』

 

 

クイン。

 

 

『武運を、テンポイント。頑張ってくれ』

 

 

ハイセイコー先輩。

 それだけじゃない。応援してくれているみんなの光景が、声が聞こえてきた。みんなが、近くにいるように感じる。

 それと同時に、日経新春杯の、あの日の光景がどんどんひび割れていく。それと同時に、鉛のように重かった身体も軽くなってきた。

 徐々にひび割れていく事故の光景。最後に。

 

 

『勝つとか負けるとか、一旦置いとけ!お前らしく、思いっきり走ってこい!』

 

 

 思い出すのは、トレーナーとの会話。拳を突き合わせるボクらのルーティン。その時の会話を思い出す。

 

 

『頑張れよ、テンポイント。俺が惚れたお前の走りを見せてくれ!』

 

 

『行ってくるわ、トレーナー。しっかり見とき?キミが惚れたボクの走りで、1着取ってくるわ!』

 

 

 笑顔で拳を突き合わせるボクらの光景が浮かんできた。それと同時。

 ボクの目の前に広がっていた事故の光景は、音を立てて崩れ去った。現実に引き戻される。今、ボクは走っている。場所は東京レース場の第4コーナー。前は誰も走っていない。前が鮮明に見えていた。舞っていたと思われていた粉雪は降っていない。いつの間にか止んでいたようだ。

 ボクは、自然と笑みが零れた。呟く。

 

 

「さぁ、行こか」

 

 

 第4コーナー。ボクはスパートをかけた。残り、600m。

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