ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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激闘、その後。


第143話 流星が描く軌跡

 テンポイントがゴールを駆け抜けた瞬間、会場が一瞬静まり返った。先程までの大歓声が嘘のように会場に静寂が訪れる。現実を受け入れるのに時間がかかっているのかもしれない。

 やがて、観客達が目の前で起こっていることが現実だと理解したであろうその瞬間、今日一番の歓声が東京レース場に響き渡った。

 俺は辺りを見渡す。近くにいる人と喜びを分かち合うように抱き合い、涙を流している観客。そんな人達が目に入った。

 

 

 

 

《テンポイントだ!テンポイント1着!テンポイント1着!年末大晦日の祭典ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップを制したのは……ッ!日本が誇る総大将!〈流星の貴公子〉テンポイントだ!2着はテンポイントから遅れること1と半バ身差でイギリス2冠ウマ娘バルニフィカス!3着はクビ差で天皇賞ウマ娘ホクトボーイ!しかし2着から5着のオブリガシオンまでは全員がクビ差ハナ差の大接戦だ!》

 

 

《テンポイントが……ッ!テンポイントが、我らが〈流星の貴公子〉が!世界中が見守る中で凄いレースを見せてくれました!11ヶ月というブランクを感じさせない見事な走り!やはり、やはりこのウマ娘は強かった!私は……ッ!私はもう涙で前が見えません!お帰りテンポイント!》

 

 

《中山を駆け抜けた流星が!今再び!我々の前で、東京レース場を駆け抜けた!東京レース場に舞い降りた流星が軌跡を描いたテンポイント1着!あの日の悲劇を乗り越えて!絶望的と診断された怪我を乗り越えて!再び東京レース場で軌跡を描いた!テンポイント1着ゥゥゥゥゥゥ!》

 

 

 

 

「す、すげぇぇぇぇぇ!」

 

 

「勝った!テンポイントが勝ったんだ!」

 

 

「ウオオオォォォォ!勝った!テンポイントが勝ったぞォォォォ!」

 

 

「おめでとうテンポイント!お帰り、テンポイントォォォォ!」

 

 

「「「テンポイント!テンポイント!テンポイント!」」」

 

 

 歓喜に包まれる東京レース場。湧き上がるテンポイントコール。冬の寒さを感じさせないほどの熱さが、今この会場にあった。

 トウショウボーイ達も、全員が涙を流しながらテンポイントの名前をコールしていた。

 俺は空を見上げる。空は、勝者であるテンポイントを祝福するように。雲の隙間から陽光が差していた。俺は流れそうになる涙を必死に耐える。

 

 

(ウィナーズサークル……向かわねぇとな)

 

 

 涙を流したままテンポイントに会うわけにはいかない。飛びっきりの笑顔であいつを迎えてやらなければ。俺はそう思いながら、ウィナーズサークルへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京レース場のターフの上でボクは勝利を噛みしめるように佇む。歓喜に震えていた。会場の歓声、誰もがボクの名前を口にしてボクの勝利を祝福している。

 

 

(勝った……ッ。勝った!勝ったんや!ボクは、勝った!)

 

 

 そのことが何よりも嬉しい!

 ターフの上で喜びを噛みしめているボクに、誰かが話しかけてきた。

 

 

「『テンポイント!』」

 

 

 そちらの方へと振り向くと、急に誰かが抱き着いてきた。

 

 

「むぐっ!?」

 

 

 ただ、誰かなんて分かりきっている。ボクは苦しみながらもボクを抱きしめてきた相手、デッドに抗議の声を上げる。

 

 

「苦しい!苦しいから離してくれデッド!」

 

 

「『テンポイント!君は本当に凄いよ!第4コーナーを曲がれるとは思っていたけど……まさかあんな作戦を取るなんて!私ですら予想できなかった!』」

 

 

 しかしデッドは聞こえていないのかボクを離そうとしない。仕方がないので力ずくで彼女をはがすことにした。はがした後、名残惜しそうな顔をしていたが、あれ以上続けられていたら窒息死しかねない。

 そのままデッドはボクを称賛するように言葉を続けた。

 

 

「テンポイント。アレは君の作戦通りかい?私が君と競り合わないことを分かっていたから……、だからこそバルニフィカスを利用したと?」

 

 

「まぁ、そうやな。競り合わんの分かっとったからあの作戦を立てたんや」

 

 

「それは、君がかい?」

 

 

「……それはちゃうで。デッド」

 

 

 頭に疑問符を浮かべるデッド。そんなデッドにボクは自信満々に言い放った。

 

 

「こん作戦を立てたんはボクのトレーナーや。トレーナーは、ボクが実行できる作戦の中で一番確率が高いもんを選んでくれた。ボクもそれを信じた。やからこそこの勝利は、ボク達の勝利や」

 

 

「……成程。君だけではなく、君達が掴んだ勝利だということか」

 

 

 ボクは頷く。デッドは笑顔で続けた。

 

 

「おめでとうテンポイント!次レースする時もまた、最高のレースにしよう!」

 

 

「あぁ!次やった時も負けへんで!」

 

 

 ボク達がそう誓い会った時、別のウマ娘が近づいてくる。オレンジ色の髪、オブリガシオンだ。

 

 

「『……テンポイント、少しよろしいだろうか?』」

 

 

「『構わないよ。ボクに何か?』」

 

 

 オブリガシオンはこちらに手を差し出してきた。

 

 

「『まずは、貴殿の勝利に賛辞を。見事な走りだった』」

 

 

「『ありがとう。キミも素晴らしい走りだった。集団から抜け出すのに手間取ってなければ、もしかしたらがあったかもしれない』」

 

 

 そう言いながらボクは握手に応じるように手を差し出す。オブリガシオンと握手を交わした。

 

 

「『……いや、囲まれたのは私の思慮が足りなかっただけのこと。あの展開に持ち込まれたのは、私自身の研鑽が足りなかった、それに尽きる。その原因がなんであれ……これからも精進を続けなければならない』」

 

 

 チラッとデッドの方を見たが、当のデッドは楽しそうに笑みを浮かべていた。何を言うわけでもなく、オブリガシオンはボクの方へと向き直って尋ねてくる。

 

 

「『テンポイント。貴殿は年が明けて以降はどうするつもりだ?』」

 

 

「『……トレーナーと相談してからになるが、海外のレースに挑戦することになるだろうね』」

 

 

「『そうか……』」

 

 

 一拍おいた後、オブリガシオンは真面目な表情でボクに告げる。

 

 

「『パリロンシャンレース場。凱旋門賞が開催されるその地で、再び貴殿と闘う時を楽しみにしている』」

 

 

「『ボクもだ。キミとまた走る日を楽しみにしているよ』」

 

 

 オブリガシオンはそれだけ言って踵を返した。彼女が発していた厳格な雰囲気から解放されてボクは一息つく……と思ったのもつかの間。

 

 

「『テンポイントォォォォォォ!』」

 

 

 突然の大声に驚きながらもボクは呼ばれた方へと振り向いた。チラッと見えたデッドの顔も、驚いているように見えた。

 その声の主は、ボクを睨みつけているバルニフィカスだった。

 

 

「『フーッ、フーッ……!』」

 

 

「『……何か用かな?バルニフィカス』」

 

 

 零れそうになる涙を必死に耐えているのだろう。それでもボクを睨むのを止めない。バルニフィカスの言葉をボクは冷静になりながら待つ。

 やがて、彼女は大きな声でボクに告げた。

 

 

「『アスコットだ!アスコットレース場に、必ず来い!アスコットレース場で開催されるキングジョージで……ッ!僕のホームで!お前を潰してやる!』」

 

 

「『……』」

 

 

「『僕は今日のことを絶対に忘れない……ッ!お前に負けたこの日のレースを絶対に忘れない!僕のホームで……ッ!お前をぶっ潰してやる!』」

 

 

 負けたことが余程悔しいのだろう。耐え切れずに涙が流れている。それでもなお睨みながらそう宣戦布告してきた。ボクは彼女の言葉に答える。

 

 

「『上等!次も勝つはボクだ!』」

 

 

 バルニフィカスは何も言わない。踵を返してターフを去っていった。

 デッドがからかうようにボクに話しかけてくる。

 

 

「『モテモテだね?テンポイント』」

 

 

「『あれをモテてるにカウントして良いのかは分からないけど……。ライバルが増えたのは素直に嬉しいよ』」

 

 

「『ま、君の一番のファンの座は譲らないけどね』」

 

 

「『ハハッ、デッド。それは無理な話だ』」

 

 

 デッドの言葉にボクは笑いながら返す。デッドは不思議そうな表情をしていた。

 

 

「『へぇ、どうしてだい?』」

 

 

「『決まってるさ。ボクの一番のファンは……』」

 

 

 ボクはウィナーズサークルへ向かうために歩を進める。デッドの方を向いて、笑顔で答えた。

 

 

「トレーナーに決まっとるからな!」

 

 

 デッドは一瞬、呆けた表情を見せたが、すぐに彼女も笑顔になる。

 

 

「ハハッ!違いないね!妬けちゃうなぁ本当!」

 

 

 それだけ聞いてボクはウィナーズサークルへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィナーズサークルへと向かった俺は程なくしてテンポイントと合流した。記者の人達が待っているのですぐにでも向かおうとしたのだが……。

 

 

「……む~」

 

 

 テンポイントは頬を膨らませている。可愛い。……ではなく。

 

 

(なんで怒ってるんだ?ま、まさか俺、知らないうちに何かやってしまったか!?)

 

 

 思わず焦ってしまう。俺が戸惑っていると、テンポイントは不機嫌そうに言った。

 

 

「……ボク、頑張った」

 

 

「え?あ、あぁそうだな。お疲れ様テンポイント」

 

 

「やったら、褒めぇや。インタビューよりも先に、褒めぇや」

 

 

 ……確かに。後で沢山褒めればいいと思ってないがしろにしてしまった。これは反省しなければならない。

 俺はテンポイントを褒める。

 

 

「凄いぞテンポイント!やっぱお前は強い!」

 

 

 褒める。テンポイントの耳が反応する。

 

 

「お前は最強のウマ娘だ!それも日本じゃない、世界最強のだ!」

 

 

 さらに褒める。テンポイントの尻尾も動く。

 

 

「お前が勝つって信じていたが……。俺の予想以上のレースをしてくれた!お前は、最高のウマ娘だ!」

 

 

「……フッフーン!それほどでもあるわー!」

 

 

 テンポイントはふんぞり返りながらそう言った。耳と尻尾もとても機嫌が良さそうに動いている。可愛い。

 しばらくして冷静になったテンポイントが俺に謝ってきた。

 

 

「ありがとなトレーナー。やけど……ぷぷっ、ボクが不機嫌そうにしてる時のトレーナーの慌てようと言ったら……!」

 

 

「正直滅茶苦茶焦った。だけど理由を聞いて納得した。そりゃ怒って当然だわな」

 

 

「ま、別に本気で怒っとったわけやないけどな」

 

 

 さすがに本気で怒ってないとは分かっていた。でも、テンポイントが頑張っていたのに真っ先に褒めなかったのはさすがによろしくなかったと心の中で反省する。

 しばらく話しながら歩く。ウィナーズサークルでは記者の人達が待っていた。全員が泣き腫らしたような顔をしていた。

 

 

「うっ、ひっぐ!て、テンポイント、さん!お、おめ、おめでとう、ございます!」

 

 

「あ、あの。ゆっくりでええんで。落ち着いてからでも大丈夫ですんで」

 

 

 俺とテンポイントは互いに顔を見合わせて苦笑いしながら記者の人達が落ち着くのを待った。

 しばらくして、インタビューが始まる。

 

 

「テンポイントさん……!重ねてになりますが、ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ優勝おめでとうございます!」

 

 

「おおきにです。お祭り的なレースとはいえ、やっぱり負けたくはないですから。勝てて一安心です」

 

 

「神藤トレーナー!11ヶ月ぶりのレースで見事な走りをしたテンポイントさんに何か一言ありますか!?」

 

 

「よく頑張った。よく無事に帰ってきてくれた。この場ではそれだけ伝えたいと思います」

 

 

「神藤トレーナー、テンポイントさん!年明け以降のご予定は!やはり……!」

 

 

「大体察しはついとると思いますけど、改めて海外挑戦しようと思うてます。それに、オブリガシオンさんとバルニフィカスさん、後デッドスペシメンさんにも必ず来いと言われたんで。年明けは海外挑戦しようかと」

 

 

「私もそれについていく形ですね。また向こうの人達に連絡を入れないといけないのでいつになるかは分かりませんが……。また詳細が決まり次第お伝えしたいと思います」

 

 

 それからいくつかの質問があって、最後の質問となる。

 

 

「テンポイントさん!この勝利を、誰に伝えたいですか!」

 

 

「そうですね。トレーナーは……ここにおるし、友達や家族の人達に伝えるんは勿論ですけど」

 

 

 一拍おいて、ボクは続ける。

 

 

「みなさん知っての通り、ボクは1月の日経新春杯で大怪我をしました。医者の人からは復帰は絶望的、元のように走れるんかは分からへん……そう宣告されました」

 

 

 記者の人達は黙って聞いている。だが、心なしか気まずそうにしていた。

 

 

「復帰んためのリハビリはホンマに辛かったですし、入院して最初ん頃は高熱にうなされる日もありました。思うような結果がでなくて焦る日も沢山ありました」

 

 

 ボクは思うままの言葉を口にする。

 

 

「なんでボクは頑張っとるんやろう?十分頑張った。もう諦めて、楽になった方がええんやないか?お恥ずかしい話ですが、そう考えた日もありました」

 

 

 ボクが、この勝利を伝えたい人。いや、人達に。

 

 

「やけど、それでも諦めんかったのは……トレーナーを始めとした、みんながおったからです。みんながおったから、ボクは諦めかけた時も、絶望しかけた時も奮起することができました」

 

 

「テンポイント……」

 

 

「諦めそうな時、心が折れそうな時……。ボクが頑張れたんはみんながおったからです。それはトレーナー達だけやありません。ファンの人達もおったからこそ、ボクは今日、ここで勝つことができました。やから、ファンの人達にも感謝を伝えたいんが1つあります」

 

 

「……それは、他にも?」

 

 

 ボクは無言で頷く。そのまま続けた。

 

 

「日本だけやありません。世界中には、ボクと同じように怪我をして復帰が難しい子や、身体が弱くて走れん子がたくさんおると思うんです。大怪我をしたボクやから、満足に走れへん辛さはよう判りますし諦めてしまう気持ちも分かります。やけど……」

 

 

 一拍おいて、さらに続ける。

 

 

「諦めなかったからこそボクはこうして走ることができました。どんなに絶望的やとしても、諦めんかったからこそ、こうしてまたここに立つことができました。やから、今も怪我や病気で苦しんどる子に伝えたいんです」

 

 

 ボクは、自然と笑みが零れていた。

 

 

「諦めんかった先にはきっと希望がある。どんなにわずかな可能性でも、キミたちが思うように走れる日はきっと来る。やから、先の見えない恐怖に怯えることがあったら、ボクというウマ娘を思い出してください。先の見えない未来を踏み出す一歩を。絶望やない、希望に向かって踏み出す小さな一歩を。ボクが与えることができたらええなと。そう伝えたいです」

 

 

 ボクはそう締めくくった。記者の人達は、また泣いていた。

 

 

「……はい!ありがとうございます!テンポイントさん!」

 

 

 その様子に、ボクとトレーナーはまた苦笑いを浮かべる。

 URAが主催した大晦日の祭典、〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉。ボクはそこで勝利を収めることができた。そしてこの勝利は、トレーナーを始めとしたみんながいたからだ。ボク1人では、きっと勝つことはできなかっただろう。

 

 

(ありがとう……!ホンマにありがとう!みんな!)

 

 

 ボクはみんなに感謝をする。みんなと会った時に、改めてお礼を言おう。そう思いながら、ボクの復帰レース、<ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ>は終了した。




77年有馬記念での好きなエピソードをここに挟みました。かっこいい走りを見せるテン様の甘えん坊な一面…最高に好きなんですよ。
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