<ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ>が終わった後。すでに日は沈んでいる。俺は今とあるパーティ会場に来ていた。テンポイント達もこのパーティに出席している。勿論全員ドレスコードだ。
このパーティは大成功に終わった<ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ>を祝して行われているものだ。主催者であるURA理事の人達曰く、年が明ける瞬間をこのパーティで祝いながら待つらしい。海外のウマ娘やトレーナー達、お偉いさんもこのパーティに出席している。
まず最初に行われたのは出走したウマ娘達へのインタビューだった。今はオブリガシオンの番である。
「『オブリガシオンさん。今回のレースはいかがでしたか?』」
「『己の未熟さを痛感したレースでした。万全を期して挑んだつもりでしたが、心のどこかで驕りがあったのでしょう。それがあのようなレース結果に繋がった……。己の至らなさを恥じるばかりです』」
「『日本のウマ娘に何か一言あればお願いします』」
「『次は我が祖国フランスで。凱旋門賞に挑戦するウマ娘がいれば、そこで相対しましょう。その時を、我々は楽しみにしています』」
「オブリガシオンは厳格やな……。ボクも気が引き締まるわ」
「同感だ。どんな時でも毅然としている」
隣にいるテンポイントとそう話す。
オブリガシオンのインタビューは終わり、彼女は一礼して自身のトレーナーと共に去っていった。次のウマ娘へのインタビューが始まろうとしている……そんな時。
「『すまない。少しいいか?』」
英語で、話しかけられる。俺はそちらの方を振り向いて応対しようとすると……デッドと、彼女のチームのサブトレであるデイビットという男が立っていた。
テンポイントは警戒心を露わにしている。そんな彼女を宥めながら俺は彼に応対した。
「『大丈夫ですよ。私達に何かご用でしょうか?』」
「『……敬語は外してくれて構わない。楽に話してくれ』」
「『……それなら遠慮なく。それで、一体何の用で?』」
俺がそう聞くと、彼は勢い良く頭を下げてきた。突然の行動に俺は驚く。
「『すまなかった。アンタのウマ娘を侮辱して。同じトレーナーとして恥ずべき行為だった』」
そう言うと、デイビットはテンポイントの方に向き直る。テンポイントにも深く頭を下げて謝罪した。
「『すまなかった。本人がいない場とは言え、俺はアンタを侮辱した。加えて、ショッピングモールで会った時、アンタを見下すような目で見ていたこと……。多分気づいてただろ?それの謝罪もある』」
「「……」」
「『許してくれ、なんて言わない。ただ、すまなかった。神藤誠司、テンポイント』」
俺とテンポイントは無言だった。ただ、許す気はない……というよりも、俺も、多分テンポイントも戸惑いの方が大きい。初対面の時とは大分違う印象だったからだ。
少しの間無言が支配する。俺はデイビットに告げる。
「『顔を上げてください。デイビットさん』」
彼は頭を上げる。何を言われてもいいという覚悟を決めているのだろう。表情は引き締まっていた。
そんな彼に、俺は微笑みながら続ける。
「『俺もテンポイントも、もう気にしてません。それに、そのまま黙って去ることもできたのにこうして謝罪に来てくれただけでも十分ですから』」
「『ボクも気にしてません。確かにカチンとは来ましたけど、もう過ぎたことですから』」
「『……ありがとう』」
デイビットはただ一言そう言った。デッドは嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべている。
そのまま彼は言葉を続けた。
「『そういえば、アンタらは年明けまた海外に挑戦するんだろう?』」
「『そうですね。一応その予定です』」
その言葉を聞いて彼は少し考える素振りを見せる。考えが纏まったのか、俺達に提案してきた。
「『なら、俺達と一緒に来る気はないか?知っての通り俺達は海外を飛び回っている。アンタたちにとっても悪くない提案だと思うんだが』」
その提案に俺は驚く。確かに魅力的な提案だ。前回連絡した相手が今回も大丈夫かは分からないし、それを踏まえたら彼の提案は渡りに船だろう。
だが、本当にいいのだろうか?俺は彼に聞く。
「『こっちとしては嬉しい提案ですが……。いいんですか?』」
「『構わない。今回の件の詫び……という面もあるが、デッドが出走する主要なレースはテンポイントも通る道だろう。だからこそ都合がいいし問題もない。それに、デッドはテンポイントの大ファンだからな。アンタたちが来るならアイツのモチベーションアップにも繋がる』」
「『で、デイビット!その話は本当かい!?テンポイント達と、海外を一緒に回れるのかい!?』」
デッドは興奮気味に詰め寄っている。デイビットは鬱陶しそうにしていた。どうやら彼らも大丈夫らしい。
ならば断わる理由はない。
「『でしたら、お願いします。俺達も一緒にあなたたちのレースに連れて行ってください』」
俺はテンポイントと一緒に頭を下げてお願いする。
「『気にするな。むしろこちらからお願いしたいぐらいだからな。チーフにも話は通しておく。詳しい日程は後日送る』」
そう言って少し会話をした後デイビット達は別のところへと向かった。俺はテンポイントに話しかける。
「デッドの言う通り、根はいい人だったな」
「やな。それに、どこか晴れ晴れしとったな」
「そうだな。お前達のレースを見て、考え方が変わったんだろう。それもいい方向にな」
テンポイントは頷く。
俺達はインタビューの方へと視線を向けると、丁度バルニフィカスのインタビューの時間だった。
「『それではバルニフィカスさん。今回の敗因はなんだと考えていますか?』」
記者のその質問に、バルニフィカスは飄々とした様子で答える。ただ先程まで涙を流していたのか、顔には泣いたような跡があった。
「『いやー!芝が悪かったね!イギリスとは全然違うし、慣れるように頑張ったけど無理だったよ!後は体調も良くなかったね!調子良くなかったし!』」
バルニフィカスの答えに記者の人は苦笑いを浮かべている。だが、ひとしきり言い終わった後、溜息を1つ吐いてバルニフィカスは続けた。
「『……なんて、ここに来るまでの間に色々と言い訳を考えてきたけどさ』」
彼女は、飄々とした態度を崩している。表情を引き締めていた。
「『完敗だ。完全に僕の実力負けだった。僕の得意な展開だったのに、彼女を、テンポイントを追い越すことができなかった。言い訳のしようがない、完全に僕の力負けだったよ』」
「『フィー……』」
彼女のトレーナーは心配そうにバルニフィカスを見つめる。すると、バルニフィカスは記者の人に向かって宣言する。
「『けれど、次は負けない!もし次も開催するようなことがあれば、今度こそ僕が勝つ!それだけ!』」
そう言い終えると、バルニフィカスは自信満々な表情に戻っていた。彼女のトレーナーも、先程の心配した表情から一転して満足そうな表情を浮かべている。
「次戦う時は気をつけないとな」
「やな。また一段と強うなってるやろうし、ボクも頑張って練習せんとな」
バルニフィカスのインタビューはそれからいくつかの質問の後終わった。
全員のインタビューが終わったということで改めてパーティの開催が宣言される。俺もテンポイントと一旦分かれて、思い思いの時間を過ごすことにした。
パーティが始まってからしばらく経った。俺はパーティを楽しんでいる。
その理由は、今俺が手に持っている大量の名刺だ。その名刺は日本語だったり、英語だったりといろんな国の言葉で書かれている。
(フッフッフ。日本だけじゃなく世界の人とも繋がりを持てた。相手からも好感触だったし、大収穫だな!)
別にコネが欲しいとかそういう打算があるわけじゃない。ただただ仲良くなりたいだけだがそれはそれこれはこれだ。俺は高揚した気分でいる。
ただ、少し熱くなってきたように感じる。
「外で涼むか」
そう思い、バルコニーへと歩を進める。
バルコニーに着くと、どうやら先客がいたらしい。とても見覚えのあるウマ娘が、バルコニーで俺と同じように涼むように立っていた。
俺は、そのウマ娘の名前を呼ぶ。
「よ、テンポイント。お前も涼みに来たのか?」
彼女、テンポイントは俺の方へと振り向く。髪は、今日のレースと同じように俺がプレゼントしたブローチで纏めていた。
「なんや、トレーナーもここに来たんか?そうや、ボクもちょい涼もう思うてな」
「考えることは一緒か」
そう言いながら俺はテンポイントの隣に立つ。そのままどちらから話すということもなく、少しの間無言の時間が流れた。この時間が、どことなく心地がいい。
沈黙を破るようにテンポイントが俺に話しかけてくる。
「やー……、ボーイ達と話しとったんやけど、ボクに話しかけてくる人達が多くてな。なんとか抜け出してここに来たんや」
「そうだったのか。俺は逆に自分から話しかけに言ってたな。おかげでいろんな人と知り合いになれたぞ。かなりの好印象だった」
「嬉しいんは嬉しいんやけど、さすがに疲れたわ。トレーナーと一緒にこんままゆっくりしときたいわ」
「違いない。ま、気にするやつもいない。ゆっくりしとけ」
そのまま俺とテンポイントは2人きりで話していた。それは、今までと同じようにこの1年を振り返っての会話だ。
「年明けから大波乱やったな。満票で年度代表ウマ娘なった思うたら、日経新春杯で骨折するなんてな」
「あの時はマジで生きた心地がしなかったぞ……。お前とまた話せたとき、俺がどれだけ嬉しかったか……ッ!」
「そん節はホンマにご迷惑をおかけしました……。手が血だらけなっとったし、どんだけ心配しとったかは痛いほど分かったわ」
「お前は悪くない。それに、こうして無事に話せるんだ。それが何よりも嬉しいよ、テンポイント」
「……そうやな。ボクも同じ気持ちや」
テンポイントは笑みを浮かべている。
「……キミにはあん時言わんかったけど、ホンマはお医者様から復帰は絶望的言われて、目の前が真っ暗になりそうになったわ。ボクはもう走れないんやないか、そう思うたら、諦めそうになってもうた」
「……気持ちは分かるさ」
「やけど、キミは言うてくれたよな?どんな時でもボクを見捨てへんて。あん言葉があったからこそ、ボクは最後まで諦めずにここまで来れた。お母様達やキングス、ボーイ達やファンの人達も大きいけど、やっぱりキミの存在が一番大きいわ」
「ははっ、そう言ってくれると嬉しいよ」
「リハビリは辛かったし、レースを見てると走りたいっていう気持ちが抑えきれんかった。やけど、根気よく頑張って、頑張り続けて……ボクは復帰の道を進むことができた」
「だな。あの時は本当に嬉しかったよ。最初の頃はジュニア級のタイムよりも劣っていたけど……お前がまた走る姿を見れるのが本当に嬉しかった」
「2人して涙流しとったもんな。懐かしいわホンマ。……やけど、事故の影響で第4コーナーを曲がれんくなったのは致命的やった」
「色々と試行錯誤したな。夏合宿や本番までの練習でお前の落ちた筋肉は戻ってきたし、模擬レースを続けていくうちにレース感も取り戻してきた。だけど……その弱点はレースまで克服できなかった」
「そうやなぁ。結果として無事に曲がれたけど、内心気が気じゃなかったんやないか?」
「さすがにな。だけど、どんな結果になっても受け入れる、そういう心構えでいたよ」
バルコニーで涼みながらこれまでのことを振り返っている。本当に、心地の良い時間だ。
「聖蹄祭でファンの人達がボクを応援してくれとった。確かそん日やよな?復帰レースを告げたんは」
「そうだな。確かその日だったはずだ」
「まぁビックリしたで?まさか復帰レースで世界相手に戦うことになるとは思わんかったわ。ま、おかげでボクの気持ちは燃えとったけどな」
「ならよかった。もう一度世界に挑戦するのに、ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップは最高の舞台だった。お前がどこまで戦えるのか……それを見てみたい気持ちはあったからな」
「なんや?ボクは通用せんとでも……なわけないか。トレーナーは、ボクこそが世界最強のウマ娘て信じ取るもんな」
さすがに俺の言いたいことはお見通しらしい。いたずらっ子のような笑みを浮かべてテンポイントはそう言った。
「ま、そういうことだ。弱点さえ克服できればお前は勝てる。そう信じていた」
「フフン。それほどでもあるわ。後は……デッドと会うたのもその辺やな。デッドと会うて、他の海外ん子もニュースで知って……対策を取った」
「やっぱ強かったな。全員が、本当に強かった」
「そうやな。おまけに模擬レースの段階ではボクは全力やない状態。正直不安やったで。やけど……」
テンポイントは、俺がプレゼントした耳飾りとブローチに手を触れながら微笑みを浮かべる。
「みんなの応援、キミの応援で不安な気持ちは全部吹っ飛んだわ。ボクは1人やない、そう認識できたからな。やからこそ、ボクはトラウマを乗り越えることができた。ボーイ達にはもう言うたけど、ホンマに……」
テンポイントは一拍おいて深呼吸をした後、続けた。
「ありがとう、誠司」
「……は?」
いきなり名前で呼ばれて俺は驚いた。いつもならトレーナーや、キミと呼ばれていたし、それに慣れていたから本当に驚いた。
驚いた俺を見て、テンポイントは楽しそうな笑みを浮かべている。悪戯が成功した子供のような、そんな笑みを浮かべていた。
「ぷぷっ。思うた通り、おもろい顔してくれるな!やっぱり誠司とおると退屈せぇへんわ!」
「いや……急に名前で呼ばれたら誰だってビックリするだろ?」
「ええやん。ボクとキミの仲やし。それにしても……ッ!大事に大事に機会を窺っとった甲斐があったわ!」
「お前な……」
呆れながらも俺は笑みを浮かべる。悪い気はしない、むしろ、どこか喜んでいる自分がいた。
ひとしきり笑った後、テンポイントは笑みを浮かべたまま俺に言う。
「せや。せっかくやから誠司には教えたるわ」
「何をだ?」
「ボクが小っちゃい頃呼ばれとった名前や。親戚の人達や、家族しか呼ばないボクの名前……誠司には教えたる」
「……良いのか?」
「何言うとんねん。ボクと誠司の仲やで?問題ないどころか教えてへん方が問題あるわ」
言いながら、テンポイントは俺に耳打ちで教えてくれた。小さい頃に呼ばれていた、テンポイントの名前を。
「――ッ」
その名前を聞いて、俺は笑みを浮かべる。成程……。
「お前らしい、いい名前だな」
「やろ?あ、他ん子の前で言うたらアカンで。あくまでボクと2人きりの時……ギリ、キングスやお母様達がいる前では許したる」
「分かった分かった。口外しないよ」
俺の言葉に、テンポイントは満足そうに頷いた。
そのまま彼女は俺を見たまま話を続ける。
「誠司」
「なんだ?」
テンポイントは。
「あの日、ボクと出会ってくれてありがとう。誠司がおったからこそボクはここまで来れた。あの日、キミを選んだんは間違いやなかった。やから……」
彼女は。
「これからも、ボクのトレーナーでおってくれるか?」
微笑みながらそう告げた。
……答えなんて決まっている。俺も彼女と同じように笑みを浮かべながら答える。
「当たり前だ。お前が嫌って言っても離さねぇからな!」
彼女は一瞬呆けた表情をする。しかし、すぐに表情は笑顔に戻った。
「これからも頼むで!相棒!」
「あぁ!これからもよろしくな!相棒!」
俺達はそう笑いあう。
この先も、きっと多くの困難があるだろう。思うようにいかないことも、諦めてしまいそうな時だってあるかもしれない。
けど、俺達なら大丈夫。2人ならどんな時だって前を向いていける。2人ならどんな壁だって乗り越えられる。きっと彼女も、テンポイントも同じ気持ちだろう。
月が見守るバルコニーで、俺と彼女は笑いあった。途中トウショウボーイ達も交えて思い出話に花を咲かせる。楽しい、とても楽しい時間が流れるのと同時。
(トレーナーになって、良かった)
俺は、そう思った──。
「指令ッ!神藤トレーナー!今までの実績、周りからの評価、他のトレーナーからの推薦もあり君にチームを作ってもらうこととなった!」
「つきましては、チーム名の決定とチームのメンバーとなるウマ娘のスカウト、及び書類の提出をお願いします。こちら特に期限などはありませんが、できる限り早めにした方が助かります」
「これからも君の活躍!大いに期待しているぞッ!」
ある日の理事長室、俺は秋川理事長とたづなさんにそう告げられた。事態を飲み込むことができていない俺はただ一言だけ呟く。
「嘘やん」
~Fin……?~
あとがきは活動報告にて。