日本ダービーのトライアルレースである青葉賞、私の友達であるグリーングラスさんが出走して色々と予想外な結果になったNHKマイルカップが終了してから1週間ほどが経ち、ダービーに向けての練習が本格化してき始めている。そんな中私、クライムカイザーは自身が所属しているチーム・ハダルの部室で特に警戒すべき相手の過去のレース映像を見ている。その相手は2人。皐月賞を制したトウショウボーイさんと共同通信杯で苦渋を舐めさせられたテンポイントさんだ。今は共同通信杯のレースを見ている。
《……さぁ最後の坂に入りましたクライムカイザーがわずかに前に出ています!テンポイントは内をついてここから伸びるのか?クライムカイザーが来た!クライムカイザーが先頭だ!クライムカイザーとテンポイント2人の激しい先頭争いだ!テンポイントが内から伸びるかクライムカイザーが外から躱すか!クライムカイザーも強いぞ!しかしここでテンポイントが内からクライムカイザーを抜いた!その差を1バ身と離しますしかしクライムカイザーもじりじりと差を詰めていきますその差を3/4バ身、1/2バ身と差を詰めました!が、ここまで!共同通信杯を勝利したのはテンポイント!テンポイントやっぱり強かった!2着はクライムカイザー3着は……》
「やっぱりテンポイントさんは油断できませんね……。最後の坂で先頭に立った時は勝ったと思ったのですが……」
この時の共同通信杯は今でも鮮明に思い出せる。
このレース、私は終始テンポイントさんだけをマークしていた。もしハナに立つのであればそれについて行く気であったが、彼女はすぐに2番手へと下がっていた。なので私はいつも通り最後方でレースの展開を窺う。そしてレースは淀みなく進み第3コーナーを回って第4コーナーを超えようかという所、彼女は息を入れる為か一瞬減速して5番手まで下がってきた。私は彼女を内に閉じ込めつつ外から躱すように位置取りをする。直線に入ったタイミングで彼女は3番手へと上がり、坂を越えたタイミングで先頭に立つ。私もそれに追走するように坂を越えたタイミングで外から追いつき、他の子を突き放して最後は完全に彼女とのマッチレースとなった。お互いに差して差し返すといったレース模様となったが最後に私の脚が残っていなかったためか外へとよれてしまい、その一瞬の隙を突かれて突き放されてしまう。私は何とか追いつこうと頑張っては見たが結果は1/2バ身差での2着。今でも悔しい思いをする結果となってしまった。しかし彼女はどうやらここ最近調子を落としてきている。油断さえしなければ勝てるだろう。
次に私は皐月賞の映像を見る。理由はトウショウボーイさんを観察し、彼女の弱点となる部分を探るためだ。共同通信杯の映像が入っているディスクを取り出して皐月賞の映像を入れる。その時、私の視界が急に真っ暗になった。
「えっ?えっ!?な、なんですか!?何が起こっているんですか!?」
急に視界がなくなったことに私が慌てているとすぐ後ろから楽しげな笑い声が聞こえてきた。おそらく手で私の目を塞いでいるのだろう。そして私の視界を遮っているであろう主はその楽し気な声のまま私に尋ねてくる。
「さぁ、ここで問題で~す。今カイちゃんの目を手で覆っている私は誰でしょうかぁ?」
問題が飛んでくるが、ハダルでこんなことをする人は1人しか思いつかない。私はその名前を少し怒りながら答える。
「こんなことする人はあなたしかいませんよね、タケホープ先輩!」
そう答えた瞬間、私の視界は正常に戻った。おそらく手を離したのだろう。そして後ろを振り向くと茶色の長い髪を2つ結びにしている見知った姿の人物が口元に手をやり笑っていた。そして手を大げさに広げて嬉しそうに、そしてグラスさんに負けず劣らずののんびりとした口調で答える。
「ピンポンピンポ~ン、大・正・解。カイちゃんが尊敬してやまないタケホープ先輩だよぉ。はいこれ、正解商品のお茶」
「あ、ありがとうございます」
大げさに広げた手を元に戻し、拍手をした後こちらに飲み物を手渡してくる。やはりというか、私に悪戯をしていたのはハダルのチームリーダーにして生徒会副会長でもあるタケホープ先輩だった。
タケホープ先輩。その名をトレセン学園で知らない者はいないだろう。現生徒会長ハイセイコー先輩の宿命のライバル、世代のダービーウマ娘であり当時連勝街道を走っていたハイセイコー先輩に初めて敗北をもたらしたウマ娘。人気のハイセイコー先輩に対し実力のタケホープ先輩と当時は言われていたほどの実力者だ。2人の対戦においては4勝5敗とタケホープ先輩が負け越しているものの、先着したレースは全て1着であり、さらにそのうち2つはクラシック3冠レースであるダービーと菊花賞である。ダービーを勝った時はフロックだのマグレだの言われていたらしいが、菊花賞でその声を全て黙らしたのは有名な話だ。
しかしこのタケホープ先輩、実はかなりマイペースな人物だ。普段から何かするわけでもなくダラダラと過ごしている姿を見かけている人も多いと聞く。そしてたまにこうやって後輩である私たちに悪戯をしてくる。悪い人ではないのだが掴みどころがない。それが私が関わってきた中でタケホープ先輩に抱いた印象である。
とりあえずお茶を貰ってから私は先輩に質問をする。
「それで、何の御用でしょうか?私は今ダービーに向けての研究で忙しいんですけども……」
すると先輩はこちらに指を突きつけて私の質問に答える。
「答えは単純だよぉカイちゃん。何やら次のレースの研究が行き詰っていると聞いてねぇ。微力ながら私もお手伝いをしに来たというわけさ。というわけで私にもトウショウ何某のビデオみーせて」
「トウショウボーイ、ですよ先輩」
どうやら私を手伝うために来てくれたらしい。そのことに感謝しつつ椅子をもう1つ用意して座るように促す。
「さてさて~、何某ボーイは一体どんなレースを見せてくれるのかなぁ?」
「もう覚える気ないですよね先輩……」
そうツッコミを入れつつ私は皐月賞のディスクではなく、ボーイさんのレースを全てまとめたディスクを入れる。先輩がいるなら最初のレースから見た方がいいだろうと思ったからだ。
そして一通り見た後、最後に皐月賞の映像を見ている。そして見終わった後、先輩は称賛の声を上げていた。
「いやぁ、すごいねぇ。このトウショウボーイって子は。うん、拍手するしかないねぇ」
そう言いながら先輩は拍手をしている。
「それで、ボーイさんの弱点らしい弱点は先輩の目から見つかりましたか?」
私の質問に先輩ははぐらかすように答えた。
「うぅん、特にこれといったのは見つからないなぁ。お手上げかもしれないね」
「そ、そんなぁ。先輩でも見つからないなんて……」
私が泣き言を言いそうになると先輩は呟いた。
「でもこの子、今まで誰とも競り合ってないっぽいねぇ。そういう子に思いっきり併せてあげるとどういう反応をするか、楽しみにならない?カイちゃん」
思わず私は先輩の方へと顔を向ける。すると楽し気な笑みを浮かべていた。どういう反応をするのか、どういった行動をとるのか楽しみで仕方がないといった様子で。
そしてこの言葉は私にとってボーイさんを攻略するための一筋の光となった。私は慌てて映像を巻き戻して全てのレース映像を見逃すことがないように食い入るように見る。そして全ての確認が終わった後、私は思わず感嘆の声を漏らした。
「お疲れ様ぁ、カイちゃん。どうだった?」
「……ありがとうございます、先輩。おかげで見えました、ボーイさん攻略のカギが」
私のお礼に先輩は謙遜していた。
「いいやぁ?私はただ自分が感じた疑問をカイちゃんに教えてあげただけだよ。攻略のカギを見つけたのはカイちゃん自身の功績さ」
「いいえ、先輩がいなければおそらく見つけられなかったでしょう。だから、ありがとうございます」
「そういうことなら、素直に受け取っておくよぉ」
これでボーイさんを攻略するためのカギは見つけた。後は練習していくだけだろう。しかしどうやってこの練習をしようか?仮想敵がボーイさんとなると半端な相手じゃ練習にすらならない。かなりの実力を持った併走相手が必要となるだろう。ハダルのみなさんは自分たちのレースがあるから頼れない。
そう考えていると、先輩はなぜか準備運動を始めていた。
「あの、タケホープ先輩?どうして準備運動を?」
私の言葉に先輩はさも当然といった感じで答える。
「ん~?多分練習パートナーに困ってると思ってねぇ。そのパートナー、私がやってあげるよ」
「え!?い、いいんですか?」
「いいよいいよぉ。可愛い後輩のためだからね。私なんかでよければいくらでもパートナーをしてあげるよぉ」
先輩の言葉に私は感謝の言葉を返す。
「とんでもないです!タケホープ先輩が力を貸してくれるなら百人力です!ありがとうございます!」
「そう言ってもらえると照れるねぇ。ついでに~」
そう言いながら先輩はロッカーへと近づき、扉を開けたかと思うと中に入っていた人物を引きずり出す。中から出てきたのは
「ヒ、ヒィィィィィ!な、なんで分かったんですかァァァァァ!?」
カブラヤオー先輩だった。なんでそんなところに隠れてたんですか先輩……。
「カブちゃんもそろそろ復帰戦でしょ?だから一緒に練習しようねぇ?」
カブラヤオー先輩はその言葉に首を大きく横に振る。
「だだだ大丈夫ですぅぅぅぅぅ!わわわ私は1人で練習できますのでぇぇぇぇぇぇ!だ、だから……」
その先の言葉が紡がれることはなかった。タケホープ先輩がカブラヤオー先輩の腕を逃がすまいと力強く捕まえ
「やるぞ。分かったな?」
と凄んでいた。カブラヤオー先輩はもう逃げられないと悟ったのか
「は、はいぃぃぃぃぃ……」
諦めた口調で答えた。哀れである。
しかし少し可哀そうだと思ったのかタケホープ先輩が言葉を続ける。
「それにぃ、今度の復帰戦しっかりと勝って、テスコガビーちゃんにいいとこ見せないとねぇ?」
テスコガビー先輩と言えば、NHKマイルカップよりも少し後に怪我明けの復帰戦のレースに出ていたのだが、結果が振るわなかったと聞いている。その報せを聞いた時、カブラヤオー先輩は悲しそうにしていた。
タケホープ先輩の言葉を聞いて少しやる気が湧いてきたのか
「そ、そうだ!私が頑張っている姿をガビーちゃんに見せて、励ましてあげるんだ!」
そう意気込みを語った。カブラヤオー先輩とテスコガビー先輩は同期で仲が良い。その同期が落ち込んでいるかもしれないから自分が頑張っている姿を見せて励ましてあげようと考えているのだろう。普段は臆病なカブラヤオー先輩がテスコガビー先輩のために頑張ろうとしている姿。その友情に少し涙ぐむ。
やる気も出てきたのか、着替えて先に練習場に行ってくる、と言ってカブラヤオー先輩は部室を出た。私も向おうとしたところ、タケホープ先輩に呼び止められる。
「ちょっといいかな、カイちゃん」
「どうしたんですか、先輩?カブラヤオー先輩がやっぱ無理っていう前に早く向かわないと」
すると先輩は少し真面目な口調で私に問いかけてくる。
「カイちゃんはさ、ダービーを勝つ覚悟はある?」
投げかけられた質問の意図が分からない。私は素直に返す。
「ど、どういうことですか?」
先輩は私を試すように言葉を続ける。
「今の状況さ、私の時と似てるんだよね。お前の勝利なんか望んでない、俺たちが見たいのはハイセイコーが勝つとこなんだよ、っていうお客さんたちの声が聞こえてきそうだったあの時の状況っていうかさ。実際望まれてるのはトウショウボーイって子が勝つとこだと思うんだよね。ハイセイコーみたいなスター性があるし」
その言葉を私は否定することができなかった。ハイセイコー先輩とボーイさん。どちらも無敗で皐月賞を制している。人々は新たな伝説の誕生を望んでいる声が多い。シンザンさん以来の3冠ウマ娘。そんな中別の誰かがダービーを勝ってしまうと面白くないし、心無い声だって飛んでくるだろう。
先輩は私に問いかける。
「勝ったところで称賛の声が届かないかもしれない状況、それでもカイちゃんは勝ちたいって思う?」
……おそらくだけど、先輩は私が傷つくかもしれないと思っているのだろう。先輩はマイペースだけど優しい人だ。可愛い後輩が傷つく姿はできるだけ見たくはないと思っているのかもしれない。
けれど私の答えは決まっている。
「勝ちたいです。誰も私の勝利を望んでいないなんて知ったことじゃない、他ならない私自身が勝ちたいと思っているから!だから私は、ダービーを勝ちたいです!」
そうきっぱりと答える。すると先輩は優しい顔を浮かべて安心したように言葉を返す。
「そっか。うん、よかった。カイちゃんはそんなに弱い子じゃなかったね。じゃあ頑張ろうか、ダービーを勝つために」
「はい!ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」
そして私たちは練習場へと向かう。皐月賞のリベンジを果たすために。ダービーの栄光を掴むために。
エアシャカールガチャ敗北民です。私もエアシャカール育成してぇなぁ。