「……ついにやったな、テスコガビー……」
「はい、神藤さん。私、ついにやりました……」
テスコガビーの職業体験が始まってから時が経つのは早いもので今日が体験の最終日の朝。俺と彼女はいつも通り清掃からやっていたのだが、お互い神妙な顔つきで会話をする。
それもそうだろう。この日ついにテスコガビーはやったのだ。
「ついにだ。ここまで長かったな……」
「えぇ、とても長かったです……。ついに……」
「箒を折らずに掃除を時間内に終えたな!」「箒を折らずに清掃を終わらせることができました!」
そう、最終日にしてようやくテスコガビーは箒を折らずに清掃を終えることができた。ここまで犠牲になった数は計り知れない。十数本近い数が折られた犠牲のもと、ついに彼女はやり遂げることができたのだ!それ普通のことじゃね?というツッコミは受けつけない。
まだ彼女の不器用が完全に治ったわけではないがこれは大きな一歩となるだろう。不器用を治すにはこういうコツコツとした積み重ねが大事なのだと誰かが言っていた。
テスコガビーがこちらに感謝の言葉を伝えてきた。
「ありがとうございます神藤さん。まだ小さな一歩ですが、着実に前に進んでいるという実感が湧いてきました」
「おう。この調子で頑張っていこう!……と言いたいが、今日が最終日なんだよな、職業体験」
そう、これから頑張っていこうにも体験は今日まで。後は彼女が個人で頑張るしかない。それに彼女はいまだトゥインクルシリーズを現役で走っているウマ娘だ。トレーニングの関係上そう時間は取れないだろう。
俺は彼女に激励の言葉を贈る。
「お前はリギルのトレーニングもあるし、俺はテンポイントのサポートがあるからお互い時間は取れなくなるかもしれないが、暇がある時はまた見てやるからさ、頑張れよテスコガビー」
まだ仕事は残っているので早いかもしれないが何回言っても損するわけじゃないからいいだろう。
しかし、彼女は俺の言葉に一瞬だったが浮かない顔をしていた。だがすぐに表情を戻して
「そうですね……。またお暇な時にご指導をお願いしてもいいでしょうか?」
と一言告げた。正直なぜ浮かない顔をしたのかが非常に気になるところだ。おそらく彼女が職業体験に踏み切った理由と関係があるのだろう。本人も言いづらいと思うので俺はあくまで気づかないふりをする。
「おう!いつでも頼ってこい!」
そう言って、俺は掃除用具を片付けることにした。
掃除用具を片付け終わった後、テスコガビーが尋ねてくる。
「この後のお仕事は何でしょうか?本棚の修理でしょうか、授業で使ったコースの整備でしょうか?」
清掃がうまくいったためか、心なしかテンション高めな彼女に俺はこの後の仕事内容を告げる。
「いや、今日は特別な仕事があってな。用務員が全員集まってあることをする」
「あること?」
「夏に使われている合宿所、あそこの清掃さ。リギルだと使ったことないから分からないかもしれないが」
海岸近くに建てられているトレセン学園の合宿所。リギルのように大きなチームだと他の宿泊施設を利用するため、見たことはないと思っていた。だが、どうやら彼女は合宿所を見たことがあるらしい。
「いえ、生徒会として何度か尋ねたことがあります。用務員の方々が全員集まるということは結構大規模なものになるのでしょうか?」
「なんだ知っていたのか。月に何回かは清掃しているんだが建物自体が老朽化している影響もあってか年に一回大規模な清掃が必要な時があるんだよ。今日がその年に一度の大規模な清掃の日ってわけだ。さらに今回は理事長主導の下で行われるらしくてな」
「理事長主導の下……ですか。それは大掛かりなものですね」
テスコガビーは驚いている。まあ学園の長が直々に出張っての清掃などかなり珍しいことだろう。しかしあの人はこの学園を愛するものとして自分が先導して行動を起こさねば!みたいな人柄であるためこういうことは結構あったりする。まあたまに秘書のたづなさんに怒られていたりするが。
合宿所まで少し距離があるので、車を利用して向かう。そして合宿所に着くとすでに何人か集まっており、準備は万端と言った感じで待っていた。そのため俺たちも急いで準備する。
準備も終わり、後は他の人たちの準備と理事長の準備を待つだけだ。俺はテスコガビーに話しかける。
「よし、準備は終わったな?これで後は理事長の開始の宣言を待つだけだ」
「こうしてみると、学園のボランティア活動みたいですね」
テスコガビーは素直な感想を抱いている。学園のボランティア活動は言い得て妙だ。やっていることは大差ないだろう。
そのまましばらく待ってると、準備を終えたのか理事長が出てきた。隣にはたづなさんもいる。
「清聴ッ!皆のもの、今日はよく集まってくれた!あまり長く語ることでもない、早速この合宿所を我々の手でピカピカにしていくぞッ!」
理事長の言葉に皆やる気に満ち溢れた声を上げる。そのまま予め決められた自分たちの持ち場へと足早に向かっていく。普通、こういった催しはやる気が出ない人が大半だが学園側のご褒美もあったりするので俺たちのやる気は高い。サボるなんて言う心配はいらないだろう。
俺はテスコガビーの教育係という関係上一緒の場所を清掃することになっている。彼女に持ち場へと行くように促す。
「さて、じゃあ俺たちも持ち場に行くぞ。俺たちは合宿所の廊下だ」
「わ、分かりました。すぐに向かいましょう」
他のメンバーのやる気に溢れている姿に驚いていたのか、彼女は少し気圧されていた。しかしそれも一瞬のことですぐにこちらについてくる。
合宿所の廊下の掃除ということで雑巾も持ってきているのだが、木造ということもありテスコガビーの場合下手したら床の板を踏み砕きかねないと思った俺は雑巾の代わりになるものとしてモップを持ってきていた。これならよっぽど下手なことをしない限りは壊れるのはモップだけだ。モップが壊れるのも勘弁願いたいが合宿所の床が踏み砕かれるよりはマシだ。俺はモップを彼女に手渡す。
「さて、じゃあこれで床を掃除していくぞ。準備はいいか?」
「あの、神藤さん。少しいいでしょうか?」
テスコガビーがこちらに質問してくる。俺はそれに応える。
「どうした?何か問題でもあったか?」
「いえ、あの、モップではなく雑巾でやってもよろしいでしょうか?」
「ダ……ッ!」
……一瞬断りの言葉が出かけたが、すんでのところで踏みとどまる。危なかった。
正直なところ、安全面を考えるのであれば断る一択だ。わざわざ床が壊されるリスクを冒す必要はない。だが、彼女のこれまでと成長を考えるのであれば、俺がとるべき選択肢は1つだろう。
「……分かった。ただし、少しでも危ないと俺が判断したら止めるからな?」
まるで危険物を取り扱うような反応だが、老朽化した木造の合宿所はそれほどに危ない。下手したら成人男性の力でも板を踏み抜きかねないからな。
テスコガビーもそれが分かっているのか、俺が課した条件に同意する。
「はい、分かりました。見ていてください神藤さん。私のこの1週間の成長を……!」
そう言って彼女は雑巾を手に取り、拭き掃除を始める。
そのまま1時間、2時間と経っていった。俺も掃除をしながら様子を見ていたのだが、驚いている。ぎこちなくはあるものの、彼女はものを壊すことなくしっかりと床の掃除ができていたのだ。彼女の不器用さを考えたら床が犠牲になっている可能性も大いにあった。しかし、今の姿を見るとその心配は多少だがなくなった。さすがに全部なくなったわけではないが。
俺はバケツの水を取り替えるために少しその場を離れる。すると離れた位置には理事長が立っていた。俺は会釈をする。
「お久しぶりです、理事長。どうかされましたか?」
「うむッ、久しぶりだな神藤トレーナー。何、テスコガビーの様子を見に来たのだッ」
どうやらテスコガビーの様子を見に来たらしい。まあ生徒会は学園からの仕事を手伝ったりすることもあるのでもしかしたら彼女の不器用を知っているのかもしれない。それで心配になって見に来たってところだろうか?
すると理事長は優しい顔をしながらテスコガビーを見ていた。そして口からは安堵するような言葉が飛び出る。
「感銘ッ。不器用だった彼女がしっかりと掃除に取り組めているッ。私はそれが嬉しいぞ神藤トレーナー」
「いえ、俺はやり方を教えてやっただけです。彼女の頑張りがあってこそですよ」
俺は謙遜するが、理事長は俺にお礼を言ってきた。
「それでもだ。深謝ッ、彼女が変われたのは君のおかげでもあるだろう」
「言いすぎですよ」
「何を言う。何事もオーバーに伝えられた方が嬉しいだろうッ?」
「さすがに限度があると思いますけどね」
まあ嬉しいことには嬉しいが。
そのまま理事長は俺に向かって話をする。
「時に神藤トレーナー。この大掃除が終わった後時間は大丈夫だろうかッ?」
俺は自分の予定を確認する。確か大丈夫なはずだ。
「大丈夫ですよ」
「重畳ッ。ならテスコガビーとともに来てくれッ」
テスコガビーと一緒に?それはまたなんでだろうか?そう疑問に思っていたのが顔に出ていたのに気づいたのか理事長はそのまま続ける。
「君も疑問に思っていただろうッ。なぜテスコガビーが職業体験に踏み切ったのか、その理由を」
「それは確かに気になりますけど、だからと言って本人が言いたくないことを聞くのは……」
「大丈夫だッ。彼女の許可は取ってある。それに君には知る権利があるだろうッ。彼女の教育係を務めてくれた君には」
一体何を教えられるのだろうか。今から少し怖いと思いながら水を取り替えて俺は掃除へと戻った。
大掃除も終わって学園へと戻り、俺とテスコガビーは着替えて理事長室へと向かった。ドアをノックして返事を待つ。すぐに理事長からの返事が返ってきた。
「許可ッ!入りたまえ!」
「失礼します」「失礼します」
俺たちは一言いいながら理事長室へと足を入れる。中には理事長の他にたづなさんが立っていた。早速だが本題を切り出す。
「それで、秋川理事長。一体なぜでしょうか?テスコガビーが職業体験に踏み切った理由とは?」
俺の言葉に理事長は待ったをかける。
「制止ッ。はやる気持ちは分かるがその前に1つ構わないだろうか?」
「いえ、大丈夫です」
「ありがたいッ。テスコガビー、今回の職業体験、君にとって楽しいものとなったか?」
俺の隣に立っているテスコガビーにそう質問をする。するとテスコガビーは笑顔を浮かべながら答える。
「はいっ、とても楽しいものでした」
その言葉に理事長もたづなさんも嬉しそうな表情を浮かべている。俺もつられて笑顔になりそうだったが理事長の次の言葉に凍りついてしまった。
「安堵ッ。あの日君から退学をしたいという旨を聞いた時は驚いたが楽しいものとなってくれて良かった」
……はっ?退学したい?テスコガビーが?
俺は思わず理事長に聞き返す。
「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですかそれは!?なんでテスコガビーが!?」
「それは今から説明しましょう」
そう言ったのは他ならないテスコガビー自身だ。ひとまず落ち着いて話を聞くために頭を冷やす。俺の準備ができたことを確認できたのか、テスコガビーが話始める。
「私が今回の職業体験に踏み切った理由。それは元々理事長の計らいでした。学園を辞めようとしている私を引き止めるために」
しかしそこで俺は待ったをかける。
「そ、そもそもどうして学園を辞めようとしてたんだ?俺にはさっぱり分からないぞ!」
そうだ、どうして彼女が学園を辞めようとしているのかがさっぱり分からない。まずはその理由から聞かせて欲しい。すると彼女はポツポツと話し始める。
「……レースに対する情熱が、なくなってしまったんです。オークスまではあった闘志が、私の中から奇麗に消えてしまった……。走ることに意味を見出せなくなってしまったんです」
それは、ウマ娘としてあまりにも致命的で、残酷なことだった。
エアシャカール欲しいなぁオレもなぁ。贅沢言うならミスターシービーもください。ハーフアニバが楽しみです。