日本ダービーが明けて数日、ボクは松葉杖をつきながらトレセン学園へと登校していた。松葉杖をついている理由は単純、ダービーを走り終わった後左足に違和感を感じたボクはトレーナーに連れられて病院へと向かった。そして医者から全治3ヶ月の診断が下された。ただ、症状としては軽いものだったらしく7月にもなれば軽い運動くらいならできるだろうという見込みらしい。
慣れない松葉杖での登校に悪戦苦闘しながらもなんとか教室へと辿り着いたボクは自分の席に座り、朝買ってきた新聞を読む。小さい時から新聞を読むのが好きだったボクはトレセン学園に入学してからもずっと読み続けていた。朝に新聞を読むのはもはや日課と言ってもいいだろう。ただ、いつもは寮で読んでいるのだが今回は松葉杖での登校ということでいつもより時間がかかるかもしれないということで教室で読むことにしたのである。クラスメイトの子は最初は不思議そうな目で見ていたが、次第に関心が無くなったのかそれぞれの学友との会話に戻っていった。
ボクはその光景を尻目に気になる記事はないか探してみる。
「う~ん……、今日はおもろい記事はないなぁ……」
今回は目に引く記事はなかった。少し残念である。
そうして時間を潰していると、教室の扉がまた開かれる。何となく気になって扉の方へと視線を向けるとカイザーがとても良い笑顔で袋を提げながらこちらへと歩を進めていた。そして自分の席、ボクの前の席へと座る。そのままこちらへと話しかけてきた。そしてボクを見るなり驚いていた。
「テンポイントさん、おはようございます!……って、どうしたんですかその怪我!?」
「カイザー、おはようさん。これか?ダービーでやってもうてな、まあ症状は軽いから大丈夫やで」
「そ、そうなんですか?お大事にしてくださいね」
話題も話題なので少し暗くなってしまった。あまり引きずることでもないと思ったボクは話題を変えるためにカイザーに袋の中身を尋ねる。
「ありがとなカイザー。それでその袋はなんや?随分嬉しそうに提げとったけど」
するとカイザーはよくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの笑顔でこちらに袋を出してくる。
「これですか!?聞いて驚いてください?この前のダービーのことについて書かれた雑誌なんですけど、なんと私の特集記事が組まれたんですよ!もう発売が楽しみで楽しみで……!」
「そ、そうなんか。えらいご機嫌なんはそういう理由か」
「はい!こんなに多くの雑誌でインタビューを受けたの初めてで……!これなんて見てください、私が表紙を飾っているんですよ!」
そういってボクの目の前に1冊の雑誌を見せてきた。本当にクライムカイザーが表紙を飾っている。ボクは最優秀ジュニアウマ娘に選ばれた時に、ボーイは皐月賞ウマ娘になった時に雑誌の表紙を飾ったことはあるがクライムカイザーはこれが初めての経験らしい。ボクも同じ経験をした時は嬉しかったしカイザーもそうなのだろう。現に今も笑顔でこちらを見ている。
そしてボクは雑誌を手に取る。ページを捲っていき、カイザーのことが書かれているページを見つける。そのページの謳い文句に目を惹かれた。その一文は
【祝!ダービー制覇!ダービーの歴史に蹄跡を刻んだその名はクライムカイザー(Crime Kaiser)!】
と書かれていた。それに思わずボクは目を丸くする。
(犯罪(Crime)皇帝(kaiser)?なんやそれ。カイザーはなんも悪いことしとらんやろ?)
そう思いながらもカイザーの方へと視線を戻すと相変わらず笑みを浮かべていた。これは多分気づいていないやつだ。
ボクは教えようと思ってカイザーに話しかける。
「なぁ、カイザー。よろこんどるとこ悪いんやけど……」
犯罪皇帝ってなんや?、そう聞こうとした時
「おはよーって、テンさんどうしたんだその怪我!?カイザーはやたらニコニコしてるし」
「おはよ~。あれ?テンちゃんどうしたのその怪我~?後カイザーちゃんは嬉しそうだね~」
タイミングが良いのか悪いのかボーイとグラスが登校してきた。
ひとまず僕は教えることを後回しにしてボーイとグラスに挨拶を返す。
「おはようさん、ボーイ、グラス。大丈夫や、見た目以上に症状は軽いから。後カイザーは自分が雑誌の表紙が飾ったことが嬉しいんやて」
「おはようございます、ボーイさん、グラスさん!えへへ、そうなんですよ!見てくださいこれ!」
「あ、カイザーそれ」
止めようとしたが、すでに満面の笑みでボーイとグラスに雑誌を見せつけていた。2人は表紙を見て感嘆の声を上げた。そのまま雑誌を受け取るとページを捲っていった。ボクと同じページにたどり着いたのだろう。2人は異なる反応を見せる。ボーイはそのまま羨ましそうな目をしていた。だが、グラスはすぐに怪訝な顔になった。
ボーイが反応を返す。
「おー!かっこいいな!」
「そうでしょうそうでしょう!フフン、ついに私もお2人の仲間入りですよ!」
そう言ってカイザーは胸を張っている。2人のやり取りを尻目にボクとグラスは顔を見合わせる。お互い言いたいことは一緒なのだろう。
教えてやるか。そう思った瞬間ボクらが言いたかったことをボーイが言ってしまった。
「特にこの犯罪皇帝ってフレーズかっこいいな!響きがいいぜ!」
「へ?」
ボーイの言葉にカイザーが固まった。そして確認するように雑誌を捲って見る。すると件のページに辿り着いた瞬間肩を震わせて叫びだした。
「な、な、な、なんですかこれぇぇぇぇぇ!?」
どうやら本当に気づいていなかったようだ。突然の叫び声にクラスにいた子たちが一斉にこちらを見た。いきなりクラスで大きい声が響き渡ったら驚いてそちらを見るだろう。周囲の視線に気づいたのか、カイザーは自分の席に座って縮こまる。その姿を見てクラスの子たちはまた各々の会話へと戻っていった。
周囲の視線が向けられなくなったと感じたのか、カイザーは先程の言葉から続ける。
「な、なんですかこれ!私の名前は確かにクライムカイザーですけど!綴り間違えてるじゃないですかこれ!CrimeじゃなくてClimbですよ!」
それに三者三様の言葉を返す。
ボクは
「やっぱ気づいとらんかったのか」
ボーイは
「てっきりそれ込みで見て欲しいのかと思ってた……」
グラスは
「買った時に気づかなかったの~?」
と、真っ当な意見を言っていた。
しかし、カイザーはなおも憤慨している。憤慨しているカイザーをよそにボクはその雑誌を手に取り記事を読んでみる。そこにはこう書かれていた。
【日本ダービー、4番人気といえどまさかの伏兵に皆驚いただろう。筆者もその1人だ。中にはクライムカイザーの走りを斜行だの走行妨害だの言っている連中もいるがとんでもない。アレはトウショウボーイがヨレたからそう見えただけでクライムカイザーはただトウショウボーイに寄せただけだ。審議にすらならないのは当然である。だが、一歩間違えれば確かに審議となる走りであったのは確かだ。まさに技あり。クラシック級でありながらこのような走りを見せてくれたクライムカイザーの今後が楽しみとなるレースだったと筆者は思う。】
(謳い文句を抜きにすればベタ褒めやな)
コラムを書いている人はカイザーを大絶賛していた。ただ、肝心の本人の名前のスペルを間違えているのが致命的過ぎた。登りつめる(Climb)と犯罪(Crime)は確かに読みが一緒なせいで似ているかもしれないが意味に関しては全然違うといってもいいだろう。せっかく雑誌の表紙を飾ったのにあまりにも哀れである。
他はどうなってるのかと思い、こっそりと袋の中から雑誌を取る。カイザーの箇所に目を通してみると他の雑誌はちゃんと登りつめる方の綴りが書いてあった。どうやら間違えているのは最初に取り出したこの雑誌だけらしい。
ボクが確認作業をしているとボーイがカイザーを宥めていた。
「で、でもさ!響きはかっこいいぜ犯罪皇帝!よくないか?」
だが、それは逆効果だった。カイザーは顔を真っ赤にして反論する。
「全ッ然!良くないですよ!なんですか犯罪皇帝って!私がなんか悪いことしたみたいじゃないですか!悪の親玉みたいで嫌ですよ!」
ボーイは火に油を注いでしまった、と狼狽えた表情をしていた。
次にグラスが宥める。
「ま、まあまあ~、カイザーちゃん落ち着いて~?記者の人も悪気があったわけじゃないと思うからさ~」
だがそれでもカイザーの勢いは止まらない。
「だとしてもですよ!?普通間違えますか!?」
グラスは小さな声で
「ダメだね~これ」
と呟いていた。
2人とも撃沈したので最後にボクがいくことになった。ボクはカイザーを宥める。
「カイザー、見てみぃ。他の雑誌はちゃんとスペル合っとるで。つまり間違えとんのはこの雑誌だけや」
「……だから何ですか?」
不服そうにこちらを見てくるカイザー。少し落ち着いたのだろう。ボクはこのまま畳みかける。
「つまりや、数ある雑誌の中で間違えとんのはこれだけ。やったら浸透する可能性は低いっちゅうことや。それにこういうんには電話番号が載っとるやろ?急いで電話すれば広まる前に何とかなるんちゃうか?」
「う~ん、でも……」
カイザーは悩みを見せ始めた。それを好機と見たのかボーイがボクに続く。
「そ、それにさ!仮に広まったとしてもだぜ?人の噂も七十五日って言うだろ?いつの間にか収まってるものだって!あんまり気にしない方がいいって!」
そしてボーイに続いてグラスも追撃する。
「それにさ~こういうのは後のレースでしっかりと実力を出してまたインタビューされた時によくも綴り間違えたな~って怒ればいいんじゃないかな~?」
ボクたち3人の必死の説得にようやく心が落ち着いたのだろう。カイザーは嘆息してこちらに謝罪してきた。
「すいません……。皆さんに当たっても仕方ないですよね……。後でトレーナー経由で出版社に問い合わせてみます……」
今度は見るからに落ち込んだ。ボクたちは慰める。
「ま、まあコラムに関してはカイザーを絶賛しとったし。あんま気にせん方がええで?」
「そうだそうだ。今日好きな飲みもん奢ってやるからさ?元気出せよカイザー」
「雑誌の表紙すら飾ったことがない私もいるからさ~元気だしなって~」
「グラスのそれは慰めなんか?自虐なんか?」
「どっちも~」
ボクたちのいつも通りの会話にようやく心の整理がついたのだろう。カイザーもいつも通りの調子に戻った。
「まあ起きたことはしょうがないですし、気にしないことにしましょう!皆さんありがとうございました!」
その姿にボクたちは安堵する。やっぱり友達が気落ちしている姿はできるだけ見たくない。
もうすぐ朝のHRが始まろうかというタイミングになったので、それぞれの席について準備をする。先生を待つまでの間、ボクは病院での出来事を思い出していた。
『骨折ですね。全治3ヶ月です』
その言葉にトレーナーが反応していた。
『骨折……ですか』
医師は頷き、説明を続ける。
『ただ程度は軽いので早くて7月には軽めのトレーニングは可能になるでしょう』
その言葉にボクたちは安堵をしていた。思ったより軽くて良かったとその時は思った。しかし、医師の人は険しい顔をしている。
それにトレーナーが気づいて医師の人に質問する。
『あの……まさか他にも悪いところが?』
医師は重々しく口を開く。
『……脚の骨膜が炎症を起こしています。おそらくですがこれは彼女の体質が問題でしょう。こちらも今はすぐに治ります』
『……また、ですか』
トレーナーは重々しく口を開いた。ボクも同じ気持ちだった。しかし医師はこちらに心配はないと一言告げた後
『ですが、身体の成長とともにこの体質は治っていきます。焦らずにじっくりと身体を作ることを意識してください』
『……分かりました』
ボクはそう答えた。
そこまで思い出したタイミングで、先生が教室へと入ってきた。ボクはその思考を打ち切って先生の話に耳を傾ける。
少しの不安を抱えながら。
骨折は軽めだったが……?
アイドルホースオーディションが始まりましたね。私は勿論テンポイントに投票しました。
※最後の病院でのやり取りを修正しました。