「結局、あの後も見ていたが……」
選抜レースも終わり、トレセン学園に戻って用務員としての仕事を終わらせてひと段落した頃。日が落ち始めてきたのもありすでに辺りは暗くなり始めてきている。現在俺は落ち着いてきたのもあり、今日一日の出来事を振り返っていた。
「あの子以上の衝撃はなかったな……」
そう、結局あの金髪の子以上のウマ娘に出会うことはできなかった。それもそのはずであの後一緒に見ていたトレーナーに詳細を聞いてみたのだが、どうやら彼女はトゥインクルシリーズ出走前でありながらもかなり期待をされており、あの選抜レースで最も注目されていたウマ娘だったらしい。一応、リストには目を通していたのでどこかで見たことはあるのだろう。ただ、その時点では気にならなかったのかもしれない。そう考えると、こうして選抜レースで実際に見てみることの大切さが身に染みて分かった。
しかし……。
「諦めたくねぇよなぁ……。あの子、凄かったし」
あれだけの人数がいたのだ。おそらくスカウトされたとみていいだろう。でも、もしかしたら。そう考えてしまうのは俺の諦めが悪いからなのかもしれない。
これからの身の振り方を考えながら歩いていると、いつの間にか練習場へと来ていた。明かりがついているので誰かが練習しているのだろう。寮の門限もあるのであまり遅くまでやるのは好ましくないが、半端な努力ではこの中央で活躍することはできないのでギリギリまで練習をするウマ娘は一定数いる。気持ちは分かるがあまり遅くなるようなら俺の方で注意しておこう。そう思い練習場へと歩を進める。
しかし、今まで全くレースに興味がなかった奴が無意識のうちに練習場の方へと足を運ぶようになるとは。自分の考えの変わりように我ながら驚いている。ここまで考えが変わったのは間違いなくあの子のおかげであり、あの子のせいであるだろう。まあこんなことを言っても
「もう担当トレーナーついてるだろうしなぁ…」
彼女はすでに契約しているだろう。あんなにトレーナーがいたのだ、契約したものとみて間違いない。非常に残念だが諦めるしかないだろう。
「でもなぁ……。やっぱ諦めたくねー!」
そう嘆きながらも少し歩いて練習場の観客席に着く。そして視線をトラックへと向けると
金色の髪を靡かせてあの子が走っていた。一人で。
「……マジかよ」
…まさかこんな偶然があるとはな。そう思いながら周りを見渡す。しかし、彼女以外の人物は見当たらずトレーナーの影も形もない。あんなにいたのに誰とも契約しなかったのか?そう考えていると、おそらく彼女のものと思われる水筒が近くにあり、風に吹かれて倒れた。そんなに強くもない風で倒れたということは中身は残っていないのだろう。拾い上げてみると、案の定中身がないと分かるほどに軽かった。だが、彼女は走るのをやめていない。おそらくだが、彼女はドリンクの中身がないことに気づいていないのだろう。そして周りにも代わりとなるドリンクらしきものは見当たらない。練習の後に水分補給ができないというのはあまりよろしくないだろう。
「注意する前に、飲み物買ってきてやるか」
飲み物を買うために一旦練習場の観客席を離れる。別に好感度稼ぎをしようとかそういうわけじゃない。決して。
「ハッ、ハッ、ハッ」
小気味いいリズムでトラックを走る。すでに他のウマ娘は練習を上がっており、この場にはボクしかいない。少し寂しさを感じつつも、ボクはトラックを走っている。
(ホンマ、来て正解やったわ…トレセン学園ッ!)
流石は全国から猛者が集まってくる中央。そのレベルはかなり高い。今日の選抜レースでは自分が勝つことができたが、油断すれば次に負けるのは自分だろう。そう思わせてくれるくらいに。
自意識過剰かもしれないが、少しくらい調子乗っても罰は当たらないだろう。それに
「めっちゃスカウトきおったなぁ…アレだけは想定外やったわ…」
囲まれるくらいにはトレーナーからのスカウトが来たのだ。自分はかなり期待されているのだろう。だからボクは調子に乗る。
けど、それをいつまでも引っ張るわけにはいかない。ボクの友達が自分と同じくらい、もしくはそれ以上の強さがあることをすでに確認している。だから調子に乗るのは今だけにして、練習を怠らないようにする。友達とはいえ、負けるのは癪だ。
だがその前に
「どないしよかなぁ…トレーナー…」
かなりの数のスカウトが来たのだが、今のところ返事は全て保留にさせてもらっている。別にあの場で決めてもよかった。しかし、あの時のことを思い出す。
『やはり素晴らしい!君ならトゥインクルシリーズの主役になれる!どうだ?私と契約しないか!?』
『いや、俺の下で走らないか!?絶対に損はさせない!』
『いいえ!私と一緒にクラシックを獲りましょう!あなたなら三冠も夢じゃないわ!』
口々に浴びせられるスカウトの声。ボクに期待してくれているのだろう。そこには自分と一緒にトゥインクルシリーズを駆け抜けようという気持ちが感じられる。
ただ、ボクの心は動かなかった。ありきたりな言葉が、どうしても薄っぺらく聞こえてしまうのだ。きっと、トレーナー達は本気で言っているのかもしれない。けど、ボクの心は動かなかった。
『おおきになぁ。でもボク、初めての選抜レースで少し疲れとるんよ。せやから、また後日返事させてもろうてもええやろか?』
相手の気分を害さないため、その場を凌ぐために疲れていることを告げる。そしたら、トレーナーたちは気が向いたら是非来てくれ!と名刺を次々に渡してくれた。それに一人一人お礼を言いながらこの先のことを考える。
(正直、みんな言っとることが似とるせいで、今の段階じゃ決めれへんなぁ。個別で会ってみればピンとくるトレーナーにも会えるやろうか?)
面白いトレーナーに、自分の心を動かしてくれるトレーナーに会えないだろうか?そんなことを考えていた。
返事を保留にしたのは自分に合うトレーナーを探すためである。自分に合うトレーナーがいるかもしれない。そんな期待を抱きながらボクはトレーニングを続ける。
「あん中に気の合うトレーナーおるとええんやけどなぁ……っと、そろそろ門限やな」
そんなことを考えていると、寮の門限の時間が迫っていた。とはいってもまだ余裕はあるのだが、結構走っていたのでそろそろ切り上げた方がいいだろう。そう思い、ドリンクが置いてある場所へと向かう。水分補給をしようと水筒を持ち上げたのだが、
「って、いつの間にか空になっとるやん!?しもうたなぁ……自販機で買うしかないか……」
水筒の中身はいつの間にか空になっていた。練習後ということもあり喉が渇いているのでこのままということはできるだけ避けたい。代わりとなるものを自販機で購入しようと思い、鞄の中から財布を探す。だが、見つからない。
「財布もないやん……!?どこ置いたっけなぁ……」
自分の今日一日の行動を振り返ってみると、制服のポケットに入れたままであったことを思い出す。そしてその制服は寮に置いてきている。つまり
「寮に帰るまでなんも飲めんてことか……。最後の最後にホンマ最悪や……」
寮に着くまで喉が渇いていることが確定した今、暗い気持ちのまま帰るための支度をする。喉の渇きを癒すためにもさっさと帰ろうと思い、鞄を持って練習場をを後にしようとすると歩を進めようとした、そんな時だった。
「お~い!君!」
「うん?」
誰かから声を掛けられる。この場にいるのは自分だけなので、自分に向けられたものだろう。声をかけられた方に顔を向ける。そこにはスーツを着た若い男が立っていた。見る人によっては通報ものの光景だが、よく見るとスーツにはトレーナーバッジが着けられており、彼がトレーナーだということがわかる。
(まさか、スカウトか?いや、それやったらボクの名前呼ぶはずやしな)
ならなぜこんなところに?と思ったが、練習場の設備である照明が点いているので誰かがまだ練習していると思っているのだろう。なら自分が最後だということを告げて、さっさと寮に戻ろう。喉の渇きも増してきている。早く帰ってのどを潤したい。
「もしかして照明が点いとるからここに来たん?だったらボクで最後やで」
「あぁ知ってるさ。さっきトラックで君だけが走っているのを見たからな。だから、目的は君だ」
どうやら彼はさっき来ていたらしい。全然気がつかなかった。それよりも、ボクが目的ということはやはりスカウトだろうか?ボクは警戒を強める。
「ボク、ってことはスカウトか?せやったら明日にしてくれへん?疲れてんねんボク」
「いや、スカウトでもない。ほら、やるよこれ」
そう言って彼はボクにスポーツドリンクを手渡してきた
「確か飲み物なかっただろ?だからやるよ」
「え?なんでボクの飲み物が無くなっとること知ってるん?まさか…ストーカー?」
「違うわ!君のボトルが風で倒れたから中身がないと思って買ってきたんだよ!」
「なんやそうやったんか。でもええんか?ボク今財布もないから払えへんで?」
「いいよ別に。俺からの奢りだ。そもそも学生から金をたかるわけにはいかないだろ」
「そういうことやったら。おおきにな!」
彼からスポーツドリンクを受け取り、ありがたく飲ませてもらう。沈んだ気持ちがどんどん上がっていく。
「ホンマおおきに!ボトルも空になっとって財布も忘れとったから寮まで我慢しよ思うてたんよ~。助かったわ~」
「そりゃよかった。でもまだ余裕があるとはいえ寮の門限があるから早めに帰っとけよ?」
「そやな~……」
少し考える。確かに寮の門限はあるが、その時間はまだある。そして、ボクはこの人に少し興味が湧いた。だったらやることは一つ。
「なぁ、少しお話せえへん?」
「いや、早く帰れって」
「ええやん、まだ時間はあるしちょっとくらい。それにキミに興味湧いてんねん、ボク」
ちょっとナンパっぽくなってしまった。でも、なんだか面白そうな雰囲気を出しているし、少し話してみたくなった。
そして、ボクが退かないことを悟ったのか、彼は溜息を吐く。観念したように告げた。
「なら、寮に戻りがてら話すか」
「やった!じゃあ行こか」
そしてボクは寮に帰りながら彼とのお話を楽しむことにした。
「え?じゃあまだ誰とも契約してないのか?」
「せやで、今んとこみ~んな保留にしてもろてんねん」
成り行きで彼女の寮まで話しながら帰ることになった俺は、あの場で誰とも契約していないという言葉を聞いて驚いている。みんな似たようなことしか言わないからピンとこなかったらしい。まだ彼女がスカウトされていないということに俺は少し喜んだ。
ただ、今スカウトするのは止めた方がいいだろう。トレーニング終わりで疲れているだろうし、そんな時にスカウトの話をされても迷惑なはずだ。そう考えていると、彼女の方から話を振ってきた。
「なぁなぁ、キミはボクのことスカウトせぇへんの?」
一瞬、心臓が飛び跳ねそうになるがすぐに自制する。俺は冷静に答えた。
「君はトレーニング終わりだろ?そんな時にスカウトの話をするつもりはないよ。迷惑だからな」
「ふ~ん……ボクに興味は?」
「めちゃくちゃある!」
「めっちゃ正直やん自分!」
勢いのままに口走ってしまった。ただ、彼女は笑っているので好感触だったのかもしれない。そう考えることにした。
すると彼女は笑うのを止めて真面目な表情で俺に問いかけてくる。
「…なぁ、少し真面目な話してもええか?」
「どうした、急に」
「もしキミなら、ボクにどんなスカウトの言葉を投げてくれるん?」
「俺が、君に……」
まさか本当にチャンスが巡ってくるとは思わなかった。
(考えろ……ッ!考えろ、俺!ここの言葉選びは重要だぞ!)
もしかしたら、俺のスカウトを受けてくれる可能性があるかもしれない!だからこそ、絶対に間違えるわけにはいかない!
しかし、悲しいかな実績も何もない俺じゃあ三冠を取らせるとか、グランプリレースを勝たせるとかそんなことを言っても無駄な話だ。
(そもそも、彼女にその言葉を投げかけても断られるのがオチだ)
散々スカウトの時に言われただろうから。そう考える。
一生懸命考えていると、彼女は急かすように俺に言う。
「なぁなぁ、どんな言葉を言うてくれるんや?」
どちらかというとからかうように彼女は言ってくる。でもあまり待たせるわけにはいかないだろう。
(……当たって砕けろだ!俺の思いを、そのままぶつけてやる!)
俺は、自分の思ったことをそのまま口にする。
「最強のウマ娘にしてやる!」
「……はぁ?」
「俺が!お前を!最強のウマ娘にしてみせる!」
「最強て……具体的にはどんな最強なん?」
疑問たっぷりと言った表情で彼女は聞いてくる。俺は勢いのまま言葉を紡いだ。
「言葉通りの意味だ!お前を、あのシンザンやハイセイコーにも負けない、トゥインクルシリーズの歴史に刻まれるようなウマ娘にしてみせる!」
そう言うと、彼女は呆気に取られているような表情をしていた。しばしの沈黙。そして、沈黙を破るように彼女が反応する。
「…プ、アッハハハハハハ!」
滅茶苦茶豪快に笑い始めた。
「ちょ、ちょお待って、お、お腹痛い!アハ、アハハ!」
「そこまで笑う?」
「笑うやろこんなん!アカン、おかしすぎてお腹が、お腹がよじれる!」
そしてそのまま彼女は笑い続けた。俺はそれを黙ってみている。
(……好感触、なのか?)
よく分からない。ただ、悪いとは思われていない、と思う。
しばらくしたら落ち着いたのか彼女は笑うのを止めた。
「いやぁホンマおもろかったわぁ。入学してからこんなにわろうたの初めてや!」
「そいつはよかったな」
「スマンスマン、そんな気を落とさんといてや。でも、プククッ」
余程おかしかったのかまだ少し笑っている。だが、気を取り直したように表情を引き締めて俺に尋ねてきた。
「本気で言うとるんか?シンザンさんやハイセイコー先輩がどんなウマ娘か、知らないわけやないやろ?」
「もちろん知っている」
現生徒会長にして地方のローカルシリーズから成り上がり、中央でも結果を残した稀代のアイドルウマ娘ハイセイコー。
トゥインクルシリーズで史上二人目となる三冠ウマ娘であり、現役のレースは連対率100%を叩き出し生ける神話とまで呼ばれたウマ娘シンザン。
レースをあまり見てこなかった俺でも知っているレベルで有名なウマ娘たちだ。けど、それを知ったうえでも俺の意見は変わらない。
「知ったうえで言うとるんか?なおさらたち悪いわぁ」
「俺は、お前があの二人にも劣らないと思っている!」
「その根拠は?」
「勘!」
「勘て!そこは嘘でもなんか言うとこやろ!」
また笑い始める。けど、俺の雰囲気から嘘ではないと思ったらしい。真面目な表情で俺を真っ直ぐに見据える。
「本気なんやな?」
「そうだ」
「そうか、そうかぁ」
彼女は一人で納得したように頷いている。そして。
「うん、今決めたわ。キミさえよければ、ボクのトレーナーになってくれへんか?」
……俺は、今の言葉を理解するのに時間がかかった。思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「え?マジで?」
「マジや!キミおもろいし、会話してて気が合う思うてたし、なにより」
「なにより?」
彼女は、笑顔で答える。それは、人を魅了するようなとてもいい笑顔だった。
「こんなに愉快な勧誘されたん初めてや!キミとだったら、楽しいトゥインクルシリーズになるはずや!ちなみに、今更嫌と言っても無駄やで?無理矢理にでも担当になってもらうわ!」
彼女の言葉に、俺は喜びを噛みしめる。
(やっ……たぁ!マジで成功した!ありがとう三女神様!)
俺は、自分でも分かるぐらいに弾んだ声で彼女の言葉に答える。
「嫌っていうわけないだろ!これからよろしくな!」
「じゃ、お互いOKやということで、契約成立やな!それに寮も近づいてきたことやし、この辺で別れよか」
「そうだな。諸々のことはまた明日にしよう」
「今日はホンマにありがとうな!せや、契約成立したことやし、改めて自己紹介しよか!」
「ボクはテンポイント、これからよろしゅうな、トレーナー!」
「俺は神藤誠司!よろしくな、テンポイント!」
月が見守る中、俺は自分をこの世界に引き込んでくれたウマ娘と無事契約できました。
テンポイントは関西期待の星と言われていたそうです。はい、関西弁の理由はそれだけです
次の話一文字も書いてないので明日は投稿できなさそうです。
※主人公の言動や心理描写の気になったところを大幅に修正。7/22
※細かいところ含め改稿。 12/17