キャンサー杯私はオープンリーグでやっておりますが、決勝はBクラスです。ちくせう
ダービーが終わってから1ヶ月以上が経過しすでに梅雨も明けそうだというニュースを聞くようになった今日、俺とテンポイントは病院へと来ていた。理由はダービーで骨折した足を診てもらうためである。骨折して以降は週に1回は必ず行っているのでもはや慣れたものだ。
俺は神妙な面持ちで、医師の人からの言葉を待つ。今は包帯も取りレントゲンも撮り終わって最終的な判断を待っているところだ。
「……フム」
「ど、どうなんですか?先生」
俺の言葉に少しの沈黙の後、医師は笑顔を浮かべながら答える。
「……うん、大丈夫ですね!これなら軽い運動程度は大丈夫でしょう。ただし、まだリハビリ程度に留めておいてください。完全に治ったといえるまでは無理な運動はしないように」
医師の言葉に俺は喜んだ。隣の方へと顔を向けるとテンポイントも同じ気持ちなのか表情に笑みを浮かべている。
俺は医師の人にお礼を言う。
「ありがとうございます、先生!」
テンポイントはもう待ちきれないと言わんばかりに早く学園へと戻ることを提案する。
「よし、こっから1ヶ月分の遅れを取り戻すで!早速メニュー組もか、トレーナー!」
俺たちの様子を医師は微笑ましそうな顔で見ている。
「はは、お礼を言うのはまだ早いですよ。先程も言った通りまだ無理な運動はできませんのでしっかりと覚えておくように」
その言葉に俺たちは了解した旨の返事をして、病院を後にした。
病院から出た後俺は車を走らせていた。だが、トレセン学園に帰るのではなく別の場所へと向かっている。学園への帰り道でないことに気づいて怪訝に思ったのか助手席にいたテンポイントが話しかけてくる。
「なぁトレーナー、これ帰り道ちゃうよな。どこ向かっとるん?はよトレセンに戻って練習しようや」
「あぁ、トレセンには戻らないぞ。実は最近今のお前にいい施設があることを教えてもらってな。そこに向かっているところだ」
「今のボクにいい施設?なんやそれ?」
「なんでも療養とトレーニングを一緒にできる、怪我明けのウマ娘に丁度いいリハビリテーションセンターらしい。中には屋台や温泉もあるらしくてな、果てには医療施設もある充実っぷりだ」
俺も最初に教えてもらった時はもっと早く知りたかったと後悔したものだ。この1ヶ月はトレセンのプールを使用しての練習を中心に組んでおり、予約が取れなかった場合はもっぱら勉強の時間に充てていた。お金は掛かるがこれも全ては担当のため、これからのレースを勝つためと思えば安いものである。
パンフレットも貰っているので、信号待ちの間にテンポイントに手渡す。それを彼女は受け取り広げる。彼女は興味深そうに眺めていたと思うと今度は目を輝かせていた。嬉しそうにこちらに話しかける。
「なぁなぁ!ここアミューズメント施設もあるやん!ホンマにここに行くんか!?」
「そうだぞ。リハビリが終わったら少し遊んで帰るか?」
「ええんか!?……と言いたいところやけど、それはまた今度にしよか」
楽しげな声から一変して険しい声色に変わる。そしてそのまま言葉を続ける。
「前のダービー、ホンマに情けへん走りを見せてもうた。やから今は遊んどる場合やない」
「……」
前走の日本ダービーの7着。それを引きずっているのだろう。皐月賞も敗北したとはいえ2着、掲示板を逃したのは今回が初だ。そのことをこの1ヶ月ずっと悔しそうにしていた。
だが、いつまでも引きずるのは精神衛生上良くない。なので俺は彼女に提案する。
「テンポイント、今回俺はこの施設のいろんなところを回ってみたくてな。ここの設備を見て何かいいアイデアが浮かぶかもしれないし、その時に意見を貰える人がいたら助かると思ってるんだ。だから一緒にここの施設を見て回らないか?もちろんトレーニングが終わった後になるが」
そう言いながらまた信号に引っかかったので彼女の方へと目をやる。すると耳が忙しなく動いていた。おそらくだが嬉しいのだろう。
「ふ、フーン?やったらしょうがないな。付き合ってやろうやないか。トレーナーのお願いやからな!うんうん、トレーナーが回りたいんやからな!」
誰に言い聞かせているのか分からないが、彼女はそう言った。俺はその姿を見て思わず笑みを浮かべながら答える。
「そうだな。俺が行きたいから仕方ないことだ」
「せやせや!」
そんな会話をしながら、リハビリテーションセンターへと車を走らせていった。
その後特に何事もなく施設へと到着し中へと入る。そしてお互いにそれぞれの更衣室で着替えてから合流する。俺まで着替える理由は至極単純であり、スーツ姿のままだと完全に浮くからだ。周りに合わせるためにアロハシャツを着ている。テンポイントも同じような格好をしており、見た目だけならただ遊びに来ただけだ。
まあ勿論遊びに来たわけではなく、トレーニングをする前にお昼時ということで先にご飯を済ませておこうと思ったため、まだ泳ぐ格好でないだけだ。今はフードコートにいる。
俺はテンポイントに何か食べたいものはあるかを聞く。
「さて、何か食べたいものはあるか?好きなもん食っていいぞ」
「うーん、こんだけ充実しとると迷うなぁ……なんにしよか……?」
「まあ決まったら教えてくれ」
会話をしていると誰かから声を掛けられる。
「あれ~?テンちゃんだ~。こんなところで奇遇だね~」
「よぉ誠司!お前らもここに来てたのか」
声がした方へと顔を向けると、グリーングラスと沖野さんがこちらへと向かってきていた。俺は驚いた。まさかこんなところで会うとは。沖野さんに質問する。
「沖野さん、こんなところで珍しいですね。俺たちは最近ここのことを知ってきたんですけど沖野さんもそうなんですか?」
俺の質問に沖野さんは首を横に振る。
「いや、ここの施設自体は前から利用しててな。最早常連だ」
「そうなんですね。あれ?でも何のために?」
「あ~……」
そう言って沖野さんは視線をグリーングラスの方へと向ける。彼女はテンポイントとどこでご飯を食べようかと相談しているのかパンフレット片手に話していた。仲の良いことだ。それを確認すると沖野さんはこちらに耳打ちしてくる。
「グラスの身体のことなんだが、アイツの身体はそんなに強くなくてな。ここには温泉もあるだろ?湯治をしながらトレーニングするためによく来るんだよ」
「あぁ~、そういう理由ですか……」
どうやらグリーングラスの身体はそんなに強くないらしい。思えばメイクデビューも病気で遅れていたことを思い出す。身体の弱さには2人とも歯がゆい思いをしているのだろう。何となくそう思った。
ここで会ったのも何かの縁ということで、俺たちは一緒に食事を取った後トレーニングも行うことになった。テンポイントとグリーングラスは学園指定のスクール水着に着替えてきてプールでの練習を開始する。
俺と沖野さんはその様子をプールの外から見ている。時折タイムを計りながら競い合わせたりしているが、あまり無理はできない。程々にしておけとテンポイントには言っていたのだが、グリーングラスに負けた時ムキになったのか、
「クッソ!もう1回、もう1回や!負けっぱなしで終われんわ!」
「フッフッフ~。受けて立ってしんぜよう~」
「なんやその余裕!上等や、泣かしたる!」
と、なぜか喧嘩腰になっていた。いくら負荷の少ないプールでのトレーニングとはいえ傷が開きかねないので止めて欲しい。
そう思っていると隣にいる沖野さんがこちらに話しかけてくる。
「誠司、お前皐月賞が終わって以降色々言われているが大丈夫か?」
「色々って?」
「とぼけんなよ、お前も分かってんだろ?他のトレーナーからよく思われていないってこと。ダービー以降は特に酷いって聞いてるぜ?」
その話か。身に覚えがありまくる話だった。
スプリングステークスまでは特に何も言われてなかったのだが、テンポイントが皐月賞を敗北した後少しずつ俺に対する悪口が増え始めていると他の職員や仲の良いトレーナーから教えてもらっていた。その時は自分の耳に入っていなかったこととそれ以上にダービーが大事だったので気にも留めていなかった。しかし、この前の日本ダービーでの大敗を受けてその陰口は俺も耳にするほどには増えていた。本人に聞こえるように陰口とは見上げた根性である。挙句の果てにはわざわざ俺の前までやってきて
『テンポイントが負けたのはお前のせいだ』
とまで言ってくるやつまで現れた。まあクラシック候補大本命とまで言われていたテンポイントが皐月もダービーも逃しているとなると言いたくなる気持ちは分からんでもないが。それに皐月賞の敗北は完全に俺のせいなので正直言い返せない。それはそれとして直接悪口を言ってきた奴は煽り返してやった。するとそいつは顔を真っ赤にして帰っていった。図星だったのだろう、痛快だった。
俺は沖野さんの質問に答える。
「まあテンポイントの負けは俺の責任でもありますから。あいつらの言っていることもあながち間違ってないですよ」
「けど、あそこまで好き勝手言われて悔しくならねぇのか?」
沖野さんは俺が耳にした言葉よりもさらに酷い悪口を聞いたことがあるのだろう。言葉の節々から怒りが感じ取られた。同じトレーナーとして許せないところもあるのかもしれない。
俺は言葉を続ける。
「悔しくないわけないでしょう。でも、今の俺が何を言ったところであいつらには届きません。だから、実績で黙らせるんですよ。こっからレースを勝ちまくって、誰もケチをつけられないように」
「……」
沖野さんは黙ったままだ。俺はさらに続ける。
「それにいちいちそういう声を気にしてたらやってられないですからね。記者にはまだなんも言われてないけどその内なんか書かれそうですし」
「……ハハ、それもそうだな!」
沖野さんは笑ってそう答えた。今はまだ記者連中には何も書かれていないが、ここからさらに負けが込むようなら批判は免れないだろう。別にそれにどうこう言うつもりはない。事実なのだから。そう言った奴らを黙らすには実績を作るしかないのだ。
沖野さんは笑った後俺にこう言った。
「お前はそのまま頑張れよ?間違っても周りからの言葉なんかに負けるんじゃねぇぞ!」
「大丈夫です!俺他人からの評価あまり気にしないんで!」
「それもそれでどうかと思うけどな」
俺たちは笑いあう。その後沖野さんは最後に1つだけと言ってこちらに忠告をしてきた。
「だが、お前が悪く言われて傷つく奴だっている。それだけは覚えておけよ?」
「え?それって沖野さんですか?」
「俺もそうだし、おハナさんもそうだ。それに一番は、お前の担当しているウマ娘、テンポイントだよ。自分のトレーナーが悪く言われて気にしない奴なんていないからな。しっかりを気を配っておけよ?」
「……そうですね、胸に刻んでおきます」
沖野さんからのありがたいお言葉を貰ったところで、テンポイントたちの方へと意識を向ける。するとまたテンポイントが再戦を望んでいた。
「もう1回、もう1回や!」
グリーングラスは疲れているのか呆れ気味だ。
「え~?まだやるの~?いい加減止めようよテンちゃ~ん」
「嫌や!まだできるやろ!もう1回や!」
それを聞いて、俺と沖野さんはお互いに呆れた表情を浮かべつつ止めに入った。テンポイントは渋っていたが強制的に止めさせた。
その後はアミューズメント施設等を回り、いい時間になったので沖野さんたちと別れを告げて車に乗る。トレセン学園へと戻る道中、テンポイントは疲れが出ていたのか眠っていた。寝息が聞こえてくる。
「……スゥ、……スゥ」
その様子に笑みを浮かべながらも俺は決意を固める。これからのレース、彼女を勝たせるために今まで以上にトレーナーとして頑張らねば、と。
公式がアナウンスした新しいウマ娘はいまだに名前が公開されていないあの子たちなのかそれとも完全新規の子なのか……。楽しみですね