学生にとって長いようで短い夏休みも終わり、新学期を迎えて半月ほど経ったある日。トレセン学園はいつも以上の賑わいを見せていた。生徒や職員だけでなく普段であれば校内で目にすることがない一般の方々で校内は溢れかえっている。
そう、今日はトレセン学園で年に2回行われるファン大感謝祭の日。その内の秋に行われる【聖蹄祭】だ。チーム単位で出店していたり、地方出身のウマ娘が特産品をアピールしていたり果てには模擬店もあったりする。後は普段ライブ用に使われている特設ステージでショー系の出し物や体育館を利用しての発表会など、やってることは文化祭に近いだろう。また、生徒主導で行われるといったものの、大掛かりな準備などは基本的に用務員も手伝うことになっている。そのため、俺も聖蹄祭の準備に追われていたので大変だったがこうしていざ始まっていろんな人の笑顔を見ていると頑張った甲斐があったと感じられる。
そんなことを思っていると、テンポイントから話しかけられる。
「……なぁ、トレーナー。1つええか?」
彼女の声は少し不満気だ。一体どうしたのだろうか?せっかくのお祭りなのに。
「どうした?何かあったか?」
「……確かに、ボクは暇言うたで?やからなんかないかとも言うた。でもなぁ……」
そして彼女は我慢の限界とばかりに叫ぶ。
「なんで!こないなところで焼きそば売らなあかんねん!」
客が今いないのをちゃんと確認していたのだろう。叫ぶ前にちゃんと周りを見渡していた。
そう、俺は今トレーナー室があるプレハブ小屋の前で焼きそばを作っている。テンポイントは暇だからという理由で売り子を担当してもらっているのだ。やっぱり野郎よりも彼女のような美少女に手渡される方が客としては嬉しいだろう。それにテンポイントは〈貴公子〉の名に恥じないぐらい女性人気が高い。集客にはもってこいだろう。先程客がはけた後にSNSを確認してみると彼女が売り子をしていることが拡散されていたのでこうなれば完売もすぐかもしれない。今でこそ客はいないがもう少ししたらごった返すだろう。
そこまで考えたところで彼女の疑問に答える。
「こんなところ言うな。特設ステージも近いから毎年割と来るんだぞ?後焼きそばは俺の趣味だ」
「まあ百歩譲って焼きそば売るのはええわ。でもなんでボクが売り子せなあかんねん!なんもない言うてたから聖蹄祭一緒に見て回ろ思うてたのに!」
どうやらせっかくの聖蹄祭を焼きそばの売り子で潰されることがご立腹らしい。だが今のペースでいけば次のラッシュが来た時に完売するだろう。材料もそこまで持ってきているわけではないし。なのでそのことを彼女に伝える。
「まあ落ち着けって。お前に売り子をしてもらっているのは身も蓋もない言い方をすれば集客のためだ」
「ホンマに身も蓋もないな!」
「だが材料もそんなに残っているわけじゃない。次のラッシュがくれば完売するだろう。だからあともう少しだけ手伝ってくれ。完売したら後は本当に自由にしていいから。褒美も上げるからさ」
「……褒美はなんや?」
「お前のお気に入りのパフェ3日分と今日のバイト代でどうだ?」
「……まあええわ。今回のことはそれで許したる」
どうやら許してもらえたらしい。後は売り切るだけだろうと思っていたらSNSの投稿を見た人たちが今来たのだろう。大勢の人がこちらへと向かってきていた。
俺はテンポイントに檄を飛ばす。
「残りの材料的にアレを捌いたら終わりだ!気張っていくぞ!」
「ちょ!?いくらなんでも多すぎやろ!あぁもう、やったらぁ!」
そのまま俺は焼きそばを作りテンポイントがそれを客に手渡しお金を受け取っていく。そして捌き終わった後は予想通り材料が無くなっていたのでこれで閉店だ。後は適当に聖蹄祭を見て回っておこう。テンポイントにはちゃんと今日の売り上げ分からバイト代を出す。残りは遠征費用にでも充てるとしよう。
売り切った後はテンポイントは聖蹄祭を回るために他のとこへといったため別れた。彼女の友達であるクライムカイザーとグリーングラスの2人が来たので一緒に回るつもりなのだろう。トウショウボーイの所在について聞くと
「ボーイさんは休憩になってから合流する予定なんです」
とクライムカイザーが言っていた。沖野さんのとこは出店しておらずハダルは出店しているがクライムカイザーはシフトは後の方だということらしい。なんか売り子を嫌がっていた理由も少し分かった気がする。下手をしたら回ることができないところだったので悪いことをしてしまった。
別れた後俺は何をしているのかというと屋台の片づけをしていた。もう売り物もなくなった今出しててもしょうがないのでちょっと早いが片付けに移っている。
そして片づけをしていると誰かやってきたのか俺に声を掛けてきた。
「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるし」
高い声だから女の子だろう。誰だと思って振り向くとそこに立っていたのは学園では見たこともないウマ娘だった。茶色の髪をショートヘアにしており、タレ目だがどことなく強気というか勝気な印象を受ける。ただそれ以上に俺が思ったのは
(なんかテンポイントに似てるな?)
テンポイントに似ているという所だ。髪色・髪型や雰囲気などは全くの別人だが、顔つきを見てみるとテンポイントに似ている。身長も同じくらいだ。ただテンポイントよりは子供っぽい印象を受ける。妹か誰かだろうか?
とにかく俺は返事をする。
「はい、どうされましたか?焼きそばでしたらもう売り切れてしまったんですよ、すいません」
一応初対面かつおそらく学園外の人物なので丁寧な口調で応対する。しかしどうやら聞きたいことは違ったらしく目の前の少女は鼻を鳴らした。
「違うし。そんなことどうでもいいし」
(どうでもいいて)
まだちょっとしかやり取りしていないので判断しかねるが勝気な性格なのは間違ってなさそうだ。そのまま彼女は話を続ける。
「おね……テンポイントのトレーナーってのはどいつだし?そいつに会わせて欲しいし」
どうやら彼女はテンポイントのトレーナーなる人物に用事があるらしい。まあつまるところ俺に用事があるらしい。しかし彼女は本当に誰だ?
「テンポイントのトレーナーなら私のことですが……、一体どのような用件でしょうか?」
失礼のないように敬語は継続する。すると彼女は俺が探していた人物だと知って驚いたのか目を丸くしていた。そのまま俺のことを穴が開きそうなレベルで見てくる。
彼女はボソッと呟いた言葉は俺の耳にまで届いた。
「フーン、あんたが……なんか冴えない奴だし。本当にトレーナーか怪しいし」
「聞こえてんぞ」
冴えないなんて言われたのは初めてだ。俺に関わったことのある奴は基本的にそんなこと絶対に言わないので本当に初めて言われた。
彼女は俺の言葉が聞こえてないかのように振舞い、言葉を続ける。今度はこちらに聞こえるようにはっきりと。
「じゃ、ちょっと立ち上がってほしいし」
「はあ、まあそれくらいいいですけど……」
俺は言われたとおりに立ち上がる。すると彼女はこちらに近づいてきた。一体何をするつもりなのだろうか?
丁度お互いの手が届くぐらいの距離になったところで歩みを止める。握手か何かでも求められるのかと思ったその瞬間
「天誅だし!」
脛を思いっきり蹴られた。さすがにウマ娘のパワーで本気で蹴られたら骨が砕けるどころではないので手加減はしているのだろうが完全に不意を突かれたので俺は悶絶する。あまりの痛みにその場にしゃがみこんでしまう。
「痛ッッッッテェッ!?」
何すんだ、と言いたいがあまりの痛みにその言葉は続かない。なんとか顔を上げて彼女の表情を見てみるとこちらに対してあっかんべーと言わんばかりの顔をしていた。
「ざまぁみろだし!お姉を負けさせた罪は重いし!」
お姉?ということはこいつはテンポイントの妹か?そういえば妹がいるってのをテンポイントから聞いたことがある。トレセン学園に来る前はとても仲が良くいまでも週に1回以上は連絡を取り合うぐらいには仲が良いらしい。
だが、すぐにそんな思考もできなくなる。痛みは引いてきたとはいえいまだに立ち上がることができない。というか負けさせた罪ってのは皐月賞とダービーのことだろうか?色々聞きたいことはあるのだが彼女はとっくに離れたところにいた。
「いい気味だし!そのまま悶絶してろし!」
捨て台詞を吐いて立ち去って行った。彼女が立ち去ってしばらくした後何とか立てるまでに回復する。台詞だけで考えるなら彼女は姉思いの子なんだろう。蹴った理由もテンポイントが負けた原因がトレーナーにあると考えたからだと思う。姉の代わりに妹が、と言えば聞こえはいいだろう。だが、
「いくらなんでも蹴るのは無しだろ……。手加減はしてるから最低限の良識はあるんだろうけど」
やられた側はたまったものじゃない。微妙に痛む脛をさすりながら俺はまだ途中だった屋台の片づけに戻るのだった。
トレーナーと別れた後、ボクはグラスとカイザーと一緒に聖蹄祭を回っていた。途中、シフトが終わったボーイと1人で回っていたらしいクインを一緒に連れて色々な屋台へと足を運んでいた。トレーナーから売り子を頼まれた時には間に合うかどうか疑問に思っていたが、トレーナーの性格ならグラスとカイザーが来たタイミングで売り子はいいから遊んでおいでと言うだろうな、と思いつつボクを含めた5人で楽しんでいた。
みんなからも口々に楽しいという言葉が聞こえてくる。
「いやぁ、やっぱお祭りってのはいいな!クインもそう思うだろ?」
「フフ、そうですねトウショウボーイ様。普段の学業など忘れてしまいそうになります」
「見て見てみんな~、犬の散歩~」
「いつの間にヨーヨーなんて買ったんですかグラスさん……」
「みんな、このたこ焼き結構イケるで。食べてみぃ」
「お~たこ焼きにはうるさいテンちゃんが珍しいね~。じゃあ一口~」
「オレもオレも!」
「まあ待ちや。今みんなの分渡すから」
そんな会話をしているとどこからか声が聞こえた。
「お姉!やっと見つけたし!会いたかったし!」
その方向へと視線を向けるとボクの妹、キングスポイントがこちらへと小走りで近づいてきていた。そのままの勢いで抱き着いてきたのでボクは彼女を抱きかかえる。
「キングス!えらい久しぶりやなぁ、お母様たちはどうしたんや?」
「母さんたちは体育館の方に行ったし。あたしだけ別行動してたし」
「そかそか。しかしホンマ久しぶりやなぁ、元気しとったか?」
「元気ありありだし!お姉も元気そうでよかったし!」
キングスとの会話に花を咲かせていると、みんながこちらを口を開けて見ていた。そう言えば紹介していなかったと思い、みんなに紹介する。
「そういや紹介しとらんかったな。この子はボクの妹のキングスポイントや!将来はトレセン学園入る言うとるし、皆仲良くしてくれると嬉しいで」
「……」
しかしキングスは警戒心を露わにしている。もとより人付き合いをする方でもないのでまあ仕方ないかもしれない。
こういう時真っ先に反応するのはやはりボーイだ。笑顔を浮かべながら握手を求めている。
「テンさんの妹か!オレはトウショウボーイ、よろしくな!」
「……アンタがトウショウボーイだし?」
「へ?そうだけど。もしかしてオレのファンだったりするのか?」
ボーイがそう言った瞬間、キングスは指を突きつけて宣言する。
「お姉の方があんたなんかよりずっと強いし!あんまり調子に乗らない方がいいし!」
キングスのその言葉にボーイは呆気に取られている。他のみんなも同様だ。ボクはキングスに謝るように促す。
「キングス!失礼やろ!はよ謝りぃ!」
「あたしは事実を言っただけだし!お姉の方がこんな奴より強いし!」
その言葉にボーイたちはいろんな反応を示す。
ボーイは
「こんな奴って……」
こんな奴呼ばわりされて少し落ち込んでいた。グラスとカイザーは
「なんていうか~すごい子だね~」
「お、お姉さん思いなんですよきっと」
予想外のインパクトに驚いているようだ。クインは
「と、トウショウボーイ様の方がお強いです!自信を持ってください!」
「ありがとクイン。励ましは嬉しいけどそこは別に気にしてねぇから……」
ボーイに励ましの言葉を贈っていた。微妙にずれているが。
しかしキングスは一向に謝る気配はなく、その後はお母様のいる体育館へと戻ると言って別れた。ボクはキングスの代わりに謝る。
「スマンみんな!いつもはあんな子やないんやけど……。気ぃわるぅしたよな?ホンマにスマン!」
しかし、皆は笑って答えた。特にボーイは敵視されていたのにだ。
「いいっていいって!それに可愛いもんじゃねぇか!お姉ちゃん大好きってのが伝わってきたぜ?」
「いや~あんなに慕われてると嬉しいものだよね~」
「キングスちゃんにとっていいお姉さんなんですね、テンポイントさん」
「大丈夫ですよテンポイント様。皆さん特に気にしてはいないようですので」
みんなからの言葉が嬉しかった。ただ後でキッチリと叱っておこう。それがキングスのためにもなる。
その後みんなと別れてトレーナーのところへと帰ったところ脛をさすっていたので何かあったのかと聞いたところ、
「お前の妹らしきウマ娘に脛蹴られた」
と言っていたので、キングスの代わりにボクが謝る。トレーナーは
「お姉さん思いのいい子だったぜ。だからあんま気にしてないよ」
と言っていたが、キングスに叱ることが1つ増えたな、とボクは内心思うのであった。
お姉ちゃん大好きな妹概念は私の性癖に刺さりますね。大好物です。