秋のファン大感謝祭、聖蹄祭も無事に終わりを迎えて数日たったある日。トレセン学園に所属しているトレーナーが理事長によって召集されていた。無論俺もトレーナーの1人であるため集合場所である会議室へと歩を進めている。向かっている道中で坂口と出会った。
「よぉ、坂口。久しぶりだな」
「あ、神藤さん。お久しぶりです!もしかして神藤さんもですか?」
「そうだな、トレセン学園に所属している全トレーナーだから俺も今向かっているところだ」
「だったら一緒に行きませんか?僕も今向かっているところなので」
坂口の提案に俺は了承する。どうせ目的地は一緒なので断る理由もない。会議室に行くまでの道中俺たちは今回集められた目的について話していた。坂口にも心当たりはないようだ。
「しかし、理事長からの招集って何があったんでしょうね?」
「トレーナーの大量解雇とかじゃね?」
「いや、ただでさえ不足してるのにこれ以上減らしてどうするんですか……」
「まあ大量解雇は冗談だとしても集められる理由については心当たりがないよな。俺にも分からん」
「だったら僕もお手上げですね。情報通の神藤さんに分からなかったら僕にも分かりませんから」
周りからは情報通呼ばわりされてるのか俺は。確かに自分で言うことでもないが交友関係は広い方なのでいろんな情報は入ってくる。まあたまに視野が狭くなるせいで情報を見逃すこともあるが。この前のリハビリ施設なんかがいい例だ。
お互いに理事長が全トレーナーを招集した理由を考え、話しながら歩いていると集合場所である会議室へと到着する。俺はドアを開けて中へと入るとすでに何人かきていたようだ。席にまばらに座っている。その中にはおハナさんの姿もあった。とりあえず坂口と一緒に近場の席に座って他のトレーナーと理事長の到着を待つことにする。
待っている間も暇なのでお互いの担当の話でもすることにした。俺は坂口に担当しているウマ娘のことについて聞く。
「そういえば坂口、お前が担当している子って今どうなんだ?」
そう聞くと坂口は嬉しそうにこちらへと話を切り出す。
「そうなんですよ!聞いてください!最近重賞を取ることができたんです!」
「お、おう、そうか。嬉しいのは分かるがちょっと落ち着け。周りが見てるぞ」
周りの視線に気づいたのか坂口は恥ずかしそうに席に座りなおす。
まあ嬉しい気持ちは非常に分かる。担当の子が勝つだけでも嬉しいものだ。それが重賞レースともなると喜びも爆発するだろう。実際俺もそうだった。それに坂口がトレーナーになったのは俺よりも前だ。それまでは鳴かず飛ばずで担当を勝たせてあげられない自分が不甲斐ないと用務員の俺によく愚痴りに来ては酒を奢ってやったものだ。そんな中でようやく重賞を取ったともなれば喜びは俺よりも上だろう。素直に祝福する。
「しかし良かったな。おめでとう」
「はい!その日は担当の子と喜びを分かち合いました!」
そんな話を続けていると他のトレーナーも集まってきて会議室の席が埋まる。俺たちも会話は一度中断して理事長が来るのを待つ。少し待つと理事長が秘書のたづなさんと一緒に会議室へと入ってきた。トレーナー全員が立ち上がる。理事長に向かって一礼をした後理事長が話を切り出す。
「感謝ッ!皆忙しい中集めてしまって申し訳ない!着席してくれ!」
その言葉とともに俺たちは椅子に座る。理事長が話を続ける。
「さて、あまり長々と話を引き延ばすのもよくないだろう。早速今回集まってもらった目的について話そうと思う!たづな、資料を配ってくれ!」
「かしこまりました」
理事長の言葉とともにたづなさんが資料を配り始める。渡された資料に目を通す。
(【サポート科の改革案】?確かこれって……)
前にテスコガビーが職業体験に来た時に少しだけ耳にした言葉だ。あの時はまだ計画段階と言っていたがようやく実現できそうだからと今回集められたのだろうか。
そんなことを考えていると理事長が話始める。
「清聴ッ!今回キミたちに集まってもらったのはこの資料のことについてだ!我がトレセン学園はURAの全面的な支援の下、連携を取ってサポート科を充実させようと思っている!資料に目を通してみてくれ!」
俺は言われた通りに資料に目を通す。その内容を確認してみると現在のサポート科の問題点、それらに対する改善点、そして改革案などが書かれていた。
(確かにサポート科って影が薄いからな。知らない生徒の方が大半だろう。だからまずは知ってもらおうってところからか)
まずサポート科の問題点について実態を知らない生徒が多数見受けられることが挙げられていた。そしてそれを改善するために月に数回、通常の授業に取り入れてみるのはどうかという改善点が挙げられている。他にも多数の改善の余地があるものについて触れられていた。
理事長は俺たちが資料を読み進めている中、再度話を始める。
「我がトレセン学園では毎年少なくない退学者が出ている。夢破れて去るもの、怪我で走れなくなった影響から去るもの、デビューすらままならず去るもの、理由は様々だ。しかしッ!私はそういった生徒たちに向けて充分なサポートができていただろうか?まだできることはあったのではないだろうか?私はそう思わずにはいられないのだ!」
理事長は力説している。言葉の端々から悔しさのようなものが滲み出ているように感じられる。そのまま理事長は話し続ける。
「故にッ!今回の件に踏み込むことにした!改革ッ!走る生徒のことだけではなく、何らかの理由によって走れなくなった、走ることが難しくなった生徒へのアフターケアをこれからは充実させていくことを私は諸君らに提案する!」
今回俺たちトレーナーが集められたことに納得がいった。このトレセン学園でウマ娘に1番関わりが深いのは俺たちトレーナーだ。ウマ娘のメンタルケアや体調の管理も行っているのでもし異常があればサポート科への進路を勧めることを推奨する……といった感じだろうか?
だが、これには問題点がある。それを指摘しようとすると1人のトレーナーが挙手をする。理事長からの許可をもらい、そのトレーナーは発言した。
「理事長、あの子たちは走ることに関しては人一倍思いが強いです。その子たちに走ることを諦めてサポートに回れというのはあまりにも酷ではないでしょうか?」
そう、これが今の話を聞いて思った問題点。ウマ娘側の意思はどうするというものだ。お前は向いてないから走るのをやめてサポートに徹しろというのはあまりにも酷い話だ。
だが理事長はその質問を見越していたように淀みなく答える。
「そうだな、それはあまりにも酷な話だろう。だからこそ諸君らに協力してもらいたいのはあくまでこんな道もあるのだということを提示してもらいたいのだ!道を狭めるのではない、道を広げて選択肢を増やすという考えを担当の子たちに教えることに協力してほしい!無論ッ!教師陣も例外ではない。選択肢が増えることで悲しい気持ちになるウマ娘が1人でも減らせるように尽力してもらいたい!」
(道を狭めるのではなく道を広げる、か)
走ることに集中しすぎてその道しか与えなかったら完全に走れなくなった時にその子に待っているのは絶望だ。だからこそ、他の道を提示してあげることで走る以外での自分の道があることを担当に示してあげる。走ることを奪うのではなくレースで走ることを選択肢の1つとしたうえで他の選択肢を増やしてあげて欲しい。理事長はそう言いたいのだろう。
「なるほど……、ありがとうございました」
理事長の言葉に納得したのか、先程発言したトレーナーは頷きながら席に座る。その後も質問は何度かされていたか理事長は完璧な受け答えをしていた。さすがというべきだろうか。
俺は理事長の言葉に耳を傾けながら資料のページを捲っていく。すると気になるページが出てきたので思わず俺は挙手をして質問してしまう。
「許可ッ!どうしたのだ神藤トレーナー?」
「り、理事長!このサポート科の改革案にある項目の1つにある職業体験の欄、トレセン学園用務員と書かれているのですが俺の見間違いじゃないでしょうか!?」
そう、サポート科の改革案の1つに将来の選択肢の幅を広めるために実際に職業を体験できる職業体験コースというものがあった。そしてその中の1つにトレセン学園の用務員という文字があったのである。もしこれが本当ならば若者不足が多少は解消されるかもしれない。
俺の言葉に理事長は答える。
「否定ッ!見間違えではないぞ!かねてより用務員が人手不足ということは聞いていた。それはひとえに用務員の実態がよく分からないというせいでもあったのだろう。しかーし!この改革を実行する際に用務員としての仕事を体験できる授業を設定する予定だ!そうすればウマ娘の子が用務員を希望するかもしれないからな!人手不足も多少は改善されるだろう!」
「うおォォォォォ!理事長!俺一生理事長について行きます!」
「そ、そうか。前々から思っていたが君は本当に分かりやすいな」
あまりの嬉しさに言動がおかしくなる。それほどまでに喜ぶべきことだ。特にウマ娘ともなれば若い男と同様に力仕事だって頼める。理事長には感謝しかないだろう。俺のテンションの上りように理事長は若干引き気味だったが。
その後も会議室での説明会は進んでいき最後の質問へと移っていった。しかし、その質問はあまりにも予想外だった。本当に俺たちと同じトレーナーかと疑うほどに。
「理事長、質問よろしいでしょうか?」
「許可ッ!遠慮なく言って欲しい!」
「では失礼して。今回のサポート科の改革案、私は全くの無駄だと思います」
その言葉に室内の空気は凍りつく。俺もあまりの発言に絶句した。
(おいおい、これのどこが全くの無駄だよ?)
理事長もわずかに眉をひそめたがすぐに表情を戻し質問の意図を問う。
「なるほど、ではなぜ無駄だと思ったのか教えて欲しい」
発言を促されてそのトレーナーは言葉を続ける。
「理事長は道を狭めるのではなく道を広げて欲しい、そうおっしゃいましたが道を広げるのはただの逃げじゃないでしょうか?将来の選択肢を広げてしまったらレースに本気を出して走らない子が出てくる可能性があるでしょう?どうせレースで負けても別の道があるからいいや、そう考える子も出てきます。レースに対するモチベーションの低下にもつながるでしょう。理事長はやる気のない子を増やすおつもりですか?」
あまりの発言に他のトレーナーが苦言を呈している。だが奴はどこ吹く風だ。
俺はその様子を黙って見ている。ただ腸が煮えくり返っていた。
(どこの誰だか知らんが、見てるだけでムカついてくるな。要はやる気のないウマ娘なんか中央には必要ないし増えるのも困るってことを言いたんだろうが……、ウマ娘側の気持ちを微塵も考えてねぇ)
中央のトレーナーはエリート職と呼ばれているし人数不足とは言ってもそれなりの人数はいるのだ。だからこそこういう奴は一定数存在する。その証拠に奴の周りの人間は賛同の意を示すように頷いている。正直、個人的な感情を言うなら気持ち悪いことこの上ない奴らだ。関わり合いたくもない。
ふと理事長の方へと目を向けると、背筋が震えた。怒っている。普段は明朗快活で温厚な理事長が目に見えて分かるほどに。
「……なるほど、君の言いたいことは分かった。話したいことはそれだけか?」
理事長はそう発言する。しかし、その言葉には怒気がこもっている。当然だろう。全てのウマ娘に幸せでいて欲しいと考える彼女にとってとても許しがたい発言をしたのだから。
件のトレーナーは一瞬たじろぐもののすぐに取り繕い発言する。
「は、はい。サポート科の改革案など必要ない、私はそう考えます」
「……君の言いたいことも一理ある。それに今回はあくまで草案、ここからまた改善していく予定だ。次は君も納得するほどの案を考えておこう」
だが、ここで頭ごなしに否定するのは良くないということは理事長が1番分かっているのだろう。怒るのではなく改善することを約束する。
奴はその言葉にありがとうございますと一言告げた。
最後にひと悶着あったものの、会議は解散となる。次々と部屋から退出していく。その流れに沿って俺と坂口も部屋を後にする。
部屋を出てしばらくした後、2人になったタイミングで坂口が我慢の限界とばかりに怒鳴りだす。
「なんっなんですかアイツは!ウマ娘の子たちをなんだと思ってるんですか!」
そう言って憤慨する坂口を俺は宥める。
「落ち着け坂口。中央のトレーナーつってもいろんな奴がいる。アイツもその1人だったってだけだろ」
「だとしても!同じトレーナーとして許せませんよ!」
担当のことを自分を上げるステータス程度にしか見ていないのだろう。あの発言からそう言った気持ちが透けて見えた気がした。だが怒ったところでどうにもならないのも事実だ。1番の解決策は関わらないことである。
どうやって坂口を宥めようかと考えているところ柳さんがこちらへと来ていた。
「やぁ神藤君、坂口君。……その様子だと、君たちもあまりいい気分じゃなかったようだね」
俺はすぐに返事を返す。
「柳さん、お久しぶりです。まあそうですね。アレを聞いていい気分な奴なんていないでしょうよ」
柳さんは苦笑いをしながら言葉を続ける。
「まあそうだろうね。私も同業者としてどうかと思うよ」
すると周りを警戒するように見渡しかと思うと声を潜めてこちらに話してきた。
「神藤君が周りのトレーナーから良く思われていないって話は聞いているだろう?彼、時田はその筆頭さ。だから顔は覚えておくといい、いざという時のためにね」
どうやら俺のことが気に食わないトレーナー連中の頭みたいな奴らしい。まああの発言と態度からそんな気はしていた。
「忠告ありがとうございます。気をつけておきます」
俺は柳さんにそう返すと未だに憤慨している坂口を宥めることに戻る。柳さんの協力もあってかやっと落ち着いた。
トレーナーにもいろんな考えの奴がいる。ここにいる2人のようにウマ娘に寄り添い続ける奴、時田のような考えの奴。少なくとも俺はここにいる2人のようなトレーナーになりたいと思った。
坂口は選抜レースの時に主人公と会話をしていた人物。柳は皐月賞前の調整で併走をしていた子のトレーナーです。時田に関しては今回初登場ですがエリート思考の人間ってこんな感じなのだろうか……と思いながら書きました。
ウマ娘のメインストーリー最終章最高でしたね。思わず涙が出ました。
※細かいところを修正 7/22