ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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菊花賞前に焦るテンポイントとそれを諫めるトレーナー回。


第33話 焦燥の少女

 京都大賞典が終わってから時が流れ、菊花賞まで残り1週間と迫っている。前走の3着という結果を受けてかテンポイントはより一層気合を入れて練習に取り組んでいる。

 

 

「……ハァ、……ハァ!まだや、まだまだぁ!」

 

 

「……」

 

 

 ……いや、気合を入れすぎていると言った方がいいだろう。普段行っている強めの調整よりもさらに負荷をかけて練習をしていた。付き合いも長くなってきたので彼女の限界値も分かるようになってきたのだが、今の状態が限界値ギリギリである。あまりにも行き過ぎるようなら止めるつもりなのだが、それを許さないとばかりの気迫を感じている。

 京都大賞典での敗北だけなら彼女はここまで自分を追い込みはしなかっただろう。しかし皐月賞の前走であるスプリングステークス以降勝ち星が遠ざかっている。クラシックレースも勝っていないので最後の菊花賞は何としてでも取りたいと考えているのかもしれない。それに加えて彼女が特に意識しているトウショウボーイの存在も大きい。京都大賞典を敗北したテンポイントとは違い、トウショウボーイはダービー明けの札幌記念こそ敗北したが菊花賞のトライアルレースである神戸新聞杯と京都新聞杯を華々しく勝利した。特に神戸新聞杯はレコードタイムでの勝利だ。それまで超えることのなかった芝2000mのタイム1分59秒の壁を突き破っての勝利、テンポイント贔屓で有名なあの実況者をして恐ろしい勝ち時計と言わしめるほどだった。

 この報告を受けてテンポイントは今まで以上の練習を希望するようになった。余程トウショウボーイを意識しているのであろう。闘志が隠しきれていなかった。俺もその希望に応えるべく、今の彼女が耐えられるであろう練習メニューを作り、京都大賞典以降はそのメニューを着々とこなしていた。

 その甲斐もあってか菊花賞に向けての調整は万全と言ってもいいだろう。後はしっかりと調子を維持して本番を迎えるだけなのだが、テンポイントはまだ自分の走りに納得いってないのか休憩の時間になっても練習を止めない。だが流石にこれ以上やると身体が壊れかねないので俺は止めに入る。

 

 

「テンポイント、そこまでだ!それ以上やると身体を壊すぞ!」

 

 

「……分かった」

 

 

 こちらが強めの声で練習を制止すると、ようやく彼女は練習を止め休憩へと入る。息が整う時間がいつもより長いが、以前の練習の倍近い数をこなしているのだ。それに休憩に入る時間がいつもより遅かったのもある。いくらスタミナがついてきたと言ってもキツいことには変わりないだろう。

 俺はテンポイントの息が整ったタイミングを見計らって声を掛ける。彼女を落ち着かせるためだ。

 

 

「テンポイント、気合を入れて練習をするのはいいがお前の場合は気合が入りすぎた。その調子でいったら菊花賞はまた調子落ちするぞ」

 

 

 テンポイントは俺の言葉に反論する。

 

 

「確かにそうやろな。やけど、気合が入るのも当然やろ。次がもう最後のクラシック3冠レース。そして菊花賞はどんなウマ娘が勝つか、それが分からへんわけないやろ」

 

 

 俺は彼女の言葉に分かっている、と一言付け加えて頷く。

 クラシックレースの終着点菊花賞。最も強いウマ娘が勝つと言われるそのレースはクラシック級ウマ娘が初めて挑戦する3000mという長い距離に加えて2回にわたる坂越えがコースにある。スピードとスタミナ、その両方が要求されるレースだ。今までの最長が2400mのテンポイントにとって3000mは未知の領域、気合を入れて練習に臨むのも分からない話ではない。

 しかし俺は彼女を諭すように話す。

 

 

「だからと言って怪我をしたら元も子もないだろ。さすがにお前との付き合いも短くないから限界も分かっている。お前も自分の限界に薄々気づいてるだろ?これ以上やると身体を壊しかねないぞ」

 

 

「せやけど……、せやけど……!」

 

 

 ここが限界だと自分でも薄々気づいているのだろう、悔しそうに歯噛みしながら答える。

 

 

「焦る気持ちは分かる。スプリングステークス以降勝ちは遠ざかっている、皐月はトウショウボーイ、ダービーはクライムカイザーに取られた。最後の菊花賞は何としてもという気持ちはあるだろう」

 

 

 俺の話をテンポイントは黙って聞いている。そのまま俺は話を続ける。

 

 

「だが、焦る気持ちがある時こそ周りをしっかり見て落ち着くことが大事だ。焦りは視野を狭めるし良くない結果に繋がる。じっくりと歩を進めるんだ」

 

 

「……」

 

 

 俺のその言葉にテンポイントは閉じていた口を開く。

 

 

「誰の受け売りや?それ」

 

 

「……やっぱり俺の考えじゃないってバレた?」

 

 

 俺を見て彼女は嘆息する。

 

 

「当たり前やろ?それなりの付き合いや、何となく分かるで」

 

 

「マジか……。まあいい、この言葉は他のトレーナーの受け売りだ。今のお前にはピッタリじゃないか?」

 

 

「……せやな、休憩取って少しは頭冷えたわ」

 

 

「それはなによりだ」

 

 

 どうやら休憩を取ったことで少し落ち着いたらしい。鬼気迫る雰囲気を纏わせていたが、今は普段通りの彼女に戻っている。その様子を見て俺は安堵した。これなら大丈夫だろう。だが、それと同時に今度は俺に不安が襲ってきた。

 ……正直なところ、俺にも焦りがないわけじゃない。自分が立てた作戦に間違いはないか?テンポイントがレースで負けた時、原因を作ったのは自分ではないか?ジュニア級での成績で俺自身天狗になって様々なことを怠っていたんじゃないか?そもそも彼女にふさわしいトレーナーなのだろうか?自分は彼女の才能を潰しているんじゃないか?ここ最近はそんなことを考えるようになった。

 だが、俺はすぐに頭を切り替える。終わったレースのことを考えても仕方がない。それに、彼女は偶然の出会いだったとはいえ俺をトレーナーに選んでくれた。なら、ふさわしいとかふさわしくないとか考えるのは選んでくれた彼女に申し訳が立たないだろう。

 ふさわしくないならふさわしくあるように頑張ればいい。彼女が胸を張れるようなトレーナーになろう。そう頭の中を切り替え、悪い考えを全て払拭する。頭の中から不安なことは消えた。

 考えを切り替えたところで休憩の終わりを告げるタイマーが鳴る。

 安堵したところで休憩の終わりを告げるタイマーが鳴る。俺はテンポイントに確認する。

 

 

「さて、休憩も終わりだが……。どうする?もう少し休憩するか?」

 

 

 俺の言葉に彼女は首を振る。

 

 

「いや、大丈夫や。もう回復したからいけるで」

 

 

「分かった。ただし、また無茶をするようなら容赦なく止めるからな」

 

 

 その言葉に苦笑いで返してきた。

 

 

「分かっとる分かっとる。もう無茶せんように気ぃつけるわ」

 

 

 そう言って彼女はまた練習へと向かっていった。休憩の時間で思ったよりリラックスできたのかその後の練習は休憩前よりも調子が良さそうに練習することができていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近は日が沈むのも早くなってきた。辺りが暗くなってきたので練習を終わり、テンポイントはクールダウンへと移る。

 満足のいく練習ができたのか機嫌が良さそうにしている。

 

 

「機嫌良さそうだな、テンポイント」

 

 

「ん~?まあそうやな。今日は満足いく練習できたからやな。京都大賞典が終わった後は初めてやなこないな気持ちで練習できたんは。練習メニュー考えてくれたトレーナーのおかげやな!」

 

 

「そうか、それならよかった」

 

 

「なんやなんや~?もうちょい喜んでもええんやで~?」

 

 

 こちらを揶揄うような口調で言ってくる。

 

 

「テンポイント、俺の身体をよく見て見ろ。震えているだろ?今滅茶苦茶歓喜している」

 

 

「ホンマや。なんやそれおもろいな!」

 

 

 そうして他愛のない会話に花を咲かせる。大きいレースを前に緊張感がないと言われるかもしれないが、気負いすぎるよりはマシだろう。

 その後は彼女は寮へと帰っていき俺はトレーナー室へと戻る。菊花賞へと出走するメンバーは大体絞れて来ていた。その対策を考えるためだ。

 まず菊花賞の大本命であるトウショウボーイ。神戸新聞杯でのレコード勝利、ダービーと札幌記念では後れを取ったものの調子は上がってきていると京都新聞杯のインタビューで答えていた。そのため今回の大本命というのも過言ではない。

 トウショウボーイの最大の武器はあの加速力だ。トップスピードならテンポイントも負けてはいないが、加速力という点だとトウショウボーイには劣る。だからこそ最後の直線では先頭に立って優位に進める必要があるだろう。最後の直線でトウショウボーイより前を走る。これを徹底させる必要があるだろう。

 次はダービーウマ娘、クライムカイザーだ。彼女はトウショウボーイと同じレースに出走していたが、全てトウショウボーイに先着を許している。ただ、後方から差してくる脚は驚異の一言だろう。コース取りも一級品であることから油断はできない相手だ。展開に左右されるもののペースによっては実力を発揮できないまま沈む可能性もあるが、テンポイントが逃げでペースを作るわけじゃないから運が絡むことを考えるのは良くないだろう。

 他のウマ娘の資料を見ながら、それぞれに対する対策を考えていく。ただ考えるべきはトウショウボーイとクライムカイザーの2人になるだろう、そう思っていたのだが俺はふと気になる名前を見つけた。

 それは沖野さんが担当しているグリーングラスだ。彼女は菊花賞に出走できるかどうかギリギリだったのだが、何とか出走に滑り込めたらしい。

 普段であれば気にするようなことではないだろう。グリーングラスは現時点で重賞未勝利でありメイクデビューと条件戦を何とか勝って出走にこぎつけたような状態だ。普通であれば警戒するような相手じゃないと考えるのが自然のはずだ。

 だが、この時の俺はそうは思わなかった。胸騒ぎを覚えたのである。

 

 

「グリーングラスの勝ったレースの着差は1/2、アタマ、アタマ差か……。どれもギリギリだな……。だが、その原因が距離が短すぎるせいで彼女の本領が発揮できていなかったのだとしたら……彼女の本領が発揮できるのが2500m以上の距離だったのならば……」

 

 

 俺はある一つのことを思い出す。それはグリーングラスが生粋のステイヤーであるということ。そして、3000mという距離ならば、彼女は今までのレースなど参考にもならない走りをしてくるのではないか?その疑念が頭をよぎる。

 警戒しておくウマ娘リストの中にグリーングラスを加えておく。その中でも特に警戒しておくウマ娘として。




主人公もまだまだ新人トレーナーなので不安になることはありますが、メンタル自体は鋼なので終わったことは終わったことと割り切ります。なのでへこむことはあってもすぐに切り替えて次に活かす……といった思考をしています。
最近お馬さんの写真集を買いました。届くのが待ち遠しいです。


※気になった部分を微修正 7/24 9/15
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