京都レース場。ボクは今そのレース場のターフの上で肩で息をしながら膝に手をついていた。脚に走る痛みに耐えながらも掲示板を確認し自分の番号に目をやる。2着。ボクは菊花賞に勝つことができなかった。その事実を突きつけられて後悔の念が押し寄せてくる。
(クソ……、クソ……!また、またや……。また勝てんかった……!しかも、トレーナーが気ぃつけろ言うとったグラスが1着……!)
完全に意識の外に置いていたわけじゃない。だが外にいたボーイに注目しすぎて内から上がってくるグラスに気づいていなかった。さらにはレース中、警戒はしなくても大丈夫だと思っていたのも事実。その結果がこの様だ。完全な油断だった。この油断が今回の敗北に繋がったのだとボクは後悔するしかなかった。
そうやって少しの間項垂れていたが、いつまでもそうしてるわけにはいかずウイニングライブのために一度控室に戻るために地下バ道を通っていく。そして控室の扉の前にはトレーナーが立っていた。トレーナーはこちらへと声を掛けてくる。
「お疲れ様、テンポイント。脚の調子はどうだ?」
どうやらボクの脚の調子が良くないことを見抜いているらしい。レースへの労いの言葉とともにボクの脚の調子を尋ねてくる。だが、それ以上に気になることがある。それはトレーナーの態度だ。トレーナーは表面上こそ笑顔を浮かべているが、雰囲気はいつもの柔らかいものではなく刺々しい雰囲気を出している。
怒っている。その理由には心当たりしかなかった。トレーナーがあれほど気をつけろと言ったグラスのマークを怠った上にそのグラスに出し抜かれる形で負けたのだ。怒っているのも当たり前だろう。
ただ謝罪の前にボクは脚の状態のことを話す。
「あ、あぁ。脚なら平気や。今は痛みも治まっとるからライブする分には大丈夫やと思う」
その言葉を聞いて先程の刺々しい雰囲気がなくなり、一転して顎に手をやり何かを思案している。この切り替えの早さは本当にすごいと思う。
「そうか……。だが我慢できないようならすぐに言ってくれ。ライブの欠席を本部に伝えるから」
「う~ん、大丈夫や。ライブには出れる。そ、それと今回のレースのことなんやけど……」
謝ろうとしたボクの言葉を遮ってトレーナーは言葉を被せてきた。
「その話はまた後日だ。今はとりあえずライブに集中しよう」
トレーナーはそう言ってライブの準備をするように促す。そしてその言葉を最後にトレーナーはライブ会場へと向かっていったのかボクと別れる。その態度を見てボクは確信する。
(めっちゃ怒っとる……)
しかし今追いかけて謝ったところでトレーナーは突っぱねるだけだろう。ボクはライブの準備をするために控室で着替える。ライブ中もボクは後日トレーナーから何を言われるのか気が気でなかった。
……いや、そんなことはなかった。トレーナーがいつものごとくライブの最前列でボクを全力で応援する姿を見て本当に怒っているのか疑問しか感じなかった。しかも今回は隣に応援に来ると言っていたキングスもいた。いつの間に仲直りしたのだろうか?
菊花賞が終わり、一夜明けた次の日。ボクはトレセン学園のトレーナー室へと戻ってきていた。そしてトレーナーと向かい合うようにソファへと座る。
ボクはただ黙ったままトレーナーを見ている。ただ目線は合わせない。作戦を無視した上にそれで負けた気まずさから目を合わせづらかったからだ。そんな時、トレーナーから話を切り出してくる。
「さて、今日は菊花賞の反省会なんだが……。俺が言いたいことは分かるな?テンポイント」
ライブ中の態度で忘れそうになっていたがやっぱり怒っていた。今回のことについては完全にボクが悪いのですぐさま謝る。
「ご、ゴメン、トレーナー!あんだけ気ぃつけろ言うとったのにグラスのマークを怠ってもうた……。しかもそのせいで負けてもうたし、なんて申し開きすればええのか分からん……。とにかく、ごめんなさい!」
そう言ってボクは誠心誠意頭を下げて謝り倒す。これで許されるとは思っていないがボクにはそれしかできなかった。
しかし、ボクの考えとは裏腹にトレーナーは嘆息をした後こちらに言葉を投げかけてくる。
「分かっているなら、俺からこれ以上何かを言うつもりはないよ。顔を上げてくれテンポイント」
その言葉にボクは驚く。あまりにもアッサリとしていたからだ。顔を上げて表情を確認するといつもの表情と雰囲気に戻っていた。
困惑しながらもボクはトレーナーに聞き返す。
「え?と、トレーナー?そんだけ?トレーナーの忠告を無視して負けたのにそんだけでええんか?」
「そんだけもなにも、今回の敗因が分かっているのにこれ以上何かを言う必要もないだろ。むしろなんでそこまで身構えていたんだ?」
「だ、だって、トレーナー昨日も怒っとったし……」
その言葉にトレーナーは納得したように頷く。
「まあ確かにそうだな。今日も自分が負けた原因を分かっていないようなら叱るつもりだったんだが分かった上で反省もしている。だったらこれ以上俺から何かを言う必要はない。過去のことをいつまでも怒っても仕方がないし、すでに起こってしまったことだからな。だから次のレースでは同じ失敗をしないように気をつけてくれ、テンポイント」
トレーナーの言葉にボクは呆然とするしかなかった。それと同時に次は同じ失敗をしないようにと心に誓う。
その後、トレーナーは今回のレースについての細かい分析をこちらへと話す。
「今回のレースは3000mという未知の領域に加えて重バ場でのレースだった。いつもよりパワーを使うからスタミナの消費も早かったな。その影響もあってか最後の直線では外にヨレていたな」
「う~ん、スタミナはまだちょい余裕はあったんやけど、最後の直線入ってしばらくしてからやろうか?脚が痛んだんよ。それで外にヨレてもうたんや」
「……骨膜炎か。医師の人は身体の成長とともに自然となくなっていくって言っていたが、いまだになくならないな」
「せやな。早うなくなってくれるとええんやけど……」
医師の人は治ると言ってたがここまで治らないとなると一生なくなることはないんじゃないかと不安になってくる。しかしボクはその考えを一蹴する。大丈夫だ、大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせる。
その後はトレーナーが今回のレースでの良かった点を言ってくる。
「今回のレースは位置取りが良かったな。トウショウボーイの後ろにピッタリとつけて最後の直線で抜くことができた」
「まあ、その後グラスに抜かれたんやけどな」
「あんまり引きずってネガティブになるな。グリーングラスの勝利者インタビューを聞いて分かったことだが、思ったより内側が荒れてなかったらしいからな。俺たちは内側が荒れているものだと思っていたし、最内から来るなんて予想もできなかっただろう。もう終わったことだ、切り替えていくぞ」
そしてトレーナーはそのまま次のレースについての説明に入る。
「さて、菊花賞の反省も程々にして次のレースについて話すぞ。次のレースは有マ記念を予定している」
「有マ記念……!」
「そうだ」
ボクはトレーナーの言葉に身体が震える。武者震いという奴だ。
有マ記念。年末に行われるそのレースは宝塚記念と同様ファン投票によって選ばれたウマ娘が出走するダービーとはまた違った意味で特別なレースだ。ファン投票で選ばれるウマ娘はその年でファンの心を掴んだ精鋭たちである。それに加えて推薦枠で選ばれるウマ娘もまた推薦されるだけの強さを持っている。年末最後に国内最強のウマ娘を決めるレースと言っても過言ではない。
トレーナーは言葉を続ける。
「まだ出走表明段階だが、お前の人気を考えれば余裕で出走はできるだろうな」
「ホンマか?大丈夫やろか?」
「心配になるのも分かるが大丈夫だろう。お前はファンからの人気が高いからな」
ファンからの人気が高いのは嬉しいことだが、正直今の状況的にはあまり嬉しいことではない。クラシック3冠を1つも取ることができず、自分の強さに疑問を抱いている現状、出走したところで勝てるのだろうか?という気持ちが湧いているのも確かなのだ。そしてボクの頭の中には悪い考えばかりが浮かんできてしまう。負の連鎖というやつだろうか。
そう考えているとトレーナーがボクに話しかける。
「それにレースも強いからな。強い上に美しいともなればファン投票1位だって夢じゃないぞ」
ボクが落ち込んでいるのを察してかフォローを入れてくれたのだろう。お世辞かもしれないがそれでも嬉しい。
ボクはお礼を言う。
「ありがとな、トレーナー。お世辞でも嬉しいで」
「いや、本心なんだけど」
なんか言っているが、気持ちを上向きにしていこう。悪い考えを振り払う。それにファンのみんなはボクの強さを感じて投票してくれるのだ。だったらそれに応えるために頑張らなければならない。
有馬のファン投票はまだ始まっていないので出走できるかは分からない。だから出走できることを今から祈っておこう。
その後トレーナーは今後の練習について話始める。
「今後の練習は有マ記念を想定しての練習をしていく。勝つために頑張っていくぞ」
「ん、分かった」
詳しい練習プランの説明をした後、菊花賞終わりということで練習は休みとし、ここで解散となる。ボクは帰り支度をする。
そして帰る直前にボクはトレーナーに質問をする。
「なぁ、トレーナー?」
「どうした、テンポイント。忘れ物でも思い出したか?」
「ちゃうわ。そうやなくてな」
トレーナーがボクをスカウトした時に言ったこと。それを聞いてみる。
「……トレーナー、ボクがシンザンさんやハイセイコー先輩にも劣らん言うとったけど、今でもそう思っとるんか?」
「当たり前だろ。今でもその思いは変わってないし、シンザンやハイセイコーよりもお前の方が強いって俺は思っている」
トレーナーはそう即答するが、ボクが傷つかないようにという嘘だろう。クラシックレースを1つも制することのできなかったウマ娘にシンザンさんやハイセイコー先輩より強いなんて言うはずないのだから。
ただ、褒められて嬉しいことには変わりはないのでお礼は言う。
「……あんがとな、ホンマ、お世辞でも嬉しいわ」
「だからお世辞じゃなくて本気だって」
トレーナーはまだボクに期待してくれている。だったらその期待に是が非でも応えなければならない。まずは有マ記念での勝利を目標にする。トレーナーが言った最強にはもうなれないかもしれないがそれがボクにできる精一杯のことだ。
これ以上トレーナーを失望させないためにも、より一層気合を入れていかねばならない。ボクは寮に帰りながらそう考えていた。
明日新しい写真集が届きますワッホイ。
※有馬記念を有マ記念に修正 7/30