「え、神藤さん担当決まったんですか!?」
「あぁ、まぁな」
昨晩、契約が成立してから一夜が明けて、現在は他のトレーナー達と食堂で昼食を取っている。今朝は夢じゃないかと思い不安に駆られたものの、学園内の清掃をしているとテンポイントが近寄ってきて
「契約のための書類とか書かなくてええんか?」
と言ってきたので、昨夜のことはどうやら夢じゃなかったのだと再認識した。その後、急いで書類を持ってきて必要事項を記入してもらい、然るべきところに提出してきた。これで晴れて俺はトレーナーとしての第一歩を踏み出したというわけである。そう考えるとなんか感慨深いものがあるな…。まだ一人しか担当していないうえに始まってもいないのだが。
「へぇ~、ウマ娘のスカウト成功したのか。おめでとさん」
「坂口から直感で担当を決めようとしてたと聞いた時にはこいつは真性のバカだなと思ったが、良かったな」
「まあバカでも担当はついたからな。おめでとう」
「お前ら祝福するのか貶すのかどっちかにしろや」
ちなみに坂口というのは選抜レースの時にスカウトするウマ娘が決まらずに悩んでいる俺に話しかけてきたあいつのことである。どうやら俺の消し去りたい過去を他の奴らに広めたらしい。この場にはあいつもいるのでそちらの方に顔を向けると申し訳なさそうに手をついて謝っていた。そんな態度を取られると怒るに怒れない。それにバカであったことは間違いでないから余計にだ。
「でも、あの状況の後でよくウマ娘をスカウトできましたね?もうそんなに残っていなかったですけど」
当時のことをよく知っている坂口がそんなことを口にする。まああそこからスカウトできるなんて誰も思わないだろう。俺もまさか奇跡が起きてウマ娘を担当できるとは思っていなかったのだから。
「まぁな、そこに関しては俺も信じられねぇわ。正直、今でも夢だと思ってる」
「なんで本人が信じられねぇって思ってんだよ…」
そりゃあ本人だからな。同じような状況になったらみんなそう思う自信がある
「で、で?なんて子なんだよ?お前の担当するウマ娘」
「そういえば、僕もまだ聞いてませんね。なんて名前なんですか?」
他のトレーナーも興味津々といった感じで聴いてくる。別にもったいぶることでもないので素直に答える。
「あぁ、テンポイントって名前」
名前を出した瞬間、話を聴いていた全員が噴き出した。昼飯を食べていたので勿論俺の前で食事していた奴もおり、口に含んでいたであろう液体を顔にモロに浴びる。
「きったねぇな!何すんだ!」
「ゲホッ!ゲホッ!おま、お前、マジか!?マジで言ってんのかお前!?」
「て、テンポイントって…、あの選抜レースで一番注目されていたウマ娘じゃねぇか!?なんでお前みたいなやつがスカウトできたんだよ!?」
「というか、俺も狙ってたのに!どうしてくれんだお前!」
「俺が知るかそんなこと!」
めちゃくちゃ失礼な物言いをされているが、まあ実績もなんもないぺーぺーの俺が超有名らしいテンポイントをスカウトできたといわれても信じられない話だろう。俺も他人の立場だったら絶対に信じない。だが、現実はスカウトできちゃったのである。
「おい坂口!どういうことだ!今日はせっかく選抜レースでバカなことをしてた神藤を慰めよう会みたいなことを企画してたのに!」
「そんなこと言われてもしょうがないじゃないですか!というか僕も担当が決まったって話を朝聞いたばっかなんですよ!まさかそのウマ娘があのテンポイントだったなんて思わないじゃないですか!?」
おーおー、驚いていらっしゃる。これだけの反応をされるとこちらとしても楽しくなってくるものだ
「あぁ、そうか。これは夢だ」
「なーんだ夢か。そりゃそうだよな。ペーペーの神藤がテンポイントをスカウトできるはずないもんな」
「そうだそうだ、これは悪い夢なんだ。目が覚めたらきっと俺がテンポイントを担当することになってるんだ」
「ところがどっこい…夢じゃありません…!現実です…これが現実…!」
その場にいるトレーナー達の悲痛な叫びが室内に木霊する。周りにも利用者居るんだから静かにしてほしいものだ。
「でも、多分これから大変ですよ?神藤さん」
「だろうな。まあそれも承知の上だ」
トレーナー陣がここまで注目しているのだ。もしこれで下手な結果でも残そうものなら俺に批判が集中するだろう。将来有望なウマ娘を潰した新人トレーナー、といったあたりだろうか。そうなったら今後のトレーナー業は厳しいものとなるだろう。だが、そのリスクも承知の上で彼女をスカウトした。まあ、結局のところは自分の中の気持ちを抑えきれなかっただけと言われればそれまでなのだが。
「まあ新人なりに頑張るさ。でも、困った時は頼らせてくださいお願いします」
俺はそう言って頭を下げる。すると彼らは
「おう!分かんねぇことあったらいつでも聞きに来い!」
「大歓迎だぜうちは。なんだったらテンポイントごとうちのチーム来るか?」
「どさくさに紛れて勧誘してんじゃねぇよ。まあ困ったことがあればいつでも聞くぜ?」
「はい!なんでも聞きに来てください!」
と言ってくれた。普段はアレだが、こういう時は頼もしい奴らだぜホント
「で?実際のとこなんて言って誑かしたんだ?」
「そうだそうだ、変なことしたんじゃないだろうな?」
「早いうちにゲロっちまいな神藤」
前言撤回。やっぱこいつらクソだわ
同時刻、学園のカフェテリアでは───
「あいつら遅ないか…?」
テンポイントがカフェテリアの席で誰かを待っていた。彼女は友達とお昼を一緒に食べようと誘われていたのだが、途中で財布を忘れたことに気づいた一人が教室まで取りに戻ったのである。他の友達もその一人について行ったので先に来たテンポイントはカフェテリアの席を取ることにした。そして席で待つこと10分
「わりぃ、テンさん!遅れた!」
「いや~、ごめんねぇ、財布探すのに手間取っちゃって~」
「すいません!テンポイントさん…!」
「お~待ちくたびれたで。ボーイ、グラス、カイザー」
待ち合わせをしていた友達が到着した。どうやら無事に財布は見つかったようである。
「あぶねぇあぶねぇ、危うく飯が食えなくなるとこだった!」
茶色のショートヘアにボーイッシュな雰囲気を漂わせるウマ娘、トウショウボーイが安堵したようにそう言った。
「まあ、学園のカフェテリアは基本無料だけどね~」
そこに黒色の長い髪を後ろで一つ結びにしたウマ娘、グリーングラスが真実を告げる。その言葉にトウショウボーイは
「嘘だろ!?なんで言ってくれなかったんだよ!?」
と悲痛そうな叫びを上げる。それにグリーングラスよりもさらに深い色の黒い髪をボブカットにしたウマ娘、クライムカイザーが
「だってボーイさんが急に財布を忘れた!って走り出すからじゃないですか…。止めようとしても聞きませんでしたし」
止めようとしたけど無駄だったことを告げる。
「なんだよぉ、ただの無駄足だったじゃんかぁ…」
目に見えて落胆している彼女に
「そもそも、入学時に説明されとったやろ。それを忘れとるお前が悪いやん」
「というか、今まで利用してたのに気づかないのもある意味すごいよね~」
「グハァッ!」
テンポイントとグリーングラスがさらなる追い打ちをかける。
「ほ、ほら!飲み物はお金で購入しないといけないので!それに財布を忘れたら普通焦って取りに戻りますよね!ボーイさん!」
「慰めてくれるのはお前だけだよカイザー…」
「あんまりボーイを甘やかさん方がええで?カイザー」
「テンさんはオレにもうちょっと優しくしろよ!」
「気が向いたら優しくしたるわ」
「まぁまぁ、ボーイを弄るのもその辺にして、早く料理取りに行きましょ~」
「せやな、早いとこ飯にしよか」
「畜生!こうなったらやけ食いしてやる!」
「程々にしておいた方がいいんじゃないでしょうか…。体重が増えちゃうし…」
全員揃ったということで、各々が料理を取りに行く
料理を取り終わり、食事をしている最中、トウショウボーイはこんなことを聞いてくる。
「で?お前らは決めたのか?」
「決めたって…、何がや?」
「トレーナーだよ!トレーナー!」
トウショウボーイのその問いに
「トレーナーか~。私は決まったよ~」
グリーングラスがそう答える。それに続くように
「わ、私も決まってます」
「ボクもや」
クライムカイザーとテンポイントもトレーナーと契約したと答える。そして
「そういうボーイは決まっとるんか?確か選抜レース出ぇへんかったやろ?」
とテンポイントが質問する。それに対し
「フッフッフ、聞いて驚け?なんとオレ、あのリギルにスカウトされましたー!」
と、笑顔でそう答える。
「ふーんよかったやん。おめでとさん」
「わ~、拍手拍手~」
「さすがはボーイさんですね!あのリギルからスカウトが来るなんて!」
「ありがとなみんな!…ってちょっと待て!カイザー以外淡白すぎねぇか!?」
チーム・リギル。トレセン学園に在籍している者ならば知らない者はいない、トレセン学園最強のチームである。その門は狭く、通常であれば入部試験として選抜レースのようなものが開かれ、その中の一着を取ったウマ娘のみがそのチームに在籍することを許される。が、将来有望なウマ娘がいた場合はチーフトレーナーが直々にスカウトをしに来るらしい。そのため、これはすごいことなのだがテンポイントとグリーングラスの反応は薄い。
というのも
「そないなこと言われてもなぁ。まあわかっとったことやし」
「そうだねぇ、まあスカウトされるでしょとは思ってたねぇ。ボーイちゃん強いし」
「お、おう。そうなのか」
二人はトウショウボーイがリギルにスカウトが来るのは時間の問題だということが分かっていたからである。彼女は強い。それも圧倒的なほどに。さらにそのスカウトが来ると思っていたことを裏付ける証拠としてこの時期には部員募集の選抜レースを開いているリギルだが、レースを開いていなかったのだ。それは誰かをスカウトする予定であることに他ならない。なら、それはトウショウボーイだろうと彼女たちは考えていたのである。
トウショウボーイは照れくさそうに頬を掻きながら
「ま、まあオレのことはもういいや!で?みんなはどこに決めたんだ?」
そう質問する。
「私はチーム・ハダルに所属することになりました」
「カイザーはハダルか~あそこも強いよな~」
「そうですね、皆さんに負けないよう頑張ります!」
「私はね~おきのんのとこ~」
「いや誰やねんグラス。おきのんって」
「ん~?沖野トレーナーのことだよ~。最近復帰したんだってさ」
「そうなのか。確かリギルのおハナさんが認めるくらいだからトレーナーとしての実力も確かだろうな」
「うん、出会い頭にトモ触られたよ~、驚いて蹴っ飛ばしちゃったけど」
「ド変態じゃねぇか!」
「でもトモを触っただけで私の脚質なんかを的確に分析してたし、なんだか面白かったからスカウトOKしちゃった~」
「本当に大丈夫なんですか?グラスさん…」
と、話は進んでいく。そして大本命と言わんばかりに
「で?テンさんはどこに所属するんだ?」
「そうだね~一番気になるよね~」
「どこに決めたんですか?テンポイントさん」
とテンポイント以外の三人は興味津々といった様子で聞いている。
「ボクか?ボクは個人トレーナーと契約したで」
「へぇ?テンさんはチームに所属するんじゃなくて個人なのか。ちょっと意外だな」
「そうだねぇ、テンちゃんもボーイちゃん並に注目されてるからチームの方に所属するかと思ってた~」
「そうですね。そのトレーナーさんって有名な方なんですか?」
「いや?今年なったばかり言うとったで?新人やな」
その言葉にテンポイント以外の三人は目を丸くした。かなり意外だったらしい。当の本人は涼しい顔をしているが。
「新人って…。グラス以上に心配じゃねぇかそれ」
「でも、ちゃんとした理由があるんじゃないでしょうか?例えば有名なトレーナーの指導の下育った期待の新人とか」
「どっかのチームで数ヵ月サブトレしてただけ言うとったな」
「私が言えたセリフじゃないけど~それ大丈夫なのテンちゃん?」
「大丈夫や!悪い人やないし、それに…プクク、アカン、思い出したらわらけてきたわッ」
「何があったんですか…」
「まぁ、テンさんが言うなら大丈夫なんだろうけどなんていう人なんだ?」
「あぁ、神藤って言うとったで」
「神藤…神藤って、もしかして用務員の神藤さんですか?」
「せやで、知っとるんか?」
どうやらクライムカイザーは心当たりがあるらしく、詳しいことを知らないらしいグリーングラスとトウショウボーイの二人に説明する。
「トレセン学園では結構有名な人ですね。用務員とは言われてますけどなんでも屋みたいな人だって噂です」
「なんでも屋ってどういうことだ?」
「そのままの意味らしいです。備品の修理から施設の改装工事の手配、果てには流通ルートの確保まで何でもやるらしいですよ」
「それはもう用務員じゃないんじゃないかな~?」
「はい。なので肩書としては用務員なんですけど、トレセン学園のなんでも屋ってみんな呼んでいます。数か月前にトレーナーになったって噂がありましたけど、本当だったんですね」
思ったよりもすごい人物であることに二人は驚きを隠せなかった
「テンさんのトレーナー、結構すごい人なんだな…。確かにこれはどんな指導するのか気になるわ」
「そうだね~、私も興味が湧いてきたよ~」
「せやろせやろ?ホンマおもろい人やねん!」
その後は、次の授業の話や駅前にできた新しいお店の話などとりとめのない会話で盛り上がり、全員食べ終わったということで教室へと戻ることへなった。
三人称視点はそんなに多くはならないと思います。ここまで平均で5000文字書いてますけどこれって多い方なんだろうかと思う日々です。
※気になったところを修正 7/22