12月の半ば、ボクは今中山レース場の選手控室で有マ記念に出走するための準備をしている。パドックでのパフォーマンス、トレーナーとの作戦の打ち合わせも終えて今は1人レースに向けて集中力を高めている。
今回の有マ記念、どうしても負けられない理由がある。それは今年の自分のレースの不甲斐なさが関係している。5戦5勝で迎えた皐月賞はボーイに追いつくことができずに2着。続くダービーは7着でレース中の落鉄に加え骨折による療養。京都大賞典はシニア級との混合だったとはいえ3着。しかも1着は自分と同じクラシック級ウマ娘だったのが余計に悔しかった。なんとしてでも挽回したかった菊花賞は自身の油断からグラスに差し切られて2着。皐月賞の前走であるスプリングステークス以降勝ち星が遠ざかっている。正直な感想を言うと、自分が不甲斐なかった。
そしてジュニア級の成績から一転、今年のボクの成績の落ち込みように付随するように雑誌の記者からは色々な質問をされるようになった。やれ負けた原因はトレーナーにあるんじゃないか?だの、やれ作戦が悪かったんじゃないか?だの、挙句の果てには練習内容に物申してくるような記者までいた。テレビのコメンテーターからは
『テンポイントも強いがトウショウボーイはもっと強い。テンポイントはトウショウボーイに勝つことはできない』
などと言われる始末だった。
悔しくて仕方がなかった。トレーナーは他人が下した評価なんて気にするなと言っていたがそれでも気になるものは気になるのだ。思わずボクはトレーナーに悔しくはないのかと聞いたこともある。するとトレーナーは悔しそうな表情を浮かべた後、
『俺だって悔しいさ。本当ならトウショウボーイにだって負けないお前を勝たせてやれない自分に苛々する。けれど、一度他人が下した評価を覆すには結果を出すしかない』
そうボクに答えた。トレーナーも悔しい思いをしているのだということが分かった。
トレーナーにそう思わせてしまった自分が情けなかった。悪いのは不甲斐ないレースをしたボクであってトレーナーはいつだって最善を尽くしてくれていた。それに応えられなかったのはボクだ。
だが、それも今日で終わりだ。調子は良好、対戦相手の情報もしっかりと頭に入れてある。
(大丈夫……大丈夫や……。やることはやった、後は勝つだけ……)
そろそろ入場の時間が迫ってきたので地下バ道を通ってレース場へと向かう。絶対に勝つ、そう胸に誓いながら。
中山レース場に出走前のファンファーレが轟く。ファンファーレの音とともに実況・解説のマイクが会場へと聞こえてきた。
《さぁ天気は太陽が顔を出している晴れ模様。芝の状態は良と発表されています中山レース場。今からこの会場で今年のトゥインクルシリーズの総決算、有マ記念がスタートしようとしています。今年も選ばれし優駿たちが続々と中山のターフへと姿を現してきています!》
実況のその言葉通りに続々と出走するウマ娘たちが入場してきている。各々ターフの上で準備運動をしており、気合を入れていた。
《各ウマ娘ゲートに入っていきます。それでは3番人気のウマ娘の紹介から入りましょう。3番人気は7枠12番テンポイント!》
《今年はクラシックの冠こそ逃していますがダービーを除いて掲示板を外したことはありません。パドックでも気合十分、好走が期待できますね。ライバルであるトウショウボーイとは1勝2敗、ここは何としてでも勝ちたいところでしょう》
《続いて2番人気の紹介に移りましょう。2番人気は2枠2番エリモジョージ!》
《今年の天皇賞・春では12番人気という低評価を覆しての優勝。しかしトレーナーからは稀代の癖ウマ娘と称されている彼女。果たして今日はどのようなレースを展開するのか?あらゆる意味で期待ができるウマ娘です》
《それでは1番人気のウマ娘の紹介です!1番人気は8枠13番トウショウボーイ!》
《今年のクラシック戦線は初戦の皐月賞を優勝。ダービーは2着、菊花賞は距離不安と重バ場に泣き3着。しかし今日は絶好の良バ場に加えて距離不安もなし。天を駆けるとまで言われたその走りを今日も見せてくれるか?》
ウマ娘が全員ゲートへと入り、出走の刻を待つ。先程までざわついていた観客席の声も静まり返った。実況の声だけが会場に響く。
《ウマ娘全員がゲートへと入りました。トゥインクルシリーズを締めくくる総決算ともいえる有マ記念。様々な伝説が生まれたこのレースで今日は一体どのようなドラマが生まれるのか?有マ記念が今……スタートです!》
ゲートが音を立てて開く。有マ記念が始まった。
《始まりました有マ記念、まずはスピリットスワプスがハナを進みます。外にはトウショウボーイ、内を回ってコクサイプリンスが先頭に立とうと必死になっていますがスピリットスワプスが先頭です。内からコクサイプリンスが絡みにいきますその後ろにはエリモジョージが2バ身差で3番手につけています。1周目の第4コーナーを回って4番手はテンポイントその後ろにグレートセイカン。トウショウボーイは6番手中団の外につけています》
《逃げウマ娘が3人もいるこのレース、序盤からハイペースになる様相を見せていますね。最後まで持つといいのですが》
《コーナーを回って1周目のスタンド前へと入っていきました先頭はスピリットスワプス。内にはコクサイプリンスその差は1バ身。3番手にはエリモジョージと4番手のグレートセイカンが先頭に立とうとペースを上げています。グレートセイカンの後ろテンポイントは展開を窺うように内に潜んでいる。テンポイントの後ろにハクバタローその外にはトウショウボーイも上がってきている。どうでしょうか?この展開》
《逃げウマ娘と先行のウマ娘にとっては厳しい展開ですね。逆に差しや追い込みのウマ娘にとっては有利ともいえるでしょう。最後の直線でスタミナを残すことができるかが勝負の分かれ目になると思います》
《成程。おっと各ウマ娘第1コーナーを回っていきます。先頭は依然としてスピリットスワプス。そこから2バ身開いて内にコクサイプリンス、外に1バ身差でエリモジョージが3番手につけています。エリモジョージのさらに外4番手はグレートセイカン。5番手にトウショウボーイがつけています。1番人気トウショウボーイは先頭から5番手の位置につけている。そしてその内をテンポイントがピッタリとマークしています!》
《テンポイントは今まで同様トウショウボーイをピッタリとマークする作戦のようですね。それに今回は菊花賞の時のように好位置につけています。あの時のように先着することができるでしょうか?》
ゲートが開いた瞬間、ボクは絶好のスタートを切ることができた。いつものように前で走りボーイが前に来るようならピッタリとマークする、来ないならそのままのペースを維持する。作戦自体は変わらないがこれが今のボクに打てる最善手だ。無理に作戦を変えたりはしない。
ただ油断はしない。最後の直線での脚とスタミナをしっかりと残しておくことを心がける。というのも、今回の有マ記念ではトレーナーから渡された資料にハイペースな展開になるという予想が立てられていたからだ。トレーナーは控室で作戦のおさらいをしている時にこう言っていた。
『今回のレースはスピリットスワプス・グレートセイカン・エリモジョージ。逃げウマ娘が3人もいる。この3人は自分がペースを握るために何としてでもハナを取りに来るはずだ。だから序盤からハイペースになると思われる。それに付き合っていたら共倒れしかねない。どれだけ離されても自分のペースを維持することを心がけてくれ』
実際に今はかなりのハイペースでレースが進んでいる。ボクはスタートを切ったタイミングでは前の方につけていたが、前のウマ娘が自分がペースを握ろうと躍起になっているのかかなり飛ばしているのが分かった。それに無理に付き合うことはせず、内の方で脚とスタミナを残すために様子を窺う。すると外から上がってくるウマ娘がいた。
ボーイだ。第1コーナーの手前辺りでボーイがボクの外から上がってきていた。姿を確認したボクはボーイの後ろにピッタリとつける。我ながら菊花賞の時のような好位置につけることができた。
(この位置をキープ……。そして最後の直線で溜めた脚を使う!)
ボクは冷静にレースの展開を見極める。まだ序盤、頭と心を落ち着かせていこう。
《……レースの最後方では3人のウマ娘が固まっています。内にアイフル外にヤマブキオー最後方はタイホウヒーローです。先頭は第2コーナーを回って向こう正面に入ろうとしている。先頭は依然としてスピリットスワプス!その後ろ2番手の位置にエリモジョージがつけている。先団グループは固まってきました。っと!?ここでエリモジョージがスパートを決めて先頭を無理矢理奪いに来た!エリモジョージが先頭だ!向こう正面中間でエリモジョージが先頭!外からグレートセイカンが回ってきて2番手、スピリットスワプスは3番手に後退したところで1000mを切りました!先頭3人から3バ身離れた位置に4番手トウショウボーイそれにピッタリつけるようにテンポイント!》
《なんとしてでも先頭を取りたいとレース前に意気込んでいる様子が見られましたエリモジョージ。しかしちょっとスタミナを使いすぎたかもしれません。加えてグレートセイカンとスピリットスワプスを振り切るためにかなりの脚を使いましたからね。最後まで持つでしょうか?それとは対照的にトウショウボーイとテンポイント、クラシック級の2人はかなり落ち着いてレースを展開していますね。自分の走りができています》
《序盤から激しい先頭争いに加えてかなりのハイペースで進んでいます有マ記念!一体どのような結末を迎えるのか!?最後まで目が離せません!》
第2コーナーを回って向こう正面に入った。ボクは依然としてボーイの後ろにピッタリとつけるようにマークしている。順調だ。あまりにも。
(やけど、ここから何が起こるか分からん。しっかりと展開を見極めんと)
一瞬でも判断を見誤ったら負ける。そう思いさらに神経を研ぎ澄ませる。
勝負は第3コーナーへと入っていった。
有マ記念を有馬記念とそのまま書いてしまったという大ポカに今日気づきました。目につく範囲は修正済みですが抜けがあるかもしれません。
それと25話、日本ダービーでのテンポイントの骨折の原因について少し訂正しました。やっと資料が出てきたので。