12月半ばの中山レース場。会場は熱気に包まれていた。トゥインクルシリーズの総決算ともいえる有マ記念。その決着がもうすぐ着こうとしている。
観客席からはそれぞれ自分が応援しているウマ娘への声援の声が絶え間なく響いている。
《各ウマ娘が第3コーナーのカーブへと入っていきます!先頭はエリモジョージ1バ身のリードを取っている!しかし外からトウショウボーイが2番手に上がってきました!外から2番手へと上がってきているぞ!テンポイントは内から3番手の位置!しかし3番手は固まっています!テンポイントの外にはグレートセイカン!しかしグレートセイカンは体力が尽きたかズルズルと後退していく!》
《序盤の先頭争いがこの第3コーナーで響いてきましたね。何とか粘りたいところですが難しいところ》
《そして第3コーナーから第4コーナーへと差し掛かる!先頭は依然としてエリモジョージ、エリモジョージ踏ん張っている!外からトウショウボーイが2番手の位置!スパートをかけるようにペースを上げてきている!エリモジョージとの差1バ身をグングン縮めていっている!内にはエリモジョージの後ろの位置にテンポイントがいます!外からは今世代のダブルティアラウマ娘テイタニヤが来ているぞ!有マを制するのは一体どの子になるのか!?》
ベストポジションをキープしたままボクは第3コーナーを回ることができた。脚も残っている、スタミナも十分だ。この調子でいけば捲ることができるだろう。後はどのタイミングで仕掛けるかだ。すると第3コーナーと第4コーナーの中間あたりでボーイの奴がペースを上げる。
(やったら、ボクもそれに着いて行くまでや!)
ボーイがペースを上げるのとほぼ同時、ボクも仕掛けるようにペースを上げる。幸いボクの周りにいた子たちはみんな力尽きたのか後退していき中団で展開を窺っていた他の子たちが上がってきている。そして力尽きたのは周りの子だけでなくボクの目の前にいるエリモジョージ先輩もその1人だろう。明らかに脚が残っていない様子を見せていた。先程の直線で無理矢理ハナを取ったのが今になって響いてきたのかもしれない。このまま走れば第4コーナーを過ぎるまでもなく力尽きて下がっていくはずだ。そうなると先輩は外にヨレるはず。その瞬間、先輩と内ラチの間を抜けるように仕掛けていこう。内から残った脚でスパートをかける。そうすれば勝てる。
(勝てる……!こんまま行けば勝てる……!)
ボクはそう確信し、内から仕掛けていく。勝利は目前だ。
……だが、計算外のことが起こってしまった。ボクの前を走るエリモジョージ先輩が思ったよりも早く沈んできてしまったのである。加えて外にヨレることなく後退してきているのだ。そのことにボクは焦る。
(アカン!内から抜ける前提のペースやったからこのままやと激突する!先輩と内ラチの間は狭すぎて通れん!ペースを下げて外回らんと!)
懸命に粘ってこそいるが先輩のペースは徐々に落ちてきている。このままいけばボクは先輩との激突は免れないだろう。仕方がないが外へと回るためにペースを一旦下げ、先輩を外から交わしてボーイを追いかける。
この瞬間、ボクは自分の作戦の失敗を悟った。ただでさえ追いかける展開な上にペースを下げたこと、先輩とボーイの間を抜けることもできず、ボーイよりもさらに外を回っていることへの不利がボクにのしかかってくる。
その時、ボクの心に湧き上がったのは敗北、その二文字だった。
(負ける……?また、ボクは負けるんか……?)
その考えを振り払う。確かに状況は絶望的だがまだ勝てる。そう思いボクは今まで溜めていた脚とスタミナをこの直線で全て使い果たす勢いでボーイを猛追する。
「アアアァァァァアアッ!」
思わず声が出た。普段のボクなら絶対に出さないような咆哮が思わず口から出た。ボーイとの差を縮めていく。
負けられない。トレーナーのためにも、ボクのためにも。
《……勝負は第4コーナーのカーブへと入っていきます!第4コーナーのカーブ残り400mを切りました!天皇賞ウマ娘エリモジョージが必死に粘っている!しかし第4コーナーを越えて最後の直線へと入ろうかというところで皐月賞ウマ娘トウショウボーイがエリモジョージを交わして先頭に立った!先頭はトウショウボーイ!だがエリモジョージも懸命に粘る!テンポイントは内から行こうとしたが無理だと判断したのか外へと回る!最後の直線に入って先頭はトウショウボーイ!2番手はエリモジョージ、3番手にはテンポイント!テンポイントが外から突っ込んでくる!テンポイントのさらに外後方からヤマブキオーが凄い勢いで上がってきている!》
《テンポイントこれは失敗したかもしれませんね。内ラチ沿いに抜けていこうと思っていたのかもしれませんが前を走るエリモジョージと内ラチの差がなかったために外を回らされました。これがどう響くか?そして中団と後方にいたウマ娘たちが一気に上がってきています》
《さぁトウショウボーイが完全にエリモジョージを交わして先頭に立つ!エリモジョージすでに力尽きたかズルズルと後退していっている!トウショウボーイを追従するようにテンポイントが2番手の位置に上がってきた!2番手にはテンポイント!テンポイントがトウショウボーイを追う!果たして間に合うのか!?テンポイントがトウショウボーイを必死に追う!大外からヤマブキオーと天皇賞・秋の覇者アイフルが突っ込んできた!3番手の位置まで上がってきた!果たして勝負の行方は!?》
中山レース場の熱気は最高潮に達そうとしていた。先頭2人、トウショウボーイとテンポイントの争いを食い入るように見ながら声援を飛ばしている。
「逃げ切れー!トウショウボーイー!」
「負けないでー!テンポイントー!」
有マ記念の決着はすぐそこまで迫っていた。
ボクはもはや何も考えられないほどがむしゃらに走っている。ボーイとの差はもう1バ身と1/2まで迫ってきていた。でも、そこから先をどうしても埋めることができない。
けれどまだだ、まだ追いつける。そう思いながら必死に脚を動かす。
だが、現実は非情だった。その1バ身と1/2の差が縮まることはなく、ボーイはボクの目の前でゴール板を駆け抜けていった。遅れてボクもゴールする。
肩で息をしているボクに実況の声が届いた。
《……トゥインクルシリーズの総決算、有マ記念を制したのはトウショウボーイ!トウショウボーイだ!昨年に続いてクラシック級ウマ娘がこの有マ記念を制しました!テンポイント必死の猛追も届かず2着!しかしクラシック級ウマ娘によるワンツーフィニッシュは史上初!この世代の強さを証明しましたトウショウボーイとテンポイント!3着はテンポイントから2バ身遅れることアイフル!》
《テンポイントも最後の直線では見事な走りだったのですが……。やはり第4コーナー手前での判断ミスが響いてしまいましたね。あれさえなければあるいは……といった走りだったのですが。次のレースでは頑張ってほしいですね》
《おや?掲示板のタイムの文字が……赤く点灯しています!?なんとトウショウボーイレコードタイムでの勝利です!過去スピードシンボリが記録したタイムから1.1秒縮めました2分34.0秒!なんという強さだ!?未だこのウマ娘の底が見えませんトウショウボーイ!》
そうだ、第4コーナーでのあのミス。あのミスが最大の敗因だった。内から抜くことに固執しなければ、早く外を回っていれば。そうすれば1着を取っていたのはボクだ。ボクだったはずだ。
しかし、いくら後悔しても時間が巻き戻ることはない。掲示板にはボクの番号が2着の位置にあるのが見える。
せめてあの時、先輩がもう少し外にヨレてくれれば……。そんな考えが頭をよぎった瞬間、ボクは自分自身に対して叱責する。
(なんでボクは……、相手が勝手に避けてくれることに期待しとんねん!?)
どんなレースであれ、皆死に物狂いで勝ちに来ている。確かにスタミナが切れて辛かったかもしれない。だが、だからといって他の子に勝ちを譲るようにそのまま素直に下がるような、進路を譲るようなウマ娘はいない。5着よりも4着、1つでも上の着順へと至るために皆走っている。ボクだってそうだ。
自分の浅はかな考えに嫌気がさす。目から涙が溢れそうになったそんな時、ふと顔を上げたボクの目に入ったのはボーイの姿。彼女は応援してくれた観客席に向かって手を振っている。その顔はとびきりの笑顔だ。
するとボクの視線に気づいたのか、ボーイはこちらへと近づいてくる。そして手をこちらへと差し出して握手を求めてきた。ボーイはこちらへと賛辞の言葉を贈ってきた。
「ナイスレースだったぜ、テンさん!一瞬でも判断を間違えたら負けていたのはオレだった。やっぱテンさんは最高のライバルだよ!」
勝ったことが余程嬉しいのか目元には涙らしきものを浮かべている。
ボーイは嫌味を言うような奴ではない。この言葉も本当に心からの素直な賞賛だろう。ボクは涙を必死に堪えながら彼女の握手に応じる。
「……フン、次はボクが勝つからな。今までの負け分利子付けて返したるからな!覚えとれよ!」
「何を~?次もオレがぶっちぎってやるぜ!」
次のリベンジを誓いながら、ボクたちは会話をする。観客席からは拍手が鳴り響いていた。
その後はボーイはウィナーズサークルへ、ボクはライブの準備のために地下バ道を通って控室へと戻る。何とか涙が流れるのを耐えることができた。そして控室に入るとそこにはトレーナーが立っていた。
一体どうしたのだろうか?そう思っているとトレーナーから労いの言葉が贈られた。
「お疲れ様、テンポイント」
その言葉は短い。おそらくだが、ボクを傷つけないようにと考えているためだろう。
だからこそ、ボクも彼を心配させないようにできる限り平静を装って言葉を返す。
「ん、あんがとな。いやー、また負けてもうたわ!」
「……」
トレーナーは何も言わない。ボクは言葉を続ける。
「トレーナーもあんだけ協力してくれたのに、ホンマ申し訳ないわ!スマン!」
「……テンポイント」
手を合わせて謝るボクにトレーナーがボクの名前を呼んだ。ただボクはそのまま言葉を続ける。
「ホンマ、あんだけ頑張ったのに……頑張ったのに……」
そこが、ボクの限界だった。今まで涙を流すのを耐えていたのに、耐えきれなくなってきた。目から涙が溢れてきそうになる。しかしボクは涙が流れないように必死に堪えた。そんな僕の姿を見てトレーナーは優しい口調で言葉をかけてきた。
「無理をするな。泣きたいときは泣け。我慢する必要はない、もし俺が邪魔だったら部屋から出ていこう」
「……ッ!」
その言葉に、ボクの中の何かが外れた。部屋から出ようとしたトレーナーの袖を掴む。トレーナーはこちらへと振り向いた。ボクはトレーナーの胸を借りて、子供のように泣いた。泣きじゃくる。
「ボク……ボグ!あんなに頑張ったのにッ!トレーナーもッ、トレーナーもあんなに頑張ってくれとったのにッ!なんで負けてもうたんやッ!?」
「……」
「トレーナーが、最近悪いことばっか言われとったから、勝ちたかったのにッ!勝てば……、みんなトレーナーのこと分かってくれる思うてたのにッ!みんなに……、みんなに見返すええ機会やったのにッ!」
トレーナーはただ黙ってボクの言葉に耳を傾けているだけだ。ボクは涙声になりながら言葉を続ける。
「なんでやッ!なんで、なんでボクはあんな判断ミスをしたんやッ!なんで肝心な時に負けてしまうんやッ!?」
「……俺の力が足りないばかりに、お前に悔しい思いをさせてすまない。テンポイント」
「違う……ッ!違うッ!トレーナーは悪ないッ!悪いんは……ッ、悪いんは……ッ!」
そこまで言って、ボクは大声で泣き叫ぶ。トレーナーのスーツはボクの涙で濡れていたが、そんなことは関係ないとばかりに泣きじゃくる。
有マ記念、絶対に勝つという覚悟で挑んだこのレース、結果は2着とボクにとっては一生忘れられないレースとなった。そしてこのレース以降、ボクは世間から<悲運の貴公子>と呼ばれるようになる。
クラシック編も、もうすぐ終わり。