ハイセイコーとタケホープをそれぞれの自宅に送り届けて一夜明けた後、俺は今スーツを着て飛行機に乗っており、北海道の新千歳空港へと向かっていた。運よく年始の便の席を取ることができたことに安堵し、目的地に着くのを空港で購入した雑誌を見ながら待っている。
そもそもなぜ北海道へと向かっているのか。話は3日前にさかのぼる。
その日いつも通りトレーナーとしての業務をしていると不意に1本の電話がかかってきた。電話の主はテンポイントのようだ。彼女は今実家に帰省しているはずだが何かあったのだろうかと思い俺は電話に出た。
『もしもし?どうしたテンポイント?』
『もしもし、トレーナー?今大丈夫やろか?』
『大丈夫だが何かあったのか?』
『あ~、それなんやけどな……。トレーナーって年末年始暇だったりするん?』
そう言われて俺は手帳を開いて予定を確認した。別に急ぎの用事は入っていない。
『特に予定はないが……、それがどうかしたのか?』
『ホンマ?やったら1回こっちにこれへんやろか?』
『北海道に?それまたなんでだ?』
北海道は遠い。気軽に行けるような距離ではないだろう。俺はテンポイントの提案に疑問を感じながら問いかける。すると彼女はバツが悪そうに答えた。
『いやな?実家でトレーナーの話をしとったらぜひ会うてみたいってお母様が言うてきてな?ボクは向こうも事情があるやろうし反対したんやけど……』
『押し切られたと』
『せや。それに聖蹄祭の時も会えんかった言うとったし余計に会うてみたいらしいんよ。お母様一度言い始めたら聞かんし。いつもボクがお世話になっとるお礼もしたい言うてるし……』
大体話は分かった。まあ特に予定もないので大丈夫だと思った俺はテンポイントの提案を承諾する。
『分かった。年末の夜か年始の飛行機でそっちに向かうよ。また飛行機に乗った時に連絡を入れる』
『ホンマ?ありがとなトレーナー』
『いいよ。それに俺も会って見たかったしな』
聖蹄祭の時にキングスポイントには会ったがテンポイントのご家族には会っていなかった。なので会ってみたいという気持ちは強い。その後は詳しい集合場所を決めて電話を切る。
電話を切った後俺が最初に思い至ったことは1つ。
『菓子折りの準備しとくか』
できる限り粗相のないようにすることだった。
そんな事情もあって俺は今飛行機に乗ってテンポイントの実家がある北海道へと向かっている。なかなかの遠出ではあるが俺の心はワクワクしていた。
飛行機で向かうこと数時間、無事に北海道の空港へと着くことができた。そのままテンポイントと予定した待ち合わせ場所へと歩みを進める。
待ち合わせ場所へと着くとそこに立っていたのはテンポイントではなくキングスポイントの方だった。向こうはこちらに気づいたのか笑顔で手を振っている。
「お~い!こっちだし~!」
「キングス!久しぶりだな!」
キングスと最後に会ったのは菊花賞。2か月ほどしか経っていないので言うほど久しぶりではないのだが俺の感覚としては本当に久しぶりに会った気がした。それと菊花賞で会ったことを思い出して1つの疑問が出てきた。
(こいつ京都大賞典と菊花賞どうやって来たんだ?)
それについては後で聞くことにしよう。俺はキングスに連れられて彼女たちの実家へと案内される。道中は近くまで電車……かと思いきやどうやらお手伝いさんの車で向かうらしい。お手伝いさんがいるということは結構な名家なのだろうか?車内でキングスに聞いてみる。すると彼女はこう答えた。
「うちは実家が農家だからそれ繋がりのお手伝いさんだし。別に珍しいもんでもないし」
そう言われて納得した。……いや、だとしてもわざわざ年始に車を出してくれるだろうか?しかしこれ以上深く突っ込むのも野暮だと思った俺は言及するのを止めた。
雪が積もっている道を車に揺られてしばらく経つとキングスがこちらへと話しかけてくる。とある方向へと指を指しながら。
「ホラホラ!あれがウチだし!」
言われた方へと視線を向ける。そこには古き良き日本家屋の家が建っていた。しかも結構大きい。屋根には雪が積もっていた。
俺たちは車を降りて玄関へと向かう。キングスは元気よく扉を開けて俺の来訪を告げた。
「母さん!今帰ったし!お姉のトレーナーも連れてきたし!」
そのまま家の奥へと向かう。そこから待つこと少し、黒い髪をショートカットにしたウマ娘が玄関へとやってくる。キングスの声に反応してこちらへときたのであれば、この人がテンポイントとキングスポイントの母親だろうか?顔つきもどことなく似ている。
母親と思われる人物はこちらへと挨拶をする。
「まあ、あなたがテンポイントのトレーナーさん?立ち話もなんですし、是非上がっていってください」
「はい。では失礼します」
そう言って俺は家へと上がる。俺は和室へと通され、玄関からここまで案内してくれた彼女に座るように促されたため、腰を下ろして座る。そのまま俺は彼女へと自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。私、トレセン学園でテンポイントさんのトレーナーを務めております神藤誠司と申します。こちら、つまらないものですが……」
そう言って俺は手土産にと持ってきた物を紙袋から取り出し彼女へと渡す。
「これはどうもご丁寧に。私、テンポイントとキングスポイントの母親のワカクモと申します。今日は遠路はるばるご足労ありがとうございます」
彼女、ワカクモさんは丁寧にお土産を受け取るとこちらへと深々とお辞儀をしてきた。俺も慌ててお辞儀をする。礼儀に厳しい家かもしれないし気をつけておくにこしたことはないだろう。
しかしその様子を見ていたらしいキングスが変なものを見るような表情で話しかける。
「うわ、母さん似合わないし。いつも通り接した方がいいと思うし」
キングスの言葉にワカクモさんが笑顔でキングスのいる方向へと顔を向ける。しかし俺には、というか誰が見ても分かる。相当に怒っていた。威圧感が漏れ出ている。
「キングス~?ちょっとこっちに来なさ~い?」
「ゲッ!?行くわけないし!逃げるが勝ちだし!」
そう言ってキングスはその場から走って逃げた。しかしワカクモさんもキングスを追いかけるように走っていく。俺は呆然とその光景を見ているだけだ。
しばらくしてから遠くの方でワカクモさんに捕まったらしいキングスの悲鳴が聞こえる。
「ギャーッ!ごめんなさいだし!ごめんなさいだし!」
「うるさい!せっかく礼儀正しい母親を演じようとしていたのに台無しじゃないか!」
「いや母さんの性格からして絶対に無理……ちょっと待って!あたしの腕はそっちには曲がらないし!」
……一体向こうで何が行われているのだろうか。俺はキングスの悲鳴に身体が震えた。
しばらくするとワカクモさんが和室へと戻ってくる。しかしもう取り繕うのは止めたのか砕けた口調で話しかけてくる。
「はぁ、まったくあの子は……。もういいわ、好きなように話します。神藤さんも楽にしてください」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて」
どうやらワカクモさんの普段の口調はかなりフランクな感じらしい。そう思っているとワカクモさんはこちらへと質問してくる。
「神藤さん、テンは学園ではどうですか?元気にやっていますか?」
「はい、テンポイントさんはご学友にも恵まれていますし、毎日元気に過ごしていますよ」
「そう、良かった……」
俺の言葉にワカクモさんは心底安心したような表情を浮かべて安堵している。まあ我が子が心配なのは親として当たり前だろう。そのまま会話を続ける。話題の中心は俺に関係する話だ。俺はワカクモさんからされる質問に嘘偽りなく答える。
そうしてしばらく話しているとワカクモさんは安堵したような表情を浮かべて言葉を続ける。
「テンから神藤さんの話は度々聞いていたけれど、こうして話してみると聞いていた通りの人物ですね。もしテンが騙されているようだったら……」
「騙されているようだったら?」
「畑の肥料にするつもりでした」
ワカクモさんはそう笑顔で答える。俺は乾いた笑いで反応する。しかし内心は下手をしたら今頃畑の肥料になっていたという事実に戦々恐々としている。
するとワカクモさんは今度はキングスの話題を上げてくる。
「神藤さん、実はキンも今年の春にトレセン学園へと入学予定なんです」
「キングスポイントさんも?それは初耳ですね」
「はい、なのでできる限りでいいんですが学園でキンのことを見かけたら気にかけてはやってくれないでしょうか?あの子は人見知りの激しい性格なので……。神藤さんには懐いているようですし、キンも安心すると思うんです」
「そう言うことでしたらお任せください。私も彼女のことは嫌いではありませんので。むしろテンポイントさんに関係した同士でもあります」
「そう、良かったわ……。ん?同士?」
「その話は置いておきましょう」
会話を続けているとキングスが飲み物を運んできてくれた。
その後もワカクモさんとの会話に花を咲かせる。内容はテンポイントのことが中心だ。そのまま話しているとふと可笑しそうにワカクモさんは笑った。不思議に思っているとそのままこちらに
「神藤さんは本当にテンのことが大好きなんですね」
と、告げた。俺はその言葉に思ったことを答える。
「はい。初めての担当、というのもありますが元々彼女の走りに惚れ込んでスカウトしたと言っても過言ではありません。彼女が走るためなら私は最善を尽くす覚悟です。たとえどんなことがあっても彼女の側を離れない、そんな覚悟で挑んでいます」
「……自分のトレーナーからここまで思われるなんて、テンは幸せものですね」
言ってて恥ずかしくなったので顔を背ける。
そう言えばここまで話していて思ったのだがテンポイントはどこにいるのだろうか?俺はワカクモさんに聞いてみる。
「ワカクモさん、テンポイントは今どちらに?姿を見ていませんが……」
「あぁ、テンなら練習をしていますよ。年始ぐらい休んだら?って言っても聞かなくて。よっぽど去年の成績が悔しかったみたいです」
その言葉に俺は胸が痛くなる。成績に関しては俺が原因でもある。無理をしていないといいが。俺はワカクモさんに場所を聞く。
「それなら案内しますよ」
そう言ってワカクモさんの先導の下俺は家を出た。
しばらく歩くとワカクモさんはこの先だと言った。案内してくれたお礼を言った後ワカクモさんは家へと戻っていく。俺は雪が積もっている道を歩いて行く。歩いてしばらくすると雪がかき分けられた跡がある学校のグラウンドほどの広さの場所に出た。テンポイントはそこで走っている。
俺は彼女へと声を掛ける。
「よぉテンポイント。年始から精が出るな」
すると彼女は驚いたような声を上げる。
「ト、トレーナー!?いつ来とったん!?」
「もう1時間か2時間前には来てたぞ。それに気づかないぐらい走ってたのか?」
「うっ」
どうやら図星らしい。そもそもキングスが迎えに来ている時点で疑うべきだった。俺は咎めるように彼女に言う。
「年始から走りすぎた。去年悔しい気持ちをしたのは分かるが身体を壊したら元も子もないだろう?」
「うぅ、はぁい」
「まあ焦る気持ちも分かるし原因は俺にもある。程々にしておけよ?」
「分かった。でももう上がる予定やったし、一緒に戻ろか」
「そうか。じゃあ一緒に戻ろう」
そう言ってテンポイントとともに彼女の家へと戻っていく。玄関まで戻るとワカクモさんからもありがたいお叱りを受けた後2人で何かを話していた。俺には聞こえなかったので内容は分からないが話した後テンポイントはそそくさと家へと入っていった。
その後は夕飯をご馳走になり、そろそろ最終便に間に合わなくなるということでお暇させてもらう。ワカクモさんは
「泊っていってもいいんですよ?」
と言ってくれたが、長居はよくないだろう。気持ちだけ受け取ることにした。
なんとか最終便に間に合い、俺は飛行機に乗って帰路につく。飛行機の中で考えるのはこれからのテンポイントのレース。
(まず大目標として春の天皇賞……その前にいくつかレースを挟みたい……。1つ、可能なら2つ……)
1つ目のレースはもう決めているので後はテンポイント次第だ。2つ目のレースをどうしようかと考えたところで睡魔が襲ってきた。俺はそれに抗うことはせずに眠りにつく。起きた時にはもう東京に着いていた。俺は車に乗ってトレセン学園へと戻る。今年こそテンポイントに悔しい思いをさせないためにと思いながら。
そろそろ全体で50話超えそうです。始める前はこんなに長くなるとは思わなかった。
※牛乳の下り全削除。 8/19