ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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今日は涼しかったですね。毎日こうだといいのに。


第45話 兆し

 トレセン学園の冬休みも終わり通常授業に戻ったある日のこと。レース実技の授業でタイム走をすることになったボクらはみんな順番に並んで自分の出番が来るのを待っている。ただし、ボクはもう走り終わったので他の走り終わった子たちと一緒に休憩を取っているところだが。

 次はどうやらボーイの番らしい。トラックでストレッチをしながら発走の時を待っていた。先生の合図で全員スタートの構えを取る。数瞬の後、合図とともにトラックにいる全員がスタートダッシュを切る。相変わらずボーイが1番上手くスタートを切っていた。そのままボーイが先頭を取って走っている。しかし、こうして改めてボーイが走る姿を見て思う。

 

 

(アイツホンマ楽しそうに走るな)

 

 

 授業で走っている姿だけではなく、レースでも映像を見直すと笑みを浮かべているように走っている。まるで走るのが楽しくて仕方がないように。さすがにスパートをかけている時は笑顔ではないのだがそれでも楽しいという気持ちは一緒に走っているからこそ伝わってくる。まるで子供のようだ。もしかしたらそれがボーイの強さに繋がっているのかもしれない。

 しかし、彼女の走りを観察しているとボクは違和感を覚える。いつもの走りとは少しだけ違うような気がした。違和感の正体は分からないが何となくボクはそう感じた。

 そのまま見ていると走り終わったボーイがこちらへと歩いてくる。ボクは自分が感じた違和感をボーイに伝える。

 

 

「なぁボーイ。調子悪いんやないか?いつもと走りがちゃうかったで」

 

 

「あ~……、やっぱり分かる?」

 

 

 ボーイはそう言うと身体を伸ばしながら自身の不調を教えてくれた。

 

 

「実は去年の疲れがまだ抜けきってなくてさ、おハナさんからもあまり走るなって言われてんだよね」

 

 

「いや、やったら今日の授業も見学しとけや」

 

 

 ボクは呆れながらそう答える。しかしボーイはその言葉に取り繕うように答えた。

 

 

「まあでも流しで走る分には大丈夫だから!心配ないって!」

 

 

「いいわけないでしょショウさん!」

 

 

 ボクらが会話をしていると横やりが入ってきた。その人物はマルゼンスキーだ。彼女はいかにも怒っていますという雰囲気を出している。

 

 

「マ、マル!マルがなんでここに!?」

 

 

「今日はあたしたちのクラスと合同でやるって聞いてなかったの?それよりもショウさん!おハナさんから走るの止められてたでしょ!このことはしっかりと報告しておくからね!」

 

 

「そ、そんな殺生な!見逃してくれよマル!」

 

 

「ダメよ!脚の状態もチョベリバなのに無理に走った罰!おハナさんにこってり絞られなさい!」

 

 

「そんな~」

 

 

 ボーイは地面に膝をついて見るからに落ち込んでいる。だが自業自得なため励ますつもりはない。しかしチョベリバということは脚の状態はそんなに悪いのだろうか?疑問を感じたボクはマルに質問する。

 

 

「マル、ボーイの脚はそんな悪いんか?」

 

 

 するとマルは特に隠すことなく答えてくれた。その内容は驚くべきものである。

 

 

「悪いどころじゃないわよ!お医者さんから脚が炎症を起こしかけているって言われてるんだから!軽く流す分には大丈夫って言ってたけど、本当なら今日の授業だって見学させる予定だったのよ!」

 

 

 どうやらボーイは骨膜炎を発症しているらしい。さっきの呆れた感情から一転、今度は怒りが湧いてくる。ボクはボーイを睨みつける。ボーイは委縮していた。

 

 

「ボ~イ~!」

 

 

「テ、テンさんが珍しく怒ってる……!ち、違うんだよテンさん!わ、理由を……」

 

 

「そないな状態で走っとるんちゃうぞお前!しっかり反省しとき!」

 

 

「ご、ごめんなさ~い!」

 

 

 骨膜炎の辛さはボク自身よく分かっている。今でもボクにつき纏っているものだから。無理に運動して長引いてしまったら満足な状態で走ることはできない。もし大レースでそうなってしまったらやりきれない気持ちにもなるはずだ。だから心を鬼にしてマルと一緒にボーイを叱る。

 そうして周りの目も憚らずボクとマルでボーイへの公開説教が始まる。周りは最初こそ興味が湧いたのか視線を向けるものもいたが、やがてその視線はなくなる。ただカイザーは複雑な表情で、グラスは楽し気にこちらを見ていたが。授業の先生から

 

 

「も、もうその辺にしてあげたら?」

 

 

と言われてボクらはボーイを開放する。ボーイは安堵した表情を浮かべているが、

 

 

「言うとくけど、この後即東条トレーナーに報告したるからな」

 

 

ボクがそう言った瞬間、一気に絶望した表情になった。耐えきれなくなったボーイが

 

 

「オレが悪かったから!もう勝手に走らねぇから許してくれー!」

 

 

そう叫んだ。無論この後マルの口から東条トレーナーへと今回の件は報告されたらしい。

 しかし、ボーイを叱っている最中にもう一つ気になったことがある。それはカイザーが複雑な表情を浮かべていたことだ。そのことを授業後にカイザーに問いただすと、

 

 

「い、いえ特には。ただボーイさんが気の毒だなーっと」

 

 

とだけ答えた。正直、本当かどうかボクは疑わしく思った。何故ならカイザーが浮かべていた表情は気の毒なものを見る視線ではなく、例えるなら何かに絶望したかのような、そんな表情だった気がするのだ。しかし、ボクの気のせいかもしれないしこれ以上言及するのはよくないとボクは直感的に思い、

 

 

「そうなんか。でもアイツの自業自得や。気の毒に思う必要ないで」

 

 

そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな、実技の授業でそんなことがあったのか」

 

 

「せや。ホンマにアイツは……。走るの大好きなんは分かるけどちっとは自重してほしいわ」

 

 

「年明け、休むように言われてたのに何時間も走っていたウマ娘を俺は知っているんだが?」

 

 

「あーあー、聴こえへん聴こえへーん」

 

 

 授業も全て終わって放課後、ボクはトレーナー室を訪れていた。そこでトレーナーに今日授業で起きた出来事を話す。するとトレーナーもボーイの行動に呆れていたが一定の理解を示しているようでボーイに対するフォローを入れる。

 

 

「まあ、あいつは特に走るの大好きみたいだからな。ダメと分かっていても思わず……、だったんだろう」

 

 

「せやろな。やけども、炎症起こしとんのに走るのはアカンやろ」

 

 

「そうだ。だからキッチリとお灸を据えるべきっていう2人の判断は間違ってない。トウショウボーイもこれに懲りて2度と無茶なことはしないだろうからな」

 

 

 トレーナーはそう締める。続けてボクはカイザーのことについて話始める……前にトレーナーが気になる資料を持っていた。題名が少しだけ見えたが【トレセン学園大改革案ッ!】と書かれているのだけは分かった。トレーナーに聞いてみる。

 

 

「トレーナー。それなんや?タイトルからして理事長さんがらみやと思うんやけど」

 

 

「あぁこれか?来年度から施行予定の授業プランの資料だよ。昨日ようやく纏まったところでな」

 

 

 そう言ってトレーナーは説明してくれた。機密じゃないのか?と聞くと別にそんなことはないらしく教えても大丈夫だと理事長から許可はあるらしい。

 要約するとサポート科の授業を体験するプランを現行の授業に増やそう、と言ったものだった。話自体は秋頃からあったらしいのだが、色々と提案と否決を繰り返し昨日ようやく全員が納得するようなものになったらしい。理事長曰く、

 

 

『希望ッ!これを全てのウマ娘が幸福であるための足掛かりにするのだ!』

 

 

らしい。正直その辺の詳しい事情は分からないがあの人はウマ娘のためなら火の中だろうと水の中だろうと飛び込むような人だ。悪い案ではないはずである。

 つまりこれからはサポート科の授業が増える、ということなのだろうか?ボクはそうトレーナーに質問すると首を振る。

 

 

「あくまでこの授業を受けれるのは希望者のみだ」

 

 

 そう補足した。つまるところ希望さえしなければ受けることはないらしい。

 資料のことも聞き終わったのでボクはカイザーの異変について尋ねることにした。

 

 

「なぁトレーナー?カイザーが最近調子悪うしとるみたいなんやけど、なんか知っとるか?」

 

 

「ほう?例えばどんな感じだ?」

 

 

 トレーナーはボクの話に食いついてきた。しかしその表情は何となく暗めだ。ボクは今日感じたことをそのまま話す。

 

 

「なんかな?さっきボーイを叱っとった言うたやん?そん時偶然カイザーの方に視線向けたんやけど、何となく暗い表情しとったんよ。なんていえばええんやろ……、自分の目の前に高い壁があるみたいな……上手く言えへんけどそんな表情しとったんや」

 

 

「……なるほどな」

 

 

 トレーナーはそう言って顎に手をやる。そのまま何やら唸っていた。何かに葛藤しているような、伝えることを躊躇しているような感じがする。

 ボクは迷わずにトレーナーに聞く。

 

 

「トレーナー、知っとることあるんやったら教えてくれ。友達の力になりたいんや」

 

 

 カイザーは大切な友達だ。その友達が困っているのであれば力になりたい。そう思うのは自然だろう。

 するとトレーナーは大きな溜息をつく。そこまでの事情なのだろうか?

 

 

「……テンポイント、1つ聞いてもいいか?トウショウボーイを叱る前に何か変わったことはあったか?」

 

 

「ボーイを叱る前?」

 

 

「そうだな……、トウショウボーイを叱っていた理由だ。その前には何があった?」

 

 

「何って……ボーイが走っとったぐらいやけど」

 

 

「その時、カイザーはどこにいたんだ?」

 

 

「カイザー?そん時は……一緒に走っとったかな?ボーイと」

 

 

 そこまで聞いてトレーナーは右手で手を覆った。まるで厄介なことになったと言わんばかりの態度で。

 トレーナーは言葉を続ける。

 

 

「いいか?テンポイント。今から話すのはあくまで俺の憶測だ。そのことに注意して聞いてくれ」

 

 

「わ、分かった」

 

 

 いつになく真面目な雰囲気だ。トレーナーはボクの答えに頷くとそのまま続ける。

 

 

「おそらくだが、怪我をしていながらもすごい走りを見せたトウショウボーイと自分を比較して堪えたんじゃないか?高い壁だ、本当に自分が超えることはできるのか?そう思った可能性は高い」

 

 

「……そういうことやったんか」

 

 

 ボクが納得しているとトレーナーは小さな声で呟く。

 

 

「……まあ、それだけじゃないと思うがな」

 

 

 その声はボクは逃さなかった。トレーナーに問いただす。

 

 

「それだけやないってどういう意味や?他にもあるんか?」

 

 

 するとトレーナーは観念したように白状する。

 

 

「……特に最近、クライムカイザーは世間での評価も芳しくないからな。余計重荷に感じてしまったんだろう」

 

 

「そ、れは……確かにそうやな」

 

 

 最近カイザーに関する記事をめっきり見なくなった。ダービーから菊花賞まではあんなにあったのにだ。

 ボクが暗い表情を浮かべていると、突然トレーナーは手を叩く。

 

 

「さて、この話はこれでおしまいだ。次はお前のレースの予定について話すぞ」

 

 

「……分かった」

 

 

 胸に大きなしこりを残したままだが、トレーナーはこれ以上この話題について触れる気はないだろう。雰囲気からそう感じた。まるでこれ以上話す気はないとばかりに。ボクも諦めてレースの話に耳を傾ける。

 

 

「まず大目標は勿論春の天皇賞だ。当面はこれを目標に練習をしていく」

 

 

「春天……か」

 

 

 トゥインクルシリーズのレースの中でも最高峰のレースの1つ。菊花賞よりもさらに長い3200mという距離を走ることになる。

 そのままトレーナーは話を続ける。

 

 

「春天の前に2つレースを使う予定だ。1つ目は来月に行われる京都記念、2つ目は3月に行われる鳴尾記念を予定している。何か気になることはあるか?」

 

 

「いや、特にはないで」

 

 

「そうか、ならこの2つを使って4月にはいよいよ春の天皇賞だ」

 

 

 そう言ってトレーナーは拳を握る。どうしたのだろうか?

 

 

「……テンポイント、この春の天皇賞は絶対に獲るぞ。お前の強さを日本中に知らしめてやれ!」

 

 

 そう言って拳を突き出してきた。ボクは一瞬呆けた後、笑顔を浮かべて同じように拳を突き出す。ボクとトレーナーの拳が軽くぶつかる。

 

 

「そうや……。去年はホンマに悔しい思いをした。やけど、今年は違う!手始めに春天、制したるわ!」

 

 

「その意気だテンポイント!」

 

 

 誓いを新たにしたところで、ボクたちはトレーニングへと入っていく。その日の練習は熱が入っていた。




おや?クライムカイザーの様子が……、な話でした。
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