昼食を食べ終え、用務員としての作業に従事していると放課後を知らせるチャイムが鳴った。ということはもう少ししたらウマ娘たちが下校してくる頃だろう。それすなわち
「トレーナーとしての初仕事が始まるなぁ」
ここから俺のトレーナーとしての生活が始まるのだ。年甲斐もなく緊張している。しっかりと準備をしていても新しく物事を始める時はドキドキするものだ。とにもかくにも情けない失敗はしないようにせねば。
「お~い、しんちゃん!こっちは終わったぞ~!」
「りょうかーい!こっちももうすぐ終わりまーす!」
テンポイントと待ち合わせた時間まではまだある。トレーナーとしての仕事に目を向けるのもいいが、ひとまずは今の作業を終わらせよう。
作業を終わらせてテンポイントとの集合場所である校内中央に位置する三女神像前へと向かう。時計をちらりと見てみるとまだ余裕があった。しかしどこか別の場所に行ってしまうと今度は遅れてしまいかねないので中庭で待つことにする。そして中庭で待っていると
「あれ?もう着いとったん?時間もうちょい余裕ある思うたんやけど」
テンポイントが到着した
「あぁ、まだ余裕あるぞ。用務員の仕事が早く終わったから待ってただけだ」
「やっぱり?ボクも遅れへんようにはよう出てきたつもりやったけどそれよりもはよおったからな」
万が一にも待ち合わせに遅れるわけにはいかない。だから俺は基本的に集合時間より前には着くようにしている。まあ今回はそれとは別に楽しみで待ちきれなかったというのがあるが。
「ま、合流できたことだしトレーナー室へ向かうか」
「それなんやけど一つええか?トレーナー」
テンポイントが疑問を投げかけてくる。一体どうしたのだろうか?
「どうした?何か気になることがあるのか?」
「いや、トレーナールーム向かうのに何で外に出たん?エントランスホールから直通で行けるやろ?」
「あぁそのことか」
テンポイントの疑問はもっともだ。トレセン学園にはトレーナールームというものがあり中央に所属しているトレーナーは部屋が一つ割り当てられる。そしてそこに向かうにはエントランスホールから直通で行けるため本来であれば三女神像前で待ち合わせするのではなくエントランスホールで待ち合わせするのが普通だろう。そう、普通ならば。
「ま、普通のトレーナー室に向かうならわざわざここに来る必要ないもんな」
「どういうことや?もったいぶらんとはよ教えてや」
「百聞は一見に如かずだ。とりあえず俺についてきてくれ」
そう言って俺は先導するように移動を始める。テンポイントがその後ろをついてくる。後ろをチラリと見てみると彼女は怪訝そうな、こちらを疑っているような表情をしていた。まあどこに向かうのかを一切伏せているのだからそんな表情をされても仕方がない。ひとまずはとある場所を目指して歩き続ける。その場所は練習場だ。
「練習場…?なんでこないなとこに?」
「もう少ししたら分かるさ。ほら、こっちだ」
そして練習場の中には入らず野外ステージ側へと向かう。少し歩いた先には二階建てのプレハブ小屋があった。
「プレハブ小屋…、っちゅうことはまさか」
「そう!ここが俺のトレーナー室だ!」
「そんな…、いくら新人やからってこない惨めなとこに…」
「違うわ!」
確かに本来のトレーナー室からはかけ離れた場所にあるけども!見た目はボロいけども!
「ほら!とりあえず中に入ってくれ!」
「ホンマに大丈夫なんか…?」
鍵を開けて部屋に入るように促す。中に入るとそこは
「お、おぉ…外の見た目とは裏腹にしっかりしとるな」
「だろ?結構頑張ったんだぜ?」
トレーナールームの部屋と遜色ない室内が広がっていた。まあ外面に関しては俺がほぼ気にしないのもあって手を加えていない関係上ボロいままだったのだが、あの反応を見る限り近々改修しないといけないだろう。仕事が一つ増えたなと思いつつ、俺はパイプ椅子に座りテンポイントにも座るよう促す。
「さて、色々聞きたいことはあるけどまず一つええか?なんでこないへんぴなとこにトレーナー室があんねん?」
「それに関しては俺が秋川理事長にお願いしたんだ。で、まずはこの場所についての説明からしよう」
俺はテンポイントにここの小屋についての説明を始める。
「元々ここは練習場の改修工事の際に使われていたプレハブ小屋でな。工事も終わったから解体することになっていたんだが、そこに俺が待ったをかけたんだ」
「なんでそないなことしたんや?」
「まあ個人的な理由なんだが、ここをガレージとして使いたかったんだ。トレセン学園の備品や設備を直す工具置くためのな」
「むっちゃ私的な理由やん。よお許してくれたなそれ」
「苦労したぜ?その辺は長くなるから省くけど」
正直、今までの学園側への貢献があったからこそ許しが得たのだろう。それらがなければまず間違いなく通らなかった。
「で、トレーナーをやるにあたって俺にもトレーナー室が割り当てられることになったんだが、ここ結構広くてな?だから一画をトレーナー室に改造するから大丈夫ですって言ったんだ。だからトレーナールームには向かわなかったわけ」
「ふ~ん、やから今日の集合も三女神像前やったんやな」
「そういうこと。他には何かあるか?」
「プレハブ小屋って狭いイメージあるんやけど結構広ないかここ?」
「あぁ、それはあれだ。隣の部屋の壁をぶち抜いて繋げてあるからな。だからめちゃくちゃ広いぞ」
ちなみに元々のプレハブ小屋は横に六部屋、それが二階建てだったのでそれを考えると全体としてはかなり広い。
「ちなみに二階はなんになっとるんや?」
「俺の居住スペース」
「自由にしすぎやろキミ…」
「ちゃんと許可は取ってあるから安心してくれ」
「そういう問題やないと思うんはボクだけか?」
まあさすがにここに居住することが許可されるとは思わなかったんだが。しかし理事長にこの話をした際
『快諾ッ!これで何か緊急事態があった場合、学園としてはすぐに対応できる!キミは家から来る手間が省ける!故にッ!断る理由はない!』
と、快く許可してくれた。
「さて、他に質問はあるか?」
「もう聞きたいことはないな」
「よし、じゃあ今日のトレーニングについての話をしよう」
集まった目的、今日のトレーニングについての話になる
「とはいっても今日は本格的なトレーニングじゃなくて、テンポイントの実力を改めて測らせてもらうんだが」
「ボクの実力を?」
「そ。俺はテンポイントの走りを一度しか見たことがないからな。今日は改めてその走りを見せてもらおうと思っている」
適性や現状を把握しないと今後のレースを見据えてのトレーニングメニューを組みようがない。彼女が現在どこまで走れるのかをしっかりと見極めなければ。
「練習場は予約してある。俺は先に行って待ってるから準備ができたら練習場に来てくれ」
「了解や」
彼女の返事を聞いた後、俺は外に出て練習場へと向かう。さ~て、頑張っていきますか。
ところ変わって練習場の芝コース、周りに他のトレーナーとウマ娘がいる中テンポイントの走りを見ているのだが
「改めて見ても、こいつはすげぇな…。最注目ウマ娘って言われてるのも分かるわ」
自分がどれほどのウマ娘を担当しているのか、それを改めて実感している。デビュー前のウマ娘の走りはサブトレをやらせてもらっていた時にも見せてもらっていたのだが、彼女はそれと比べても抜きんでた実力を持っていることが素人目にも分かる。
まずは何といってもスピードだ。練習場にいる他のウマ娘と比べても明らかに速いということがわかる。しかも今回は実力を測るために軽めに流しているので本番想定の追い切りならどれほどになるのだろうか少し怖いものがある。また、テンポイントは華奢な身体をしているが実際に走っている姿はそう感じさせないほどに大きく見える。それに息が整うのも早い。心肺機能が高い証拠だろう。
と、ここまでは良いところばかり考えていたが勿論悪いところ、彼女に向かないものも見えてきた。芝のコースを走る前にダートコースを走らせてみたが、タイムはそこまで良くなかった。彼女にはあまりダート適正はないと考えていいだろう。この辺は純粋にパワー不足ということもあるので後のトレーニング次第では克服できるかもしれない。今の構想だとダートを走らせる予定はないが。それに身体面での不安も残る。走り自体は大きく見えるものの、華奢な身体であることには違いない。この辺りは本人とも相談するべきことだろう。何かあってからでは遅いのだから。
そして極めつけに
「さて、次は坂路のコースに行くぞ」
「……」
「どうした?早く行くぞ」
「なぁ?ホンマにやらなアカン?」
「当たり前だろ。早く準備しろ」
坂路をめちゃくちゃに嫌がっている。そしていざタイムを計測してみると…
「…う~ん」
平地でのタイムから予測していたタイムよりもだいぶ悪い。結構重症レベルで。
「お前が走りたがらない理由がよく分かったよ」
「せやろ?坂路苦手やねんボク。走るときはいつも平地やったから」
そう言いながらテンポイントは胸を張って誇っている。誇ることじゃないんだが?
そしてその後も細かな計測をしていき、全てが終わった後テンポイントのもとへと向かう。
「さて、ひとまずテンポイントの実力は分かった」
「さてさて、キミから見たボクはどんな感じや?」
「そうだな、一言で簡潔に言うならお前は文句なしに強い。デビュー前はおろかデビューしているウマ娘の中でも最高級の素質を持っている」
それに続けるように俺から見たテンポイントの強さを語る。
「特に目を見張るのはスピードだ。今の時点での話だが同世代ならお前に勝てるやつはそうはいないだろう。それに息が整うのも早い。心肺機能が高いからスタミナ面での伸びしろも期待できる」
「フフン、もっと褒めてくれてええんやで?」
テンポイントは鼻高々と言った感じにふんぞり返っている。可愛いがここからは悪い点だ
「反面、パワー不足が目立つな。ダートを走らせてみて分かったことだが今のお前にはパワーが足りない。まあこれはこれからのトレーニングで鍛えていけばいいだろう。それと身体も華奢だな。これは推測になるが、昔はそんなに身体が強くなかったんじゃないか?」
「うっ、やっぱ分かるか。察しの通りや。ボクは昔そんなに身体が強くなくてな。思いっきり走って次の日以降体調崩すんはいつもんことやったし、足を悪うしたこともあるんや」
まあ今は大分マシにはなっとるんやけど、と付け加えるようにテンポイントは言った。なるほどな。
「おそらくパワー不足は幼少期の身体の弱さが原因でもあるな。それに大分マシになったということは今でもそんなに強いわけではない。ならその辺は後回しでいいだろう」
「弱いなら早いうちに鍛えといたほうがええんやないか?」
「いや、それで身体を壊すようなことになれば本末転倒だ。それに後回しとは言っても負荷の強いトレーニングをしないだけで軽めにだが鍛えていくつもりではある」
「確かに身体壊すんは良くないな。了解や」
そして、ここからが最も重要なことである。
「さて、それを踏まえた上でお前が一番取り組むべき練習が分かった」
「お、きたきた!スピードか?スタミナか!?」
「坂路で重点的に鍛えていくぞ」
坂路練習ならそれほど負荷をかけずにスピードを伸ばせるし、テンポイントに足りないパワーも補える。それに本人が苦手としている坂のコースの練習にもなるのでまさに一石三鳥だろう。
「分かっとった…分かっとったけど…もうちょい希望見せてくれてもええやん…」
「しょうがないだろ。いくら何でもこのタイムはないぞお前」
テンポイントはがっくりと項垂れている。だがトゥインクルシリーズで開催されるレース場には必ずと言っていいほど坂がある。今のうちに克服しておかなければ勝てるレースも勝てなくなってしまうからこれは仕方のないことなのだ。
「まあさっきも言った通り、今後のトレーニングはあくまで坂路練習を中心にするだけで他の練習も行っていく。何も坂路練習だけするわけじゃないから安心しろ」
「それにしたってなぁ…はぁ、憂鬱やわ…」
そんなに嫌かお前
「さて、今後の目標が決まったところで、まだ余裕あるようだからこのまま練習に移ろう」
「よっしゃ!早速平地に…」
「坂路で練習するぞ。準備しろ」
「嫌やー!平地でやらせてやー!」
「我儘言うんじゃありません!」
結局テンポイントは折れたのか、その後は黙々と坂路で練習するようになった。そしてクールダウンして練習を上がった後、彼女の機嫌を直すために俺はパフェを作ってやった。
テンポイントは坂が苦手だったわけではないのですが、テンポイントの時代では栗東トレーニングセンターには坂のコースがなく、関東の方が強いといわれていた要因の一つともいわれているらしいです。しかし、ウマ娘のトレセンには勿論坂のコースがあるので、どうしようかと悩んだところ、テンポイントは現時点では坂が苦手という設定にしました。