すでに1月も終わりを迎えようかとしている所。ボクは来月に開催される京都記念を目指して練習に励んでいる。だが、練習にはいつも以上に熱が入っていた。
熱が入っている理由は2つ、1つは先日行われたアメリカジョッキークラブカップでのグラスの活躍だ。グラスはそのレースをレコードタイムで勝利した。それも有マ記念にも出走していた天皇賞ウマ娘のアイフル先輩を下してだ。友達の活躍を聞いて嬉しく思う反面、こちらも負けていられないと思ったボクはいつもよりも気合を入れて臨んでいるというわけだ。ただ、
「テンポイント!気合を入れすぎだ!怪我するからもっとリラックスして走れ!」
「分かっとる分かっとる!気合入れてリラックスするわ!」
「気合入れてリラックスするってなんだよ!?」
熱が入りすぎてトレーナーから注意されているが。ただボクも冗談で返す余裕はあるのでトレーナーもまだボクに余裕があることは分かっているのだろう。それ以上は何も言わなかった。
気合が入っているもう1つの理由はトレーナーが関係している。前にトレーナーはカイザーが世間での評価が芳しくないと言っていたがそれはボクのトレーナーも一緒だった。前から周りのトレーナー達からの評価はよくないということは知っていたが、それが記者たちの間にも普及してきている。それを知ることになったきっかけは記者陣が下したトレーナー評価の一覧の記事を見たことである。ボクはその記事を見る時に多少怖くなりながらもトレーナーが周りからどう思われているのかという好奇心には勝てずに中身を確認した。
結論から言うと、非難轟々だった。やれボクの勝ち星を消した無能だとかあれほどの逸材を担当しておきながらクラシック1つも取らせてやれないだと色々言われていた。挙句の果てにはあんな新人がボクのトレーナーなんてボクが可哀想だという意見まで出てきていた。極めつけにはワイドショーでトレセン学園のトレーナーについて触れる番組があったのだが、そこでボクのトレーナーが話題に出てきたのである。コメンテーターからの言葉は今でもボクの頭に残り続けている。
《あんまりこういうことは言いたくないですけどね、テンポイント程の逸材をあんな新人が担当していいわけがないんですよ。彼がトレーナーでなければ、テンポイントはクラシックを取れていた。それは確実に言えることです。それをあんな様だなんて……、身の程を弁えて欲しいですねホント》
……まあこの発言をしたコメンテーターは後日この番組を降板させられたのかは知らないがTVで見る機会はなくなった。周りからもこのコメンテーターは批判されていたがぶっちゃけボクにとってはどうでもいい話だ。
この発言を聞いていた時のボクは表にこそ出していなかったが内心は腸が煮えくり返っていた。
(身の程を弁えろ?それはお前の話やろが……ッ!ボクが選んだんやぞ?ボクが望んで、ボクが決めたことや。何も知らんやつが……ッ!ケチつけてんちゃうぞ……ッ!)
目の前にいたら手加減せずに本気でぶん殴ってやりたかった。それほどまでに当時のボクは怒り狂っていた。
……ボク自身怒りを抑えていたつもりではあったが、どうやら後から聞いた話だと全然抑えれてなかったらしい。あまりの怒りように誰も近寄ろうとしなかったと言っていた。その時たまたま近くにいたグラスからの証言である。
『全然殺気抑えれてなかったよ。今にも皿とかコップとかテレビにぶん投げそうな雰囲気あったし。というか実際に投げようとしてたから私必死に止めてたんだからね?』
いつもの間延びした口調ではなく普通の口調で言っている辺り本当のことだったのだろう。グラスには謝っておいた。
とにかく、カイザーだけでなくトレーナーの評価も芳しくないのだ。それでいてボクの評価はほとんど落ちていないんだから尚更トレーナーのことが際立つ。ただ、この前トレーナー室で一緒にテレビを見ていた時に、リギルのトレーナーが言っていた言葉はボクもトレーナーも納得いってなかったが。
《良バ場ならどんな距離でもどんなウマ娘の子たちにもトウショウボーイは負けません。それだけの自負があります》
この言葉を聞いた時、トレーナーは悔しそうに歯噛みしていた。そんなことはない、テンポイントだって負けていない、そう言いたいけれど実際に負けている現状何も言えない、そんな気持ちが透けて見えた。
なので、次の京都記念は負けられない。春の天皇賞への足掛かりでもあるし、もしここでも負けるようなことがあればトレーナーの評価はさらに下がることは間違いないからだ。それだけは絶対に避けたい。
友達の活躍、トレーナーの評価を覆す。この2つ理由からボクはいつも以上に気合を入れて練習に臨んでいる。ただ無理のし過ぎは禁物だと口酸っぱく言われているので気持ちだけ入れて練習は怪我をしない程度に抑えている。
そんなことを考えていたらいつの間にか指定の数をこなしていたらしい。トレーナーがこちらへと声を掛ける。
「テンポイント!そろそろ休憩の時間だ!」
その言葉を聞いてボクはトレーナーの方へと走って向かう。トレーナーはいつも通りお手製のドリンクとタオルを持ってボクを出迎えてくれた。それを受け取って休憩に入る。トレーナーはそのまま次の京都記念へと話を移した。
「さて、休憩を取りながら聞いてくれ。次の京都記念の話だ」
「ん、出走メンバーが固まりそうなんか?」
ボクの言葉にトレーナーは頷く。
「今の出走メンバーを見ている限り、一番気をつけるべきは有マ記念でも戦ったエリモジョージ……なんだが」
「どしたん?なんか歯切れが悪そうやけど」
「正直言って、エリモジョージの対策が分からんっていうのが現状だ。逃げウマ娘だからその対策をとればいいんだけど……」
「なんとなく、言わんとしたいことは分かるでトレーナー」
エリモジョージ。12番人気という低評価を覆しての春の天皇賞制覇を成し遂げたウマ娘だ。実力は確かにある。油断ならない相手であることには間違いない。
ただ、彼女は〈気まぐれジョージ〉と呼ばれている通り戦績にかなりムラがあるのだ。大レースを制したと思えばオープンレースで嘘のようにボロ負けするようなことを繰り返している。この前の中山金杯も1番人気に支持されながらも7着という掲示板外に沈んでいた。彼女を担当しているトレーナーから
『私にもさっぱり分かりません。もし前もって分かる人がいたら教えてもらいたいぐらいだ』
などと、ある意味匙を投げられている。まあ仲の悪いという噂は聞かないので良好な関係ではあるのかもしれない。
そんな現状だから、対策してもその対策が役に立つのか分からないと言いたいのだろう。こうもムラがあると確かに対策の取りようがない。トレーナーは気を取り直すかのように他のウマ娘について言及し始める。
「後気をつけるべき相手と言えば、京都大賞典で苦渋を舐めさせられたパッシングベンチャと最近調子を上げてきているホシバージとかだな。ただ年が明けてお前の調子も上がり続けてきている。春天も見据えて是非とも勝っておきたいレースだ。弾みをつけるためにも頑張るぞ」
「了解。油断はせぇへん、勝ったるわ」
そう言って後は作戦などの細かい確認をしていく。この辺ももう慣れたものだ。
もう負けるわけにはいかない。この調子を維持し続けて絶対に勝つ。ボクはそう誓い休憩を終えて練習へと戻っていく。京都記念だけじゃない、鳴尾記念も春天もボクが勝つ。
そうして迎えた京都記念、ボクは1番人気に支持された。そのことに多少の喜びを覚えつつも気を引き締めて出走の瞬間を待つ。ゲートが開いたとほぼ同時にスタートを切ることができた。調子も好調、後は勝つだけである。
結果だけ言うとボクはこのレースを1着でゴールすることができた。スプリングステークス以来実に10か月ぶりの勝利である。ただボクの心はあまり晴れやかな気分ではない。久しぶりの勝利に加えて年が明けての最初のレースを勝てて嬉しいことは嬉しいのだが、着差の関係で素直には喜べなかった。
(2着とはクビ差……。まだまだこんなもんで満足はできへんな)
京都記念はG2なので勝つことも難しいのは頭では分かっている。ただボクの気持ちは全然満足していなかった。このぐらいで満足していたらみんなには勝てない、そう思いながらボクはウィナーズサークルへと歩を進める。
ウィナーズサークルでは久しぶりのボクの勝利を祝うコメントや次走への意気込みなどを質問された。正直、トレーナーに関する記事の件もあってか記者の人たちとはあまり関わり合いたくないが我慢する。ボクとトレーナーはそれに1つずつ丁寧に答えていく。
「神藤トレーナー、テンポイントの次走はどのレースをお考えでしょうか?」
「テンポイントの次走は鳴尾記念を予定しています」
「テンポイントさん、久しぶりの勝利おめでとうございます。今のお気持ちは?」
「おおきにです。でもまだまだ満足するわけにはいきません。この勝利に慢心することなく次のレースも勝っていこう思うてます」
「春の天皇賞も残り2か月に迫ってきています。1番警戒しているウマ娘はどの子ですか?」
「やはり最重要で警戒しているのはトウショウボーイです。今の段階だと負け越していますし、テンポイントも特に彼女を意識しているので負けられない相手であることは間違いありません。ただ、向こうが出走してくるかはまだ分からないので何とも言えませんが。ですが、トウショウボーイが出走してもしなくても勝つのはテンポイントです」
「ありがとうございました。では次の質問ですが……」
そのまま取材は滞りなく進み、取材を終えウイニングライブも終わってボクたちは帰路につく。道中車を運転しながらトレーナーが話しかけてきた。
「テンポイント、記者の人たちは嫌いか?」
「どしたん?急に」
トレーナーの一言にボクは心臓が跳ねた。ただそれがバレないように平静を保つように答える。しかしトレーナーはボクの胸の内が分かっているかのように答えた。
「いや、お前の方を向いたら思いっきり耳を絞ってたからな。しかも両耳とも。できるだけ早く取材を終えるようにするのは大変だったぞ」
その言葉にボクはトレーナーの方を見る。するとトレーナーは含み笑いをしていた。そのことにボクは恥ずかしくなって顔を赤くするが、すぐに反論する。
「……やって、記者の人たちって調子ええことしか言わんやんか。あんだけトレーナーのことボロクソに叩いといていざ勝ったら称賛するなんて……」
「ハハ、まあ彼らはそういう仕事だからな、仕方ないさ。ただ覚えておいてくれテンポイント。記者の人たちも悪い人たちばかりじゃないってことをな」
そう言って信号待ちの間に1冊の雑誌をボクに手渡してきた。見やすいように車内のライトを点ける。付箋が貼ってあるページを開くとトレーナーのことが書かれていた。
【神藤トレーナーは新人でありながら周りの評価に惑わされることなく頑張っている。将来が楽しみなトレーナーだ】
要約するとこういった旨のコラムが書かれていた。ボクはトレーナーの方へと視線を向ける。トレーナーは笑いながらボクに告げる。
「俺のことを悪く言う記者もいれば、良く言ってくれる記者だっている。1つの側面だけ見て結論を急ぐのはよくないことだ。そのことだけは覚えておいてくれテンポイント」
「……分かった」
不承不承ながらボクは納得する。ただ気持ち的な面では納得していない。トレーナーもそれが分かったのか苦笑いを浮かべていた。
次の鳴尾記念もしっかり勝って春の天皇賞も勝つ。そう思いながらトレーナーの運転で学園へと戻っていった。
実際記者の人でもまともな人はいると思ってます。ウマ娘で言えば乙名史記者とかそうですし。
※京都記念の着差をクビ差に修正。なんかのレースと勘違いしてました。お恥ずかしい限りです。 8/9