春天が終わって早数日が経ち、ボクはいつも通り学園へと登校する。教室に入って今日の授業の準備をして後はいつも通り朝のホームルームが始まるまで時間を潰す。その間ボクは春天のことを思い出していた。
(なんちゅうか……、思うたよりもあっさりしとるなボク)
勝った時は嬉しいという気持ちが爆発していたが、いざ終わって冷静になってみるとあぁ、勝ったんだな、とぐらいにしか思わなかった。トレーナーがURAから贈られた春の盾を落とさないように必死だったという話を後から聞いた時は噴き出しそうになったが。
何はともあれ勝って一安心したのは確かだ。ボクも、トレーナーも。後はボーイに借りを返すだけだ。そう考えていると教室の扉を開いて誰かが入ってくる。
その人物は扉を開けたかと思うとすごい勢いでボクの方へと走ってきた。一体誰だと思って視線を向ける。その人物はボーイだった。彼女は嬉しそうにこちらへと話しかけてくる。
「テンさんテンさん!春天優勝おめでとう!いやぁ、オレはスタンド席で見てるだけだったけどマジですごかったぜ!チックショー!オレも出たかったー!」
「落ち着けボーイ、気持ちは嬉しいけど声デカいわ」
「あっわりぃわりぃ。滅茶苦茶熱い勝負だったからついな」
そう言ってボクの隣の自分の席に座る。どうやらボーイにとってあのレースはかなり興奮したレースだったらしい。今も興奮冷めやらぬといった様子でボクに話しかけてくる。
「いやークインと一緒に見てたんだけどさぁ、ホントすごかったぜ!特に最後の直線!テンさんや他のみんなからぜってぇ負けねぇぞ、って気持ちがこっちまで伝わってきたからな!」
レースの感想をこちらへと延々と語ってくる。それは別にいいのだが走っていた当事者からしたら恥ずかしいことこのうえない。ただ、恥ずかしいと思っていることを悟られるのもなんとなく癪に思ったボクはボーイの会話に相槌を打ちながら答える。
するとふとボーイが時計を確認した。ボクもつられて時計を見る。時刻はもうすぐ朝のホームルームが始まる時間を指していた。確認が終わった後心配そうな声でこちらに話を続ける。
「もうすぐホームルームだけど……、グラスもカイザーも遅いな……。大丈夫かな?」
どうやらグラスとカイザーが遅いことを心配しているようだ。
「大丈夫やろ。遅う来るようになったんは今に始まったことやないやん。大方朝練でもしとるんやろ」
「でもよぉ、それでもやっぱり心配じゃん?それに最近は一緒にお昼を食べることもなくなったし」
「まあ心配する気持ちは分からんでもないけどな。けど向こうもなんや事情があるんやないか?」
「そうなのかなぁ……。うぅんでもなぁ……」
ボーイはなおも心配そうにしている。気持ちは分からないでもない。
4月に入った辺りからだろうか?グラスとカイザーはボクら2人との付き合いが悪くなった。そう言うと聞こえが悪いが、こちらから誘っても何かと理由をつけて断ることが多くなってきている。カイザーの春のファン大感謝祭での反応を見る限りだとこちらのことが嫌いになったわけではないと思うのだが、それでも心配になる気持ちは分かる。
それに加えて同じ頃から朝は時間ギリギリに来るようになった。お昼も別々に取るようになったし放課後もさっさと自分たちのチームの練習へ行っているのか声を掛ける間もなく教室を出ていく。入学当初から仲良くしていた身からしたら寂しく感じる。ボーイはそれを余計に感じているのだろう。
ボクはボーイを慰めるように励ます。
「まあ、その内元ん関係戻るやろ。6月なったら宝塚記念やしそれに向けて頑張っとるだけかもしれんからな」
「……そうだよな、宝塚記念が終わるまでの辛抱だよな!そしたらさ、みんなでまた集まって遊べるよな?」
「まあ、大丈夫なんちゃう?カイザーはファン感謝祭では普通やったし」
「そこは断言してくれよテンさん!」
「ボクは未来予知できるエスパーちゃうで。今のうちに元ん関係戻れるよう祈っとき」
そう言うとボーイは手を合わせて祈りだした。本当に祈る奴があるかと思いながらもボクはその光景を黙って見ている。
……本音を言うとボクも心配だ。あの2人とまた元のように遊べるだろうか?最近はそんなことを思うようになってきた。けれど、あまり悲観的になるのも良くない。大丈夫、きっと元の関係に戻れるはずだ。
そして朝のホームルームまで残り1分というところでグラスが登校してきた。ボクとボーイは挨拶をする。
「……うん、おはよう」
そう一言だけ告げて自分の席に座る。それ以上話すことはないとばかりに。
その反応に少し寂しくなるが、今日はたまたま気が立っていただけかもしれない。それに春天が終わってまだ何日も経っていないから気まずいと思っているのかもしれない。ボクはそう思うことにした。
グラスは来たが、カイザーはまだ来ない。もう先生も来たというのにだ。連絡事項を伝えられるとボーイが先生に質問する。
「せ、先生!カイザーがまだ来てないんですけど!」
「クライムカイザーさんですか?クライムカイザーさんならしばらく休むとハダルのトレーナーから連絡が入っていますよ。なんでも次のレースに向けて練習をするようです」
「そ、そうですか……」
ボーイはそう言って座った。先生は他に質問がないことを確認した後、教室を後にする。
次の授業が始まるまでの間、またボーイが話しかけてくる。今度はグラスも一緒だ。
「カイザーは練習か~……」
「そんだけ気合入っとるってことやろ」
「そうだね~。特に春天悔しそうにしてたから余計にね~」
「そっか……、確かに惜しかったもんな……。だったら余計に気合入るってもんか」
ボーイはそう締めくくる。グラスが何かを呟く。かなり声量が小さくボーイには聞こえていなかったようだがボクには聞こえていた。
「……まぁ、それだけじゃないけど。2人には分からないだろうけどね」
どういうことだろうか?けれど、聞いたところで答えてくれないか白を切るだけだろうと思い聞くことができなかった。
ボクとボーイには分からない2人の気持ち。何となく察しはついている。だが、それが合っているのかは分からない。トレーナーにも聞いてみるのがいいかもしれない。ただ、その後の授業はグラスの言葉の真意を考えすぎて集中できなかった。
いつもの授業が終わって放課後、ボクは練習のためにトレーナー室へと足を運んだ。今日はどこで調達したのか分からない巨大なタイヤをトレーナーは持ってきていた。ボクはトレーナーに質問する。
「……なぁトレーナー?コレ何のタイヤや?こんなん見たことないんやけど」
「だろうな。業者に頼んで卸してもらった特注品だ。今日はこれを使ってトレーニングするぞ」
「これで何するんや?まさかタイヤ引きでもするんか?」
「そうだ。今日はこのタイヤを引くぞ」
まさか冗談で言ったことが本当のことだとは思わなかった。しかしどれだけの重さがあるのだろうか?デカいなんてもんじゃない。タイヤの厚さだけでもボクやトレーナーの身長を軽く超えている。ロープはすでに括りつけてある。というかタイヤはともかくロープは持つのだろうか?
とにかくやってみることにした。ロープを自分の身体に巻きつけてみる。
(いやロープクソ太いな……。まあこんだけデカいタイヤ引くんやから当たり前か?)
そう思いながらもロープを巻きつけ終わったボクはタイヤを引いて歩くことを試みる。
……滅茶苦茶重い。何とか頑張ってみるが、一歩一歩踏みしめるように歩くのが限界だ。その歩きにもすぐ限界がきてボクは倒れ込みそうになったが、身体に巻きつけたロープが倒れることを許さない。そのままロープに引っ張られるまま力を抜く。
「アカン、もう限界や」
ボクのその言葉にトレーナーは
「まあ今日が初めてだからこんなもんか」
とだけ告げる。その後も何度かタイヤを引いての練習をしていった。さすがに一回り小さいサイズにしてもらったが。
何度か繰り返した後、休憩を取る。その休憩の間にボクはトレーナーに朝での会話を話そうと思いトレーナーに話しかける。
「なぁトレーナー、グラスとカイザーのことなんやけど……」
「グリーングラスとクライムカイザーがどうかしたのか?」
トレーナーは練習メニューを見ながら答える。ボクは話を続けた。
「グラスとカイザーが最近気負いすぎてる気がしてな?まあ春天からそんなに経ってないから当たり前やと思うけど、それでもなんか気になるんよ」
「……まああっちは春天を負けたからな。次のレースこそは何としてでも勝ちたいと思ってるんじゃないか?」
「ボクもそう思うてる。やけど、本題はそれやなくて……」
「どうした?何か言いにくいことなのか?」
ボクは意を決してトレーナーにどう思うか質問をする。グラスのあの言葉を。
「……グラスがホンマに小さい声で、ボクとボーイにはグラスとカイザーの気持ちなんて分からへん、て言うたんよ。トレーナーはどう思う?」
「あぁ……」
トレーナーは少しの間天を仰ぐ。察しでもついているのだろうか?そのままかなり迷っているように唸っている。ボクは急かすように話しかける。
「なぁ、トレーナーはどう思うんや?トレーナーの考えを教えてくれ」
「まぁ、お前も大体察しはついていると思うが……。十中八九世間での評判が関係しているだろうな」
そう言うとトレーナーは後の練習は座学にすると告げてトレーナー室へと戻るように促した。ボクは大人しくトレーナー室へと戻る。
トレーナー室へと入ったボクを待っていたのは数冊の雑誌を抱えているトレーナーの姿。ボクに座るように促し、座ったのを確認するとトレーナーも座って雑誌を広げる。
「これらは春天が終わった後の記事だ」
そう言って記事を見るように促してきた。ボクは確認する。ボクもまだ見たことがないやつだ。その内容はボクの想像を超えていた。
【TT世代の幕開け!トゥインクルシリーズ最強の2人を特集!】
【突出した実力を持つ2人トウショウボーイとテンポイント!その強さの秘訣とは!?】
【向かうところ敵なし!テンポイント春天制覇で打倒トウショウボーイは順調か!】
【トウショウボーイとテンポイント2人の今後の対戦は?徹底分析!】
見事なまでにボクとボーイに関係する記事しか書かれていない。他のウマ娘のことなんて眼中にないかの如く。自分がここまで注目されていることへの嬉しさよりも他の子が全然注目されていないことへの憤りの方が出てくる。
「ちょ、ちょお待てや!あんだけの戦いしとったのに他の子への言及は無しか!?グラスやカイザーだけやない、ホクトボーイやって、クラウンピラードやておるやろ!なんでそっちに対する記事が一個もないねん!?」
ボクはトレーナーに怒りながらそう問いただす。しかしトレーナーは冷静に答えてきた。
「……世間では、テンポイントとトウショウボーイの対決が1番注目されているんだ。トゥインクルシリーズ最強の2人としてな。それ以外のことなんてどうでもいいとばかりに記事はお前たち2人のことばかりだ。さすがに全部の出版社がそうじゃないけどな」
トレーナーはそう締めたが、ボクは怒りのままに質問する。
「なんやそれ!?他の子かてすごい子ばかりやないか!なんでボクらだけなんや!?」
「スター性だよ、テンポイント」
トレーナーはそう即決する。そのまま言葉を続ける。
「テンポイント、お前はメイクデビュー前から多大な期待を寄せられていたのは知っているな?その期待のままにジュニア級からスプリングステークスまでを連勝。それ以降は勝ち星を掴めなかったが春天で悲願のビッグタイトル獲得。記者やファンはそこにドラマ性を見出した」
「……だからなんや?」
「話はまだ終わりじゃない。トウショウボーイはその走りから天を駆けるウマ娘の異名を持っている。皐月賞までを4連勝。しかも全てがインパクトの強い勝ち方。ダービーと札幌記念でこそ後れを取ったが神戸新聞杯と有マ記念でのレコード勝ち。負けたレースも強さだけは見せていた。圧倒的な存在を放っていたんだ」
「それがなんや!はよいうてみぃ!トレーナーの考えを!」
「他のウマ娘はお前たち2人の前じゃ霞むってことだ、テンポイント。いくら俺たちが強いと思っていても関係ない。強い上にスター性もドラマ性もあるならば自然とそっちが注目される」
ボクはトレーナーの意見に言葉を失う。
春天であれだけの戦いをしたのだ。きっと2人だって注目されるし再評価される。そう思っていた。
けれど、現実はそうはならなかった。注目されているのはボクだけ。それどころか春天を出走していなかったボーイのことについて言及する記事すらある始末。
ボクはトレーナーに再度問いかける。
「……世間が興味惹かれるぐらい勝ちまくるしかないてことか?トレーナー」
「そう言うことだ。厳しいことを言うが勝負の世界である以上光もあれば影もある。お前たち4人で例えるなら光はお前とトウショウボーイ、影はグリーングラスとクライムカイザーだ。今の評価を覆すのであれば影の2人は光の2人に勝ち続けるしかない」
「……」
正直、友達2人の不当な評価には憤りしか感じない。覆してやりたいとも思う。ボクたちが、例えばわざと負けでもすればあの2人は注目されるかもしれない。
しかし、だからといって勝負事で手を抜くのか。そう言われたら答えはNOだ。向こうは真剣に挑んできている。ならばこっちも真剣に挑まなければならない。わざと負けるなど相手を侮辱しているのと同じだ。
それに、ボクはあの2人の強さを信じている。ならばボクがやるべきことは1つだ。
「……これからも全力で走り続ける。それでええんやろ?トレーナー」
「そうだ。手を抜かれることなんてあの2人は望んじゃない。お前はお前のままで全力でぶつかればいい」
「分かった」
「それに、お前も一部からはトウショウボーイには勝てないなんて言われている。それも覆さないとな」
「なんやと?そいつらの目ん玉節穴か?やったら宝塚で見せたろうやないか。最強は誰かっちゅうことを」
ボクは決意を新たにする。
グラスとカイザーが不当な評価を受けている。それは友人としては憤りを感じる。だが、同じ競技者であるボクにできることはない。できること言えば全力でぶつかることだけだ。ボクは2人の強さを信じる。これからのレースで覆るはずだ。あの2人の評価も。
TTGなんて言われたのも後年になってかららしいですね。それでも私はTTGCと呼びたい(鋼の意思)。
改稿進まねぇ……。