プロローグの方を改稿しました。最初の方の話を順次改稿予定です。(ジュニア編終了辺りまで)
決意を新たにした翌日、ボクはお昼休みの時間に屋上へと向かっていた。いつもはカフェテリアで昼食を取るのだが今日は違った。たまには別の場所で食べようと思いボーイの誘いを断って1人屋上へと足を運んでいる。まあそのせいでボーイからは嘆きの言葉を貰ったが。
『そ、そんな!?テンさんまでオレを見捨てるのか!?』
たかが昼食を一緒に取らないだけで大げさだと思ったが、今日だけだということを伝えるとすぐに機嫌を直してボーイは1人カフェテリアへと向かっていった。まあ1人ではなく他の友達と一緒に食べるだろうと思いながらボーイとは別れた。
そんなことを考えていると屋上へと繋がる扉の前に着く。生徒にも一般開放されているので空いているはずだ。ドアノブへと手を伸ばして回す。扉は開いていた。
屋上へと足を踏み入れる。あたりを見渡しても生徒は1人もいない。わざわざ屋上で食べようなんて物好きはいないのだろう。ここまで階段で上がってくるのも手間だし屋上はほとんど人がいない。寂しい食事になるだろう。だが、ここで昼食を取るような物好きには1人心当たりがある。そしてその人物こそがボーイの誘いを断ってまで話したいと思っていた人物だ。
ボクはその人物を探すために屋上を見渡す。程なくしてその人物を見つけた。
「やっぱ、ここにおったか。グラス」
「ん~?私に何か用かな~?テンちゃん」
目的の人物、それはグラスだ。昨日は朝の会話以降しっかりと話しをすることなく別れたため、しっかりを話しておきたかった。ボクはグラスへと近づく。
「隣ええか?」
「いいよいいよ~。好きに座って~」
一応許可を取ってグラスの隣に腰掛ける。トレーナーに作ってもらったお弁当を開けてしっかりを手を合わせて食事を始める。グラスはどうやら既製品の弁当のようだ。
食べている最中は終始無言だった。無言で食べていることもありボクらはすぐに食べ終わる。食べ終わった後も沈黙は続いていた。
その沈黙に耐えかねてか、あるいは元からある程度察しがついていたのかグラスがこちらへと話しかける。
「それで~?私に何か用事でもあったんじゃないの~?」
グラスのその質問にボクは肯定する。
「まぁな。話っちゅうんは昨日の朝のことや」
「朝……、あぁ、2人には私たちの気持ちなんて分からないって言ったこと~?」
「せやな。ちゅうかこっちが聞こえとんの分かっとったんかい」
「いやいや~、朝の会話で気になることとなればこの台詞が聞こえてたぐらいしか思いつかなかったもので~」
グラスはそう笑いながら答える。まあ分かっているなら話は早い。
「朝ん時点で何となく察しはついとった。でも、あの後トレーナーから聞いてボクが思うてるより事態は深刻やったって分かったんや」
「例えば~?」
「ボクとボーイがどんだけ注目されとる、いや、下手したらボクとボーイだけしか注目されてへん事とかな」
「そうだね~。2人は滅茶苦茶注目されてるね~。いよ、有名じ~ん」
「茶化さんでもええでグラス」
ボクは真面目な雰囲気を出す。するとグラスもその気配を察してかおちゃらけた雰囲気を出すのを止めた。
「正直に言うて、ボクは納得できてへん部分はある。グラスやカイザーだけやない、他の子かて強いのにボクとボーイだけしか注目されてへんのは可笑しいと思うてる」
「まあ、仕方ないんじゃない?2人の世間受けがいいのは事実だし」
「トレーナーからも言われたわソレ。ボクらのスター性やドラマ性の話をな。それを踏まえた上でグラスやカイザー、他の子たちに伝えたいことがあんねん」
「……ふ~ん。それは何かな?」
グラスは興味深そうにしている。ボクは意を決してボク自身の考えを伝える。
「スター性とか、ドラマ性とかそんなん関係あらへん。世間やファンが何と言おうと知ったこっちゃないわ。そっちの評価を覆すためにボクはなんもせえへん。ボクはボクで全力で走り抜けたる。現状が悔しいんやったらボクらに勝て!ってな」
「……傲慢だねぇ?テンちゃん」
「せやな。けど、何も思わんってことはないで?実際ボクは納得できてへん。けれど、ボクが何と言おうと記者もファンも取り合わんやろうな。むしろ他の子に気を配る余裕を見せるボクカッコええ!なんて持ち上げる光景すら透けて見えるわ」
「言うねぇテンちゃん。でも実際そうだろうね」
「やから、悔しいんやったら勝って証明するんや!ボクやボーイだけやないってことを、この世代には自分たちかておるんやってことを!みんなに証明して見せるんやな!って。みんなそれだけの強さはある。それは今まで戦ってきたボクはよう知っとる。ま、だからといって負ける気はさらさらあらへんけどな!」
そこまで言ってボクは笑顔を浮かべる。自分の言いたいことを言えてスッキリした。
「ま、後はアレやな。言いたやつには言わしとけばええって話や。周りなんて気にする必要ないで」
「……プッ、アハハハ!何それ!」
そう言って、グラスは笑い出した。そしてひとしきり笑った後ボクに告げる。
「ハァー、なんだろうね、深刻に捉えてたのがバカみたいだったよ」
「なんや?そないに深刻に捉えてたんかグラス」
「んーまぁね。さすがに菊花賞を勝ってアメリカジョッキークラブカップもレコード勝ちしたのにそんなに話題になってないのには思うところはあったねぇ」
「まあ、それは腹立つわな」
「そこからしばらくして、入学式が終わってからじゃない?私やカイザーちゃんが2人を避け始めたのって」
「せやな。丁度そんくらいの時期やな。ボーイの奴凹んどったで?」
「あちゃ~。それは後で謝らないとね。まあ私もカイザーちゃんも2人を嫌ってないからそこは安心してね」
「ボクは分かっとるで。ボーイは知らん」
「薄情者だね~テンちゃん」
「知らんわ。ボクはアイツのお守役ちゃうし」
昨日のやり取りからは信じられないくらいいつも通りの調子に戻って会話をする。ボクはひとまず安心した。
するとグラスはカイザーの話を始める。
「まあ、私は世間からの評価をそこまで真剣に捉えてたわけじゃないんだ。でも、カイザーちゃんはそうじゃない。テンちゃんも薄々感じてはいるんじゃない?」
「……せやな。授業を休んでまで練習しとるんやろ?カイザーの次走言うたら……」
「宝塚記念。カイザーちゃんはそのレースを目指して今必死に頑張っている」
宝塚記念。そのレースはボクも出走予定だ。そしてそのレースはボーイが復帰を予定しているレースとも言っている。グラスも順当にいけば出走できるだろう。つまりは。
「菊花賞ぶりやな。みんなが揃っとるレースは」
「そうだね。でも、正直言うと私は心配でならないんだ」
「どういうことや?」
ボクはグラスにそう質問する。するとグラスはこう答えた。
「……私のチームの新入部員に、ハダルの子と仲良い後輩ちゃんがいるんだけどさ、その子が言うにはカイザーちゃんすごい思い詰めてるんだって。春天の時もそうだったけど、今はそれ以上に」
「……それは心配やな」
「それに、練習量も限界以上のことをやってるんじゃないかって。心配にしていたんだ。だから最近カイザーちゃんが練習している場所を教えてもらって私も見たんだ。練習しているところ」
……聞くのが少し怖くなる。けれどボクは聞いてみた。カイザーの現状を。
「それで?どうやったんや?カイザーは」
「……鬼気迫る、っていうのかな。もう後には引けないって感じで練習してたよ。周りからの評価とレースでの結果から、どんどん悪い方向に考えちゃってるみたい。自分の身体が頑丈だからって無理をしてる気がするんだ」
確かにカイザーはボクら3人に比べればかなり頑丈な身体をしている。ボクら3人が虚弱すぎるだけなような気もするが、ほとんど大きな怪我もなくここまで来れているから頑丈だろう。
しかしカイザーはそれを悪い方向に利用している。いくら頑丈といえども怪我をしないわけじゃない。大きな怪我をしなければいいのだが。
「まあ、怪我をせえへんように祈るしかないわな」
「そうだね。私たちが言ったところでカイザーちゃんはさらに意固地になるだけだと思うし、下手したら他の人たちが言っても聞かないと思う」
そんな会話を続けていると、チャイムが鳴り響いた。どうやらもう少しで昼休みが終わるらしい。ボクたちは会話を切り上げて屋上から出ようとする。
そんな時、グラスがこちらに向かって話しかけてきた。
「テンちゃん、ちょっといいかな?」
「どうしたん?グラス」
グラスの表情を見るとこちらを心配するような顔をしていた。何故そんな顔をしているのだろうか?
「カイザーちゃんも心配だけど、私はそれと同じくらいテンちゃんも心配だよ」
「なんでや?ボクはこの通り世間での評価なんて全然気にしとらんで?」
「嘘でしょ、ソレ。何となくわかるもの。テンちゃんはボーイちゃんに敵わないって思われてること、私たちが思っている以上に堪えてるんでしょ?」
何かと思えばそのことか。ボクは特に気にした様子を見せることなく返す。
「なんやそのことか。やったらホンマに気にしてへんよ。実力で見返せばええ話や。今度の宝塚記念でな」
「……テンちゃんがそう言うなら私はもう何も言わない。でもこれだけは覚えといて」
グラスはそう前置きした後、言葉を続ける。
「人の心はふとした瞬間に、唐突に折れることがあるから。今まで我慢していたものが些細なきっかけで決壊する。それだけは覚えておいて、テンちゃん」
「グラスは心配性やなぁ。ま、ちゃんと覚えとくわ」
ボクはそう言って屋上から出ていく。グラスは後ろからついてくる。屋上から出る時に、グラスの呟きが聞こえた。
「……私から見たらテンちゃんも相当無理してるよ。自分が思っている以上に堪えてるんだよ、テンちゃん」
その呟きを、ボクは聞こえないふりをして教室へと歩みを進めた。
教室へと戻って放課後、ボクは練習に行くために席を立って教室を出ようとする。その時、グラスから声を掛けられる。
「じゃ~ね~、テンちゃん、ボーイちゃ~ん」
ボクはそれに返事をする。ボーイは驚いた表情をしていた。
「お疲れさん。また明日な、グラス」
「えっ、えっ」
ボーイは戸惑っていた。最近あちらから別れの挨拶をかけられることすらなかったから当然かもしれないが。グラスはその表情を見て面白そうに笑いながら再度別れの言葉をかける。
「あれ~?ボーイちゃんには聞こえなかったのかな~?じゃ~ね~ボーイちゃん」
もう一度グラスがそう声を掛けるとボーイは戸惑った表情から一変して花が咲いたような笑顔を浮かべたまま答える。
「おう!また明日な!グラス!」
その返事を聞いた後、グラスは教室を後にした。その顔に笑みを浮かべながら。
グラスが出ていったのを確認した後、ボーイは嬉しそうにこちらへと話しかける。
「見たかよテンさん!グラスの態度!元に戻ってくれて嬉しいぜオレは!」
そのテンションを鬱陶しく感じながらもボクは答える。
「はいはい見とった見とった。ちゃんと見とったから離れろや」
「ヒデェ!?てかカイザーやグラスもおかしかったけど、テンさんもなんかおかしくねぇか?」
「なんやそれ?ボクのどこがおかしいっちゅうねん」
「なんていうか、オレに対する当たりが強くなってないか?」
「気のせいやろ。前からこんなもんや」
だが、ボーイは気になっているのか不満気だ。
「そうかなぁ。前はなんだかんだ冗談で言ってるってのが分かってたんだけど最近はなんて言うかさ……、今までとは違うっていうか……」
「……ハァ、ボクはもう練習行かせてもらうで」
あまりにもアホらしくなって教室を出ていこうとする。ボーイは何か言いたげだったがうまく考えが纏まらなかったのか別れの挨拶をしてきた。ボクもそれに返事をして教室を後にする。
宝塚記念、菊花賞以来となるボクら4人が出走することになるであろうレース。絶対に負けられない。もう、負けるわけにはいかない。
(ボクがボーイに勝てへんなんていうふざけた評価……、取り消させたる!)
そう胸に誓いながら、ボクは練習へと向かっていった。
レースを見るだけで賭けはしない男、スパイダーマッ!本音を言うと馬券の買い方が分からないだけですが。