トレセン学園の施設の1つである海岸近くの合宿所。普段は夏休みに利用されているその施設を私、クライムカイザーは5月のこの時期にトレーナーさんに無理を言って利用させてもらっている。
そこで私は朝日が昇ってから日が沈むまでひたすらに練習に励んでいた。何時間かに1回、休憩こそ取っているがほとんどを練習に費やしていると言ってもいい。たまにチームの子が様子を見に来るが、私の様子を見たら一瞬たじろいだ後すぐに帰っている。先程も差し入れを持ってきてくれたがすぐに離れていった。
「ハァ……ッ!ハァ……ッ!」
今日も練習に励んでいると先程離れたチームの子が遠目にこちらのことを話しているのが聞こえた。
「ね、ねぇ、アンタ止めなよ?アレ本当に無茶だって……」
「できるわけないじゃん……。下手に止めたら無事じゃすまないよ私ら……」
会話の内容から察するに私の雰囲気を恐れているのかもしれない。確かに一生懸命練習に励んでいるがそんなに怖い雰囲気を出しているだろうか?それなりの重さがあるアンクルウェイトを装着して走りながらそう考える。
だが、そんなことは気にしていられない。年が明けてからの私の成績は散々なものだから。
(皆さんの隣に立つためには……、私には練習するしかないんです……!私は……、才能がない側のウマ娘だから……!)
ボーイさんは有マ記念で凄まじい強さを見せつけた。グラスさんは菊花賞で実力を見せた。そしてテンポイントさんは天皇賞でついにタイトルを獲得した。
一方私はどうだ?ダービー以降の勝ち星は無し。掲示板が精一杯の成績。ダービー以降の成績だけを見るなら皆さんと比べるとかなり見劣りする成績だ。とてもライバルと呼べるようなものではない。
皆さんは優しいから励ましてくれるかもしれない。前にグラスさんがこの合宿所に来てくれた時も励ましてくれた。けれど、今の私にとってはその励ましの言葉は辛いだけだ。
(なんとか上手く笑えた気がしましたけど、グラスさん浮かない顔をしてましたね……。心配をかけて申し訳ないです……)
そう考えていると着けていた時計からアラームが鳴る。休憩を知らせる時間だ。別にこのアラームを無視して走ってもいいが、そうした場合またタケホープ先輩かトレーナーさんに大目玉を喰らう。大人しく休憩を取ることにした。
休憩中、私は年明けからこれまでのレースについて考えていた。まずは年明け一発目のレース、アメリカジョッキークラブカップだ。
グラスさんも出走しており、彼女がレコードタイムで勝利した裏側で私は5着だった。
年明け2本目は春の目黒記念。またもやグラスさんが出走していたが勝ったのは私でもグラスさんでもなく、それまで重賞未勝利だった子が優勝した。私は4着。
3つ目は鳴尾記念。このレースにはテンポイントさんが出走しており、クビ差ながらも彼女が優勝した。私は4着である。
そしてついこの前の天皇賞・春。ボーイさん不在の中で行われたこのレース、私はこれまでの不甲斐ない成績を払拭するために、今まで以上に練習に励んで挑んでいた。先輩からのお墨付きも貰った、後は自分の実力を発揮して勝つだけ。そう思い臨んだこの大一番。私は珍しく自信をもってレースに挑むことができた。
だが、結果はテンポイントさんの優勝。グラスさんは4着、私は5着で何とか掲示板に名前を残すのが精一杯だった。
ハダルの先輩たちも私が勝てるように最善を尽くしてくれていた。トレーナーさんも私が勝つためにと他の出走者の弱点などをリスト化してくれて、どう立ち回るべきかの指南もしてくれた。私も、今まで以上の練習をしてその期待に応えようとした。
だが結果はこの様だ。掲示板に乗るのが精一杯。周りの子からしたら掲示板に乗るだけでもすごいと言ってくれるだろう。けれど、
(それじゃあ意味がないんです……ッ!皆さんに並ぶためには、掲示板に載るだけじゃダメなんです……!私が、皆さんと並べるようになるには、1着を取るしか……!)
皆さんと胸を張ってライバルと言うためには勝たなければいけない。私は年明け以降その思考に囚われていた。チームの皆さんはそんな私を心配するように声を掛けてくれたが、私の心が変わることはなかった。
それに拍車をかけたのが世間での評価。ダービーから菊花賞までは私の評価は上々だった。ボーイさんとテンポイントさんの2人に並ぶ逸材。そんな評価をされて私は嬉しかった。だが、菊花賞以降私の話はめっきりとなくなってしまった。それも仕方ないだろう。勝てていないのだから。これから勝っていけばいい。そんなことを考えていた当時の私を叱ってやりたい。
年末で偶然手に取ったレース雑誌。ボーイさんとテンポイントさんが特集されていたそれを私は中身を確認してみた。今にして思えば見ない方が良かったのかもしれない。内容はお2人を褒める内容だった。ここまではいい、お2人の特集記事なのだから。
だが、とある一文が目に留まった。
【この世代はトウショウボーイとテンポイント、この2人の力が突出しており他のウマ娘は並である】
悔しいことこの上ない評価だ。記事ではTT世代の幕開けだの、年明け以降のお2人の対決が楽しみだの、私たちのことなんて眼中にない記事ばかりだった。
思えばこの記事を目にした時からだろう。私が限界を超えたトレーニングをするようになったのは。幸い、私の身体は頑丈と言っても良かったため、無茶な練習にもある程度耐えることができた。最初無茶なトレーニングをしていた時は、周りのチームの人たちは止めた。しかし、
『離してください……ッ!私は、練習するしかないんです……ッ!ボーイさんたちに勝つためには、大レースで勝つためには、才能のない私は他の人以上に練習するしかないんです……ッ!』
私の鬼気迫る雰囲気に何も言えなくなったのか、1ヶ月もしたら止める人はいなくなった。いや、1人だけいた。タケホープ先輩だ。
思えば、ハダルに入部してからタケホープ先輩に手を上げられたのはあの日が初めてだった。私は頬をはたかれて呆然とした。周りの人たちもタケホープ先輩が手を上げるところを初めて見たのだろう。驚いていた。タケホープ先輩は涙を耐えているような表情をしながら私を叱った。
『だからって、自分の身体を壊す気かいカイちゃん!自分の身体を壊してまで勝利を得て……、カイちゃんはそれで満足するのかい!?』
タケホープ先輩の言っていることは理解できる。その時だけは反省したように謝罪の言葉を述べた。しかし、それ以降も私はトレーニングを止めなかった。その度にタケホープ先輩からの止めが入る。年明けから天皇賞・春まではずっとそれを繰り返していた。
しかしこの前の敗戦を経て、私はもうなりふり構っていられなくなった。合宿所の使用許可と休学届をトレーナーに出してもらい、タケホープ先輩が手出しができないような状況を作り出すことにした。
トレセン学園からこの合宿所までは距離がある。気軽に手出しをすることはできない。思う存分練習をすることができる。私はそう思い、毎日練習をしていた。
しかし、先輩は学園が終わった後毎日のようにこの合宿所を訪れていた。トレーナーさんと一緒なのでトレーナーさんに送られてここまでいているのだろう。どうしてここまで私に構うのか聞いてみた。すると先輩はこちらを心配するような表情を浮かべて答えた。
『今のカイちゃんを1人にすると、危なっかしくて仕方ないからねぇ』
この何ヶ月で何回言っても止めなかったらもはや諦めているのだろう。止めることを諦めて無茶なことだけはしないように監視する姿勢に変えたようだ。先輩を心配させるような後輩で申し訳ないと思いつつも、私は合宿所を借りての練習は宝塚記念までだということを教える。すると先輩はこちらを励ますように言った。
『そっかぁ。頑張るんだよカイちゃん。私には応援することしかできないけど、宝塚記念で勝つことを祈ってるよぉ』
そう言ってその日は先輩とトレーナーは帰っていった。迷惑を掛けてしまい、こんな後輩で申し訳ないと私は感じた。
その後も度々この合宿所を訪れては差し入れを持ってきてくれている。先程の子たちとはまた別でだ。後輩たちのケアを欠かさないこの姿勢が、ハダルの子たちや学園の生徒に慕われている理由なのだろう。
そこまで考えたところで、時計を確認する。休憩の終わりの時間だった。それを確認すると私はまた練習へと戻るためにアンクルウェイトをつけて走る準備をする。
次走は宝塚記念、トレーナーが言うには私の出走は確実らしい。私の人気はまだ完全には衰えてはいないらしい。不甲斐ない成績なのにファンの人たちには感謝するばかりだ。その期待に報いなければならない。
この宝塚記念には間違いなく皆さん出走してくる。強いて言うならば天皇賞・春の出走を回避したボーイさんだけが心配だが、本人の体調も大分回復してきているらしい。ハイセイコー先輩経由で知ったタケホープ先輩に教えてもらった。宝塚には間に合いそうだと言っていた。
それに、ボーイさんやテンポイントさんには謝らないといけない。今年のトレセン学園の入学式以降彼女たちを避けるように行動していたからだ。グラスさんとは普通に話していたが、私たちの世代の代表ともいえるあの2人と話すのはどこか気後れしてしまい、結果として避けるようになってしまった。
グラスさんの言葉によると、ボーイさんはかなり落ち込んでいたらしい。だから宝塚記念が終わったらボーイさんとテンポイントさんに謝ろう。避けてしまっていたこと、そっけない態度を取ってしまったことを。
そこまで考えたところで、私は思考を打ち切って練習を始める。宝塚記念で勝って笑うのは私だ。
(もう負けられません!私は、皆さんと並んでも恥ずかしくないようなウマ娘になって見せます!)
そう誓い、練習へと向かう。宝塚記念はすぐそこまで迫ってきている。ここからはさらに追い込みをかけていこう。
宝塚記念までもう少し