ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

60 / 170
主人公陣営の宝塚記念前。

※最後の描写変更に伴っての上げ直しです。


第54話 もう二度と

 宝塚記念を間近に控えた今日、テンポイントは気合を入れて練習に臨んでいる。

 

 

「調子は良好!こんまま宝塚記念ももろうたでー!」

 

 

 そんなことを言いながら今も調子が良さそうに走っている。まあペース走だから走るスピードは一定だが。ただ、怪我だけはしないようにと俺は注意するように彼女に言った。それに彼女が了承の返事をしたのを確認してから俺は手元にある資料を見ながら考える。

 資料は宝塚記念の出走メンバー表、そしてレースの距離だ。距離は阪神レース場の2200m、ここは問題ないだろう。テンポイントの適性は今までの勝ちレースから見て長距離寄りの中距離だが、問題なく勝てる。なので問題となってくるのであれば出走メンバーの方だ。

 

 

(春を全休したトウショウボーイの復帰戦、それにテンポイントを含めて僅か6人という少人数でのレースでありながら5人はクラシックを制したウマ娘か天皇賞ウマ娘……。かなりハイレベルだな)

 

 

 今回の宝塚記念はかなり豪華なメンバーが出揃っている。昨年テンポイントとともにトゥインクルシリーズを賑わせたトウショウボーイを筆頭に、ダービーウマ娘クライムカイザーと菊花賞ウマ娘グリーングラス、まだ大レースを勝ってはいないがこの前の春天を3着と好走したホクトボーイ、昨年の有マ記念でトウショウボーイとテンポイントに次ぐ3着の天皇賞ウマ娘のアイフル。

 非常に豪華なメンバーが出揃っているがテンポイントなら勝てるだろう。俺はそう踏んでいる。テンポイントとて天皇賞ウマ娘、実績なら他の子に勝るとも劣らない。前評判ではトウショウボーイを抑えての1番人気に支持されていた。とはいえ、トウショウボーイはこの宝塚記念が緒戦、さらにはおハナさんはインタビューでトウショウボーイの調子は今一つであると答えていた。対してテンポイントはこの春のレースを天皇賞含めて3連勝、さらには調子も好調を維持し続けている。1番人気なのも納得だ。

 だが、不安要素が何もないわけじゃない。元々この2200mという距離は最重要で警戒しているトウショウボーイも得意とする距離。いくら調子が今一つとはいえ、勝つことは一筋縄ではいかないだろう。

 そして、不安要素はもう一つある。それはテンポイント自身だ。肉体的な面では問題はないが精神的にかなり危うい状態にあるのではないか?俺はそう感じていた。元々有マ記念以降、打倒トウショウボーイを掲げて練習をしてきた。だが、年明けで実家に帰っている時もワカクモさん曰くキツめの練習をしており、年明け以降の練習でも気合が入りすぎて俺から注意されることも多くなっていた。今までは決められた量の練習をキッチリとこなしていたのにだ。

 

 

(気持ちは分からないでもない。対トウショウボーイの戦績は1勝3敗、負け越している。次の宝塚記念は調子を落としているトウショウボーイには何としてでも勝ちたいと思うだろう。しかし……)

 

 

 少し気負いすぎているのではないか?というのが俺の見解だ。元々負けず嫌いではあったが、ここ最近のテンポイントはトウショウボーイに勝とうという気持ちが最早強迫観念に近い領域まで来ているように感じられる。本人は表に出さないようにしているだろうが、親しい人間ならば彼女の変化に気づくレベルだ。限界に近いもしくは超えたトレーニングの要求、トウショウボーイが不在だった春天勝利に対する興味の薄さ。上げていけばキリがない。

 それに最近トレーナー室に遊びに来たトウショウボーイによると

 

 

『なんか最近のテンさんオレに対する当たりが強い気がするんだよ。誠司さんなんか知らない?』

 

 

という証言があった。その場はたまたま機嫌が悪かったんだろ、と言って切り抜けたが俺の内心は穏やかではなかった。

 おそらくだが、テンポイントは内に溜めていたトウショウボーイに対して抱いていた負けたくないといった感情を抑えきれなくなっている。それが表に出てしまい、これがトウショウボーイに対する当たりが強くなっている原因だろう。

 今までは心に余裕があったから抑えることができていた。しかし、万全で挑んだ有マ記念での敗北、世間からのテンポイントはトウショウボーイに勝てないんじゃないか?という評価、それに対する自分への怒り等、色々なものが積み重なりテンポイントの心に余裕がなくなってきているのだろう。それが普段の態度を変えるほどになってしまった。

 元々テンポイントはトウショウボーイのことを特に意識していた。絶対に負けたくない相手だとも。そこまで意識している相手が不調で宝塚記念に出走してくる。余計に負けられないという気持ちが強いはずだ。負けん気が強いのはいいことだが、それで怪我でもしたら泣くに泣けない結果になってしまう。

 あれこれ考えていると日が沈みかけてきた。もうそろそろ練習も終わる時間である。俺はテンポイントに声を掛ける。

 

 

「テンポイント!そろそろ上がるぞ!」

 

 

 しかし、テンポイントはその声に反応することなく走り続けている。俺はもう一度、先程よりも声を大きくして呼びかける。

 

 

「聞こえなかったか!?もう上がりだ、テンポイント!」

 

 

 なおも走ることを止めない。俺は呆れつつも彼女が走るコースの前に立って無理矢理制止させる。彼女は不満げな表情をしていた。

 

 

「なんやトレーナー。走るんに邪魔やからどいてくれへん?」

 

 

「何言ってんだ。練習はもう終わりだ、とっとと上がるぞ」

 

 

「……えっ、うわっ!ホンマやん!?全然気づかんかったわー」

 

 

 そう言っているが、絶対に嘘だろう。目が泳いでいる。俺はまた呆れながらそのことを指摘する。

 

 

「嘘をつくな。目が泳いでるぞ。分かってて走ってただろ?」

 

 

 そう言うとテンポイントは不貞腐れたようにそっぽを向いた。図星だったらしい。

 

 

「いくら何でも気負いすぎだ。身体壊すぞ?」

 

 

「……はーい」

 

 

 分かってくれたかは定かではないが、文句を言いながらもテンポイントは帰り支度を始める。その態度に苦笑いを浮かべながらも俺も荷物を片付ける。今日の練習はこれで終わりだ。

 この後はトレーナー室へと戻って宝塚記念に向けたミーティングを始めた。俺は今回の作戦をテンポイントに説明する。

 

 

「さて、最早いつものことしか言わなくなった作戦会議だが……、トウショウボーイをマークする作戦は継続だ。だが、今回は逃げウマ娘が1人もいない。だからお前かトウショウボーイ、どちらかが先頭に立ってペースを握ることになるだろう」

 

 

「せやな。グラスは差し、カイザーは追い込み、ホクトもアイフル先輩も後ろで展開するからボクかボーイのどっちかが先頭に立つやろうな」

 

 

「そこでだ。もしトウショウボーイが先頭に立つようならそのまま後ろにつけてレースを展開、トウショウボーイが下がるようならお前がペースを握れ。無理に下がろうなんて考えるな」

 

 

「それが一番やな」

 

 

 テンポイントは納得する。だが、大事なのはここからだ。

 

 

「しかし、トウショウボーイはおハナさんのインタビューを信じるのであれば調子が良くない。もし本番でも調子が良くなさそうだったらトウショウボーイのマークを緩めて後方で控えているウマ娘を警戒してくれ。いつものペースで走った場合、怖いのは後ろから追い上げてくるウマ娘たちだからな」

 

 

「特にグラスとアイフル先輩やな」

 

 

「そうだ。グリーングラスは言わずもがなだが、アイフルもここ最近は勝っていないものの後方からの追い込みは驚異の一言だ。警戒を強めるに越したことはない」

 

 

 昨年の有マ記念でもアイフルは2人に迫る勢いで追い上げてきた。要注意ウマ娘の1人だろう。

 そこからは作戦の細かいすり合わせや今後の予定などを話していったが、全てが終わって世間話へと入る。ふと時計を確認するともういい時間だった。俺はテンポイントに帰るように促す。

 

 

「もうこんな時間か。寮の門限もあるし、今日のところはこの辺にしておくか」

 

 

「んー?あぁ、せやな」

 

 

 資料を見ながら話していたのでテンポイントの方を向いてなかったが今向いてみるとソファに思いっきり寛いでいた。作戦のすり合わせの時は普通にしていたので世間話に移った時に態勢を変えたのだろう。俺は呆れた顔をして彼女を見る。するとバツが悪そうな表情を浮かべた後取り繕うように二の句を告げる。

 

 

「あ、あー……。せや!ボクとボーイはどんくらいやと思う?」

 

 

「どんくらいって……何がだ?」

 

 

「単純な話や。どっちが強いかって話やな」

 

 

 その言葉に俺は少し考える。やがて考えが纏まったのでテンポイントに伝える。

 

 

「現実的な見方をするならお前とトウショウボーイの実力は五分五分だ。そこに体調や諸々の条件が重なるとさすがに分からないが」

 

 

「ふ~ん。トレーナー的には?」

 

 

「お前が強い」

 

 

「さっきと違って即答するやん」

 

 

 彼女は笑いながらそう答える。生憎だがこれは彼女をスカウトした時から変わらない。テンポイントこそが最強のウマ娘なのだという嘘偽りない俺の気持ちだ。俺の答えが満足するものだったかは分からないが彼女は帰り支度をしている間も終始笑顔を浮かべていた。

 テンポイントは帰り支度を済ませて扉に手をかける。

 

 

「ま、気が楽になったわ。じゃあな、トレーナー。また明日」

 

 

「おう、また明日」

 

 

 そう言ってテンポイントはトレーナー室を出て寮へと戻っていった。俺は部屋の椅子に腰かけて嘆息する。

 

 

「宝塚記念、一体どういった結果になるのか……」

 

 

 先程テンポイントに言った通り、現実的な見方をするならばテンポイントとトウショウボーイの実力を考えたら五分五分だ。だからこそ、後はトレーナーの腕がレースの勝敗を分けるだろう。

 だが、俺はお世辞にもトレーナーとして優秀とは言えない。今まで勝ってきたのもテンポイントの実力による部分が大きいだろう。そこで、ふと頭をよぎったのは前に時田さんに言われたこと。

 

 

『ただ、あなたはただマニュアル通りのことしかやらないトレーナーなのだなと、そう思っただけです』

 

 

『ただ1つ忠告しておくなら……、このままマニュアル通りのレースを続けていくのであればテンポイントがトウショウボーイに勝つことは一生ありませんよ』

 

 

『もう少し視野を広げてみることをお勧めしますよ。先輩トレーナーからのアドバイスです』

 

 

(視野を広げてみる……か)

 

 

 しかし、一体どの分野に視野を広げればいいのか。作戦が間違っているとは思えない。テンポイントに合っているのは先行気味の立ち回りのはずだ。ならばと効率的な練習や他にも何かないか思考を巡らす。しかし、考えれば考えるほど答えが遠ざかっていくような気分になっていく。ドツボにはまってしまった気分だ。

 

 

「もう止めるか。今はそれよりもテンポイントだ」

 

 

 彼女が帰る時にはあえて触れなかったが、おそらく思っている以上に精神が不安定かもしれない。そのことにテンポイント自身が気づいていないと来ている。

 咄嗟に頭に浮かんだ質問をこっちに投げてきただけかもしれないが、今までの彼女だったら間違いなく自分の方が強いと即答するような質問だった。それを俺に投げかけてきたということは……、

 

 

「自分の強さに自信を失い始めている……。そう考えるのが自然か」

 

 

俺はそう結論づけた。そしてこのままではまずいとも。

 このままいけば、トウショウボーイは不調のまま宝塚記念に出走してくるだろう。もし不調の彼女に負けてしまったら、テンポイントの心が折れてしまう可能性は十二分にある。だが、やれるだけのことはやったつもりだ。後は本番を迎えるだけ。しかし俺の心は晴れない。

 

 

「宝塚記念……。一体どうなっちまうんだ……」

 

 

 俺は不安を抱えたまま、宝塚記念を迎えることになった。

 




次話から宝塚記念。果たしてテンポイントはどうなるのか?


※前書きにも書きました通り、最後の描写変更に伴って上げ直させてもらいました。申し訳ございません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。