ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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宝塚記念の決着。
60個も話を書いておいて今更ですが、本作は70年代当時のではなくアプリのウマ娘のグレード制を採用しています。
後私のお盆休みはどこに行ったんでしょうか?(全く進んでいない改稿を見ながら)


第56話 決着、そして

 ボクは今阪神レース場の地下バ道を歩いている。道中思い出すのは控室でのトレーナーの態度。こちらを心配するように見ていたあの視線が気になった。だが、ボクは頬を軽く叩いて気合を入れる。大丈夫だ、気づかれていないはずだ。本番を前にして自分が恐れているなど。

 

 

(トレーナーその辺鈍そうやし、大丈夫やろ)

 

 

 トレーナーを心配させないために言わなかったが、ボクは本当にボーイに勝てるのかと不安になっていた。今までだったらこんな気持ちはなかったのだが、今回に限ってはなぜかそう思ってしまった。おそらくだが、世間で言われているボクはボーイに勝てないんじゃないか?という声が思ったよりも響いているのだろう。けれど、そんな声はこの一戦で黙らせる。

 

 

(ボクがボーイに勝てないなんてバカげた声……、全部黙らせたる!)

 

 

 不安で震えそうになる心を奮い立たせる。今回の一戦は特に負けられない。その思いを胸にボクは地下バ道を通っていった。

 阪神レース場のコースにボクは入場する。ターフにはすでにボーイがいた。ボクはウォーミングアップをしながらボーイの様子を観察する。

 しきりに何かを気にするような仕草を繰り返している。加えて顔色もそこまで良くない。疲労の色が見えていた。つまり、ボーイは本調子ではないことをボクは確信する。

 

 

(やったら、警戒するんは差しの方……、グラスとかやな)

 

 

 そう考えたところで、ボクはボーイから視線を外して自分のアップに集中する。

 程なくして、ゲート入場の案内が来たのでボクはゲートへと向かう。実況は今回出走するウマ娘たちの紹介をしている。ボクはそれを尻目にゲートへと入り、出走開始をゲートの中で待つ。

 

 

 

 

《各ウマ娘ゲートに入り出走の準備が整いました。貴公子が勢いのまま勝利するか?天を駆けるウマ娘がその底知れない強さを見せるか?はたまた緑の刺客が油断したところを差し切るのか?》

 

 

 

 

 訪れる静寂。レースが今まさに始まろうとしている緊張感。早くゲートが開かないかと待つ。そして

 

 

 

 

《さぁそして今……ゲートが開きました!宝塚記念が幕を開けます!》

 

 

 

 

ゲートが開いたのと同時に、スタートを切る。

 

 

(いつも通りの好調!次は……ボーイの後ろにつける!)

 

 

 ボクはそう思い、内の方へと進路を取る。幸い、最内枠だったホクトは後方へと控える姿勢を見せたため、難なくボーイの後ろにつけることができた。そのままラチ沿いに進路を取ってボーイをマークする。外にはグラスがいるが、すぐに後ろの方へとつけたため隣から姿を消す。おそらくだが、ボクをマークしているのだろう。

 トレーナーと打ち合わせた作戦通りに2番手につけることができた。手筈通りに進んでいる。順調すぎて怖いくらいだ。

 

 

(後はこん位置をキープしとくだけやな……)

 

 

 第1コーナーへと差し掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《トウショウボーイが先頭に立ってテンポイントが2番手、グリーングラスが外に3番手。内をついて4番手にアイフル、ホクトボーイとクライムカイザーが最後方並んで第1コーナーのカーブを曲がります。6人がほぼ一段となって第1コーナーを曲がりました》

 

 

《かなりスローペースで進んでいますね。互いをマークしあっているのかスローペースで進んでいます》

 

 

《ウマ娘たちが一団となって第2コーナーを曲がっていきます。先頭は依然としてトウショウボーイ。2番手テンポイントがトウショウボーイをがっちりとマークする形。3番手グリーングラスはテンポイントをマークしているか?4番手はグリーングラスの内にアイフル。向こう正面の中間手前で一団からちょっと離れていますホクトボーイとクライムカイザー》

 

 

 

 

「有マの時みたいなすごい走りを見せてくれー!トウショウボーイー!」

 

 

「あの時の借りを返す時だぞー!テンポイントー!」

 

 

「まとめて差し切れー!アイフルー!」

 

 

 スタンドからは声援が飛んでいる。ウマ娘たちは向こう正面の半ばまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ホンマ、怖いぐらい順調に進んどるな……)

 

 

 第2コーナーを曲がって向こう正面に入ったところ、ボクは2番手の位置をキープしている。前はボーイの奴だけだ。ボクはボーイの外につけている。後ろも特に何か動きがあったわけでもなく、大きな動きがないまま向こう正面へと入っていった。

 先頭を走り続けるボーイは、マークされる不利を背負っている。それに前を走る子もいないから風除けも満足にできない。逆にボクはボーイを風除けにしてスタミナを温存できるし、多少のマークなら気にも留めない。

 だが、不安に思うこともある。それは、ボーイがやけに素直に先頭に立ったということだ。調子が不調でありながら先頭に立ってペースを握るという経験がほとんどないにもかかわらず先頭に立っている。ボクはそれを訝しんでいた。考えても答えは出てこない。判断材料が少なすぎる。ならばと、すぐにその考えを振り払う。今はボーイのことよりも後方に控えているグラスとアイフル先輩の警戒を怠らないようにした。

 

 

(あんま離れてへんな……。やったら早めに仕掛けるか……?)

 

 

 ボクはそう考える。しかし、はや仕掛けして自滅したら目も当てられないのでグッとこらえる。向こう正面では特に動かないまま進んでいった。

 動いたのは第3コーナーの手前付近。グラスがボクに外から並ぶように仕掛けてきた。ならばと、ボクもペースを上げる。ボクらがペースを上げたのを察知してか、ボーイも速度を上げ始めた。ボクはボーイを必死に追走する。

 第3コーナーのカーブからボクら3人はガンガンペースを上げていく。

 

 

(ホンマ、調子が悪いとは思えへんな!ボーイの奴!やけど、ハナっから結構飛ばしてたんちゃうか!?)

 

 

 グラスへの警戒を強めながら、ボクはそう考える。第4コーナーの手前まで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……第3コーナーのカーブまで来て誰が仕掛けるか?先頭はトウショウボーイ、2番手はテンポイント。3番手のグリーングラスがっと、グリーングラスが仕掛けた!テンポイントに並ぶ!しかしテンポイントも抜かせまいと踏ん張ります!トウショウボーイも仕掛けた!第3コーナーの中間地点、中間あたりで3人が並んだ!アイフルは少し離れた位置につけているぞ!》

 

 

《これは作戦でしょうか?気になるところです》

 

 

《そして最後方ホクトボーイとクライムカイザーは先頭トウショウボーイとの差を7バ身、8バ身としています!しかし2人もペースを上げてきました!第3コーナーと第4コーナーの中間へ入りトウショウボーイが突き放すようにペースを上げる!テンポイントとグリーングラスがそれを追走する!前はトウショウボーイ・テンポイント・グリーングラス3人の争いだ!アイフルは4番手でじっくりと展開を窺っている!ホクトボーイも上がってきた!クライムカイザーは最後方!まだ上がってきません!先頭は第4コーナーを曲がろうかというところ!そして最後の直線へと入っていきます!》

 

 

 

 

 最後の直線に入って、先頭に立っていたのはトウショウボーイだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3コーナーから第4コーナーへと入ろうかというところ。ボクは焦っていた。ペースを上げているのに、一向にボーイの奴を抜ける気がしない。それに、ボーイが落ちる気配すら感じられないのだ。スタミナも余力も十分に残して走っているように感じられる。まるで不調を感じられない。

 

 

(大丈夫や……!大丈夫なはずや……!それに、最後の直線に入る前に、先頭を取ればええ話やろ!)

 

 

 ボクはそう結論づけて、ペースをさらに上げる。外にいたグラスがそれに気づいてペースを上げるが最早どうでもいい。ボクはボーイを抜かすことだけを考える。

 しかし、どんなに速度を上げてもボーイの奴に追いつくことはできても抜かすことはできない。気づいたら最後の直線に入っていた。

 

 

(ありえへん……!こいつどんなスタミナしとるんや……!?それにこんままやったらまずい!)

 

 

 ずっと先頭を走っていた。いつものペースで走っていたはず。余力もスタミナも残していないはずである。なのにボーイはずっと先頭を譲らないまま走っている。

 おかしい。何かがおかしい。残り200mの標識を確認する。ボクとボーイの差は1バ身。その差を縮めようと必死に脚を動かす。こちらは脚は十分に残っている。スタミナだってある。向こうは先頭でマークされながら走っていた。神経をすり減らすし、スタミナも削られる。体力もないし脚も残っていないはず。なら追いつけるはずだ。最早後ろの子たちのことなんて関係ないとばかりに全神経を前を走るボーイに集中させる。しかし、ボーイとの差は少しずつしか縮まらない。

 

 

(追いつけんなんてことはない!ないはずなのに……!どうして追いつけないんや!?)

 

 

 ボクの頭の中には皐月賞の時のような敗北の文字が浮かんできた。またか?またボクは負けるのか?それも体調が万全ではない相手に?

 ……嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!負けたくない!もう有マの時のような悔しい気持ちはしたくない!トレーナーに約束したはずだ!軽く勝ってくると!トレーナーだって言っていた!体調も万全だから勝てると!ボクとボーイの実力は五分五分!体調を加味したらボクの方が有利だ!有利のはずなんだ!勝てないはずがないんだ!こっから追いつけるはずなんだ!

 

 

(もっと動けやボクの脚!アイツに……!ボーイに追いつけや……!ボクの脚!)

 

 

 思わず心の中でそう叫んだ。そして徐々に、徐々にだが差を詰めていった。これなら……!

 

 

(いける!追いつける!)

 

 

 そう思った刹那、横目でゴール板を通過したのが見えた。ボーイを追い越すまで後3/4バ身程。そこまで迫ったところで、ボクの身体はゴール板を通過した。通過して、しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《宝塚記念を制したのはトウショウボーイ!前半1000mを63秒というスローペースで通過しながら後半の1000mを57秒6で駆け抜けました!上がり3ハロンのタイムは34秒5!驚異的な数字です!テンポイントは必至の追走叶わず2着に敗れました!3着は前の2人から4バ身離されることグリーングラスです!》

 

 

《いやーしかし、トウショウボーイとテンポイント……。この2人はやはり突出した実力を持っていますね。世代の中でも別格といってもいいでしょう。しかしグリーングラスもこの2人について行けるほどの実力を秘めていることが分かりますね。トウショウボーイとテンポイントについていけたのはグリーングラスだけでしたから》

 

 

《これからのレースが非常に楽しみになる一戦でした!……っと?テンポイントは何やら膝をついて項垂れていますね?何かアクシデントでしょうか?トウショウボーイが近寄っています》

 

 

《膝をついているということは脚の故障ではなさそうですが……おっと、立ち上がりました。特に怪我などではないようです》

 

 

 

 

「大丈夫かな?テンポイント」

 

 

「アクシデントじゃなさそうだけど……。あっ、立ち上がった!」

 

 

「良かった。大丈夫そうだな」

 

 

 観客たちはテンポイントが怪我をしたわけではないということに安心した表情を浮かべている。しかし、その中で1人、厳しい面持ちでテンポイントを見つめる人物がいた。彼女のトレーナーである神藤誠司である。神藤はテンポイントの姿を確認した後項垂れながら呟く。

 

 

「……畜生。俺のせいで……!」

 

 

 その呟きは、誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けた、負けた、負けた。

 周りの声が聞こえない。実況の声も、スタンドからの拍手も、勝者を称える歓声も、敗者を慰める声も、何もかもが聞こえない。ボクはただ膝をついて項垂れる。

 

 

(負けた……。ボーイに、しかも、本調子やないボーイに……)

 

 

 嘘だ、信じられない。きっとこれは夢だ。夢から醒めたら宝塚記念を走る前に戻っているはずだ。そう思考してしまう。

 だが、現実は非情だ。ターフの感触も、レース場に吹いている風も、全てが本物だ。夢なんかじゃない。ボクは負けたのだ。本調子じゃないボーイに。その事実が心に深く突き刺さる。

 

 

(じゃあ……ボクは……)

 

 

トウショウボーイに一生勝てない?ボクは、テンポイントはトウショウボーイよりも下?

 本当に悲しい時は涙すら出ないらしい。どこかでそんな話を聞いたことがある。どうやらそれは本当のことのようだ。負けて悔しいはずなのに、悲しいはずなのに。

 

 

(涙……一滴も出てこぉへんな……)

 

 

 それどころか、何も感じない。まるで心に大きい穴が開いてしまったかのようだ。ボクはターフの上でただ呆然と両膝をついて項垂れる。

 誰かがボクに近づいてくる。その姿を確認する気力すら起きない。だが、何とかその姿を確認するためにそちらへと視線を向ける。

 

 

「ハァ……!ハァ……!つっかれたぁ!やっぱテンさんはすげぇよ、あと少しで……ッ!」

 

 

 どうやら、トウショウボーイだった。ただ、こちらの姿を見るなり驚いたような表情を浮かべる。一体どうしたのだろうか?

 ボクは立ち上がる。そのことに多少安堵したのか、トウショウボーイはこちらへと手を差し出してきた。

 

 

「な、なぁテンさん。次も……」

 

 

 その先の言葉は聞かなかった。いや、聞きたくなかった。そのままボクはトウショウボーイの横をすり抜けてライブの準備のために控室へと戻ろうとする。

 後ろから制止するようなトウショウボーイの声が聞こえたような気がするが、誰かに阻まれていた。確認しようとも思わないが。

 そこから先、どうしたのかはほとんど覚えていない。トレーナーが来て何か言っていたような気がする。謝っていたような気がする。返事を返したような気はする。ライブには出席した、と思う。ライブはどうだったかは覚えていない。ただ、ちゃんと踊れていた。ような気はする。

 学園へと戻った次の日、平日にもかかわらずボクは学園を休んだ。




折れてしまった心
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