車検高すぎ。それと44話の牛乳の下りを全て削除しました。
トレーナーとして完全に負けた宝塚記念から数日が経ち、俺は用務員としての仕事ではなくトレーナーとしての仕事をしている。だが、機嫌は最悪といってもいいだろう。俺は頭をかきむしる。
思い起こすのは先日の宝塚記念。
「クソッ!クソッ!クソッ!完全に俺の失敗だ!」
自分の立てた作戦が完全に裏目に出た。その結果、テンポイントに敗北をもたらしてしまった。悔やんでも悔やみきれないとはこのことだろう。
だが、即座に思考を切り替える。そもそも、どうして俺はこんなミスをしたのか?その答えは単純だろう。
「テンポイントの強さに甘えていた……。アイツなら勝てると、無理に変な作戦を立てなくてもいいと、そう思っていた……!」
テンポイントなら大丈夫だろう、アイツの実力なら勝てるだろう。そう無意識に思っていた。その結果がこの様だ。
彼女の強さを信じていると言えば聞こえはいいだろう。だが、それだけしかできないのであれば俺じゃなくてもいい。誰にだってできることだ。
そこまで考えてまた思考を切り替える。反省は終わった。ならば次は改善だ。どうすればいいか?思い出すのはテレビで見た宝塚記念のインタビュー。おハナさんは言っていた。
『出走しているウマ娘が少なく、実力が拮抗している子が2,3人しかいないのであれば前に出た方が有利です。私はその鉄則に従って走るようにトウショウボーイに指示しました。今回のレースは拮抗していると感じたのはテンポイントただ1人。だから、テンポイントよりも必ず前に出るようにと』
その指示に従ったトウショウボーイは見事に逃げ切り勝ちを収めた。完調でないにもかかわらず、あの走りをしたトウショウボーイは見事という他ないだろう。
この発言を踏まえた上でどうするか?トウショウボーイよりも前で走る、それこそ逃げを取るか?だが、ことはそう単純にはいかない。そもそも、前に出た方が有利なのは少人数でのレースかつ実力が拮抗しているウマ娘がそこまで多くない時に限った話だ。
「さらに、今回の宝塚記念はあくまで逃げウマ娘がいなかったからこそトウショウボーイが先頭に立っていただけだからな。今回負けたからって逃げに変えるかって話にはならないだろう。それにテンポイント本人の性格にもよるからおいそれと変えるわけには……」
俺はそう結論づける。
トウショウボーイに向けた有効な手立てが思いつかず、八方塞がりの気分だ。ここは少し気分を変えてみるかと思ったところで、もう一つ重大な案件があったことを思い出す。それはテンポイントのことだ。
「あいつが学園を欠席してもう3日か……」
そう、宝塚記念以降テンポイントが学園を休んでいるという報告が俺のもとに来ている。レースが終わった後、俺は急いで彼女の控室へと向かったのだが、一目見て様子がおかしいと分かった。目は虚ろでこちらの言葉に対して生返事しか返さない。そんな状態だったからウイニングライブは欠席する旨を本部に伝えた。そのまま彼女を宿泊先のホテルの部屋まで送ったが状況は変わらず。学園へと戻る道中でも、そんな状態は続いていた。
そんな状態になったのは心当たりしかない。出走前に控室で拳を突き出してきた時その拳は震えていた。トウショウボーイに勝てるかどうか不安だったのだろう。もうこれ以上負けたくない、その気持ちを必死に隠そうとしていたのだと思う。その気持ちを押し殺して宝塚記念に出走した。
だが、テンポイントは結果としてトウショウボーイに敗北した。しかも本調子ではない彼女に。そのことがテンポイントに重くのしかかった。自分は本調子じゃないトウショウボーイにすら勝てないのだと、もう一生彼女に勝てないんじゃないかと、そう思ってしまったのだろう。そのことが、今まで何とか持ちこたえていた彼女の心を折るきっかけとなってしまった。
この数日間、何もしなかったわけじゃない。阪神レース場から帰る道中何度も彼女に話しかけたし、学園に戻ってからは寮から出てこないのでいくつものメッセージを送った。しかし、
「メッセージも既読無視……。話す気力もないってことか……」
携帯を確認しながらそう呟く。
話そうにも、彼女はその全てに無反応だった。さすがに寮に行くわけにはいかないだろう。寮は立ち入り禁止だし、入るにしても設備の不調で直す時に入るぐらいだ。基本的に入ることはできない。
どうしようかと考えていると学園に校内放送が鳴り響いた。俺はなんだと思いながらもそれを聞く。
《神藤誠司さん、神藤誠司さん。秋川理事長がお呼びです。至急理事長室までお越しください》
なぜか俺は理事長に呼ばれた。トレーナーになって以降、何かをやらかした記憶もないので呼び出される心当たりがない。ただ呼ばれたので理事長室に行く準備をする。
理事長室の扉の前に着いた俺は扉をノックする。
「秋川理事長、神藤です」
そう告げると扉の向こうから声が聞こえてきた。
「許可ッ!入りたまえ!」
「失礼します」
そう言って俺は理事長室へと入る。中には秋川理事長と理事長秘書のたづなさんがいた。
俺は早速呼び出されたことの本題を尋ねる。
「秋川理事長、本日はどういったご用件でしょうか?」
俺の言葉に理事長は頷く。
「ウムッ!実はだな、テンポイント君のことなのだが……」
「ッ!テンポイントがどうかしたんですか!?ま、まさか……ッ!」
「落ち着いてください神藤さん。まだ何も言っていませんよ?」
たづなさんに言われて俺は落ち着きを取り戻す。そうだ、まだ何も言われていない。俺は1つ咳払いをする。理事長とたづなさんはそれを見て笑みを浮かべていた。
「失礼ッ。テンポイント君のことなんだが、実はアメリカで行われるレースへの招待状が届いていた。もし本人が希望するのであれば出走することは可能だ。しかしッ!トレーナーである君の意見も聞きたいと思ったわけだ。君はどうしたい?神藤トレーナー」
俺は理事長の言葉に少しの高揚感を覚える。だが、俺は理事長に質問する。俺にとっては大事な質問だ。
「理事長、もしその招待を受けた場合、テンポイントのトレーナーはどうなるのでしょうか?」
理事長は少し目を伏せて答える。
「……普通に考えるのであれば、現地でのトレーナーがつくだろう。その間、君とテンポイント君との契約は一時的に解消してもらうことになる。日本に戻ってきた時にまた彼女が望むようであれば再契約という形にはなるが」
理事長の言葉に俺は少し考える。
普通に考えれば、海外遠征をすべきであろう。無理にトウショウボーイと争う必要はないし、テンポイントの実力なら海外でも十分に渡り合うこともできる。それに向こうで優秀なトレーナーがつくならその方が彼女のためにも……。
そこまで考えたところで、俺は自分の頬を思いっきり叩く。かなり痛かったが、おかげで目が覚めた。最も、理事長とたづなさんは俺の突然の奇行に目を丸くして驚いているが。
理事長が俺に問いかけてくる。
「し、心配ッ!?いきなりどうしたのだ神藤トレーナー!?」
「すみません、ちょっと自分の考えに苛立ちまして」
「そ、そうか?」
痛む頬を抑えながら理事長の質問に答える。向こうはまだ心配そうにしていたが。
彼女のためにも?バカか俺は。それが本当に彼女のためになると思っているのか?彼女から、テンポイントから契約を解消してくれと、そう言われたのであれば話は別だ。だが、そんなことは言われてないし聞いてもいない。何より、
(自分が上手く指導できないからって、他の人に任せようとするのはただの甘えだろうが!)
そう自分を一喝する。
契約したのは彼女の気まぐれだったのかもしれない。だが、あの日確かに彼女は俺を選んでくれた。それにハイセイコーとの模擬レースの時、彼女の走りを見て俺は何を誓った?彼女に恥じないトレーナーになろうって思ったじゃないのか?どんな時でも諦めないと誓ったんじゃないのか?ワカクモさんにも宣言しただろう。彼女の側で尽くすと。だったら、ここで諦めるのは違うはずだ。確かに取り返しのつかない失敗をしたのかもしれない。だったら、同じ失敗をしないようにこれから取り組めばいい。
それに、このまま海外遠征をすればテンポイントはトウショウボーイの下だという評価をされたままだ。個人的な感情だが、そんなことは決してない。テンポイントの実力はトウショウボーイに劣っていない。それを証明するにはどうすればいいか?勝たせるしかない。俺の手で。そう結論を出す。
そして、俺はゆっくりと口を開いた。
「理事長、私個人の意見を述べるのであれば海外遠征には賛成です」
「……そうか」
「しかし、まだ日本でやり残していることがあります。そのやり残していることを終わらせない限り、海外遠征をするわけにはいきません」
その言葉に理事長は疑問に思っているような視線を向ける。
「質問ッ。そのやり残していることとは?」
俺は答える。
「まだトウショウボーイに勝っていません。今のまま海外遠征をしてしまえば、テンポイントは一生トウショウボーイの下だと思われたままです。そして、その原因を作ったのは私にあります。ならば、その原因を解決しない限り、テンポイントを海外遠征させるわけにはいきません」
「……成程」
「それに、この場には肝心のテンポイントがいません。もし彼女が遠征することを決めたのであれば、私は彼女を後押しします。そのためにも、まずは彼女と話し合ってみます」
俺のその言葉に理事長は満足そうな表情を浮かべて告げる。
「了承ッ!何、期限はまだある!テンポイント君とじっくり話し合って決めてくれッ!」
「すみません理事長。個人的な感情を申してしまって」
しかし、理事長は気にする必要はないと前置きして答える。
「むしろ安心したぞ、神藤トレーナー。宝塚記念でのことは私の耳にも入っている。世間からの評価を受けてもし君がテンポイントのためにとトレーナーを辞してしまったら……そう考えてしまっていた。故にッ、今回君の意見を聞こうと思ったのだ。気に病んで彼女のトレーナーを辞めてしまわないかと、そう考えていないか探るために」
理事長の言葉に俺は笑顔で答える。
「大丈夫です理事長。私は他人からの評価を気にしないので」
「複雑ッ。それもそれでどうかと思うが……。だが、思ったよりも大丈夫そうでよかったぞ。後は……」
「テンポイントさんだけですね」
たづなさんがそう告げる。
そうだ、テンポイントの問題を何ひとつ解決していない。その対策を考えなければ。
「そうでした!テンポイントのことがありました!それでは秋川理事長、駿川さん!これで失礼します!」
「うむッ!頑張りたまえ、神藤トレーナー!」
「はいっ。頑張ってくださいね、神藤さん」
俺は理事長室を後にする。
理事長室を出て真っ先に考えるのはテンポイントとどう話すか。まずは向こうからの反応があるかを確かめなければならない。俺はアプリを開いて彼女との個人チャットに連絡を入れる。
【大事な話がある】
短く簡潔だが、これでいいだろう。俺は送信する。上には俺の送ったメッセージに既読だけがついている現状だ。返事があればそれでいいのだが……。
そう考えていると、今送ったメッセージにも既読がつく。つまり起きているということだ。後は返信を待つだけだ。俺はドキドキしながら返信を待つ。
しかし、待てども待てども返信は来ない。すでにトレーナー室に着き、メッセージを送ってから1時間以上経過していた。つまりこれは……
「既読無視、ということか……」
そう結論を出す。
ならば、あまりとりたくはなかった最終手段へと移ることを決めた。俺は外に出る準備をする。外は曇りだが雨は降っていない。好都合だ。俺はある場所へと向かう準備をする。その場所は
「テンポイントの寮……そこに向かうか」
栗東寮、テンポイントがいるその場所へと俺は足を運ぶ。学園を休んでいるということは間違いなく寮にいるはずだ。真面目な彼女がどこかへ行くことなどあり得るはずがない。そんなことを考えながら、俺はトレーナー室を出て栗東寮へと歩みを進めた。
次回はテンポイント視点でのお話になります。