学園の授業が終わり、放課後のチームの練習も終わって今から自宅に帰ろうとしている所。偶然、友達であるカイザーちゃんのチーム・ハダルの部室の前を通った私は気になる現場を目撃した。ハダルの部室の前で松葉杖をついたカイザーちゃんと誰かが言いあうような声が聞こえてきたのである。私は姿を見られないように近づいて様子を窺う。
「すいません……、もう私には無理です……」
「で、でも!ここで諦めちゃったら……」
「今まで、ご迷惑をおかけしました。さようなら」
そう言ってカイザーちゃんはハダルの部室を後にした。ハダルの先輩と思われる人物は必死に引き留めようとしているが、カイザーちゃんは聞こえないふりをして松葉杖をついて去っていく。私はその会話を聞いた後、カイザーちゃんに気づかれないようにその後を追った。
学園の校門前まで来たところで私は何食わぬ顔でカイザーちゃんに話しかける。偶然鉢合わせたように、先程の会話を聞いていなかったのように振舞いながら。
「あれ~?奇遇だね~カイザーちゃん。今帰り~?」
「グラスさん?そうですね、今から帰るところです」
カイザーちゃんは私の言葉を疑うことなく答えた。そのことにちょっと罪悪感を覚えながらも私はカイザーちゃんに提案する。
「だったら~、途中まで一緒に帰らない~?」
私の提案にカイザーちゃんは少し悩んだ後、
「そうですね。一緒に帰りましょうか」
と答えた。返事を聞いた後、私はカイザーちゃんの隣へと移動し、彼女の歩調に合わせるようにして歩く。横目でカイザーちゃんを見ると申し訳なさそうな表情をしていたので、私は
「いや~。たまにはゆっくり帰るのも乙なものだね~」
とカイザーちゃんに言った。全然気にしていないよと伝えるために。その意図が伝わったのかは分からないが、カイザーちゃんは少しだけ笑顔を見せた。
そのまましばらく歩いていると、公園を見つけた。私は再度提案する。
「カイザーちゃん、ちょっとあの公園で休んでいかない?」
「え?でも……」
「ほらほら~、いいじゃないかいいじゃないか~。ゆっくり帰ろ~」
そう言って私はカイザーちゃんを強引に公園へと誘う。私がこうするのにも理由がある。それは彼女とゆっくりと話したいと思っていたからだ。今なら近くに誰もいない。ゆっくり話すチャンスだろう。
カイザーちゃんは観念したのか、公園のベンチに座った。私は2人分の飲み物を自販機で買って1つをカイザーちゃんに渡す。カイザーちゃんはお礼を言う。
「ありがとうございますグラスさん、何から何まで」
「ん~?何が~?」
「公園で休もうという提案も、私が疲れているように見えたからですよね?ただでさえ普段から使い慣れていない松葉杖を使って歩行しているから歩くペースも遅いですし、疲れも溜まるだろうからと……」
そう言ってカイザーちゃんは落ち込んでしまった。私は気にしていないことを伝えるために話す。
「さっきも言ったでしょ~?たまにはゆっくり帰るのも乙なものだって~。気にしな~い気にしな~い」
「で、でも……」
「カイザーちゃんは~、色々と気にしすぎ~。たまにはな~んも気にしないで過ごすのもいいと思うよ~」
「けど……、いえ、そうですね」
そう言って、カイザーちゃんは渡された飲み物を飲み始める。私も自分の分の飲み物を飲むことにした。
しばしの沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは私の方だった。
「それで~?カイザーちゃんなんか悩みとかあるんじゃない?」
その言葉にカイザーちゃんは驚いたように耳を立てた。
「な、なんでそう思うんですか?」
「いやいや~。ここまでの間浮かない表情だったし~、耳も尻尾もずっと元気なさそうにしてたからね~。いかにも悩みがあります~みたいな状態だったからさ~」
私はそう指摘する。少しの沈黙の後、カイザーちゃんは意を決したような表情をした後、告げる。
「……私、もうレースで走るのを止めようと思うんです」
「……え?」
告げられた言葉は、あまりにも衝撃的だった。私が驚いて何も言えないでいると、カイザーちゃんはポツポツと話始める。
「……ずっと前から、考えてはいたんです。どんなに努力しても届かない、越えられない。そんな壁に今まで立ち向かってきました。きっといつか超えられると思って。けれど……」
「……この前の、宝塚記念?」
私の言葉にカイザーちゃんは頷く。
「私は宝塚記念に向けて沢山の練習を重ねました。ハダルの人たちから止められても決して止めないで、身体を壊すような真似をしてまで特訓を重ねました。その結果がこれですよ」
カイザーちゃんは自嘲気味に笑った。そのまま続ける。
「6人中6着。しかも無理な練習が祟って脚を故障。滑稽ですよね……?」
「そんなことはない!そんなこと……絶対にない!」
私は我慢できずにそう言った。けれど、カイザーちゃんは意に介していないように振舞う。
「もう、疲れちゃったんです。届かない壁に挑むのは……、越えられない山に挑むのは……」
そうして見せたのは、全てを諦めた、絶望し切った表情。宝塚記念のレース後にテンちゃんが見せていたあの表情を、カイザーちゃんはしていた。
あの宝塚記念で追い詰められたのはテンちゃんだけじゃなかった。カイザーちゃんも、ここまで追い詰められていたのだ。レースで走ることを諦めてしまうほどに。
カイザーちゃんは言葉を続ける。
「だから、もう走るのを止めようと思って、さっきもハダルに退部届を出してきたんです。引き留められましたけど……、それでも、私にはもう続けられる気がしなくて……」
私がさっき見た光景だ。退部届を出していたところだったのか。
私は藁にも縋る思いでカイザーちゃんに尋ねる。
「カイザーちゃん、本当にレースにはもう出ないつもり?」
「……そうですね」
決意を固めた目をしている。その目を見て私は悲しくなった。だが、諦めない。まだ手はあるはずだ。私は再度尋ねる。
「……じゃあ、カイザーちゃんは走る情熱はまだある?走ろうっていう気持ちは、まだある?」
「そりゃあ、ありますけど……。でも、レースを走るのは……」
良かった。まだ走ろうっていう気持ちはある。ならばと、私はカイザーちゃんに提案した。
「じゃあさ、こうしようよカイザーちゃん。カイザーちゃんは、今日から長い休みに入るってことで」
「……どういう意味、ですか?」
突然私が変なことを言い出したのを不思議に思っているのだろう。けれど、私はそのまま言葉を続ける。
「言葉通りの意味だよ。カイザーちゃんはさ、今は色々と悪いことが起きすぎちゃって疲れちゃってるんだと思う。だから、今はちょっとだけお休みするんだ。疲れが取れるまで、またレースで走ろうっていう気持ちになれるまで、お休みしようってこと」
「……そんな日は、来るんでしょうか?」
「来るよ。絶対に来る。だってまだ走ろうっていう気持ちがあるんだもの。絶対にまたレースで走りたいっていう気持ちが湧いてくる日が来るよ」
正直、そんなことは分からない。でも、ここでレースで走ることを止めちゃったらきっとカイザーちゃんは後悔する。何となくだけどそう思った。それに、友達と、ライバルと競い合えなくなるのは私も嫌だ。その一心で提案する。
カイザーちゃんは難色を示している。やはり今更引き下がれないのだろう。ハダルまで辞めてしまったのだから。だから私は続けて提案する。
「それに、私はカイザーちゃんがレースの世界に戻ってくるまで待つよ。ずっと走り続ける」
その言葉に、カイザーちゃんが反応を示した。そして、分からないといった表情で私に質問する。
「……どうして、どうしてそこまで私に構ってくれるんですか?こんな私に」
私はその質問に自分が思っていることをそのまま伝える。
「決まってるよ。カイザーちゃんは私の友達で、ライバルだから」
そう言って私はカイザーちゃんをまっすぐ見据える。カイザーちゃんは狼狽えていた。
「世間からどんな評価を下されていようが関係ない。私は、カイザーちゃんのことを友達でライバルと思ってる。だから、走るのを止めちゃったから悲しいし、もうレースで競い合えないと考えると残念に思うよ。それはきっと、ボーイちゃんとテンちゃんも一緒だと思う」
「そんな……。私にはもったいないですよ」
カイザーちゃんはそう答える。ここで私は話すことを決めた。世間が下した私たちの評価を、それを受けて私が思っていることを。
「それにさ、私とカイザーちゃんは、似てると思うんだ」
「私と、グラスさんが……ですか?」
「そ。だってさ、私たちの代ってボーイちゃんとテンちゃんばっかりで他の子たちって全然話題に上がらないじゃない?私とカイザーちゃんはそれぞれダービーと菊花賞勝ったのに今じゃほとんど話題に上がらないんだもの。失礼しちゃうよね~ホント」
「あ、アハハ……。まあそうですね」
私の言葉にカイザーちゃんは苦笑いを浮かべた。私はそれを見た後言葉を続ける。
「きっとさ、私たちはどこまでいっても日陰者なんだと思う。日なたを歩んでいくボーイちゃんとテンちゃんと違って、ずっと日陰の道を進んでいくしかないと思ってるんだ~」
「……」
「でもさ?ちょっとは見せてやりたいじゃん?日陰者の意地ってやつをさ」
私はそう宣言する。カイザーちゃんは目を見開いていた。
「カイザーちゃんが休んでいる分は、私が頑張る。あの2人に一矢報いようじゃないか~。日陰者同盟ここに結成だ~」
「……なんですか?その同盟」
そう言って、カイザーちゃんは笑った。私もつられて笑みを浮かべる。
お互いに笑いあった後、カイザーちゃんは申し訳なさそうに告げる。
「……正直、レースの世界に戻ってくるかは分かりません。もうハダルも辞めちゃいましたし、ここからまた再燃するかは分からないので」
その言葉に、私は頷く。だが、その目は先程の決意を固めたものから揺らいでいた。カイザーちゃんはそのまま話を続ける。
「でも、皆さんのことは応援しています。頑張ってください、グラスさん!」
「おぉ~、カイザーちゃんの応援があるなら百人力だ~。頑張っちゃうよ~」
「なんですかそれ」
カイザーちゃんは笑う。本人は戻ってくるつもりはないと思っているのだろう。だが、私には分かった。多少ではあるが、彼女の気持ちが前に向き始めたことを。
(戻ってくるかは分からない……か。本当に止めるつもりだったら、そんな言葉は出てこないよね?カイザーちゃん)
おそらくだが、彼女は迷いが出始めたのだろう。少しだけだが、希望は見えてきた。そのことに私は安堵する。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか~?」
「そうですね、帰りましょうか」
そういって、私たちは帰路につく。カイザーちゃんの表情は、校門前で見た時よりも晴れやかになっている気がした。
次の日、私は沖野トレーナーの部屋を訪ねる。トレーナー室に彼はいた。沖野トレーナーは私を見ると驚いたような表情を浮かべて応対する。
「グラス?どうしたお前?今朝は随分早いな」
私は沖野トレーナーの言葉を無視して、彼が座っている机の方まで詰め寄る。そして、机を叩いて告げる。
「お願いがあるの、トレーナー」
「お、おう。どうしたそんな怖い顔して」
「私を強くして。ボーイちゃんにも、テンちゃんにも負けないぐらいに」
トレーナーは私の言葉に一瞬呆けた後、頭を掻いて答える。
「そんな顔するってことは何かあったんだな?何があった?」
「……それは言えない。でも、私はどうしてもあの2人に勝ちたい」
しばしの沈黙が訪れる。沈黙を破って沖野トレーナーが口を開いた。
「……分かった。何があったかは聞かねぇ。全力でお前のサポートをしてやる」
「ありがとう。トレーナー」
「気にすんな。それが俺の仕事だからな」
そう言って頭を掻く。迷惑を掛けてしまうことを申し訳なく思うが、これもあの2人に勝つためだ。
(必ず勝つ……。覚悟してて。ボーイちゃん、テンちゃん)
カイザーちゃんのためにも、私はそう誓った。
とあるチームの部室にて退部届と書かれた封筒を持ったウマ娘は途方に暮れていた。
「どうしよう……。カイザーから受け取っちゃったけど、トレーナーさんに渡すべきかな?」
「どうしたんだい?そんな顔してぇ」
「あ!先輩。実はこれなんですけど……」
「ふんふ~ん……。じゃあ、これはこのまま取っておこうかぁ」
「え、いいんですか?トレーナーに渡した方がいいんじゃ……」
「いいよいいよぉ。私が上手く言っておくからぁ。それにぃ、取っておいた方がいい気がするんだよねぇ、それ」
「ま、まあ先輩がそう言うなら……」
そんな会話があった。
初日の無料10連はSSRライアンが来ましたやっほい。まあ50連してSSR0枚で帳消しになりましたが。