休日が明けて、ボクは学園に登校している。宝塚記念が終わってからは学園を休んでいたため随分久しぶりのように感じた。少し緊張しながら自分のクラスへと向かう。
ボクは教室の扉を開けた。扉が開いたことに反応した何人かのクラスメイトがボクの姿を見て驚いている。その反応を尻目にボクは自分の席に着いた。席に座って少し経つと、クラスメイトがボクのところに駆け寄ってきた。
「お、おはようテンポイントさん。もう大丈夫なの?」
「おはようさん。うん、もう大丈夫やで。心配かけてすまんかったな」
「そう……それならよかった。お大事にね」
そう言って、その子はまた元のグループに戻っていった。ボクは授業の準備をして、朝買ってきた新聞を読み始める。
そこからしばらくするとグラスが登校してきた。ボクの姿を見ると一瞬驚いたような表情を見せた後、笑顔でボクに話しかけてくる。
「おはよう~テンちゃ~ん。いやはや~、元気になったようで何よりだよ~」
「おはようさんグラス。心配かけたけど今日からまたよろしゅうな」
「なんの~、こちらこそよろしく~」
そう言って自分の席に鞄を置いた後、ボクのところに戻ってきた。グラスはこちらに話しかけてくる。
「それにしても~、宝塚記念ではびっくりしちゃったよ~。テンちゃんのあんな顔初めて見ちゃった~。レアだよレア~」
「やめーや。レアちゃうぞはよ記憶から抹消しい」
「え~?それは無理かな~」
グラスはあっけらかんとそう答える。本気で嫌と言うわけではないのでボクはそれ以上は何も言わないことにした。すると、グラスがこちらに質問してくる。
「う~ん?でも宝塚記念終わった後とは雲泥の差だね~。前と変わらない……、いや、前より元気良さそう~。テンちゃん何かいいことあった~?」
「ええことって……。例えば?」
「……アイスで当たりが出たとか~?」
「仮にそれで立ち直ったとしてボク単純すぎやろ」
「冗談じょうだ~ん。でも本当に何があったの~?」
「ま、グラスの言うた通りや。この休みの間でええことがあったやからな。おかげで今までの不安全部吹っ飛んだわ」
ボクは笑顔でそう答える。するとグラスは安堵したような表情を浮かべていた。
「でも、本当に良かった~。春天が終わって少し経った後に私と屋上でした会話覚えてる~?レースが終わった後、テンちゃんもう立ち直れないかも……って思ってたからさ~」
勿論覚えている。あの時はそんなことにはならないと思っていたが、結果だけ見ればグラスの言っていた通りになったのだ。恥ずかしい気持ちを抑えながらも、ボクは答える。
「そういや言われとったな、唐突に心が折れそうな危うさがボクにはあるって。グラスの忠告を流しといてあの様やったんは恥ずいわ……」
「ふっふっふ~。次からはちゃんと人の忠告は聞くことだね~?」
「せやな……。今回のことでよう身に沁みたわ……」
「そう言えばテンちゃ~ん。いいことって……」
そんな会話をしていると教室の扉を開く。ボクたちはそちらの方へと視線を向けた。すると、ボーイが元気なさそうに教室へと入ってくる。
「みんな~、おはよ~……。ハァ……」
……いや、元気なさすぎじゃないだろうか?一体何があったのだろうか?そう思っているとこちらの方へと歩いてくる。そして自分の席であるボクの隣に座った。ボクとグラスは挨拶する。
「おはようさんボーイ。随分元気なさそうやけどなんかあったんか?」
「おはよ~ボーイちゃん」
「あぁ……おはようテンさん、グラス。……テンさん?」
そう言ってボーイはボクの方を見て目を白黒させている。ボクの顔に何かついているのだろうか?そして目を白黒させたかと思うと席を立ってボクの前に立つ。
「どしたん?ボーイ。人ん顔ジロジロ見て。ボクの顔になんかついとるのか?」
その質問に答えることなく、ボーイはボクの顔を無遠慮に触り始めた。くすぐったい。ボクはボーイに抗議する。
「なんやお前人ん顔ジロジロ見たかと思うたら今度は触りだして。シバくで」
するとボーイはやっと言葉を発した。
「……テンさん、だよな?本物のテンさんだよな?誰かが変装した偽物とかじゃねぇよな!?」
「何を考えとんのか知らんけど、ボクはちゃんと本物やで。分かったらとっとと手ぇ離してくれへん?くすぐったいんやけど」
そう言うとボーイはボクの顔から手を離した。安堵していると今度はボーイがボクに抱き着いてきた。
「うおおォォォ!良かった……本当に良かったァァァァァ!テンさんが帰ってきてくれて本当に良かったァァァァァ!」
「暑っ苦しいな!放せや騒々しい!」
「電話で元気そうになったのは確認してたけど、この目で確認するまでは信じられなくて……!お帰りテンさん!」
「分かった!分かったからはよ放してくれ!」
そこから格闘すること数分、何とかボーイの拘束から逃れる。ただでさえ体格差があるので抜け出すのに苦労したが、何とか脱出することができた。ボクは肩で息をする。
「ハァ、ハァ……!ボーイ、久しぶりに、会うたにしても、やりすぎやろ……!」
ボクの言葉にボーイは涙ぐみながら答える。
「でもよぉ、オレ、ずっと心配でさぁ……!テンさんのあんな顔、初めて見たし……!もう戻ってこねぇんじゃねぇかと思って……!」
グラスがボーイをかばうようにボクに話しかける。
「まあまあ~許してあげて~?テンちゃん。ボーイちゃんは宝塚記念が終わってからず~っと元気なかったからさ~。テンちゃんが元気になってくれて本当に嬉しいんだよ~」
「やけど、限度っちゅうもんがあるやろ……。まあ、そこまで心配かけて悪かったわ」
ボクは素直にそう謝る。ボーイは落ち着いたのかこちらに笑顔を見せた。つられてボクとグラスも笑顔になる。
そんなことをしていると申し訳なさそうにこちらへと割って入ってくる声があった。
「あの~、そろそろいいですか?」
「うおっ、カイザー。いつの間に来とったん?」
「ボーイさんがテンポイントさんに抱き着いているあたりでしょうか。なんか声掛けるのも悪かったので……」
声の主はカイザーだった。松葉杖をついており、脚には包帯を巻いている。そう言えば宝塚記念後に故障したとは聞いていた。ボクは心配しながらカイザーに聞く。
「せや、カイザーの方こそ大丈夫なんか?脚の怪我」
「まあ、私の方はしばらくかかりそうですけど大丈夫です」
カイザーは笑みを浮かべてそう答えた。大丈夫と言う言葉にボクは安堵する。だが、その表情には少し陰りが見えた気がした。ボクはそのことを聞こうとしたが、グラスからの無言の視線を受けてそれを止める。聞かない方がいい、そういいたげな視線だ。おそらく、ボクが触れていいことではないのだろう。そう感じた。
するとボーイが言葉を発した。
「にしても、この4人が朝の教室で揃うのって久しぶりだよな!」
「そうだね~。4人が揃うってなると~最後に揃ったのは3月ぐらい~?」
「そんぐらいやな」
「そうですね。4月から私とグラスさんは時間ギリギリに登校してましたし。こうして朝話すのは本当に久しぶりですね」
ボクは少し懐かしい気分になる。そんな気分に浸っているとグラスが思い出したかのようにボクに話しかけてきた。
「そう言えば~、ボーイちゃんが来たから結局聞けなかったけど~、テンちゃんに起きたいいことって何なの~?多分それが調子を取り戻した要因だよね~。私気になるな~」
「え?なんだそれ?オレも気になる!」
「私も気になりますね……。あんなに落ち込んでいたのにこんなに元気になるなんて、一体何があったんですか?テンポイントさん」
グラスの言葉にボーイとカイザーも興味を持ったのかボクに詰問してくる。だが、あの時のことはあまり他人に話したくはない。トレーナーの名誉のためにも、後ボクが絶対にからかわれるからこそ。
「……秘密や」
「え~?なんでだよ教えてくれよテンさ~ん。気になるじゃんか」
ボーイはそう言うが、ボクは断固として答える気はない。グラスとカイザーも抗議するような目線を送ってくるがボクの答えは決まっている。
「そないな目で見ても答える気はないで。ボクは調子を良くして帰ってきた、カイザーも帰ってきた、こうして4人また揃った。それでええやろ」
3人の不満を訴える視線を受けながらボクはそう答える。だが、頭の中ではあの夜のことを思い出していた。
トレーナーから聞いたボクを信頼している理由。そしてあの時ボクにかけてくれた言葉を思い出す。
(いや~、あそこまで言われると悪い気はせぇへんな。選抜レースまでボクんこと知らんかったのは意外やったけど、それも全部帳消しや)
まさかあそこまで自分の走りを評価してくれていたとは。それにボクにかけてくれた言葉は全て本心から言っており、最強と言う言葉も本気で言っていたと考えるとまた嬉しくなる。
そんなことを考えていると、ボーイたちは後ろで隠れるように会話をしていた。
「見ろよテンさんの耳と尻尾。滅茶苦茶機嫌良さそうに動いてるぜ」
「耳はピコピコ動いてるし尻尾を忙しなく振ってるね~」
「余程いいことがあったんでしょうね」
無論、ボクにもその会話は聞こえている。慌てて思考を打ち切ってボーイたちに告げる。
「とにかく!確かにええことはあったけどなんも話す気はないで!それはそうとまた今日からよろしゅうな!」
ボクの言葉にみんなは笑顔を浮かべる。
「よろしくな、テンさん!」
「また今日から頑張ろうね~テンちゃ~ん」
「また仲良くしていただけると嬉しいです」
そう話していると、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。ボクたちは急いで席に着く。担任の先生が入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
先生の言葉にボクたちは元気よく挨拶を返す。それに満足したように先生は頷いて朝の連絡事項を話始める。
「……と、朝の連絡事項はこれで終わりです。あぁそれとテンポイントさん。欠席していた分の課題があるので後で職員室に来るように」
「はい、分かりました」
「では、これで本当に終わりです。皆さん今日も1日励むように」
そう言って先生は退室する。それと同時にみんな席を立って各々好きな行動をする。ボクは職員室に行って課題を受け取りに行こうと思い、廊下に出る。するとボーイから話しかけられた。
「なぁテンさん、ちょっといいかな?」
「ん?どしたんボーイ」
ボクは振り向いてボーイの方へと視線を向ける。ボーイは不安そうな表情をしていた。
「いや……さ、テンさんホントに大丈夫かなーって思って」
「なんやそれ?」
「だ、だって、宝塚記念が終わった後のテンさんホントにヤバかったからさ……。オレ、ずっと心配で……」
余程だったのだろう。こちらに向けている表情は不安一色だ。
「もしオレのせいだったらって思うと……」
「ハァ、あほらしいな」
ボクはボーイの言葉を最後まで聞くことなく溜息をついてそう一蹴する。ボーイは少し怒ったように抗議する。
「あ、あほらしいって!オレだって真剣に……!」
「あんなぁ、確かにそん時はヤバかったかもしれへんけど、今のボクを見ても同じこと言えるんか?」
「それは……言えねぇけど……。でも、何考えてるのかまでは分かんねぇじゃん?」
そんなに不安なのだろうかボーイは。ならばと、ボクはボーイに宣戦布告をする。
「何考えてるか?やったら今ボクがボーイに対して思うてること言うたるわ」
「ま、待ってくれテンさん!せめて心の準備を……」
「次戦う時はぶっ倒す。それだけや」
ボーイの制止の言葉を無視してボクはボーイに告げた。ボーイは呆けた表情をしている。そして口を開いた。
「……え?それだけ?」
「そんだけや。覚えとれよ?今までの負け、利子つけて返したる。覚悟しとき!」
そう言ってボクはボーイに指を突きつける。ボーイはそんなボクの姿を見て、呆けた表情から徐々に笑顔になり、
「……へへっ!上等だテンさん!次もオレが勝つぜ!」
そう答える。そうだ、ボーイには笑顔の方が似合う。そう思いながらもボクはボーイにからかうように告げる。
「そうそう、さっきのシケた面しとるより、お前は笑顔の方が合うてるで」
「シケた面ってヒデェな!?って、アレ?」
ボクの言葉にボーイは不思議そうに首を傾げている。ボクは問いかけた。
「なんや?どしたんやボーイ」
「いや、なんていうのかな……。宝塚記念前に感じてたテンさんの言葉の違和感が無くなった気がして」
「なんか言うとったなソレ。まあ違和感なくなったんならええんちゃう?」
「それもそうだな!テンさんもいつもの調子に戻ってるみたいだし、オレも頑張るぜー!」
そう言ってボーイは教室へと戻っていった。相変わらず騒がしいやつだ。そう思いながらもボクは自然と笑顔を浮かべる。ボクは職員室へと課題を取りに行った。
確定ガチャはライスシャワーとメジロドーベルでした。新シナリオ忙しすぎてやれません!