「なに!?テンさんメイクデビューの日が決まったのか!?」
「フフン、せやで?ついにボクもトゥインクルシリーズに出走や!」
「お~、おめでとうテンちゃ~ん」
「おめでとうございます!テンポイントさん!」
日差しが照りつける日々が続き、梅雨が本格的に明けたことを実感している今日。ボクはいつも通りカフェテリアでボーイ・グラス・カイザーとの四人で食事をしている。そしてその話題はボクのメイクデビューの日が決まったという話だ。
事の始まりは先日のトレーナーとの会話である。
『そうそうテンポイント。お前のメイクデビューの日が決まったぞ』
その日の練習が終わり、クールダウンも済ませてミーティングを始めようかという時、トレーナーがそんなことを口にした。
『ほ、ホンマか!?それでそれで、いつなん!ボクのメイクデビュー!』
『来月だ。8月17日に函館レース場で行われる芝1000mのメイクデビュー。そこでの出走が決まった。だから明日からはより一層気合入れていけよ?』
ボクもついにトゥインクルシリーズに出走することができるのか。憧れの舞台に挑めるということでボクの調子も上がってくる。
『いやぁ、ついにボクもトゥインクルシリーズに出走かぁ。アカン、ニヤニヤが止まらん』
『おいおい、まだ出走が決まったばかりだってのに今からニヤニヤしてどうするよ?』
浮かれているボクにそんなことを言っているが、トレーナーも嬉しいのか顔がにやけっぱなしだ。人のことを言えた義理じゃない。
『トレーナーもにやけが止まっとらんやん。人の事言えんで全く』
『あ、分かっちゃう?でも俺たちのトゥインクルシリーズが始まるって思うとな』
その後のミーティングはトレーナーの顔は終始にやけっぱなしであった。
そんな会話をしていたことをボクはみんなに話した。まあレースの日にちに関してはボカしているが。
「しっかし、カイザーの次はテンさんがメイクデビューか~。オレは一体いつになるのやら…トホホ」
「フッフッフ~、まあ私はそろそろ出走の目途がたち始めてるけどね~」
「嘘だろ!?オレが一番最後じゃねぇか!」
どうやらグラスもそろそろ出走できそうなのか、そう報告してきた。となると
「下手したら、メイクデビューでグラスと走ることになるかもしれへん、っちゅうことか」
「もし被っても負けないぞ~テンちゃん」
「上等や、ボクが勝たせてもらうで?」
ボクとグラスの間で火花が散っているのが見えるくらいに視線を交わす。が、今はご飯の時間なのですぐにお互い食事を取ることにした。
そこに未だに出走の目途がたっていないボーイは不満を漏らす。
「あ~あ、カイザーはデビュー済、テンさんもグラスも出走できるってのに、オレだけな~んも進展がないなんてよ」
「しょうがないんじゃないでしょうか?リギルのトレーナーさんはボーイさんが万全な状態で挑めるように調整しているんだと思いますよ?」
「それに~確か練習内容も改善してもらえて最初よりも走れるようになったんでしょ~?」
「確かにそうだけど、それとこれとはまた別問題なんだよ!」
ボーイもトレーナーとしっかり話し合ったのか、練習内容が改善され以前よりも走れる時間を増やしてもらえたらしい。おかげで今はほぼストレスフリーと言っていた。まあトレーナーのことを鬼と呼んでいたことでこっぴどく叱られたと本人は話していたが。
「まあボーイんことは放っといて」
「ヒデェなおい!」
「メイクデビューってどんな感じなん?カイザー」
「メイクデビュー、ですか?」
ボクはすでにデビュー済であるカイザーに話を振る。実際に走ったことのあるカイザーなら気をつけるべき点なども聞けるだろう。そう思い聞いてみることにした。
「そうですね……、実戦形式の並走はやっていましたけど練習とは全然違いますね。当たり前のことですけど」
そしてカイザーは話を続ける。
「それに緊張もしますので、いつも通りの自分の力を発揮するようにリラックスすることが大事だと思います。緊張のせいで私も最初のメイクデビューは負けちゃいましたし……」
そう言ってカイザーは落ち込んでしまった。メイクデビューのことを思い出したのだろう。しまった、余計なことまで思い出させてしまった。
しかしすかさずグラスがフォローを入れる。
「でも~、次のメイクデビューはしっかり勝ったんだからカイザーちゃんはすごいよね~。前走の反省点をしっかりと活かしてるんだからさすがだね~」
「そうでしょうか……?」
グラスの言葉に続くようにボクらもカイザーを励ます。
「せやせや、次走でしっかり勝っとるんやからそう落ち込むもんでもないで?」
「そうだそうだ!カイザーが強いってのはオレたちがよく分かってるからな!」
「……そうですね!もっと気楽に考えていきましょう!皆さんありがとうございます!」
どうやらカイザーの気分は持ち直したようだ。
「ふぅ、ダメですね。気を抜くとすぐに悪い方に考えちゃいます。トレーナーさんからも指摘されているんですけど……中々直らないですね」
「まあまあ~、慎重になることはいいことなんじゃな~い?大事なのはいつまでも引きずらないことだと私は思うな~」
珍しくグラスがいいことを言っている。普段はのんびりとしている彼女だが、カイザーが落ち込みそうな気配を察知したのかすぐにフォローを入れていたので、しっかりと人のことを見ているのだと感じた。
そしたらボーイも同じ考えだったのか
「おぉ、珍しくグラスがいいこと言ってる……」
と口にしていた。なんでこう思ったことを口に出すのだろうか。
「どういう意味かな~?ボーイちゃ~ん?」
案の定グラスが反応した。分かりづらいが心外だと思っているのだろうか?
「いやだって、オレが知ってるグラスっていつものんびりしてる印象しかねぇからさ。でも今のフォローもだけど、しっかりと人のこと見てるんだなって」
「ふふ~ん、そうでしょうそうでしょう~。ちゃ~んとみんなのことを見てるのだよ~私は」
しかし後のボーイの誉め言葉に気分を良くしたのか自分のおかずを一つボーイの皿に移していた。どうやら好きなおかずだったらしくボーイは喜んでいた。
少し話は脱線したが元に戻そう。ボクはカイザーに再度質問する。
「カイザー、もう少しええか?ウイニングライブはどうやった?」
「ウイニングライブですか?そうですねぇ……」
少し考えた後カイザーは当時の事を語ってくれた。
「レースの後ということなので疲れているんじゃないかと思いますけど、しっかりと休憩を取ってから行われるので皆さんが想像してるよりは大丈夫だと思います。それに私たちが出走するメイクデビューはレースも最初の方なので休憩する時間はたっぷりとありますよ」
「ふ~ん、そうなんか」
「はい、それに自分を応援してくれるファンの人たちからコールをもらえると不思議と力が湧いてくるんですよ!」
そう言ってカイザーは両腕で力こぶを見せるポーズを取った。ちょっと可愛い。
するとボーイは
「いいなぁ~オレも早く出走してファンのみんなと交流したいぜ」
と漏らした。今の話を聴いてよりレースへ出たいという気持ちが出てきたのだろう。ボクもカイザーの話を聴いていると早くレースに出たいと身体がウズウズしてきている。
「ま、ボクはあともう少しの辛抱や。楽しみやな~メイクデビュー」
「なんだオレへの当てつけかテンさん」
ボーイに言いがかりをつけられる。
「いやいや?そんな気持ちこれっぽっちもあらへんで~?ボーイの思い違いやないか~?」
「煽ってるよ!ぜってぇ煽ってるよテンさん!上等だその喧嘩買ってやる!」
「お、落ち着いてくださいボーイさん!ここカフェテリア内ですから!」
「そうそう~、程々にしないと怒られちゃうよ~」
少しからかってやると面白いように釣れた。席を立ってこちらに来ようとしているボーイをカイザーとグラスが宥めている。まあ少しからかいが過ぎたか。
「まあ落ち着けやボーイ。ボクが悪かったから。ホラ、お前の好きなおかず一個やるわ」
「そんなんでオレが機嫌直すと思うなよ!」
とボーイは言っているがおかずに口をつけると
「あぁ~やっぱカフェテリアの飯は最高だな!こんなのが毎日食えるとか本当に幸せだぜ全くよぉ」
コロッと機嫌が直っていた。単純だな。
皆食べ終わった後は教室に戻り、各々飲み物を購入して午後の授業が始まるまで話すことにした。そんな折、ボーイが急に
「前々から思ってたんだけどさ、テンさんって牛乳好きだよな。いっつも飲んでるし」
なんてことを口にしてきた。まあ確かに牛乳は好きだがそんなに飲んでいるだろうか?
「いつもって……そんなに普段飲んどるか?」
ボクはそんな疑問を口にする。そしたら全員が
「飲んでる。めちゃくちゃ飲んでるな」
「そうだねぇほぼ毎日飲んでるよね~」
「ちょっと悪いですけど……確かにいつも飲んでますよね」
と、全員の意見が一致した。そんなに飲んでたのかボク。
「全然気づかんかったわ」
「嘘だろテンさん……無意識だったのかよ」
「飲み物買う時いつも牛乳なのに無意識だったんだねぇ」
「テンポイントさんの同室の子も言ってましたよ?冷蔵庫の中に必ず牛乳が常備されてるって」
「いやいや、冷蔵庫の中に牛乳が常備されとんのは普通やろ。常識や常識」
ボクのその言葉に
「いや、常備してない家庭も普通にあるだろ」
「それに常備してるにしても大体一本だけでさすがに一人で二本も三本も置いておくのは普通じゃないと思いますよ?しかも全部種類違いますし」
とボーイとカイザーにツッコまれた。おかしい、小さい頃から家では常備されていたのだが。
「まあ小さい頃から飲んどるな。強い身体を作るためには牛乳やと思うてたし。後普通に味が好き」
「間違いじゃないけどねぇ、実際牛乳って栄養のバランスがいいし~」
しかし自分が飲む量が多い方だとは。今まで全然気づかなかった。だからといって飲む量を減らそうとは思わないが。だって好きだし。
そんな会話を続けていると話題は今日の授業のことになる。ボーイが唐突に
「そういや、次の授業なんだっけ?」
と言ってくる。
「次の授業はレース座学ですね」
「レース座学か~。苦手なんだよなぁオレ」
苦手と言っているボーイにボクは釘を刺す。
「ボーイ、今日は寝るんやないで」
「わ、分かってるよ!」
そう、ボーイは前回のレース座学の時に居眠りをしており先生に怒られている。レース座学の先生は普段はおっとりとしているが怒らせると怖いので念のために忠告しておいた方がいいだろう。
そんな会話にグラスが
「ボーイちゃんは~レース座学が苦手というよりジッとしているのが苦手なんじゃないかなぁ?」
「よく分かってるじゃねぇかグラス。その通りだぜ!」
「威張んなや」
ボーイは誇らしげだが、だからと言って寝ていいわけじゃない。
「でもボーイさん、気をつけてくださいね?レース座学の先生怒らせるととても怖いって先輩方も言っていましたので」
「うっ、ぜ、善処します……」
まあ友達が怒られているのを見て気分がいい奴はいないだろう。カイザーの方からも釘を刺されてさすがにボーイも寝ないように気をつけると言った。他の授業では寝ていないのだからまあ頑張れば大丈夫だろう。
しかし、ここでおかしいことに気づく。もう少しで昼休みも終わるというのに自分たち以外の生徒が見当たらないのだ。一体なぜだろうか?
「なぁみんな、ちょっと可笑しくないか?なんでもうすぐ昼休み終わるのに誰も教室におらへんのや?」
「そういやそうだな。いつもなら何人かいるのに」
そう話しているとカイザーの顔が一気に青ざめている。まるで何か忘れていたことに気づいたように。
それにいち早く気づいたらしいグラスはカイザーに問いかける。
「カイザーちゃんどうしたの~?なんか顔が青ざめてるけど~」
そしてカイザーは信じられないことを口にした。
「そ、そういえば今日はレース座学の先生がお休みしてるから変更になって基礎トレーニングになってたんでした……。すっかり忘れてました……」
「嘘やろ!?もう後何分もないで!?」
「おい外見てみろ!クラスのみんなもう着替えて外にいるぞ!」
「黒板にもちゃんと変更されてる旨が書いてあるね~」
「ご、ごめんなさ~い!私がしっかり覚えていれば~!」
これはカイザーだけのせいじゃない。メイクデビューの話で盛り上がって次の授業のことを忘れていたボクたち全員のせいだ。ヤバい!ほんとにやらかした!
すると一番に我に返ったボーイが
「畜生!さっさと着替えて外行くぞ!」
と教室で着替え始めた。今は急いでいるからここで着替えるしかない!着替えは後でロッカーにぶん投げとけばいいだろう。
「クッソ!すっかり忘れとったわ!みんな急ぐで!」
「は、はい!私も急いで着替えます!」
しかしグラスはいっこうに着替え始めない。何をしているのだろうか?
「何してんだよグラス!早く着替えろって!」
「あぁ、大丈夫大丈夫~だって私」
そう言ってグラスは制服を脱いだかと思うと、中には体操服を着ていた。
「もう着替えてあるし~」
「な、成程!だったら大丈夫だな!」
と、ボーイはそう言っているがボクは自分の中にある疑問を我慢できずに言った。
「……いや、やったらサッサと向かわんかい!というかもう着替えとるんやったら教えてくれてもええやろ!?」
「ごめ~ん、忘れてた~」
「のんびりしすぎですよグラスさ~ん!」
と、ボクたちは慌ただしく次の授業の準備をして急いで外に出た。授業には何とか間に合ったが先生からは
「もう少し早く準備しておくように」
というありがたいお叱りをもらい、同じクラスの子からは笑われていた。
次の授業が移動教室なことに気づかず、自分たちの教室で待っていることあると思います。私もやらかしたことあります。