目覚ましの音でボクは目を覚ます。一瞬、見慣れない景色に戸惑ったがすぐに夏合宿で旅館に泊まりに来ていたことを思い出して落ち着きを取り戻した。布団から出て顔を洗うために洗面台へと向かう。顔を洗いながら、昨日のことを思い出していた。
あれから何度もトライしたが結局熱海峠を越えることすら叶わずその日を追えた。日が落ちてきたということで練習を終え、旅館に着いたボクを待っていたのは大量の料理。トレーナー曰く、
『食うのも練習だ。夏合宿はまだ始まったばかり、しっかり食って体力をつけておけ』
らしい。疲れで食欲は落ちていたが、何とか完食することはできた。その後は旅館の温泉に入り、ゆっくりと寛いだ後はトレーナーの部屋で勉強をした。その後22時にはその勉強も終わり自分の部屋へと案内される。部屋に案内された後、ボクはすぐさま布団に入り眠りについた。あそこまで早く眠れたのは生まれて初めてかもしれない。
その後、朝食を取り終わりトレーナーとの待ち合わせ時間も近づいてきたので集合場所へと急ぐ。集合場所にはすでにトレーナーが立っていた。向こうもこちらに気づいたのかボクに挨拶をしてくる。
「おはようテンポイント。昨日はぐっすり眠れたか?」
「おはようさんトレーナー。お陰様でぐっすりや」
少し皮肉を込めながらボクは挨拶を返す。トレーナーは皮肉で言ったことに気づいたのか少し苦笑いを浮かべていた。
その後、トレーナーは今日の予定について話始める。
「さて、今日の練習メニューだが。朝は昨日と一緒だ。ヒルクライムをしてもらう」
「朝っぱらからアレかいな……」
「昼はまた別のメニューがあるからな。それにこれからは朝はずっとヒルクライムをやるぞ」
「毎朝ぁ!?」
冗談であってくれと思いながらそう言ったが、トレーナーの顔を見る限り本気のようである。少し憂鬱になりながらも走破できなかった悔しさを思い出して持ち直す。
軽トラに乗り込んで昨日と同じ場所へと辿り着く。ボクは自転車に跨って昨日と同じように走る。走破してトレーナーの驚いた顔を見るために必死でペダルを漕いでいた。
走り始めて小一時間後……。
「アカン……吐きそう……」
「大丈夫かー?まあでも昨日よりは進んでるな。着実に前にいけてるぞ」
「嬉しさよりもキツさの方が先出るわ……」
現実はそんなに甘くなく、いまだに熱海峠すら超えることすらできなかったが。
朝の練習は本当にコレだけであったため、早めに切り上げて旅館で昼食を取る。昼食を取りながらトレーナーはこの後の予定をボクに伝え始める。
「さて、この後のトレーニングだが」
「何するんや?」
「今日は他のウマ娘の子たちと一緒に走ってもらう」
どうやら併走トレーニングらしい。しかし、絶対にただの併走トレーニングではないだろう。ボクは何を言われても驚かないように身構えておく。トレーナーが言葉を続ける。
「グラウンドはここから少し離れているからこの後車で移動するぞ」
「良かったわ。自転車で移動してこいとか言われんで」
「別にそれでもいいぞ」
「勘弁してくれ……どこにあるかも分からんのに」
げんなりしながらそう答える。トレーナーは苦笑いを浮かべていた。
昼食を取り終わり、グラウンドまで車で移動する。グラウンドに着くと、すでに何人かのウマ娘とトレーナーが集まっていた。人数的には10人ちょっとだろうか?20人はいなさそうだ。しかし、その顔は見覚えのない子たちばかりである。少なくとも一緒に走ったことはない。
少し戸惑っているボクを尻目にトレーナーは彼女たちに挨拶をしに行った。
「ようみんな。今日は集まってもらって悪かったな」
ボクのトレーナーがそう言うと、他のトレーナーたちは感謝の言葉を言っていた。
「いやいや、こっちとしても嬉しい限りだよ」
「いやぁ、別の形で返してくれとは言ったが、最高の形で返してくれたな」
「今日はよろしく頼むぜ、神藤」
どうやら親しい仲らしい。お互いに砕けた口調で話している。そう思っていると、ウマ娘の子たちがボクに興奮気味に話しかけてきた。
「あ、あの!テンポイント先輩……ですよね!?」
「うん。そうやけど」
「うわぁ……!本物だぁ……!」
そう言って感激している子が多い。話を聞いていると、どうやらメイクデビューもまだの子がほとんどらしい。成程、ならば顔を見たことがないというのは当然だろう。
ウマ娘の子たちと会話をしていると、トレーナーがボクの方へと歩いてきた。そしてトレーニングの内容について説明し始める。
「さて、テンポイント。午後のトレーニングだが大体察しはついているだろう。この子たちと併走をしてもらう」
「……う~ん。やけど大丈夫なんか?この子たちと併走しても」
あまりこう言いたくはないが、シニア級で走っているボクとメイクデビューもまだの子がほとんど、一緒に走って練習になるのだろうか?そう考えるとハイセイコー先輩は良くボクと走ってくれたものである。
しかし、トレーナーは悪い笑みを浮かべていた。絶対になんかある。そう思いながらボクは身構える。
「勿論、普通に走らせてもらえる……なんて考えてないよな?お前にはこれを着けて走ってもらう」
トレーナーが取り出したのは、朝のヒルクライムでも使っていたアンクルウェイト。そしてシューズだった。いつもボクが使っているものと同じものだ。ボクはそのシューズを受け取る……が。
「おっも!?何キロあんねんコレ!?」
予想外の重さに驚いて落としそうになった。何とか持ち直しつつも結構な重さを感じている。これを着けて走るとなると相当の負荷がかかりそうだ。加えて重りもある。
そのままトレーナーは説明に入る。他の子たちも一緒に聞いている。
「今回このグラウンドを使ってキミたちはテンポイントと一緒に走ってもらう。ただし、テンポイントは負荷をかけた状態でだ。方式は1400mの距離での模擬レース、五人立て。それぞれのコーナーには目印として各トレーナーに立ってもらっている。ここまでは大丈夫か?」
「「「はい!」」」
「よし、いい返事だな。じゃあみんな、位置についてくれ!」
そう言ってボク以外の子はスタート位置に着いた。ボクも向かおうとするとトレーナーが制止する。
「あぁ待てテンポイント。お前にはまだ話すことがある」
「なんや?」
「今回走るのはただの模擬レースではない。お前にはある条件もつける。その条件を達成できなかった場合、その度にペナルティが課せられる」
「ペナルティ?それも気になるけど条件ってなんや?」
「簡単だ。お前が先頭で走り続けること。一度も前を譲ることなく走り続けることが条件だ。ペナルティは……アンクルウェイトの重りがどんどん追加されていく」
「なんやそんだけか。やったら余裕やな」
ボクはそう言ってほくそ笑む。ただずっと先頭を走り続けるだけだったら楽勝だ。どんなキツい条件を課せられるかと思って身構えたが、これなら安心できるだろう。
話はそれだけだったようでトレーナーは自分の持ち場へと戻っていった。そして所定の位置に着いてボクはスタートの構えを取る。
「みんな準備はいいな?それじゃ、よーい……スタート!」
トレーナーの合図で全員が一斉に走り出す。午後のトレーニングが始まった。
先頭を走り続けるだけだから楽勝。そんなことを考えていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。ボクは今そう思いながら模擬レースを続けている。
もっと疑ってかかるべきだった。あんなヒルクライムを提案してくるトレーナーなのだから普通に模擬レースをするわけがない。ほとんどがトゥインクルシリーズ未出走の子たちと走るのだからもっと何かあるはずだ。そう疑うべきだった。
この模擬レース、単純にボクの走る感覚が半端じゃなく短い。1回走ったら少し休憩を取って息が整ったらすぐに次……といったように走っている。それに対して、他の子たちは4人グループでローテーションして走っているので、ボクよりも大分休憩を取りながら走っているのだ。
加えて、このシューズである。
(普段のシューズと違って重いからいつも以上に筋肉使う……ッ!舐めてかかっとったたわ……!)
普段使いのシューズと同じものではあるが、中に重りでもあるのか重量が違う。いつも通り走っていたらかなりのスタミナを削られた。そのため、今はかなりキツい状況である。だが、ペナルティのことを考えたら先頭を譲るわけにはいかない。これ以上にキツくなるのは御免だ。
すでに何本走ったのか分からない。何本か走った後に大きな休憩を取っているが、それでも数えるのを止めた。
そして、ついに限界を迎えたのか一瞬速度を緩めてしまう。その瞬間、ボクは抜かれてしまった。
(しもうた!?)
そう思ったが、何とか走るペースを上げて抜き返す。そのままゴールしたが、トレーナーがこちらへと近づいてきた。そしてぼくに告げる。
「さて。途中で抜かれたな?」
「……はい」
「ペナルティだ。重りの重量を増やすぞ」
そう言って、重量を追加してきた。さすがに劇的に変化するわけではないが、これで今まで以上にキツくなることはボクにも分かっている。だが、次は抜かれなければいいだけだ。そう思い走る準備を整える。
だが、その後のボクは散々だった。さすがに疲れが出始め途中で抜かれることが多くなる。それでも最後には抜き返して先頭でゴールを駆け抜けることはできたが、それでは意味がない。トレーナーが提示した条件は最後まで先頭で走り続けること。途中で抜かれたら容赦なく重りを増やされていくのである。
空が夕焼けに染まり始めた頃。トレーナーが大きな声でボクらに集合するよう呼びかける。
「よーし!最後の1本は全員で走るぞ!位置に着けー!」
その言葉で全員が位置に着く。ボクも位置に着いてスタートの構えを取る。
「……スタート!」
合図とともに一斉に走り出す。ボクは最初から先頭に立ってレースを進める。
だが、ボクの走りはいつもの走りよりも遅い。結構な量の重りが追加されているので、いつもの速さが制限されている。疲れもあるのでペースも落ちている。先頭で走ることこそできているが、これだとじきに抜かれるだろう。
だが、それでも抜かされるのは嫌だ。ボクは残っている力を振り絞って走り続ける。なんとか最後の1本を抜かされることなく走り抜けることができた。
ボクが肩で息をしていると、続々と他の子たちがゴールしてくる。トレーナー達がそれぞれの担当の子に労いの言葉をかけていた。ボクも自分のトレーナーから労いの言葉をもらう。我ながら単純な気がするが、疲れが取れた気がした。
そこからしばらくして、他の子たちは今回の練習についての感謝を述べて帰っていった。ボクとトレーナーだけがグラウンドに残る。トレーナーがボクに話しかけてくる。
「思ったよりもキツいだろ?重りを着けて走るのは」
「せやな……。いつもんペースで飛ばしたせいで後半はペナルティ祭りやったわ……」
「それは次からの課題だな。次といっても1週間後になるが」
1週間。つまり毎日やるわけではないということらしい。毎日やらないことに安堵すればいいのか、1週間後にはまた同じことをやることに憂鬱になればいいのか、感情が迷子になった。
重りを全て外し、元の靴に履き替える。あまりの軽さに感嘆の声が漏れた。その後、トレーナーの車に乗って旅館へと戻る。
旅館に戻って夕飯を取りお風呂に入った後、トレーナーの部屋を訪れた。昨日のように勉強をするためだ。しかし、どうやらトレーナーの考えは違ったようである。部屋に入ったボクにトレーナーが告げる。
「さて、テンポイント。マッサージをするから横になってくれ」
「……セクハラ?」
「違うわ!」
コントを挟みながらもボクは横になる。少し不安な気持ちになりながらトレーナーに質問した。
「トレーナー整体ってやったことあるんか?見たことないんやけど」
「安心してくれ。本職の人にお墨付きを貰えるぐらいには自信がある」
「いつの間にもろうたんや……。っちゅうかホンマに多才やな」
そう言いながらも、ボクはトレーナーのマッサージを受けた。
結論から言うと、
「あぁ~……。気持ちええ~。こんまま寝てしまいそうやわ~」
「もし寝たら部屋まで運んでやるよ」
「それもええかもしれんなぁ……。お姫様抱っこで頼むわ~」
トレーナーのマッサージはかなり上手だった。思わずだらけた声を出してしまう。そのままトレーナーのマッサージを小一時間受けていた。
マッサージが終わった後、ボクはトレーナーに就寝するように促される。マッサージの件にお礼を言いつつボクは自分の部屋に戻って布団へと潜った。
寝る直前に思い浮かんだのは今日のマッサージのこと。
(……毎日やってくれって頼んだらやってくれへんかな?)
毎日頼みたいぐらいには疲れも取れて気分も楽になった。明日頼んでみてもいいかもしれない。そんなことを思いながらボクは眠りについた。
なけなしの石を貯めてコパノリッキーが当たりました。今日の午後、チケゾーの衣装違い☆3が発表されましたね。泣きました。