夕焼けだった空がだんだん暗くなって夜を迎えそうになっている。ボクは今トレーナーの車に乗ってトレセン学園へと戻っている。車内には先程まで一緒に練習をしていたテスコガビー先輩とカブラヤオー先輩も乗っている。2人とも表情は暗かった。
ボクはトレーナーに急かすように言う。
「トレーナー!もっと急いでくれ!」
「分かってる!クソ!道が空いてて助かったよ本当!」
ボクの言葉にトレーナーは余裕がなさそうにそう答える。そして、車のスピードをさらに上げた。
ここまで急いでいるのには理由がある。先程かかってきたお母様からの電話が原因だ。お母様が言うにはキングスが行方不明になったらしい。どうして行方をくらませたのか?お母様に詳しい事情を聞いた。その理由はお昼頃にさかのぼる。
聞いた話によると、今日は聖蹄祭を家族で一緒に見て回ろうということで朝からキングスとずっと一緒にいたらしい。キングスの案内でトレセン学園の催し物を見て回り、終始楽しそうに見て回ったと言っていた。
事態が急変したのはリギルが出店しているお店に入った時。何を食べようか迷っているお母様たちの耳に他のお客さんの会話が聞こえてきたらしい。
『しっかし、テンポイントも残念だよなぁ。トウショウボーイと同じ代じゃなければ……なんて考えちまうよ』
『だよなぁ。でも、この前の宝塚記念で格付けは終わっただろ。テンポイントはトウショウボーイの下だってな』
『だな。トウショウボーイ相手によく頑張ってると思うけど、不調の相手に負けるようじゃテンポイントも終わったな』
その内容はボクがボーイより下だという話だ。もしボクが現場にいたならば確かにムッとはするが、負けっぱなしは事実なので我慢できたであろう。それに所詮は他人の言っていること、気にするだけ無駄だ。お母様とお父様もそうだったのか、何も言わなかったらしい。
けれど、キングスは我慢できなかった。会話をしていたお客さんのところまで足を運び、机を叩いてこう言ったそうだ。
『お姉はトウショウボーイなんかに負けてない!訂正しろし!』
『うわっ!?誰だお前!?』
そこからキングスはその人たちに対してボクがボーイより下だということを訂正するように言葉を浴びせ続けたらしい。だが、いきなり知らないウマ娘からそんなことを言われても戸惑うだけだろう。その人たちは終始狼狽えた様子だったそうだ。
勿論、お母様とお父様もキングスがそんなことをしたので諫めるように叱った。
『キン、失礼でしょうが!申し訳ありません!うちの娘が……。ホラ!あんたも謝りなさい!』
『嫌だし!私は間違ったこと言ってないし!』
しかし、キングスは止まらなかった。そんな評価を下されたことが余程悔しかったのか最後まで謝らなかったらしい。少しの間口論した後とうとう堪忍袋の緒が切れて、お母様はキツめに叱ったらしい。
『いい加減にしなさいキン!謝らないんだったら、無理矢理にでもアンタの頭を下げさせるよ!』
『……母さんは、なんで何も言わないし』
『え?』
『母さんは悔しくないの!?お姉がこんなこと言われてるのに!』
『そ、それは……』
お母様はたじろいでしまったらしい。ここで負けっぱなしの事実を言ったところでキングスの神経を余計に逆なでするだけだと考えたのだろう。だから慎重に言葉を選んだはずだ。キングスをこれ以上刺激しないように。
だが、それがまずかったらしい。沈黙していたお母様の様子を見てキングスは泣きそうな表情のままこう言ったそうだ。
『母さんもこいつらと同じこと思ってるんだ!お姉がトウショウボーイよりも下だって、そう思ってるんだ!』
『違う!話を……』
『うるさいうるさい!お姉は負けてなんかない!お姉はトウショウボーイより下なんかじゃない!』
そう言って、キングスはお店から出ていったらしい。お母様はお父様と一緒にその2人のお客さんに謝った後、お店を出た。そして、キングスを探し続けた。
しかし、キングスは一向に見つからなかった。校内放送などで呼びかけもしたが、見つけた人はいなかったらしい。聖蹄祭も終わりそうになっても見つからなかったため、たまらずボクのトレーナーに電話をかけたそうだ。
『もしもし、神藤さん!キンが……、キンが……ッ!』
そして、現在に至る。すでに日は沈んでいる。連絡が来ないということはまだ見つかっていないらしい。ボクは落ち着かなかった。もしキングスが何かあったら……、大事な妹に何かあったら……と思うと背筋が凍りそうな思いになる。
長い時間が経ったように感じられたが、トレセン学園に無事に着いた。正門にはお母様が立っている。ボクは慌ててお母様のもとに駆けつけた。
「お母様!キングスは!?」
「テン!……まだ、見つかってないわ」
お母様によると、お父様は商店街の方に聞き込みに向かったらしい。もしかしたら学内にはいないのかもしれないと思ったそうだ。
後ろからトレーナーと先輩たちが遅れてやってくる。お母様から一通りの事情を説明された後、それぞれ役割を分担することにした。
「俺とテスコガビーは寮長に事情を説明してこよう。もし帰ってきたら連絡を入れてもらえるように頼んでみる」
「わわわ、私はハダルのみんなにあたってみます!なな、何か知ってるかもしれないので!」
「寮長に連絡を入れた後、私と神藤さんは校舎内を探す。テンポイントとカブラヤオーはそれぞれ学園周辺を探してくれ」
「分かりました、テスコガビー先輩!」
そんな時、お母様が目から涙を流して後悔するように話始めた。
「私のせいだわ……ッ!あの時私が黙ってしまったから……ッ!キンに何かあったら私……私ッ!」
そんなお母様の様子を見てテスコガビー先輩が背中を優しくさすりながら告げる。
「ご安心ください。キングスポイントは、我々が必ず見つけ出してみせます」
「……はい」
「よし、じゃあみんな!キングスを必ず見つけ出すぞ!」
「「「はい!」」」
トレーナーの言葉にみんなが気合を入れるように声を上げる。しかし、それはボクたちだけじゃなかった。声のした方に視線を向けると、そこにはキングスの友人たちが立っていた。
「ウチらも手伝います!」
「寮長からもちゃんと許可はもらいました!」
「友達がいなくなったのに、ジッとなんてしていられません!」
「さぁ!キングスちゃんを探しましょう!」
正直ありがたい申し出だった。探す人数は多ければ多いほどいい。彼女たちの行動にボクは胸が熱くなった。
そして、彼女たちとはまた別の方向から声を掛けられた。
「「俺たちも探すよ!」」
2人の男性が立っていた。その顔には見覚えがない。しかし、お母様には見覚えがあったらしい。驚いたような表情をしていた。
「あなた方は……!先程の……!」
どうやら、この人たちが件の人たちらしい。その人たちはバツが悪そうに頬を掻きながら告げる。
「あの子がいなくなっちゃったのは、俺たちの会話が原因なんだろ?」
「だったら、ここで無視して帰るわけにはいかないって思ってさ……。だから俺たちも探すよ!そのキングスポイントって子!」
「……ッ、ありがとうございます!」
お母様はそう言って頭を下げた。ボクも頭を下げる。
ある程度話が纏まったところで、トレーナーが全員との連絡先を交換した後、言葉を発する。
「よし!じゃあさっそくキングスを探すぞ!見つかったら連絡を入れてくれ!」
「「「はい(おう)!」」」
こうして、いなくなったキングスの大捜索が始まった。みんなそれぞれ割り当てられた場所を探し始める。ボクたち学生組は学内、トレーナー以外の大人たちは学外を探すことになった。
お母様が言うには、校内はほとんど探し終わったらしい。練習場の方も見てみたが、そこにはいなかったとのことだ。だが、もしかしたら漏れがあるかもしれないということで一度探した場所も探すことになった。
探し始めて小一時間が経過する。ボクは焦る気持ちを何とか抑えながら、キングスがどこに行ったかを考える。
「校舎にもおらんくて、屋上にもおらん……。となると、学外に行ったんか?」
だが、それも少し考えにくかった。もし学外に行ったのだとすれば守衛が目撃しているはずである。だが守衛の人はキングスらしきウマ娘は見なかったと言っていた。もし交代の合間に学外に出たのであればどうしようもないのだが、ボクにはどうしてもキングスが学外に行ったように思えなかった。姉としての勘というやつだろうか?
それに、キングスはあまり遠出をするような子でもない。ボクの応援のために県外のレース場に行くことぐらいはあるがそれだけだ。だから、ボクはキングスは学内にいるんじゃないかと睨んでいる。
だとすれば、どこにいるかだ。ボクは必死に考える。屋上は重点的に探したと連絡が来たからここは除外する。校舎の中で隠れられそうな場所も粗方探し終わっている。練習場にも人員を割いてくまなく探したと言っていた。
練習場のことが頭に浮かんだ瞬間、ボクは1つだけ心当たりが出てきた。練習場にはいなかった。だが、その周辺にはある場所があったはずだ。キングスが知っていて、尚且つ今回の聖蹄祭だからこそ誰にも見つからないであろう場所。たった一つだけ心当たりがあった。
「一つだけある……!キングスが隠れられそうな場所……!」
ボクはそこに足を運んだ。
ボクが向かったのは練習場……ではなく、その近くにあるプレハブ小屋。持ち主がいないので閉まっているはずなのだが、それでもボクはドアノブを回す。案の定カギがかかっており開かなかった。しかし、中から物音がする。ボクは緊張しながらも声を掛けた。
「キングス?ここにおるんやろ?ボクや」
少しの沈黙。その後、中からカギが開ける音が聞こえた。扉を開いて中にいたであろう人物が顔を覗かせる。
「……お姉?」
「せやで。中に入ってもええか?」
「……」
キングスは何も言わなかったが、カギを閉めることなく中に入っていった。ボクも続いて中に入る。トレーナー室の中は机の上に置いてあるスタンドライトしか点けられていなかった。ボクはカギを閉めてソファに座っているキングスの隣に座る。
お互いに何も喋らずに沈黙が訪れる。先に口を開いたのはキングスの方だった。
「……お姉は合宿中じゃなかったの?」
「大好きな妹がおらんくなったって連絡があったんや。飛んで帰ってきたで」
「……どうしてここが分かったし?」
「ボクはキングスのお姉やで?どこにおるかなんてお見通しや」
実際のところは、ここは捜索場所から真っ先に除外されていると思っていたからである。持ち主であるボクのトレーナーは合宿で不在なので、誰も入ることはできない。だからこそ、探そうとも思わなかっただろう。キングスもそう考えた上でここに逃げ込んだはずだ。
だからこそ、疑問が1つだけある。ボクはキングスにそのことを質問した。
「やけどキングス、どうやってここに入ったんや?」
「……ここのカギ、合宿行く前にアイツから預けられてたし。だから入ることができたし」
どうやらトレーナーはキングスにカギを渡していたらしい。真意は不明だが、どうやってここに入ったのかという疑問が氷解した。
その後、また沈黙が訪れる。その沈黙を破ってボクはキングスに話しかける。
「お母様から聞いたで?今回のこと」
「……お姉も怒ってる?」
「う~ん、怒ってる……っちゅうよりなんでそんなことしたんや?って気持ちの方が強いで。いつもやったらここまではいかんやろ?」
確かにキングスは時々暴走するが、今回のようなことは滅多にない。だから疑問だった。どうして今回はここまで引き下がらなかったのか。
するとキングスはポツポツと退かなかった原因を話始める。
「……最近のお姉、いろんなとこでずっとバカにされてたし。雑誌を見ても、テレビを見てもお姉は終わったとかトウショウボーイより弱いとか、色々と言われてたし」
「……そっか」
「だから、鬱憤だけずっと溜まっていったし。それが、あの時爆発しちゃって……。気づいた時にはもう止まらなかったし」
「今は、後悔しとる?」
「……」
キングスは何も言わない。けれど、心の中では後悔しているのだろう。スタンドライトに照らされて見えた表情は沈痛な面持ちを浮かべていた。
すると、突然キングスはこちらに訴えかけるようにまくし立ててきた。
「お姉は、お姉は最強だよね!トウショウボーイなんかより、ずっと強いよね!?」
「……」
「お姉は昔からずっと強かったもん!だから、だから……!トウショウボーイなんかに負けないよね!?」
キングスは悲痛な表情を浮かべてそう言ってきた。その目には少し涙が見える。ボクは何も言わずにただキングスを見据える。
少しの沈黙の後、ボクは口を開いた。
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