聖蹄祭が終わってから時は流れ今は10月、次のレースを3日後に控えているということでボクは合宿最後の調整を行っていた。
場所は併走トレーニングで利用しているグラウンド。そこで本番のレースを想定した追い切りをしている。レースの人数は14人、距離は2400m。今回一緒に走っている子たちはクラシック級やシニア級で走っている子たちだ。重賞を勝っている子もいるため、レベルも高い。
その中でボクはスタートから先頭で走り続けている。すでに第3コーナーと第4コーナーの中間まできているが、ずっと先頭をキープしている。ここまでボクの2バ身後ろをずっとキープしていた子がいるが、その子はやがてスタミナが切れたのか少しずつ下がっていった。
「む、む~りぃ~!」
「……ッ!」
その子が落ちていったタイミングでボクはスパートをかける。ずっと先頭で逃げてはいたが、途中ペースを変えたりして脚は十分に残してあった。スタミナもある。最後の直線に入ってボクは一気に加速した。後ろからは一緒に走っている子たちの驚いたような声が聞こえる。
「嘘ッ!?」
「追いつけないって~っ!」
そんな言葉を聞きながらボクは加速していく。そして、後続に大差をつけてゴールした。ゴールして息を整えていると、一緒に走っていた子たちが続々とゴールしてくる。みんな息も絶え絶えだ。肩で息をしている。
全員ゴールし終わったタイミングで、トレーナーがクーラーボックスを持ってこちらに近づいてきた。
「みんなお疲れ様!飲み物とタオルを用意したから各自ゆっくり休憩を取ってくれ!」
「「「はーい!」」」
トレーナーの言葉にみんな一斉に休憩を取り始めた。先程レースで火花散らしていた相手とは思えないほどに和気藹々とした雰囲気が流れている。
ボクも休憩を取っていると、トレーナーが労いの言葉をくれた。
「お疲れ様、テンポイント。なんとかモノにできたな」
「あんがとトレーナー。せやな、何とか本番前にモノにできたわ」
トレーナーからの労いの言葉にボクは感謝の言葉を返しつつ、今回の併走を振り返る。
今回のレース、我ながら手ごたえは十分、会心の出来だといえるくらいには完璧だった。終始冷静に展開することができ、今回のレースで自分なりの逃げを完全に確立することができたと言ってもいいだろう。合宿が始まる前は不安だったが、新しい戦法をモノにできたことにボクは歓喜する。
歓喜に震えているボクに今回一緒に走った子が話しかけてきた。しかし、その表情はどこか不安げであり、落ち着かなさそうにしている。
「あ、あの。お疲れ様ですテンポイントさん」
「お疲れ様です。今日はおおきにです、ボクとの併走受けてくださって」
「いえ!とんでもないです!むしろ私たちの方こそありがたいっていうか……ッ!」
そういうと、今度は落ち込みだした。
「本当に私たちなんかで練習になったのかなーって思うと、少し不安で……」
どうやら、ボクが満足のいく練習ができなかったんじゃないだろうかと不安になっていたらしい。その子の言葉にボクは答える。
「何言うとるんですか。むしろありがたい限りです、皆さんお忙しい中ボクとの併走を受けてくれて!ここまで遠かったんやないです?」
「ま、まあ確かにちょっと遠かったですけど」
「やったら、お礼を言うんはボクの方です!わざわざご足労頂いて、ホンマおおきにです!」
ボクは笑顔を浮かべてそう言った。すると、
「はぅあっ!」
その子は急にのけ反ったかと思うとフラフラとし始めた。レースの疲れが出たのだろうか?ボクは心配して声を掛ける。
「あ、あの!大丈夫ですか!?」
「え、ええ!大丈夫です!ちょっと疲れが残ってたみたいで!それじゃあ私はこれで!」
そう言って、その子は足早に去っていった。やはりレースでの疲れが残っていたらしい。心配だが、足早に去っていったということは体力が空ということはないだろう。なら、万が一は起こらないはずだ。ボクはそう結論づける。
しかし、なにやら先程の子を含めて数人のウマ娘で固まって何やら話している。ボクは聞き耳を立てた。
「……ヤバいって!私テンポイントさんのファンになっちゃいそう……!……」
「……今からでも遅くないよ。こっちに落ちちゃいなよ?……」
「……そうそう、みんな歓迎するよ?あなたもこっちにおいで?……」
……よく分からないが、この会話をこれ以上聞くのは止めた方がいいだろう。ボクはその会話を聞くのを止めた。
今日はこの併走で終わりなので、他の子たちはみな自分たちのトレーナーと一緒に帰っていった。グラウンドにはボクとトレーナーだけが残る。
「俺たちも旅館に戻るか。明日の朝には旅館を発つからしっかりと準備しとけよ?」
「了解や」
そしてボク達も旅館に戻ることにした。
旅館に帰ってきて、ボクは自分の部屋で暇を持て余していた。
「う~ん、暇や……。何もすることがあらへん」
課題は全て終わらせてある。復習もすでに終わった。帰り支度も今日できる分は終わらせている。週末にはレースが控えているということもあり、あまり練習するのも良くない。本当に何もすることがなかった。
何もすることがなかったので、とりあえず旅館の中でも見て回ろうと思ったボクはあてもなく歩いていた。すると、背後から声を掛けられる。
「あらまあ、テンポイント様。どうかされましたか?」
ボクに声を掛けてきたのは壮年の女性だ。その顔には見覚えがある。この旅館の女将さんだ。ボクは姿勢を正して挨拶をする。
「こんにちは、女将さん。いえ、トレーナーに暇をもろうたのはええんですけど、なんもすることがなくて……」
苦笑いを浮かべながらそう答える。すると女将さんは笑みを浮かべてボクに提案してきた。
「だったら!テンポイント様にお見せしたいものがあるんですよ!ちょっと私に着いてきてくださりますか?」
「ホンマですか?やったら、是非」
そう言ってボクは女将さんに連れられて旅館の中を進んでいく。
女将さんに連れられてきたのは客間とは違う、どちらかといえば書斎のような部屋だった。女将さんは座布団を2人分出しながらボクに座るように促した。ボクは座布団の上に座る。
女将さんは何かを探すように部屋の中を探し回ると、やがて目当てのものを見つけたのか、
「あぁ、あった!良かった、ちゃんと取ってあったわ!」
といって、座布団の上へと腰を下ろした。そして、探していたものをボクに差し出してくる。一言断ってから中身を確認すると、それはアルバムのようだった。
とある家族のアルバムのようだが、ボクはその家族の男性の顔にどことなく見覚えがあった。一体誰だろうか?と考えていると女将さんが笑みを浮かべながら答えを告げる。
「それ、誠司ちゃんがまだ小さい頃の写真のアルバムなんですよ。確か……高校生ぐらいまでだったかしら?」
「え!?そうなんですか!?」
ボクは女将さんの言葉に驚きながらアルバムのページを捲っていく。すると、高校生ぐらいの写真にもなると今のトレーナーと姿がそう変わらない写真が収められていた。ボクは興奮を抑えきれないといった感じでページを捲っていく。アルバムの中に写っているトレーナーはどれも多くの人に囲まれていた。
そこからいくらか時間が経ち、アルバムを見終わったので女将さんにお礼を言って返却する。
「おおきにです女将さん」
「いいんですよ。それに、あんなに楽しそうに見てくれたんですからお見せした甲斐があったというものです」
女将さんの言葉にボクは照れくさくなって目を逸らす。少し焦りながらボクは女将さんに質問した。
「お、女将さんは!トレーナーのことよく知っとるんですか?」
「えぇ勿論。あの子が赤ちゃんの頃から知っているわ」
女将さんの言葉にボクは興味津々になる。自分の耳と尻尾が忙しなく動いているのを感じた。女将さんもそれが分かっているのか笑みを浮かべながらボクに問いかける。
「聞きたいかしら?誠司ちゃんの小さい頃の話?」
「それは勿論!是非聞きたいです!」
女将さんの言葉にボクは即答した。
その後は書斎でボクは女将さんの話をずっと聞いていた。いつの間にか窓の外が夕焼けに染まっている。途中お仕事は大丈夫なのだろうか?と思い質問したが、
『大丈夫よ。私本当は今日お休みだもの』
と答えた。休みでも浴衣を着て旅館に来ているあたり仕事人間なのかもしれない。
女将さんは楽しそうに喋り続けている。
「それでね?あの子ったら自分が父親の枕元に大きな音が鳴る目覚まし時計をセットしたのにそれを人の、しかも自分のお兄ちゃんのせいにしたのよ?まあすぐにバレて父親にこっぴどく叱られたけど。旅館の木に逆さづりにされていたわ」
「アハハ!それはおもろいですね!」
ボクは女将さんの話を笑いながら聞いていた。どうやらトレーナーは小さい頃は相当やんちゃだったらしい。悪戯しては兄のせいにしてはすぐにバレて父親に怒られる。反省したかと思ったらまたすぐに違う悪戯を決行する。そんなことを繰り返していたそうだ。まあ本当にやってはいけないラインは分かっていたらしく、大事にはならず最後にはみんな笑っていたらしい。
しばらく話していると女将さんは懐かしむような表情を浮かべてボクに話しかける。
「それにしてもあの子が元気そうで何よりでした。急に旅館に3ヶ月ぐらい泊まらせてくれと言われた時には何事かと思いましたが……」
「あ、アハハ。えらい迷惑をおかけしました」
「いいのよ。気にしないで頂戴。それにあの子の祖父には沢山お世話になったんだもの。これくらいお安い御用よ」
「そうなんですか?」
ボクは女将さんにそう聞き返す。すると女将さんは肯定するように頷いた。
「あの子の祖父は昔っから人と人との繋がりを大事にする方だったわ。だからあの人の周りにはいつも沢山の人がいた。アルバムの写真、誠司ちゃんの周りに沢山の人がいるのはそういうことなの。みんなあの人のことを慕っていた人たち。みんなあの人の子供や孫たちを可愛がっていたわ」
「そうだったんですね……」
どうやら、写真に家族以外の人がたくさん写っていたのはそれが理由だったらしい。疑問が1つ氷解した。
女将さんは話を続ける。
「その考えはあの人の息子、誠司ちゃんの父親にも受け継がれ、そして今度は誠司ちゃんたちにも受け継がれているわ」
「その考えって、なんです?」
「人と人との繋がりを大事にしなさい。人に裏切られても人を裏切るような人間にはならないようにしなさい。そして、人を信じ信じられる人でありなさい。それがあの人の教えよ」
「……なるほど」
トレーナーのお爺様はかなりの人格者だったのだろう。女将さんの表情やアルバムに写っている人たちの表情からそれが読み取れる。そして、残した教えからもそれが分かった。
同時に、トレーナーが他人を信頼する理由が分かった気がする。この教えを小さい頃から教えられてきたからだろう。女将さんの話だと、反抗期もなかったらしい。
ボクが教えの言葉を頭の中で反芻させていると、女将さんが手を叩いてボクに話しかけてくる。
「さ、結構時間は潰せたのではないでしょうか?」
「あ、ホンマですね。女将さん、今日はおおきにです!」
「いいのよ。私も久しぶりに楽しかったわ。それじゃ、お部屋まで案内しますね」
そしてボクは女将さんに連れられるまま旅館を歩いていく。
自分の部屋に着いて少ししたら夕食が運ばれてきた。それを食べながら、ボクは今日女将さんから聞いていた話を1つずつ思い出している。どれも面白い話だった。ただ、それよりも自分の知らなかったトレーナーのことを知れたのが嬉しかった。耳も尻尾も上機嫌に動く。
夕食を食べ終わると扉がノックされる。
「俺だ、テンポイント。入るぞ」
「トレーナーか。ええで」
そう言うとトレーナーが部屋に入ってくる。用件を聞くとどうやら週末に控えたレースについてらしい。ボクはトレーナーの言葉を待つ。
「さて、お前のレースは今週末に行われる京都大賞典。注意すべき相手は頭に入っているな?」
「……最重要で警戒するんはホクトボーイ、やろ?」
「そうだ。ただ俺の正直な感想を言わせてもらおう。このレース、貰ったも同然だ」
「……えらい自信やん?」
正直理由は分かっている。それでも一応聞いておこうと思った。
ボクがそう言うとトレーナーは笑みを浮かべて答えた。
「当然だ。唯一の懸念材料だった逃げへのシフトが間に合うかっていう問題はもう解消された。だったらお前が負ける要素はないといっても過言じゃない。まあレースに絶対はないから、油断だけはするなよ?」
「分かっとるよ。油断はせぇへん。去年は負けてもうたからな、今年はキッチリ勝たせてもらうわ」
そう言ってボク達はお互いに拳を突き出して軽く合わせる。最早ルーティーンのようなものだ。まだレースの日ではないが。
トレーナーがボクに告げる。
「さぁ、いよいよ今週末は新しいお前のお披露目だ!観客たちの度肝を抜いてやろうぜ!」
「おう!新しいボクの力、見せてやろうやないか!」
ボク達はそう言って笑いあった。
軽い打ち合わせが終わった後、ボクはトレーナーに楽し気に話しかける。
「せや、聞いたで?トレーナー。昔は結構なやんちゃ坊主やったそうやないか。旅館の木に逆さづりにされたって?」
「……誰から聞いた?その話」
「女将さん」
「……」
トレーナーは苦々しい表情を浮かべている。ボクはそれを楽しみながら続けた。
「ええやんええやん。トレーナーの昔の話とかぎょうさん聞けておもろかったで~?」
「……今度から口封じもしておくか」
そう言っていたが、粗方聞いたのでもう無駄だろう。そのことは黙っておいた。
SSRチケで賢さネイチャを完凸するか他のカードを凸るか悩みどころさん。