京都大賞典が終わってから1週間が経った。学園も休み、練習も休みということで何もすることがなかったボクは暇を持て余していた。
休日の朝から寮の部屋で携帯を弄っているのもどうかと思ったボクは、ふと今日はボーイのレースがあることを思い出す。発走は14時、加えて中山レース場での開催ということもあり、今から出れば間に合うだろう。
「トレーナーも見に行く言うてたから一緒に出ればよかったわ」
ボクはそうボヤくが、まあ会場で合流でもすればいいだろう。ボクは着替えて外に出る準備をする。外出用の洋服に着替える。バッグの中を見て貴重品が入ってることを確認したボクは出かけることにした。
学園を出て、駅に向かっている道中見知った顔を見かけた。カイザーである。ボクは声をかけた。
「カイザーやん、おはようさん。奇遇やな」
ボクの挨拶に気づいたのか、向こうも挨拶を返してくる。
「おはようございます、テンポイントさん。本当に奇遇ですね。テンポイントさんはお出かけですか?」
「ん。ボーイのレースでも見に行こ思うてな。カイザーも一緒に行かへんか?」
ボクの誘いにカイザーは一瞬暗い表情をする。しかしすぐに元の表情へと戻り、
「すいません、せっかくのお誘いはありがたいんですけど遠慮しておきます」
と申し訳なさそうな笑みを浮かべて断った。
……普段ならば、都合が悪かったんだと思いそのまま行こうとしただろう。だが、一瞬見せた暗い表情から何かあると思ったボクは、そのまま別れようとは思わなかった。
ボクはカイザーに問いかける。
「カイザー、今日は暇やったりするん?」
「え、えぇ。まあ1日中暇ですけど……」
カイザーは戸惑いながらそう答えた。ならばとボクはカイザーに提案する。
「やったら、こんままボクと遊ばへんか?」
「え?でもボーイさんのレースを見に行くのでは……?次のレースの対策を立てるために見に行こうとしてたんですよね?でしたら、見に行った方がいいんじゃ……」
「トレーナーがレース見に行っとるからそこは問題ないで。ちゃんとレースの映像は撮ってくれてるやろ。ホンマにやることなかったから見に行こ思うてただけやし」
レースの映像を撮るからということで今日は同行しなかった。それに、カイザーが一瞬だけ見せた暗い表情が気になる。1日中暇なのにレースを見に行くのを断ったのと関係があるだろう。問い詰める、ような真似はしないがもしかしたら理由が聞けたりするかもしれない。
だが、興味よりも純粋にカイザーが心配だという気持ちの方が上だ。カイザーが実技の授業の時も時折苦しそうな表情を浮かべていたことを思い出す。アレは疲れといったものではない、何か別なものだとボクは感じていた。しかし、授業後にそのことを問い詰めてものらりくらりと躱されていた。余程話したくないのだろう。曖昧な返事を返すだけだった。
友達が何かの事情で苦しんでいるかもしれない。そう考えるとこのまま放ってはおけない。相談してくれるかは分からないが、少しでも気分が軽くなってくれたらそれでいい。だから、ボクはカイザーを遊びに誘う。
カイザーは少し悩んだ後、答えを出す。
「そうですね……。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、一緒に遊びましょう!テンポイントさん!」
元気よくそう答えた。それにボクは笑顔で答える。
「よっしゃ!やったら何して遊ぼか?」
「このままここにいるのもなんですし、まずはショッピングモールに行きましょう。そこで考えましょうか」
「了解や。やったら、ショッピングモールにしゅっぱ~つ!」
「おー!」
ボク達は手を突き上げて、ショッピングモールへと歩みを進める。ボーイのレース観戦は急遽取り止めて、カイザーと遊ぶことになった。
ショッピングモールに着いてボク達がまずしたことはゲームセンターに寄ることだった。ボクはクレーンゲームでぱかプチを取ろうとする。
「よしよし、こんままこんまま……ッ!ッし!」
「わぁ!上手ですねテンポイントさん!」
無事に取ることができた。ぱかプチは様々な種類があるが、ボクが取ったのはハイセイコー先輩のぱかプチである。競争率が高く、こうして出回っているのはレアなので思わず取った。そのままボクは次のぱかプチに狙いを定める。
「さてさて、次はどれを取ったろうかな~?」
その時、カイザーのぱかプチが目に入る。決めた、次はこれにしよう。ボクはカイザーのぱかプチに狙いを決める。
お金を入れてしっかりと狙いをつける。いつやってもぱかプチを狙うこの時間は緊張する。しっかりとカイザーのぱかプチにアームを合わせる。
「よしよし……ッ!ここや!」
ボクはアームが丁度ぱかプチの頭の上に来た瞬間を狙って降下のボタンを押す。そのままアームはゆっくりと下がっていき、カイザーのぱかプチをしっかりと掴んだ。
そのままアームが上がっていく。すると、カイザーのぱかプチが持ち上がるのと同時に他のぱかプチも持ち上がった。ボクのやつである。思わずテンションが上がってしまった。
「おっしゃ!そんままいけ!」
興奮を抑えきれないでいると、下のぱかプチが揺れる。もしや落ちてしまうのでは?と一瞬不安になったが、何とかそのまま取り出し口の穴まで持ちこたえてた。ボクは景品取り出し口に手を入れてぱかプチを手に入れる。
カイザーに自慢するように見せた。
「どや、カイザー!また取ったで!」
「すごいすごい!テンポイントさん本当にお上手ですね!」
カイザーはボクに拍手していた。小さい頃からキングスにねだられて鍛えられた甲斐があった。
ボクはカイザーに今取ったぱかプチを渡す。
「じゃ、これはカイザーにやるわ」
「え?いいんですか?」
カイザーは目を丸くしていた。ボクはカイザーの言葉に答える。
「ええよ。それにボクとカイザーのぱかプチがこうして一緒に取れたんや。偶然にしてはおもろいやん?やからカイザーにプレゼントや」
「そうですね……。でしたら、ありがたく頂きます!」
カイザーは笑顔を浮かべながらそう言った。ボクもつられて笑顔になる。その後、お昼までゲーセンで時間を潰した。
ゲーセンでそれなりに時間を潰したので昼食を取った後、次は何をしようかという話になった。するとカイザーから提案される。
「せっかくなので、映画を見に行きませんか?」
「映画かぁ。今何やっとるん?」
ボクの質問にカイザーが目を輝かせながら答える。
「よくぞ聞いてくれました!なんと、今これをやってるんですよ!」
そう言ってボクに携帯を見せつけてきた。突然のテンションの上りように驚きながらもボクは見せてきたネットの記事を見る。そこには、
【コングVSメガロシャーク!海外で話題を呼んだあの作品がついに日本で初上映!】
と書かれた記事とともにその映画のポスターの画像がある。ただ、そのポスターを見た瞬間ボクは色々と察した。
(B級どころかZ級の匂いがするでこれ……)
まず、映画のタイトルからして意味が分からない。なんだメガロシャークって。そしてなんでゴリラとサメっぽいなにかが戦う必要があるのか?あらすじを流し見してもよく分からない。何から何まで意味が分からなかった。
しかし、カイザーは喜々としてこの映画を見ようとしている。もし、ここで見たくないと言ってしまったらカイザーは落ち込むこと間違いなしだ。ならばと、ボクは腹を決める。この映画を見ることにした。
ボクはカイザーに覚悟を決めて質問する。
「カイザー、こん映画そんなに楽しみなんか?」
するとカイザーは上機嫌に答えた。とびっきりの笑顔で。
「はい!本当は今日これを見に来る予定だったんですよ!日本で上映されると聞いてからもう楽しみで楽しみで!」
……ボクにこの笑顔を曇らせることは無理だ。もう、見るしかない。
「そ、そうなんか。やったら、それにしよか」
「はい!テンポイントさんもこの機会にぜひハマりましょう!この世界に!」
多分一生ハマることはないと思う。そう思いつつもチケットを買ってシアターへと入っていった。中に入ってみると、案の定ガラガラである。海外で話題を呼んだとは一体何だったのか。
程なくして上映が始まる。上映時間はどうやら1時間ほどらしい。
物語が始まって5分ほどでボクはギブアップしそうになった。しかし、隣のカイザーはウキウキ気分である。微笑ましいと思いながらも心の中で愚痴る。
(ボク、無事でいられるやろうか?)
……結果だけ言うと、妙に面白かったのが腹立たしかった。
「いやぁ!面白かったですね、テンポイントさん!」
「……せやね」
カイザーが映画の感想を喜々として話しながらボク達はショッピングモールを出て外を歩いている。映画を見てからというもの、カイザーのテンションは高いままだった。そのことは嬉しいのだが、まさかカイザーの趣味が映画鑑賞だとは思わなかった。その映画はアレだが。
まだ日が昇っており、寮の門限まで全然時間があるということでどこかでゆっくりと話すことにしたボク達はあてもなく歩いている。すると広場を見つけたのでそこで時間を潰すことにした。
ボク達はベンチに腰を掛ける。少しの間、静寂が訪れた。その静寂を破るようにカイザーがボクに話しかけてくる。
「テンポイントさん、今日はありがとうございました。色々と」
「気にせんでええよ。こうしてカイザーと遊ぶんも随分久しぶりやったし」
「そうですね。普段はボーイさんたちもいますから私たち2人だけってなると本当に久しぶりです」
カイザーは懐かしむように天を仰ぐ。その後、すぐに表情に陰を落とした。朝ボクがレースを見に行こうといった時に見せた表情である。
答えてくれるかは分からない。けれど、ボクは質問した。何も聞かないよりはマシだと思ったから。
「カイザー、なんかあったんか?朝もレース見に行こ誘った時におんなじ表情しとったで」
「……」
カイザーは口をつぐんで俯いた。言いたくないのだろう。ボクは言葉を続ける。
「まあ、言いたくないんやったらそれでもええで。やけど、ボクでよければいつでも相談に乗る。それだけは覚えといてくれ」
「……テンポイントさん」
俯いていた顔を上げてカイザーがボクを見る。ボクは笑みを浮かべてカイザーを見る。すると、カイザーもつられたのかぎこちなくも笑顔を浮かべる。
そして、覚悟を決めたのかよしっ、と呟いた後ボクに話始める。
「……実は、ボーイさんのレースを見に行きたくなかったんです。映画があるとか、関係なしに」
「……なんでや?」
そう返すと、カイザーはまた口をつぐんだ。しかし、意を決してボクの言葉に答える。
「……皆さんを見ていると、辛いからです。レースで走ることを諦めようとしているのに、皆さんのレースを見るたびに一緒に走ってみたいという衝動に駆られてしまう。それを、テンポイントさんの京都大賞典を見た時に強く感じました」
ボクはカイザーの言葉を黙って聞く。
「もう高い壁に挑むのは止めたのに、届かないから諦めたのに。そのはずなのに、皆さんのレースを見ると一緒に走りたい、競いたいって気持ちが湧いてきてしまうんです。私は、それが辛いんです。だから、その気持ちを抑えるためにボーイさんのレースを見に行くことを拒んだんです。見たらきっと、京都大賞典の時のような気持ちが湧き上がってしまうから」
カイザーは、本当に辛そうな、我慢しているような表情を浮かべていた。友達のそんな表情を見るとボクは悲しくなった。
その気持ちを抱きながらボクは、カイザーに気になることを質問する。
「……カイザー。1つ、ええやろうか?」
「……はい」
「諦めたんは、宝塚ん時か?」
思い当たるレースといえば1つしかない。あの宝塚記念だ。カイザーも、死に物狂いで練習して勝利を掴み取りに来ていた。だが、結果は……。
カイザーはボクの言葉に肯定する。
「……そうですね。あの宝塚記念で、それまで何とかなるって思ってた気持ちは、きれいさっぱり無くなっちゃいました」
そう言ってカイザーは笑った。しかし、その笑みは痛々しかった。
カイザーは言葉を続ける。
「あんなに必死になって、誰かに止められても止めないで、必死に、必死に頑張って……。それでも届かなくて……。宝塚記念で脚を故障して、私の中で何かが崩れました」
「……」
一緒だ、ボクと。世間の評価を覆すために必死で練習して、ボーイに勝つために努力して、それでも届かなかったボクと。細かい理由は違えど、ボクと同じようにカイザーは宝塚記念で折れてしまったのだろう。
沈黙しているボクにカイザーはそのまま話を続けた。
「グラスさんには言ったんですけど、もうレースで走るのを辞めようと思ってハダルも退部したんです」
「……それは初耳やな」
もしや、宝塚記念が終わってそこまで時が経っていない時に辞めたのだろうか?ボクが宝塚記念から1週間ぶりに登校した時の朝の会話を思い出す。あの時カイザーに脚の怪我の具合について聞いたら、
『まあ、私の方はしばらくかかりそうですけど大丈夫です』
と言った時に、表情に陰りがあった。あの時は、グラスに視線で止められたので詳しくは聞かなかったが、もう辞めていたのかもしれない。
カイザーは笑みを浮かべてこう言った。
「今日はありがとうございました、テンポイントさん。本当に楽しかったです。最後に変な話聞かせちゃってごめんなさい。この話は、聞かなかったことにしてください」
そのまま立ち去ろうとする。ボクは立ち去ろうとするカイザーの腕を離さないようにしっかりと掴んだ。
「まあ待ちや、カイザー。まだ時間はある。今度はボクの話を聞いてもらおうやないか」
カイザーは不思議そうな表情を浮かべる。そんなカイザーを尻目にボクは話を始めた。
諦めようとしている友達に何を語るか?