授業が終わって放課後、先日がレースだったということでオレは休みを言い渡されている。しかし、困ったことに何もやることがない。テンさん、グラス、カイザーも自分たちのレースがあるだろうから忙しいはず。1人で家に帰っても何もすることがない。コッソリ自主練でもしようかと思ったが、そんなことをしたらおハナさんに大目玉を食らうことは間違いない。もう怒られるのは勘弁だ。
何かないかと考えていると、前を歩いているクインが目に入った。オレは声を掛ける。
「お~い、クイン!奇遇だな!」
「ト、トウショウボーイ様!?ど、どうされたのですか?」
「いや、クインがいるのが目に入ったからさ。そうだ!クインってこの後暇だったりする?」
クインは少し考えた後、答える。
「そうですね……。目黒記念を控えてはいますが、今日の練習はお休みを頂いています。ショッピングモールで新しい靴を買おうかと。それがどうかされましたか?」
「じゃあさじゃあさ!それにオレもついていっていいか?練習休みでやることなくてさー」
「それは構いませんが……ッ!」
同行の許可を貰えたと思ったら、急にクインの顔が真っ赤になった。一体どうしたのだろうか?何か小声でボソボソと言っている。
「もしや、これは…トという…では!?落ち着き…私、冷静に…トウショウボーイ様に…ように!」
詳しくは聞き取れないが、オレの名前を言ってるのは分かった。とにかく、いまだに顔を真っ赤にしているクインを心配するように声を掛ける。
「な、なぁクイン。大丈夫か?顔真っ赤だし、体調悪いなら……」
しかし、最後まで言い終えることなくオレの言葉をクインは遮り食い気味に答える。
「大丈夫です!全っ然、大丈夫です!では、早速向かいましょう!トウショウボーイ様!」
「お、おう。まあクインが大丈夫って言うならいいけど」
クインの言葉に気圧されながらも、許可を貰えたということでオレとクインはショッピングモールへと一緒に行くことになった。道中、クインは終始機嫌が良く、
「フフッ、トウショウボーイ様とデート……、トウショウボーイ様とデート……ッ!」
と、呟いていた。デート?
ショッピングモールに着いて、足早に靴屋へと向かい、無事にクインの靴を購入することができた。なのに、クインはどこか浮かない表情をしている。
「あぁ……、せっかくのデートがこんなに早く終わってしまうなんて……」
そんなことを呟いていた。デート、なのかはよく分からないが、オレはここで解散する気はサラサラなかった。オレはクインに提案する。
「なぁクイン、時間はまだたっぷりあるからさ、どっか見て回ろうぜ!」
オレの提案に、クインは首肯した。
「は、はい!是非、是非お願いします!」
食い気味である。そんなにショッピングモールを見て回るのが楽しみなのだろうか?疑問に思いながらもオレはクインを連れて色々なところを回ることにした。
時には洋服を試着したり、
「なぁクイン!この服どうよ?似合ってるか?」
「とてもよくお似合いです!トウショウボーイ様の凛々しさが増していますわ!」
時にはゲーセンでクレーンゲームに挑戦したり、
「よーしよし、このまま無事ぱかプチを……って、あぁ!?」
「落ちてしまいましたね……」
「くっそー、テンさんは滅茶苦茶上手なのになー。今度教えてもらおうかな……?」
映画のシアター前を訪れたり、
「さすがに映画を見る時間はありませんね……」
「だなー。ま、今度また見に来ればいいだろ!」
「そ、それは次のデートのお誘い……ッ!」
「みんなで!」
「……あぁ、そうですね……」
「えっ?ダメだったか?」
ショッピングモールで楽しく過ごした。
色々な場所を見て回ったのでクインが歩き疲れたと思ったオレは喫茶店で休憩を取ることにした。クインと一緒に店内へと入る。
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」
「はい、2名でお願いします!」
「かしこまりました。それではこちらの席へどうぞ」
店員さんに席へと案内され、メニュー表を見て注文を決める。待っている間、オレは今日の買い物のことをクインに話す。
「いやー!楽しかったなクイン!」
「フフッ、そうですね。私も楽しかったですトウショウボーイ様」
「やっぱ、クインと一緒にいるとテンさんたちとは別の楽しさがあるな!テンさんたちとはレースでバッチバチにやり合うのが合ってるんだけど、クインとは何ていうか……こう……とにかく一緒にいると落ち着くし楽しい!なんて言うんだろうなコレ……」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
クインはそう言ってお冷を飲む。相変わらず所作の1つ1つに気品を感じる。テンさんもそうだがクインもなんていうかお嬢様っぽい。
そう考えていると、先程の疑問に答えが出た。オレは答えが出たことを嬉しく思いながらクインに伝える。
「分かった!クインと一緒にいると家族みたいな感じがするんだ!」
「ぶーっ!?」
オレがそう言ったら急にクインが飲んでいるお冷を噴き出した。驚きながらもクインに声を掛ける。
「ど、どうしたクイン!?オレなんか変なこと言ったか!?」
「い、いえ、大丈夫です、トウショウボーイ様。ただちょっと驚いてしまっただけなので」
「え?な、なんで?」
「大丈夫ですので!」
クインからそう強く言われたのでオレは渋々引き下がる。そんなに変なこと言っただろうか?
すると、クインから話を振られた。
「そういえば、以前トウショウボーイ様はレースで走るみんながライバルと言った旨の発言をしていましたよね?」
「ん?そうだな。一緒に走ったらそれはもう友達でライバルだ!」
それがオレのレースでのスタンスだ。一緒に走ったら友達でライバル。勝ったら嬉しい。負けたら悔しいから次は負けないように頑張る。そうやってオレはずっと走ってきた。
クインはさらに続けて質問する。
「ですが、トウショウボーイ様は特にテンポイント様を意識していらっしゃいますよね?」
「あぁ~、確かにそうだな」
オレはレースで走るみんなを友達でライバルだと思っている。ライバルには負けたくないと思うのは当然。だが、その中で特に負けたくない相手が1人だけいた。それがテンさんである。
「それはどうしてでしょうか?トウショウボーイ様は、なぜテンポイント様をそこまで意識するのでしょうか?」
「う~ん……」
クインの質問にオレは悩む。するとクインは慌てた様子で弁明してきた。
「気を悪くしたのであれば申し訳ありません。ですが、どうしても気になってしまって……」
「いや、気にしなくてもいいぜ。ちょっと思い出してただけだから」
「そうなのですか?」
「あぁ。で、テンさんを意識する理由なんだけど……。ちょっと長くなるけどいいか?」
「大丈夫です。是非、お聞かせください。トウショウボーイ様」
クインの言葉を聞いてオレは話すことにした。テンさんを意識する理由。それは入学時までさかのぼる。
テンさんを初めて見たのは入学式が終わってから自分たちのクラスに入室した時。テンさんの席はオレの隣だったからその第一印象は今でもよく憶えている。
最初見た時、お人形さんみたいな子だと思った。端正な顔に金色の長い髪、触れたら折れてしまいそうなほどに細い手足。小さい身体にスレンダーな肉体。気品を感じさせる雰囲気。ガタイが良く身長も高い、全体的に筋肉質な自分とは正反対だと思った。オレは内心、
(スッゲー奇麗な子だな……)
と思った。
そこからホームルームで自己紹介が進んでいきオレの番になる。オレは元気よく返事をして自己紹介をした。
『オレはトウショウボーイ!好きなのは走ることと人の笑顔!後困ってる人は見過ごせないから趣味は人助け!みんなよろしくな!』
オレの自己紹介に一部笑っている子もいた。受けが良かったとオレは内心安堵していた。自分の席に座ろうとすると、テンさんがこちらを不思議そうな目で見ていたからオレは笑顔を浮かべて挨拶をすることにした。
『これからよろしくな!』
『あ、あぁ、うん。よろしゅう』
そのまま自己紹介は滞りなく進み、ホームルームが終わる。帰ろうとしているテンさんに改めて自己紹介をしてその場は別れた。これがオレとテンさんのファーストコンタクトである。ただ、この時点ではテンさんをライバルとしてここまで意識するとは思ってもみなかった。
テンさんをライバルとして本格的に意識しだしたのは、最初のレース実技の授業である。オレは自分のストレッチをしながら走っているクラスメイト達を見ていた。
(やっぱスゲェなトレセン学園は!みんなレベルが高いぜ!)
そんなことを考えていたら、テンさんの出番がやってきた。オレがまず思ったのは不安。本当にあの身体で走れるのだろうか?と、そう思っていた。
(大丈夫なのかな?テンさん華奢だし、下手したら……)
だが、そんな心配はテンさんの走りを見た瞬間消え失せた。
思わず見惚れた。身体の小ささとは不釣り合いなほどに大きく見せる走り、ストライドが長くそれでいて美しいフォーム。オレはテンさんの走りに、一瞬で目を奪われた。あまりにも美しいその走りに釘付けになる。それは周りのクラスメイト達も同じだった。
そして、テンさんが走り終わって少し経ってから授業の先生に名前を呼ばれて我に返った。慌ててコースへと小走りで向かう。
(スッゲェ……!心臓がバクバクいってる……!一緒に走ってみてぇ!そして、勝ちてぇ!)
そう思いながらも、走ることに集中する。レースではないので着順は関係ないのだが、1番最初にゴールすることができた。
オレは走り終わってから急いで休憩をしているテンさんの下へと向かう。向こうは驚いた顔をしていたが、オレはお構いなしに指を突きつけてこう言った。
『テンさん!もしトゥインクルシリーズ一緒のレースで走ることになったら、ぜってぇ負けねぇかんな!』
『……え?あ、うん。お手柔らかに?』
向こうは戸惑っていたが、オレは宣戦布告をしてその場を去った。その後はクラスメイト達の走りを見てすごいとは思ったが、テンさん以上の衝撃は感じなかった。テンさんの次点でグラスとカイザーの走りだろう。2人のことは特別なライバルだと思っているが、テンさんはその中でもさらに特別だ。それだけテンさんの走りが、オレの心に響いたのかもしれない。
その後はリギルにスカウトされて、トゥインクルシリーズへの出走が決まった。メイクデビューは他の子よりちょっと遅れたが、順調に勝ち星を重ねて皐月賞で初めてテンさんと勝負した。そして、勝負していくたびにテンさんに負けたくないという気持ちはどんどんと強くなっていった。だから、有マでお互いベストな状態で勝った時は本当に嬉しかった。
テンさんと走るレースは本当に楽しかった。だからこそ、あの宝塚記念はオレにとって別の意味で忘れられないレースになった。
レースが終わってテンさんに駆け寄ると、勝った喜びが一瞬で消え失せた。敵わない相手を見るような目、生気のない目でオレを見るテンさんの目。
(なんでだよ……。なんでそんな目で見るんだよテンさん……。いつもみたいに、次は勝つって言ってくれよ……!)
去っていくテンさんに声を掛けようとしたがグラスに止められる。
『離せよグラス!テンさんが……』
『今ボーイちゃんが行っても逆効果だってことが分からないの!?そっとしてあげて!』
思えば、グラスに怒鳴られたのはあの時が初めてかもしれない。オレは去っていくテンさんを見ることしかできなかった。
そこから1週間は本当に生きた心地がしない日々だった。テンさんのあの目が忘れられなかった。
(オレ、テンさんを傷つけちゃったのかな……。もう、一緒にレースで走ってくれねぇのかな……)
もうテンさんとレースで走れない、競い合えないと考えると、絶望感が半端じゃなかった。
そんな考えを抱き続けて1週間たったある日、オレは暗い気持ちのまま登校するとテンさんがいた。最初は夢かと思ったが現実だと分かると嬉しくなってつい抱き着いてしまった。テンさんは鬱陶しがっていたが。
ただ、心配が晴れたわけではない。テンさんはまだオレをあの目で見るんじゃないだろうかと考えると気が気でなかった。思わずテンさんにそう言ったが、その心配は杞憂に終わる。
『次戦う時はぶっ倒す。それだけや。覚えとれよ?今までの負け、利子つけて返したる。覚悟しとき!』
その言葉に、オレは嬉しくなった。
(良かった、いつものテンさんだ!)
『……へへっ!上等だテンさん!次もオレが勝つぜ!』
いつものテンさんに戻ったことに、オレは安堵した。
そこから京都大賞典の走りを見て、やっぱりテンさんはすごいと思った。戦法を変えてアレだけの走りを見せた姿は脱帽しかない。それに、入学時のような華奢さも完全になくなった。その日は、自分の中から湧き上がる気持ちを抑えるのに必死だった。この闘志は、次戦う時のために取っておくべきだろう。そう考えていた。
今にして思えば、テンさんの姿を初めて見た時から今の今まで、オレはずっとテンさんを意識していた。走りに見惚れたから、とか美しいから、とかそんな理由ではなく。本能レベルで刻まれているかのようにテンさんを意識していた。詳しい理由なんか必要ない。ただ絶対に負けたくない相手として、オレはテンさんを特別なライバルだと意識し続けている。
「……と、まあこれがテンさんを意識している理由……になんのかな?結局、本能だとしか言えねぇんだけど」
オレはクインにそう言って締めた。話している途中で運ばれてきた飲み物に手をつける。少し温くなっていた。
クインは感嘆したように息を吐きながら言う。
「そうなんですね……。トウショウボーイ様にとって、テンポイント様は特別な存在なのだと」
「そうだなぁ。グラスやカイザー、他の子にも勿論負けたくねぇって気持ちはあるんだけど……。テンさんに対してはそれが特に強いんだよ。絶対に負けたくねぇ相手っていうのかな?そんな感じ」
オレがそう言うと、クインは寂しそうな目をして告げる。
「少し、テンポイント様が羨ましく感じます。トウショウボーイ様にそこまで思われているテンポイント様に」
オレは不思議に思いながらもクインの言葉に反応する。
「う~ん。クインもテンさんとは違う感じの特別だと思ってるぜ?テンさんはライバル、クインは……やっぱ家族だな!」
そう言うと、クインはまた飲み物を噴き出した。せき込むクインを心配すると、彼女から怒られた。
「トウショウボーイ様!軽率にそのようなことを言わないでください!」
「え!?ごめんクイン!もう言わねぇからさ!」
「いえ!できればもっと言ってください!特にみなさんがいる場所で!」
「どっちなんだよ!?」
そんな会話をしながら、オレはクインと心地の良い時間を過ごしていった。
ここからは閑話が多くなっていくと思います。