11月半ばに出走したオープンレースを快勝してから早いもので月末。秋の天皇賞を迎えた。ボクはトレーナーとともに東京レース場へと訪れている。理由は1つ、ボーイとグラスがこのレースに出走するからだ。いわゆる敵情視察というやつである。
今現在ボクたちはパドックにおり、そのパドックでは秋の天皇賞に出走するメンバーたちの入場が今まさに始まろうとしているタイミングである。少しの興奮を覚えながらボクはトレーナーに話しかける。
「なぁトレーナー。トレーナー的にはどの子が勝つと思うてるん?」
「今日のレースか?そうだなぁ……」
トレーナーは少し考えた後答える。
「パドックでの調子次第にはなるが……。やっぱ俺の大本命はグリーングラスだな。トウショウボーイは確かに強いが距離不安が残る。だから長距離に絞ればステイヤーであるグリーングラスの方が有利ってのが俺の私見だ。今回の天皇賞の距離は春の天皇賞と同じ3200m。グリーングラスは春の天皇賞は4着だった。順当に考えれば、グリーングラスに軍配が上がるだろう。まあ、休養明けだからパドックでの調子次第ではあるな」
「ふ~ん、ボクとおんなじ意見やな。それに、そんだけやないやろ?グラスが勝つ思うてるんは」
お見通しだったか、と前置きしてトレーナーは言葉を続ける。
「重バ場、とまではいかないが今日の東京レース場のバ場の状態は良くないらしいからな。トウショウボーイは重バ場が得意じゃないからさらに不利を背負わされている。対してグリーングラスは重バ場を苦にしない。それでも、トウショウボーイが1番人気な辺り、アイツの実力の高さと世間の期待が伺えるが」
「やな。それに、グラスも今回かなり気合入れとるらしいし、休養明けを考慮してもグラス有利は変わらんか」
「まあ、この2人だけじゃなくて有力な子はまだまだいるからな。春の天皇賞でお前の2着だったクラウンピラード、トウショウボーイとは違って長距離を走れるホクトボーイ。後はこの前のオープンレースで2着だったロングホークなんかもそうだな」
トレーナーはそう言ってパドックへと視線を向けた。その時、パドックにアナウンスが流れる。どうやら入場が始まるようだ。ボクもパドックへと視線を集中させる。
《……続いてパドックに入ってきたのは秋の天皇賞1番人気!5枠6番トウショウボーイです!》
しばらくパドックを眺めていると、ボーイが入場してきた。調子は悪くなさそうだが、その表情はどことなく不安げだ。おそらくだが、バ場の状態が関係しているのかもしれない。
ボーイのパフォーマンスが終わり、アナウンスの後パドックに次の子が入場してくる。そこからしばらくして今度はホクトの番が回ってきた。見た感じ、調子は良さそうである。一瞬、ボクのことが視界に入ったのか、警戒心むき出しの表情をしていたが。
ホクトのパフォーマンスが終わって、次はグラスがパドックに入場してきた。調子は可もなく不可もなく、といったところだろうか?だが、休養明けということを考慮すれば十分だろう。ただひとつ、気になる点があった。ボクはトレーナーに話しかける。
「……なんちゅうか、気が立ってへんか?グラス」
「……そうだな。どことなく集中し切れていない感じがしている」
どうやらボクの気のせいではなかったらしい。グラスはどことなく精彩を欠いているような、そんな感じがパドックで見れた。これがレースにどう影響するか。
そこから全員のパドックでのパフォーマンスが終わり、ボク達はレース場へと足を運ぶ。いつもトレーナーが観戦している位置に着くと、トレーナーがボクに話しかけてくる。
「しかし、あの調子だと誰が勝つかは全く予測がつかないな。トウショウボーイは距離とバ場の不安。ならば対抗のグリーングラスが本命は変わらないが、彼女はどことなく精彩を欠いている様子だった。それらを踏まえると、この2人ではない誰かが勝つ可能性がグッと上がったな」
「そうなると……、ホクトとクラウンピラードやろうか?あん2人は調子が悪うなさそうやったし」
「そうだな。結局は走ってみないことには分からないが」
そこからは多少の世間話をしてターフに入場してくるのを待つ。その間にジョージからメッセージが届いていた。どうやら向こうは無事に勝ったらしい。ボクは祝福のメッセージを送り返す。ジョージとメッセージのやり取りをしていると、出走する子たちの入場が始まった。
《少し雲が残る空の下、秋の天皇賞へと出走するウマ娘たちが続々とターフへと入場してきています。距離は3200m、今日のバ場の状態は午前中は重バ場と発表されていましたが午後になって稍重まで戻りました東京レース場。果たして秋の盾を勝ち取るのはどのウマ娘になるのか?》
入場したウマ娘たちは各々ウォーミングアップをしている。その中には早い段階で入場してきたボーイの姿もあった。パドックで見た通り、調子はそこまで悪くなさそうである。
しかし、心配なのはグラスの方だ。グラスは枠番の関係で後の方で入場してきたのだが、どことなく集中し切れていない。一体彼女に何があったのだろうか?ボクは不安になる。
ボクが不安にしているのを感じ取ったのか、トレーナーがボクに話しかけてくる。
「不安か?グリーングラスが」
「……せやな。今回はかなり精彩を欠いとる。変なことにならんとええけど」
「……だな。果たして、これがどう転ぶか」
グラスへの心配が晴れないまま、出走する子たちがゲートへと入っていく。まもなく秋の天皇賞が始まろうとしている。
《各ウマ娘がゲートへと入っていきます。まずは3番人気のウマ娘から紹介しましょう。3番人気は7枠10番グリーングラス!TT世代の菊花賞ウマ娘、生粋のステイヤータイプと評される彼女は一体どのようなレースを見せてくれるのか!》
《前走である日経賞を1着。しかし直後に脚の不安と発熱からその後のレースは休養。休養明けぶっつけ本番となる今回の天皇賞、それが考慮されての3番人気でしょう。頑張ってほしいですね》
《続いて2番人気のウマ娘の紹介です。2番人気は3枠3番クラウンピラード!春の天皇賞はテンポイントの2着と好走、雪辱を果たすことができるか!》
《今まで重賞を勝ち切れていない彼女。ここは何としても勝ちたいところ》
《最後に1番人気のウマ娘の紹介です。1番人気は勿論このウマ娘!5枠6番トウショウボーイ!春は全休、宝塚記念から始動した本年度は3戦3勝で秋の天皇賞へと乗り込んできました!》
《前走であるオープンレースは日本レコードでの7バ身圧勝。レコードを塗り替えた回数は驚異の4回、距離不安こそ残るもののやはりこの強さが支持されての1番人気でしょう。後は稍重となったバ場がどこまで響くのかが気になるところです》
実況と解説による紹介が終わり、後は出走の時を待つばかりである。東京レース場に静寂が訪れた。観客は出走の瞬間を今か今かと待っている。ボクもその1人だ。
《各ウマ娘の準備が整いました。後は出走の時を待つばかりです。秋の盾を賭けた戦い天皇賞・秋。果たして栄光を勝ち取るのはどのウマ娘か?秋の天皇賞が今……スタートです!》
ゲートが開いた。秋の天皇賞が開幕する。
《ゲートが開きました。トウショウボーイが好スタートを見せます。しかし2枠を活かして先頭に立ったのはトウカンタケシバだ。トウカンタケシバが先頭に立ちます。その後ろ2番手にランスロット、3番手にトウショウロックその外4番手にトウショウボーイが控えています。5番手はグリーングラス。そして1周目の第4コーナーへ向かいます。先頭トウカンタケシバは2番手との差を2バ身から3バ身のリードをつけている。2番手はほとんど差がなく内にランスロット、中にトウショウロック外にトウショウボーイが並んでいます5番手は変わらずグリーングラス。後方集団は固まっています》
《ホクトボーイはいつも通り最後方で控える形ですね。調子は良さそうです》
《1周目の第4コーナーを抜けて先頭トウカンタケシバ。内から飛ばしていきますトウカンタケシバ2番手とは4バ身のリード。2番手は変わらず3人が争う形そしてその後方に5番手グリーングラスが展開を窺っています》
走りを見ている限り、グラスに問題はなさそうだ。レース前の心配は杞憂だったとボクは感じた。後はこの後のレースがどう展開されるか。しっかりと見ておく必要がある。
ボクはトレーナーに話しかける。
「グラス、休養明けやけどあん走りを見とる限り調子は悪うなさそうやな」
「だな。後は末脚をどこまで残せるかが勝負の分かれ目だろう。……気になるとすればトウショウボーイをマークしているからか前目につけていることぐらいか」
「う~ん。やけど、グラスは先行でも走れるしそこは問題ないとボクは思うとるで」
ボクの言葉にトレーナーは理解を示したのか軽く頷いた。ボクはその姿を確認した後、レースへと視線を戻す。先頭は第1コーナーを曲がろうとしていた。
そこからレースは進んでいき、勝負は向こう正面を回って第3コーナーに入ろうかというところ。だが、ここでボク達が予想していなかった展開を見せていた。
驚きながらボクは呟く。
「おいおい……。何考えとるんや、あん2人……」
「分からねぇ……。ただ、普段のトウショウボーイとグリーングラスなら絶対にしない状況になってやがるな」
実況からも驚きの声が上がっている。
《さぁ向こう正面の中ほどからトウショウボーイが先頭に立ちました!しかし外からグリーングラスがトウショウボーイに並びかける!第3コーナーの下りに入りました先頭はトウショウボーイとグリーングラスだ!先に動いたトウショウボーイにグリーングラスが絡んでいるぞ後続を突き放しにかかる!3番手クラウンピラードとの差は3バ身!しかし一体どうしたことか!?これはちょっと暴走気味ではないでしょうか!?》
《これは一体どうしたことでしょうか、トウショウボーイとグリーングラス両ウマ娘ともに掛かっているのかかなりのハイペースで展開しています。残り1000mをこのペースで駆け抜けるほどのスタミナを残しているのでしょうか?》
《さぁグリーングラスがトウショウボーイに執拗に絡んでいます!しかしトウショウボーイも負けていません第4コーナーを先頭で駆け抜けています!そのすぐ外に2番手グリーングラス!3番手はクラウンピラードグリーングラスからは3バ身遅れることクラウンピラードが3番手!バ群の中央に4番手カーネルシンボリが控えています!》
そう、ボーイもグラスも暴走ではないかというペースで先頭争いをしているのだ。そしてそのペースのまま第4コーナーを回り、最後の直線に入ってお互いがお互いを競り落とそうとさらにペースを上げ始める。しかし、
「いくら何でもスタミナが足らんやろ!?中距離とは訳がちゃうんやぞ!」
ボクはそう思わずにはいられなかった。この夏でスタミナ強化に励んでいるのであれば話は変わるかもしれない。だが、道中もそこそこ早いペースで走っていたのにそこからさらにペースを上げて走るなど、どんなスタミナお化けでも無理だ。現に、後続の差は全然開いていない。むしろ縮まってきている。
トレーナーの方へと視線を向けると、難しい顔をしていた。ボクはトレーナーに質問する。
「トレーナー。どんな意図があると思う?あん2人に」
ボクの質問に、トレーナーは表情を崩すことなく答えた。
「……多分だが、意図なんてものはない。あの2人は完全に掛かっている。お互いがお互いを競り落とそうと躍起になっているんだろう。だが、競り合いになるのが早過ぎた。このままだと共倒れになるぞ」
「一体どうしたんや、2人とも……」
ボクは不安な気持ちのままレースを見守る。すでに先頭を走っているボーイたちと後ろの子たちとの差はなくなっていた。
《……先頭を走るトウショウボーイとグリーングラス!しかし内から3番手クラウンピラードが追い込んでいている!クラウンピラードがその差を縮めていくすでに1バ身を切っているぞ!外からはホクトボーイが追い込んできた!外からホクトボーイが先頭に立つか!?いやホクトボーイが先頭だ!トウショウボーイとグリーングラスはペースが落ちてきている!2番手にクラウンピラードだ!先頭ホクトボーイを2番手クラウンピラードが追う!ホクトボーイかクラウンピラードか!?秋の盾を勝ち取るのはどちらだ!さぁホクトボーイがクラウンピラードを突き放した!その差は2バ身そしてその勢いのままホクトボーイがゴールイン!》
《最後方からの見事な追い込み勝ちでしたね。前々走の京都大賞典の雪辱を晴らすかのような見事な勝ちっぷりでした。クラウンピラードは惜しくも2着でしたね。ただ、トウショウボーイとグリーングラスは道中精彩を欠いていました。一体どうしたのでしょうか?》
《秋の天皇賞、勝利したのはホクトボーイだ!2着は2と1/2バ身差でクラウンピラード、3着はシタヤロープです!グリーングラスは5着でなんとか掲示板入りを果たしましたがトウショウボーイは自身の最低着順となる7着に沈みました!やはり仕掛けるのが早かったかトウショウボーイは7着です!》
偵察のために訪れた秋の天皇賞、そのレースで注目されていたボーイとグラスはお互いに競り合った結果共倒れという結果となってしまった。その結果を受けてボクは戸惑いを覚える。
「一体どうしたんや、2人とも……」
走り終わって、肩で息をしている2人を見つめながら、ボクはそう呟いた。
次のガチャ更新はユキノビジンですね。