ボーイとグラスの2人を偵察するために訪れた秋の天皇賞。大方の予想ではこの2人のどちらかが勝つと予想されていた。現に、ボクとトレーナーもボーイかグラスのどちらかが勝つと予想していた。
しかし、実際に秋の天皇賞を勝ったのはホクトの方だった。だが、レースの展開を考えればこの勝ちは不思議なことではない。
ボーイとグラスが負けた原因をボクはトレーナーと冷静に分析する。
「……やっぱ、向こう正面での競り合いやろうな。あれで大分スタミナ持ってかれたやろ、ボーイもグラスも」
「だな。競り合いになるのが早過ぎた。グリーングラスならば、残りの距離を考えたらあそこはまだ控えるべきだっただろう。そうしなかったのは……」
「宝塚記念での逃げ切り勝ち。それが印象に残っとったからやろうな。そんまま逃げ切られると考えたから早めに仕掛けた。やけど、それだけなんやろうか?」
「どういうことだ?」
「いや、暴走してたんはパドックで気が立っとった理由に関係しとるかもしれへんなって思うて」
「そうか……。だが、その辺の事情はさすがに分からないな。調整明けだから、っていうのが一番納得できる理由だが。ただまあ……」
溜息1つついた後トレーナーは言葉を続ける。
「今回、トウショウボーイにとっては悪い条件が続いていた。稍重というバ場に加えて距離の不安。だが、今回のレースに限って言えば敗北の要因はそのどちらでもない」
「レースの展開のせいやろうなぁ……」
もう少し仕掛けるのを遅らせれば、無理に競り合わなければ。そうすればボーイが勝つ可能性はあっただろう。レースにたらればを語っても仕方ないが。
それに、褒めるべきはホクトの方だろう。ボクはホクトを称賛する。
「しっかし、ホクトはすごかったなぁ。ようあん展開でギリギリまで我慢しとったわ。それがあったからこそ、このレースを勝利することができた」
「だな。最後方で控えて最後の最後で捲ってきた。冷静にレースを見ていなければできないことだ。今回のレースはホクトボーイが上手だった」
そこからは他の有力そうな子たちの話になり、ライブの時間までその話で盛り上がった。
だが、頭の中ではグラスの乱調の理由が気になって仕方がなかった。
天皇賞が明けて次の日、ボクが教室でいつも通り新聞を読んでいると扉を開けて誰かが入ってきた。扉が開いた時には特に反応しなかったが、周りの子たちがざわついていたので気になったボクは扉の方へと視線を向ける。そこにはジョージが立っていた。
向こうは中京レース場から帰ってきたばかりなので、朝出る時はまだ寝ていた。ボクはジョージを起こさないようにして登校してきた。あの後ジョージも起きたのだろう。遅刻せずに済んだようで何よりである。
しかし、朝からどうしてこの教室に?と疑問に思っているとジョージがボクの方へと歩いてくる。そして、ボクの腕を掴んだ。
「どしたんジョージ?」
そう質問すると、ジョージは短く答える。
「屋上 れっつらごー」
どうやら屋上に来て欲しいらしい。別に断る理由もないのでボクはジョージとともに屋上へと向かった。
屋上に着くとボクは早速呼び出した理由をジョージに聞く。
「で?屋上に呼び出してどうしたんやジョージ」
「んー」
少し考えるそぶりを見せた後、ジョージがボクに聞き返してくる。
「天皇賞 結果 聞いた。ホクト 勝った。トウショウボーイ グリーングラス 負けた」
「せやなぁ。ボーイとグラスは残念やったけど、ホクトはあん時ホンマにすごかったな」
「んー。ホクト すごい そうだけど」
しかし、どうやら言いたいことはそういうことではないらしく、頭を振った後ジョージはボクに聞いてくる。
「トウショウボーイ グリーングラス 負けた理由 知りたい?」
その言葉にボクの興味が一気に湧いた。だが、その前に1つ質問させてもらう。
「そん前にええか?ジョージ」
「どぞー」
「ジョージは天皇賞見たんか?」
「見た。 帰り 新幹線 動画 あっぷ されてた」
「やったら、あん2人の暴走の理由も分かるんか?」
「なんとなくー」
ジョージはボクの言葉にそう答えた。あの2人の暴走の原因が気になったボクはジョージに聞く。
「やったら、教えてくれへんか?あの2人がなんであんなハイペースで走っとったのか」
「いいよー」
そう言ってジョージは話始める。
「天皇賞 2週間前 テン坊 レース 出てた」
「やな。オープンレースやったけど」
「あのレース わたし 見てた。けど トウショウボーイと グリーングラスも 見てた」
「そうだったんか?」
ジョージがレースを見に来ていたことは知っていたが、その情報は初耳だった。
「テン坊 レース 快勝。わたし 嬉しかった。おめでとー」
「前も言うてくれてたな。ありがとさんジョージ」
「えへへー。そうだ トウショウボーイ やったー してた。でも グリーングラス 違った。むむ~ してた」
「難しい顔……とは違うんか?」
「多分。おこ。そんな感じ」
「……怒っとった?」
少し訳が分からなくなった。情報を頭の中で整理する。
(ボクのオープンレースをボーイとグラスの2人は見に来とった……。ジョージが言うにはボーイは楽しそうにしとったけどグラスは違う。難しい表情、というよりは怒っとった顔をしてた……)
ダメだ。少し判断材料が少ない。ボクはジョージに問いかける。
「う~ん。ジョージ的にはグラスの顔はどんなやったん?怒っとる表情にも結構種類あるやんか。ジョージはどんな風に感じたんや?」
「んー」
少しの間沈黙が訪れる。やがて考えが纏まったのか、ジョージが口を開いた。
「ぐぬぬ~ してた」
「ぐぬぬか……」
そうなると、あのオープンレースでグラスはボクの走りを悔しそうに見ていた、ということだろうか?ジョージの主観を信じるのであればそうなる。
だが、それが今回の天皇賞にどうつながるのか?ボクは今回の天皇賞に出走していない。ならば、考えられるとすれば……。
「ボクの走りに対抗意識を燃やして、それをボーイにぶつけた?」
そんなところだろうか。ジョージは両手で丸を作っていた。ボクの答えが合っていることを示すように。
「天皇賞 向こう正面中ほど。トウショウボーイ 先頭立った。でも ぎゅーん 行く気 なかった」
「まあ飛ばす気はなかったやろうな。少なくとも、今までのボーイやったらあんハイペースで飛ばしていこうなんて思わんはずや」
「けど 誤算あった。グリーングラス ぐわーっ 来た。トウショウボーイ びくっ なった」
「グラスが急に来たからボーイは驚いたんか。確かに計算外やったろうなボーイからしたら」
ボーイからすれば、最後の直線に来ると思っていた相手が第3コーナーで急に来たのだ。驚くのも無理はないだろう。
ジョージは話を続ける。
「ぐわーっ 来た。トウショウボーイ ぐぬぬ なった。グリーングラス 同じ。どっちも 後 引けなくなった。結果 最後 ばたんきゅー」
「グラスが来たからボーイもペースを上げた。ボーイがペースを上げたからグラスも上げる。どっちも後に引けんくなった。そん結果、最後の直線で共倒れ……っちゅうことか?」
「わたし 主観 そんな感じー」
ジョージはそう言って言葉を締めた。ボクは嘆息しつつも、驚いていた。
(グラスのあん暴走はボクのオープンレースを見とったのが原因……。ジョージの言葉を信じるんやったらそういうことになる。まああのオープンレースは我ながら完璧な走りやった。それを見て対抗意識を燃やしたっちゅうんは納得できることやけど……)
対抗意識を燃やしたのがボーイならばまだ分かる。そういう性格だからと納得できる部分があるから。
だが、グラスがあそこまで対抗意識を燃やした走りをしているのがボクとしては意外だった。グラスは表に出すタイプではないと思っていたから。少なくとも、今まで見てきた走りはそうだったはずだ。
ボクはジョージに質問する。
「つまりや、グラスの暴走に乗っかる形でボーイも暴走。そんで、グラスの暴走はボクの走りを見たのが原因かもしれん。そん理由は対抗意識、ボクに負けてられへんから……っちゅうことで合っとるか?」
「そだよー。でも わたし 主観 覚えてて」
「あくまでジョージの主観やってことやな」
ボクの言葉にジョージが頷く。それを確認した後、ボクは時間を確認するために携帯を取り出した。時間はもう少しで朝のホームルームが始まる時間である。ボクは慌てる。
「うわっ!もうこんな時間か!ジョージ、ホームルームに遅れるから急ぐで!」
「らじゃー」
ボク達は慌てて屋上を後にする。ボクは何とかホームルームの時間には間に合ったので安堵する。しかし、ジョージの方はどうだったのだろうか?
(そういや、ジョージのクラスっていまだに謎のままやんな……)
まあ、間に合ってるだろう。ボクはそう思うことにした。
授業が終わって放課後、ボクはトレーナー室で勉強をしている。休憩中にボクは朝のジョージとした会話をトレーナーに話した。
「……というわけなんや」
「なるほどな。グリーングラスが……ただ、納得できる部分はある」
トレーナーはそう結論づけた。ボクは問いかける。
「トレーナー的には、ジョージの主観は合っとると思うか?」
「どうだろうな。ただ、最近のお前らの評価とグリーングラスの評価を比べたら闘争心を燃やしていてもおかしくないとは思う。それにグリーングラスは日経賞からの4か月は脚部の不安と発熱から強い練習ができなかったって聞いてるからな。ライバルであるお前たちとの差がついた焦りから暴走してしまった可能性だって0じゃない」
「そこに、ボクのレースを見てさらに焦ってしもうた……と」
「多分な。まあ、これの答えは本人のみぞ知る、ってやつだ」
トレーナーはそう締める。続けてボクはボーイのことを質問した。
「ちなみに、トレーナー的にはボーイの暴走はどう思っとるん?」
「アイツの場合は単純に先頭を譲りたくなかったからだろう。仕掛けて先頭に立った以上、先頭を譲ったら後で追いつけるかは分からないからな。だからこそ先頭で走り続ける選択肢を取った。今回はそれが悪い方向に働いてしまったようだが」
「やっぱそう思うんやな。今回に関してはボーイに運は巡ってこんかった、と」
「そうなるな。だが、有マ記念で最大の障害となるのはトウショウボーイで間違いないだろう」
トレーナーはボクにそう告げた。ボクは気持ちを引き締めてトレーナーの言葉を聞く。トレーナーは言葉を続けた。
「確かに今回は大敗した。が、それでも俺達の最大の敵がトウショウボーイであることには変わりはない。マルゼンスキーは今回の有マ記念に出てくるのかは不明、しかし脚部に不安を抱えているという噂がある。真偽は分からないが、もし真実ならおハナさんが出走させてくるとは思わない。だからマルゼンスキーは有マ記念を回避すると見ていいだろう」
「う~ん、それは残念やな……。マルとも競ってみたかったんやけど……」
「こればっかりは仕方ない。脚を壊すわけにはいかないからな。それに戦える機会はまだある。それを待つのがいいだろう」
そしてトレーナーは有マ記念に出走してくるであろうメンバーの名前を上げる。ボクはそれを頭に叩き込んだ。
その最中、思い出したかのようにトレーナーはボクに告げる。
「そうだテンポイント。海外遠征の件だがどうする?時期としては年明けになるが、主戦場を向こうに移すのも俺は悪くないと思ってるんだが……」
「トレーナーがついてくるんやったら行くで」
ボクはそう即答する。海外遠征をするなら、これだけは譲れない部分である。
すると、トレーナーは考え込み、呟いた。
「……まあテンポイントしか見てないし、どうせ1年ぐらいだから海外で見聞を広めるのもありか?問題としては用務員の業務だが」
前向きに検討してくれるらしい。そのことにボクは喜ぶ。
話が横道に逸れたので軌道修正する。有マ記念への構想を練っていると、ふとテレビから驚くべきニュースが舞い込んできた。
《……前走の秋の天皇賞で7着に沈んだトウショウボーイが、年内の有マ記念を最後にドリームトロフィーリーグへと移籍することをチーム・リギルの東条ハナトレーナーが発表しました。同トレーナーによるとトゥインクルシリーズで鎬を削るのではなく、ドリームトロフィーリーグでさらなる強者たちと闘う道をトウショウボーイ自身が選んだと答えており……》
……どうやら、ボーイの奴は今度の有マ記念を最後にトゥインクルシリーズを引退するらしい。そして今後はドリームトロフィーリーグに戦いの場を移すというニュースがボクの耳に入ってきた。
つまり、
「次の有マ記念が、トゥインクルシリーズでボーイにリベンジする最後の機会……っちゅうことか」
「……だな。まあどの道、年明けはこっちも海外だから今度の有マ記念がトゥインクルシリーズでの最後の戦いになる。お前と、トウショウボーイとのな」
「……上等や。やったら、余計に負けられんな」
もし負けるようなことになれば、ボクは一生ボーイの下という烙印を押されたままだろう。そんなこと、絶対にあってはならない。ボクはより一層気合を入れた。
もうそろそろ秋。つまりウマゆるが始まる……!