秋の天皇賞から月日は流れて12月に入った。ボクは学園へ登校する準備をしながら呟く。
「最近前にも増して寒うなってきおったな……」
「寒い お布団 恋人」
「早う布団から出るんやジョージ。やないともっとつらくなるで」
「んー」
ルームメイトであるジョージは布団から出ようとしなかったが、ボクの学園に遅刻するという一言で渋々布団から出てきた。布団から出た瞬間、寒さからジョージは身を震わせる。その姿を微笑ましく思いながらもボクはジョージの支度を手伝う。
ジョージの準備が済んだところで、ボク達は一緒に寮を出て学園に登校する。正門前ではボクのトレーナーが掃除をしていた。実のところ、トレーナーが掃除している場所は日によって変わるため朝から会えるということはあんまりない。
ちょっと幸運だと思いつつ、ボクはトレーナーに挨拶する。
「トレーナー、おはようさん。朝からお疲れ様やで」
「神藤 おはよー」
「おはようテンポイント、エリモジョージ。今日も一日頑張れよ」
「うん。今日も一日頑張るわ」
「らじゃー」
その後はたづなさんにも挨拶をして、学園の購買部に立ち寄る。今日の分の新聞を購入して、自分の教室へと向かう。その途中でジョージとは別れた。
「テン坊 またね」
「うん、ジョージ。また寮でやな」
そんなやり取りをしてボクは自分の教室へと向かう。いつも通りの日常だ。
教室に着いたボクはクラスメイト達に挨拶をしながら自分の席に着いて早速先程買った新聞を広げる。今日の新聞にはお目当ての情報が載っているはずだ。ボクは他の記事には後で目を通そうと思いながら目当ての記事を探す。
それから程なくして見つかった。
「お、あったあった。有マ記念のファン投票」
ボクのお目当ての記事とは有マ記念のファン投票の結果の記事だ。早速目を通す。結果は……。
「ファン投票1位……!ッシ!」
思わず小さくガッツポーズした。その瞬間、はっとして周りを見渡す。どうやら他の子には見られなかったらしい。安堵して息を吐く。
前回の有マ記念の時はファン投票5位だったはずなのでかなり嬉しい。それだけファンの人がボクに期待をしてくれているということだ。
ファン投票1位で選出されたことに喜びつつ、ボクは他のメンバーの名前を確認していく。
「2位はボーイ、3位はグラス……まあ秋の天皇賞が響いてやろうな。他ん子は……っと。ホクトとカシュウもおるんやな。後はマルと……今年の菊花賞を優勝した子か」
やはり年末最後の大一番ということで今回も錚々たるメンバーだ。ここから出走を取り消す子もいるので全員が出るわけではないのだが、それでも楽しみである。
(それに、これがトゥインクルシリーズでボーイにリベンジする最後のチャンスや。絶対に負けられへん!)
心の中でそう思っていると、後ろから声を掛けられる。
「おはよ~テンちゃ~ん。ソレ今日の新聞~?私にも見せて見せて~」
「グラスか、おはようさん。ええよ、ほい」
「わ~い、ありがとう~」
声を掛けてきた人物はグラスだった。ボクはグラスに自分が見ていた新聞を渡す。そしてファン投票の記事を見てグラスは嬉しそうに声を上げた。
「お~。テンちゃんテンちゃ~ん、私ファン投票3位だって~。わ~い」
「おめでとさんグラス。グラスは有マに出走予定なんか?」
「そうだよ~。負けないぞ~テンちゃ~ん」
「ふふん、上等や。ボクの調子は今んとこめっちゃええからな。このままのしたるわ」
「え~?手加減してよ~」
「それは無理な相談やな」
軽い冗談を言い合いながらボク達は会話をする。ただ、グラスは秋の天皇賞のことがある。より一層気合を入れて臨んでくるだろう。油断ならない相手であることには間違いない。
お互いにファン投票の結果を確認し終わった後は日常的な会話をする。今日の授業の話だったり、今月末の期末テスト等、当たり障りのない話をした。
そんなとりとめのない会話をしていると、いつも通り大きな声で挨拶しながらボーイが教室に入ってきた。
「おっはよーみんな!今日も一日、頑張ろうぜー!」
その言葉にクラスのみんなも口々に挨拶を返す。そしてボーイはそのまま自分の席であるボクの隣の机の椅子に座った。ボーイが改めて挨拶してくる。
「おはようテンさん、グラス!今日も寒いな!」
「おはようさんボーイ。やなぁ、ボクは慣れとるけど」
「おはよ~ボーイちゃ~ん。まあ私も寒いのには慣れてるけどね~」
すると、ボーイは思い出したかのようにボクに話しかける。
「そうだ!テンさん今日の新聞見せてくれよ!確か有マ記念のファン投票の結果が載ってるはずだろ?」
「確かに載っとるで。ちょっと待っとき鞄中から出すから」
そう言ってボクは鞄にしまった新聞を取り出してボーイに渡す。ボーイはお礼を言って新聞を受け取り、早速ファン投票の記事のページを見る。
「……うげ、やっぱりテンさんに負けたか~。この前の秋の天皇賞で大敗したのが響いたのかな~」
「やろうな。せや、おハナさんからなに言われたんや?秋の天皇賞」
「……秋の天皇賞が終わってからのオレの様子で察してくれ……。もう思い出したくねぇんだ……」
そう言ってボーイは露骨に落ち込んだ。その姿にボクとグラスは互いに顔を見合わせて苦笑いする。
秋の天皇賞が終わって次の日、ボーイは朝から何かに怯えるように過ごしていた。その時は調子でも悪いのかと思い心配して声を掛けたのだが、ボーイから
『何も聞かないでくれ、テンさん……。今のオレはさながら刑の執行を待つ囚人の気持ちなんだ……』
と、訳の分からないことを言われたので言われた通りそっとしておくことにした。
そしてさらに明けて次の日、ボーイは完全に死んだ目をしていた。思わず驚いたボクは再度心配して声を掛けたのだが、ボーイからは一言だけ、
『そっとしてくれ……』
と言われた。その時の様子からこっぴどく叱られたのだろうと思ったのだが、ボーイは何も語ることはなかった。まあ、数日も経てば元のように元気になったが。先程の朝の挨拶がその証拠である。
少し思考が脱線したが、ボクはボーイに気になっていることを質問する。
「そういやボーイ、マルは有マ記念どうするんや?噂やと出走回避する言われとるけど」
「あ、それ私も気になる~。教えて教えて~」
グラスも気になるのか同調するようにボーイに聞く。するとボーイは笑顔を浮かべてこう言った。
「マルは何とか有マに間に合いそうだってよ!リギルでは今その調整しているところなんだ!」
「おっ、良かったやん」
「良かったね~。パチパチ~」
ボクはマルが有マ記念に出れそうだというボーイの言葉に喜ぶ。グラスも嬉しいのか拍手していた。トレーナーの言葉では脚部不安から出れるかは分からないと言っていたので不安だったが、出走できるところまで回復したのであれば喜ばしいことである。
となると、有マ記念では警戒しておくべき相手が増えたことになる。マルはクラシック3冠である皐月賞・日本ダービー・菊花賞には出走していなかったが、他のレースではすさまじい勝ちっぷりをしていた。8戦8勝、2着につけた合計着差は61バ身ととんでもない記録を打ち立てている。まさに規格外の走りと言ってもいいだろう。……まあ、そのせいで今年のクラシック戦線を勝ったウマ娘たちは総じて微妙な評価を受けているのが悲しいところなのだが。
今回クラシックを勝ったウマ娘の中で出走がほぼ確定しているのは菊花賞を勝ったプレストウコウだけなのだが、油断ならない相手であるのは確かだ。一度レースの映像を見たことがある。マルの影に隠れがちだがその実力は本物だ。
そんなことを考えていると、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。しかし、
「あれ?カイザーは?」
ボーイの言う通り、カイザーがまだ来ていなかった。もうそろそろ先生も来る時間である。もしかして何かあったのだろうか?と不安になっているところに、教室の扉を勢い良く開けて入ってくるウマ娘がいた。驚きながらも姿を確認すると、なんとカイザーだった。彼女は肩で息をしながら自分の席であるグラスの隣に鞄を置いて座る。そして呟くように言った。
「ハァ……、ハァ……ッ。な、何とか間に合いました……」
一体何があったのだろうか?もうじき先生が来るので話せないが、ホームルームが終わったら聞いてみることにした。
「……では、今朝の連絡事項は以上です。皆さん今日も勉学に励むように」
そう言って先生が教室から出ていった。それと同時に、ボクは席を立ってカイザーの席へと足を運ぶ。朝遅刻しそうだった件を聞くために。それはボーイとグラスも一緒だったらしく、気づけばカイザーを取り囲むようにボクらは立っていた。カイザーは驚いた表情をしている。
「さて、カイザー。今朝はどうしたんや?」
「随分珍しいじゃん。カイザーが遅刻しそうだなんてさ」
「ほらほら~。白状したまえ~」
「きゅ、急に私を取り囲むように立ったと思えば、そういうことでしたか」
カイザーは納得したような表情を浮かべて、今朝遅刻しそうだった理由を話し始める。
「別に大したことじゃないですよ。昨日いつも通りトレーニングをして、夜に映画を見ていたらついつい夜更かししちゃって……。朝起きたら遅刻ギリギリの時間だったんですよ」
(映画……。もしかして、アレか?)
映画、という単語にボクは少し前にカイザーと映画を見に行った日のことを思い出す。あのB級映画を共に見た日のことを。もしかして、アレ系列の作品だろうか?
そう考えていると、ボーイが気になったのかカイザーに質問する。
「へ~。何の映画なんだ?カイザーが夜更かしするぐらいハマる映画、ちょっと興味が湧いたぜ」
「ボーイ、アカン!それ以上は……」
ボーイはあの日のことを知らないので純粋にカイザーが見ていた映画が気になったのだろう。そう質問する。だが、ボクはどんな映画を見ていたのか大体予想がついていたので制止しようとする。しかし、間に合わなかった。カイザーが目を輝かせて答える。
「興味がありますか!?でしたら、ボーイさんも是非見ましょう!このサメ映画を!」
やっぱりサメ繫がりだった。ボーイはカイザーに質問する。
「へー。サメ映画か。どんなやつなんだ?」
「そうですねぇ……。無難なのはこのあたりでしょうか?」
そう言って、カイザーはいくつかの作品を見せてきた。しかし、そのラインナップにボク達は揃って微妙な表情を浮かべる。カイザーはとてもいい笑顔だ。
「わりぃカイザー、ちょっと待ってくれ」
「?はい。いいですよ」
ボーイがそう言ってボク達を呼ぶ。カイザーから少し離れた位置で聞こえないように小さい声で会話をする。
「なんだあのラインナップ。すげぇB級の匂いがするんだけど」
「私は~ちょ~っと遠慮したいかな~」
「……ちなみに、ボクはカイザーに連れられてあん中の1つを見に行ったことあるで」
「マジか。どうだったんだ?」
「……そこそこおもろかったけど、謎の敗北感があったわ」
「まあ~、分からなくもないかな~」
そう会話をしていると気になったカイザーがこちらに近寄ってくる。
「皆さんどうしたんですか?そんな小声で会話をして」
「い、いや!なんでもないんだ!ただちょーっとカイザーの見てる映画が意外だっただけで!」
「そ、そうそう~。カイザーちゃんそんなのも見るんだね~」
ボーイとグラスの言葉にカイザーは笑顔を見せる。
「はい!この作品たちは私も最初は敬遠していたんですけど、一度見てみると止まらなくて……!皆さんも見てみましょう!きっとハマりますよ!」
カイザーは笑顔のままそう告げた。しかし、ボーイとグラスは一言。
「い、いや。オレは遠慮しておこうかな~」
「わ、私も~」
断りの返事をした。すると途端にカイザーは暗い表情をして告げる。
「そうですよね……迷惑でしたよね……」
「あー!やっぱ見てみよっかなー!?オレスッゲェ気になるなー!?」
「わ、私もなんか興味が湧いてきちゃったな~!?よかったらカイザーちゃんのオススメ教えてくれないかな~!?」
あんな表情をされたら断れないだろう。ボーイとグラスは掌を返してそう答えた。ボクは2人を気の毒に思いながら見つめる。
そして最終的に、有マ記念が終わってひと段落したらカイザーが厳選した映画を見ようということで話がついた。ボーイとグラスは一言。
「あんな顔されたら断れねぇって……」
「私にも無理だよ……」
「安心しぃ2人とも、ボクにも無理や」
ボクは2人を慰めるようにそう言った。
そういえばウマ娘の覇王世代のOVAっていつやるんでしょうね?