テンポイントがコースレコードでメイクデビューを制した衝撃から数日。現在はトレセン学園の授業も終わり、放課後の時間なのだが俺はこれから用務員としての仕事をするために生徒会室へと向かっている。放課後はいつもトレーナーとしての仕事をしているのだが今日は違う。というのも
「軽い症状とはいえ骨膜の炎症だからな……。ここはしっかりと休養しておかねば」
テンポイントが軽めではあるが骨膜炎になったのでトレーニングはしばらくの間休みを言い渡したためだ。話は少し前にさかのぼる。
ライブ後テンポイントを迎えに行くと、彼女は足を気にするような仕草を見せていた。それに気がついた俺はテンポイントに尋ねる。
『足、どうかしたのか?』
その問いかけに慌てるようにテンポイントは答える。
『え?ううん、何でもないで。さ、はよトレセン学園に帰ろうや』
そう答えたが、そんなことはないだろう。俺は自分の中の疑問を解消するためにさらに追及する。
『何でもないなら、足を診せてもらっても構わないな?少し触るぞ』
すると渋々ながらも、彼女はその要望を承諾した。確認を取ってから俺は足の触診を始める。すると痛みを感じるのかテンポイントは顔を歪める。
『痛むのか?いつからだ?』
『ウイニングライブの後ぐらいからやな。座るとそんなでもないんやけど歩くとちょっと痛むんよ』
『嘘じゃないな?』
『もうバレとるから嘘はつかへんよ。今日はちょっと頑張りすぎたかもしれへんな』
どうやら本当のようだ
『そうだな……じゃあ念のために病院に行こう。何かあってからじゃ遅いからな』
『ここまで来たら観念するで。じゃあ早いとこ病院行こか』
俺たちは病院へ向かうことになった。だが、少しとはいえ足が痛む彼女をあまり歩かせるわけにはいかない。移動手段はタクシーを使った。そして医者からの診断結果は
『軽い骨膜炎ですね』
『骨膜炎……ですか』
俺は診断結果を聞いて骨折とかではなかったと少し安堵する。そして医者は続けるように
『今回は軽度ですので、しっかり身体を休めれば回復しますよ。その間はトレーニングは軽めにしておいた方がいいでしょう』
『なるほど……、ありがとうございます。先生』
薬などを処方してもらって病院を後にする。そしてトレーニングは軽めにと言われたので
『とりあえず明日から数日は練習は休みだ。元々休みにはする予定だったが、しっかり羽を休めてきてくれ』
『了解や。うぅ、走れんってなると結構キツイなぁ……』
『そこは我慢してくれ。ここで無理して悪化するのは良くないからな』
テンポイントは渋々と言った感じで了承した。これがライブ後の出来事である。そしてこの翌日ライブで大はしゃぎしていたことをテンポイントに怒られるのだがそれは別の話。
で、トレーニングはしばらく休みということで用務員の仕事を入れたのだが、そこで生徒会からお呼びがかかった。詳しい業務内容は会ってから話すと言われたのでまだ何をやるのかは知らない。まあそこまで難しいことではないと思うが。ただ個人的に生徒会長は少し苦手なのであまり気は進まない。
そう思いながら歩いていると生徒会室に着いたのでノックをする。中から返事が返ってきたので俺はドアノブを回し生徒会室へと足を踏み入れた。
「失礼します」
「やぁ、待っていたよ神藤さん」
そう言って俺を出迎えたのは色の濃い茶色の髪をロングヘアにしたウマ娘、トレセン学園の生徒会長・ハイセイコーだ。室内には副会長のテスコガビーもいる。もう一人の副会長と他の役員は不在のようだが。
さて、俺はいきなり本題を切り出す。
「では、今回は一体どんなご用件でしょうか?生徒会からの直々の依頼なんて随分珍しいですが」
そう質問すると、ハイセイコーはウィンクをしながら
「敬語はいらないよ神藤さん。私たちの仲じゃないか。それに、特に用はなく君に会いたかったから……ではダメかな?」
と答える。近くにいる副会長の視線が痛いので止めて欲しい。
「私は今回依頼をされてこの場にいますので。相応の場では相応の言葉遣いを使っているだけです」
「そうか……それは残念だ……。神藤さんはどうやら女の子からの可愛いお願いを聞いてはくれないらしい……」
そう言いながらわざとらしく泣いている。本当にやめて欲しい。副会長の顔見てみろ、修羅の顔してるぞ。人一人くらいなら視線だけで余裕で殺せるぞ。
「……分かったよ。これでいいか?」
「フフ、よろしい。その方がしっくりくるからね。やはりあなたはからかい甲斐がある」
と、気づいたら元の表情に戻っていた。やっぱ噓泣きじゃねぇか。
俺が生徒会長、ハイセイコーを苦手としている原因はこれだ。なぜかは知らんがこいつはよく俺をからかってくる。しかも生徒で年下という立場を利用してくるからかなり質が悪い。超がつくほど有名なスターウマ娘だ。ハイセイコーを慕っている生徒はかなり多い。この場にいる副会長がいい例だろう。そんな中で下手な対応をしようものなら俺はターフに埋められること間違いなしだ。
彼女のペースに乗せられるとまずい。すぐに用件の方を聞いて仕事を終わらせよう。
「それで?そろそろ本題の方を話してもらおうか?」
「あぁ、そうだったね。実は最近ご意見箱を設置したのは知っているだろう?」
「アレか。確かに設置してたな」
実は最近生徒会長の意向で生徒がより良い学生生活を送れるようにとご意見箱を設置した。話を聴いているとどうやら昨日開封をしていたらしい。そしてその内容を確認してみると、設備が老朽化している箇所があるから修理してほしいという旨の相談が多数あったので、俺を呼んだのだそうだ。まあ他の用務員だとできる作業とできない作業があるので設備の修理なら何でもできる俺が呼ばれるのは当たり前か。
「なるほど、事情は分かった。それで、どこを修理していけばいいんだ?」
「それならリスト化してあるよ。ガビー、頼めるかい?」
「はい。ここに」
そう言ってテスコガビーから資料を渡される。なるほど、これが修理箇所のリストか。そこそこ数は多いが一つ一つはそこまで時間がかかるものでもない。数日はかかるがまあ大丈夫だろう。
「じゃあさっそく作業に取り掛かりに行くわ」
「あぁ待ってくれ。私も同行させてもらうよ」
「……なんで?」
思わず真面目に返してしまった。いや、本当になんでハイセイコーも着いてくるんだ?おかしくないか?
「なんだい?こんな美少女が着いてくるっていうのに神藤さんは不満なのかい?」
「お前が美少女なのは認めるしそこに不満があるわけじゃないが、真面目にお前が着いてくる意味が分からないからだよ」
「美少女だなんて……照れるね」
そう言ってハイセイコーは頬を赤らめる。いや、俺はなんで着いてくるのかを聞いているんだが?
こいつに聞いても変なことになるので俺はテスコガビーの方に聞く。
「なぁ、なんでハイセイコーも着いてくるんだ?」
俺の言葉にテスコガビーは頭を痛そうに抱えて答える。
「……どうやら会長はあなたと個人的に話したいことがあるらしい。私はやめてくださいと言っているんだが……」
「止められなかったと」
そうです、とテスコガビーが答える。苦労してるなこいつも。
ここで断りの言葉を入れるのは簡単だ。だがそうなった場合、被害を被るのは間違いなく俺とここにいるテスコガビーだ。ハイセイコーは一度拗ねるとかなり面倒くさい。しょうがないが、これは同行するのを許可するしかないだろう。
「分かったよ……じゃあ一緒に行くか、ハイセイコー」
「おや?随分素直だね。私は嬉しいよ」
じゃないと俺とテスコガビーの胃が持たないからだよ。口にはしないが心の中でそう思った。
そこからはハイセイコーと一緒にリストに載っている箇所へと向かった。
「まず最初は空き教室の空調の不備か……フィルターが汚れてるだけじゃねぇか誰だよ最後に洗ったやつ」
「これはひどいねぇ。フィルターって言われなきゃ分からないよこれは」
だったり
「新しい自販機の設置……これは生徒目線で語ってもらった方がいいな。どの辺にあると助かる?」
「そうだね……、やはり体育館周辺にもう少し欲しいな。頼めるだろうか?」
「なるほどな。業者は俺の方で手配しておこう」
とか
「図書室の本を増やしてください……これはアンケートを取った方がいいんじゃねぇか?さすがに無差別に増やすわけにはいかんだろ」
「まあそれは後日に回そう。次に向かうよ」
「あいよ」
など、生徒から要望があった箇所を点検したり修理が必要ならその都度修理を施したりしながら時間は過ぎていった。そして今いるのは今日めぐる予定だった最後の場所だ。
「ジムの器具が不調気味なので直してください……ねぇ。まあ早速取り掛かりますか」
「頼むよ。私は何をすればいいのか分からないから協力が必要そうな時に声を掛けてくれ」
ハイセイコーの言葉に適当に返事をしながら不調と報告のあった器具の修理に取り掛かる。軽いものはこの場で直していくが、一筋縄ではいかないもの、本格的な修理が必要なものは俺のガレージに運んで修理するための手筈を整える。持っていく時に彼女の力を借りよう。
そうして作業を進めていく中、周りに誰もいないので俺はハイセイコーに切り出す。
「で?俺と話したいことがあったんだろ?一体何の用なんだ?」
「おや?どうして私が君に用があると?」
「テスコガビーから聞いた、ってのもあるが、普段はついてこない俺の作業に強引について来ようとしたんだ。何かあると疑うのは当然じゃないか?」
普段は生徒会の仕事を優先するこいつがなぜか俺の作業について来たがった。よほど重要な話でもあるのだろう。俺は身構える。
「疑うなんてひどいな。まあ君と話したいことがあるというのは本当だけどね」
ハイセイコーはそう答えた。
「その話って?」
「決まっているよ。どうしてレースの世界に飛び込んできたのか。それだけさ」
余程知りたいのだろう。ハイセイコーの声は冗談ではない真剣みを帯びていた。
「秋川理事長にトレーナーになってくれと言われたから。それだけだ」
「嘘だね」
俺の答えをハイセイコーは一刀両断する。まるでそれが嘘だと確信をもっているように。そのまま彼女は続ける。
「君がそれだけの理由でトレーナーになるはずがない。仮になったとしても、今のように楽しそうにはやっていないんじゃないかな?あくまで仕事。そう割り切ってやるはずだ」
「随分俺のことを知っていてくれるんだな。もしかしてファンか?」
「そうだよ。私が一番気になる相手と言っても過言ではない」
冗談交じりで言ったのに本気のトーンで返ってきた。随分と俺を買っているようだ。こいつに何かした覚えなどないのだが。
「……だがまあ、おおよその見当はついている。君がこの世界に足を踏み入れた理由、楽しそうにトレーナーをやる理由をね」
「へぇ?教えてもらおうか」
「決まっているさ。テンポイントだ。彼女が君をこの世界へと引き込んだのだろう?」
ハイセイコーはそう答えた。そしてその後、溜息をついて
「全く、彼女に嫉妬してしまうよ。私がどれだけ頑張っても振り向かなかった相手をこうも簡単に振り向かせるなんてね」
「それだけ聞くと振られたみたいな話だな」
「あ、お付き合いとかは無理だ。ごめんなさい」
秒で振られた。俺が
そしてハイセイコーは唐突に
「私が走る理由。君は聞いたことがあったかな?」
と言ってきた。前に聞いたことあったな。確か
「自分の走りで全ての人を魅了したい、虜にしたい。とかだったか?」
「そうだ」
どうやら合っていたらしい。彼女はそのまま言葉を続ける。
「だが、身近な人物である君を私の走りで魅了することはできなかった。しかし、テンポイントは君を容易く魅了した。私としてはとても気になるというわけだ」
「……何が言いたい?」
「簡単な話だ。君のところのテンポイントと併走させてもらいたいのさ。自分にはできなかったことを簡単に成し遂げた走りを間近で感じたい。そう思うのは当然だろう?」
「……」
正直、これはとても受けたい話だ。学園最強クラスであるハイセイコーとの併走。通常であれば絶対に却下される提案な上、格上との走りはテンポイントの糧にもなる。本来であれば二つ返事で了承したい。
だが俺の答えは
「その提案、受けることはできない」
否だ。その答えにハイセイコーは意外といった顔で
「なぜだい?自慢ではないが学園最強クラスでもある私との併走。並のトレーナーなら飛びつくようなものだと思うが?」
疑問をぶつけてくる。まあ答えは単純だ。
「お前のとこのチームのトレーナーが許さんだろう」
あのチームはその辺は特に厳しい。本人の私怨でレースがしたいなど言語道断、許すはずがない。俺の言葉に合点がいったのかハイセイコーは仕方ないか、といった表情で
「確かに、うちのトレーナーは説得しても無駄だろうしね。分かった、今回は素直に諦めるよ」
潔く引いた。まあ簡単に許可しないのは本人が一番よく知っているのだろう。俺としても惜しいがチームの方針とあっては仕方がない。
さて、時計を確認してみると丁度いい時間だ。
「さて、話も終わったし時間もいい感じだから今日はこの辺で終わるか」
「おや?もうそんな時間だったか。早く帰らないとガビーに怒られてしまうね」
俺は道具を片付けてガレージに運んでもらうものをハイセイコーに指示する。そして運び終わった後は彼女と別れる。その別れ際
「ハイセイコー!いつになるかは分からんが、俺の方からも並走の件は頼んでみるよ」
彼女にそう伝える。すると彼女は嬉しそうに答える。
「ありがたいね。でも、私は気が長い方じゃない。できる限り早めに頼むよ」
そして彼女と別れ俺は残りの作業の方に取り掛かる。頭の中ではどうやってリギルのトレーナーを説得するかを考えながら。
現実のハイセイコーは気性が荒めだったらしいですね。生徒会長にするにあたって性格とかどうしようかと悩んだところ普段は表に出さないけど一度拗ねたら長引く、気の許した相手には冗談も言うようになる、みたいなキャラ付けにしました。
※気になったところを微修正 7/22