「しっかし、残念だったなマル。せっかく調整頑張ってたのにさ……」
「こればっかりはしょうがないわよショウさん。東条トレーナーもあたしの脚のために出走取り消しを決断したんだもの。責めるわけにはいかないわ」
「まあそうだけどさ……」
もうすぐ日が沈みそうな時刻、オレはマルと一緒に帰っていた。その最中、オレはマルが有マ記念を出走できなくなってしまったことを残念に思っていた。マルはもう割り切っているみたいだが、それでも残念だ。
マルが出走できなくなった原因は、一度は治った屈腱炎が先日再発したせいである。練習中に突如脚に痛みを訴えたマルをおハナさんが医者に見せたところ、そう診断されたらしい。
症状は軽いとのことだったが、有マ記念はもう目前に迫っているということから大事を取って出走を取り消すことになった。これで出走した場合、症状が重くなることを考えたらおハナさんの決断は正しいことだ。けれど、オレの感情的に納得いってない部分はある。
ただ、どうやらマルもドリームトロフィーリーグの招待が来ているらしく、オレと同じタイミングで移籍するらしい。だから、戦える機会はこれからいくらでもあるだろう。何も有マだけが戦う舞台ではないのだから。そう頭の中を切り替える。
その後は他愛もない会話に華を咲かせながら歩いていると、あっという間に別れの時間が来た。
「あら、もうここまで来ちゃったのね。じゃあショウさん、ここでお別れね」
「そうだな。話しながら歩いているとあっという間だな」
そして別れようとした時に、オレはマルに宣言する。
「なぁマル!オレ、明日マルの分まで頑張るからさ!オレが1着取るとこ、ちゃんと見とけよ!」
マルは驚いた表情を浮かべていたが、すぐに笑顔になって答える。
「えぇ!あたしの分までパーペキな走り、頼んだわよ!ショウさん!」
「おう!まっかせとけ!」
そう言ってマルと別れる。少しの名残惜しさを感じながらオレは歩き出した。
しばらく1人で歩いていると、私服姿の見知った姿が目の前を歩いているのを確認した。向こうはオレと同じ方向、正面を向いているためこちらに気づいていない。
オレは大声で目の前の人物の名前を呼ぶ。
「おーい、クイン!奇遇だな!」
「トウショウボーイ様!今お帰りなのですか?」
「そうそう、さっき練習が終わって今帰るとこなんだ。良かったら途中まで一緒に帰らねぇか?」
「構いませんよ。途中まで一緒に帰りましょう」
内心喜びながらオレはクインと一緒に帰る。クインとの話題はやはり明日に迫った有マの話だった。
「トウショウボーイ様!私、先日の特番見ましたわ!トウショウボーイ様らしさが出ていて、とてもカッコよかったです!」
「本当か!?いやぁ、クインに褒められると嬉しいなー!」
しかし、クインはすぐに表情を引き締めてオレに話しかける。
「トウショウボーイ様。明日の有マ記念に向けての調整はいかがでしたか?」
「そうだなぁ……」
オレは少し溜める。不安そうな表情を浮かべているクインを安心させるように笑って答えた。
「万ッ全だ!おハナさんが最高の調整をしてくれたし、当日は絶好調で迎えられる!……と、思う!」
「そこは断言しないのですね」
クインはオレの言葉に薄く微笑んだ。オレは苦笑いをしながら答える。
「まあ、明日どうなってるかなんて分からねぇからな。断言はできねぇ。でも」
「でも?」
「たとえ万全じゃなくても、オレは悔いの残らないのように走るさ!」
その言葉に、クインは笑みを浮かべてオレを応援してくれた。
「トウショウボーイ様。私は、トウショウボーイ様が勝利することを信じております。ですが、勝利すること以上にご自身に悔いが残らないように、頑張ってください。微力ながら、私もスタンド席応援しております」
「おう!クインの応援があれば百人力だ!見とけよ~?スッゲェレースにしてやるからさ!」
「ふふっ、楽しみにしておりますね」
そう話しながら、俺とクインは帰路についた。
私は今練習を終えてスピカの部室にいる。もう他の子たちは帰っているのでここにいるのは私と沖野トレーナーだけだ。日はもうすぐ沈みそうな時刻。
沖野トレーナーが私に告げる。
「さて、調整は文句なし。いよいよ有マを明日に控えたわけだが……」
「どうしたの~?おきの~ん」
「……大丈夫か?グラス」
沖野トレーナーは神妙な顔つきで私に告げる。私はそれを飄々とした態度でかわす。
「大丈夫だよ~おきの~ん。何がそんなに心配なの~?」
私がそう言うと、沖野トレーナーは頭を掻きながら答えた。
「……トウショウボーイとテンポイントはこの有マ記念、死に物狂いで勝ちに来る。特にテンポイントは余計にな」
「まあ~テンちゃんからしたらトゥインクルシリーズでボーイちゃんに勝つ最後の機会だからね~」
「そうだ。だが、それはお前も同じだグラス。負けっぱなしのままで良いのか?トウショウボーイとテンポイントに」
私はその言葉を聞いて、胸の中から何かが湧き上がってくるような気分を味わう。何とか平静を保とうとするが、そうはいかなかった。少し怒りながら答える。
「……いいわけないでしょ。ボーイちゃんも、テンちゃんも下して……、最後に笑うのは私だ!」
そう答えると、沖野トレーナーは笑顔を浮かべながら言った。
「よし!そんだけ気合が入ってりゃ大丈夫だな!」
「……わざと焚きつけたね~?」
「はてさて、なんのことやら」
沖野トレーナーはそうとぼけているが、確信犯だろう。呆れながらも私は別れの挨拶をして部室を出ようとする。
そんな私を沖野トレーナーは引き留める。
「待て、グラス」
「何~?まだなんかあるの~?」
「いいや、最後に1つだけな」
一拍おいて沖野トレーナーは私に告げる。
「グラス、お前の力はトウショウボーイにもテンポイントにも劣っていねぇ。俺が断言する。だから明日は、TTが勝つと思っている観客の度肝を抜いてやれ!」
「……言われなくても~。勝つのは私だからね~。でも、ありがとトレーナー」
私はそう言って今度こそ部室を出た。
部室を出て校門まで歩いていると、見知った顔を見かける。私はその子に声を掛けた。
「あれ~?カイザーちゃんだ~。こんなところでどうしたの~?」
「あ、グラスさん。いえ、ちょっと図書室を利用していたもので。帰りが遅くなってしまいました」
「だったら~一緒に帰ろ~」
「はい、いいですよ。一緒に帰りましょう」
そうして私はカイザーちゃんと帰路につく。
最初はお互いに無言のまま過ごしていた。何となく心地よい時間が流れる。しかし、その沈黙を破るようにカイザーちゃんが私に話しかけてきた。
「……いよいよ明日ですね、有マ記念」
「……そうだね~」
カイザーちゃんが飛んできた言葉は、私にとって少し予想外だった。
「明日、見に行きます。だから、頑張ってください、グラスさん」
驚いて私はカイザーちゃんの方を見る。そこには、以前私にレースで走ることを諦めようとしていた瞳はなかった。決意のこもった目をしている。
おそらく、レースで走ることに前向きになってくれたのだろう。私は嬉しくなった。
「……そっか。じゃあ、頑張らないとだね」
「はい。私たち、日陰者同盟ですから」
カイザーちゃんは笑いながらそう答える。私も、可笑しくなって一緒に笑う。
私はカイザーちゃんに問いかける。
「でも、どうして急に~?辛くなるからレースを見たくないって言ってなかったけ~?」
「そうですね……。いい加減、自分の気持ちと向き追おうと思いまして」
「そっかそっか。なんにしても、カイザーちゃんが応援してくれるなら頑張らないとだね~」
私は決意を新たにする。明日の有マ記念、絶対に勝つことを胸に誓った。
有マ記念を明日に控えた今日、ボクは今日の練習を終えてトレーナー室で休んでいた。夕焼けの空が奇麗だ。
トレーナーがボクに話しかける。
「調子も良好、有マに向けて調整は完璧ってとこだな」
「せやな。これやったら明日も大丈夫や」
「だが油断はするなよ?当日風邪でも引いたら目も当てられないからな」
「今更そんなことせぇへんわ」
軽い冗談を言いながらボクはトレーナーと会話をする。心地よい時間が流れていた。
他愛のない話をしていると、トレーナーが突然顔を引き締めてボクに話しかける。
「テンポイント。泣いても笑っても、明日で全ての結果が分かる。俺達の努力の結果が」
「……やな。やけど、大丈夫やトレーナー」
「……何がだ?」
ボクは笑みを浮かべて、堂々と答える。
「トレーナーのやってきたことは間違いやない。ボクはそう信じとる。それを証明するためにも、明日勝ってきたるわ!」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!テンポイント!」
トレーナーは少し涙ぐんでいた。けれど、この気持ちに嘘偽りはない。それは堂々と言えることだ。
そんなボクにトレーナーが告げる。
「テンポイント、お前にはずっと悔しい思いをさせてしまっていたな。宝塚記念だけじゃない、クラシックの冠も取らせてやれなかった。あの時は、正直自分が情けなかったよ」
「どうしたんや急に」
「何、この際色々ぶっちゃけようと思ってな。クラシックの時は、いつ三行半つけられるか気が気でなかったよ」
「なんやそれ。ボクがキミに三行半なんてつけるわけないやろ」
ボクは笑いながらそう答える。するとトレーナーも笑顔を浮かべた。トレーナーも笑い、お互いに笑いあう。
「ボクとしては、選抜レースでなんも知らんかった方が意外やったけどな。自慢やないけど、ボクって有名やったし?トレセン学園で知らん人なんかおらんと思うてたわ」
「それは悪かったって。サブトレやらせてもらっていたところのチーフトレーナーにお前の資料だけ抜かれてたんだよ」
「う~ん、それでも許さへんな!」
「えぇ!?どうしたら許してくれますかテンポイント様!」
「様は止めんかい。後なんやその口調。う~ん、そうやな~……」
「……」
「明日ボクが勝ったら許したろうかな!」
「お前次第じゃねぇか!いや、俺の作戦のこともあるから……俺たち次第だな!」
「そういうことや!やから、どうあっても許すことになるな!ボクとキミの力があれば負ける気せんし!まあ、別にボクのこと知らんかったことに関しては気にしてへんけど。それに、もし負けたとしても、そん時はまた一緒に考えようや!ボクとキミで、一緒に!」
「あぁ!」
お互いに色々なことをぶちまけながら話す。
そこからはもう少しだけトレーナーと話していた。楽しい時間が流れていく。しかし、もうそろそろ寮に戻らないといけない。もう寮長に怒られるのは勘弁だ。
ボクは鞄を持ってトレーナー室から出る。
「じゃあトレーナー。また明日やな」
「あぁ、テンポイント。また明日」
名残惜しさを感じながらトレーナー室を後にした。
少し歩いて、寮に着く。そのままボクはまっすぐと自分の部屋に向かった。中にはすでにジョージがいる。
「おかえり テン坊」
「ん。ただいまジョージ」
挨拶を交わして、ボクはお風呂に入る準備をする。その最中にジョージがボクに話しかけてきた。
「テン坊」
「どしたん?ジョージ」
「明日 頑張って。応援 行く」
「ん。任しとき。絶対に勝ったるわ!」
がんばれー、と言ってジョージは布団にくるまる。少し微笑ましく思いながら、ボクはお風呂へと向かった。
お風呂にも入り、やるべきことを済ませてジョージと会話をしていると、消灯時間になる。隣からはジョージの寝息が聞こえてきた。ボクも布団の中に入って瞼を閉じる。
(いよいよ明日やな……。ボーイ、お前に勝ち逃げなんて絶対にさせへん、勝つんはボクや!)
そう胸に誓いながら眠りに入る。
そして、有マ記念当日の朝を迎えた。
チャンミ……?知らない子ですね