ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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ちょっと時間が戻って有マ記念発走前から始まる回


第82話 想定外と想定内

 ボクは今地下バ道を通っている。パドックでのアピールも終えて中山レース場のターフへと歩を進めていた。

 気分は不思議なほどに落ち着いている。大レースへの緊張も、勝てるかという不安も、多少はあれど気にならないほどだ。それほどまでにボクはリラックスできている。

 そして地下バ道を通ってボクは中山レース場に入場した。地鳴りが起きたと錯覚するほどの大歓声と拍手がボクを迎える。さすがに少し圧倒された。

 どうやらボクが最後だったらしい。すでにターフの上にはボク以外の7人がそれぞれウォーミングアップをしている。その中にはボーイの姿もあった。

 こちらに気づいたのか、ボーイがウォーミングアップを切り上げてボクの方に寄ってきた。ボクの目の前に立つ。ボクはただボーイを真っ直ぐに見据える。

 ボク達の間に訪れる静寂。先に破ったのはボーイの方だった。

 

 

「やっとだ。今までで一番長く感じたぜ……。けど、またテンさんと闘える」

 

 

「前回の有マから宝塚までの日数とそんな変わらんやろ。ま、ボクも同じ気持ちやけどな」

 

 

 ボーイはボクの言葉に何も返さない。ボク達はお互い睨み合うように立っている。少しの間、ボク達の間に静寂を訪れた。

 そしてボクはウォーミングアップのためにその場を動く。すれ違いざま、ボクとボーイはほぼ同時に、お互いに宣言する。

 

 

「勝つのはオレだ」「勝つんはボクや」

 

 

 その言葉を最後にボクは自分のウォーミングアップを始める。その最中、グラスから鋭い視線を向けられていた。もしかしたら、先程の言葉を聞かれていたのかもしれない。だが、ボクはその視線を無視して自分のことに集中する。

 十分に済ませたところでボクはゲートへと入った。後は発走の瞬間を待つだけである。

 

 

 

 

《最後に4枠4番のシンストームがゲートに入りました。年末の大一番グランプリレース有マ記念。距離は2500m、絶好の良バ場と発表されています》

 

 

《あなたの夢、そして私の夢は叶うのか?人気と実力を兼ね備えた8人のウマ娘たちが発走の瞬間を今か今かと待っています。トウショウボーイが天を駆ける走りでスピードシンボリ以来となる連覇を飾るか?〈貴公子〉テンポイントが日本一の座について海を渡るか?はたまた〈緑の刺客〉グリーングラスがTTの1角を崩して日本一の座につくのか?》

 

 

《グランプリレース有マ記念が今……スタートです!》

 

 

 

 

 ゲートが開いたのとほぼ同時、ボクは走り出す。有マ記念が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さぁ始まりました有マ記念!一団が奇麗なスタートを切ります!各ウマ娘鮮やかなスタートを決めました!そしてまず先頭を取ったのは逃げ宣言をしていたスピリットスワプス……では、ありません!?なんとハナに立ったのはトウショウボーイだ!1枠1番トウショウボーイが最内枠を活かしてハナを取った!先頭はトウショウボーイ!》

 

 

《これは序盤から予想外の展開!?スピリットスワプスの後ろで控えると思われていましたトウショウボーイがハナに立っている!テンポイントはその外におりますトウショウボーイの1バ身後ろ2番手の位置につけている!》

 

 

《逃げ宣言をしておりましたスピリットスワプスこの展開に驚いたか3番手に控える形テンポイントの3バ身程後ろの位置!その後ろにグリーングラスとプレストウコウ両菊花賞ウマ娘がおります!トウフクセダン、メグロモガミこの2人を加えて4人で一団を形成する形!その後ろにポツンと1人シンストーム!》

 

 

 

 

 この展開に、中山レース場の観客たちは驚いていた。今回の有マ記念、誰もがスピリットスワプスが逃げると考えていた。昨年同様スピリットスワプスが逃げていくものだと。

 だが、実際に目に飛び込んできたのはトウショウボーイが先頭で逃げる姿。驚き、戸惑いの声が聞こえてくる。

 

 

「トウショウボーイが逃げてるぞ!」

 

 

「宝塚記念の時と一緒だ!」

 

 

「大丈夫なのか!?前回と違ってスピリットスワプスがいるんだぞ!」

 

 

 俺はそんな声を上げている観客たちを尻目に、おハナさんの方を見る。戸惑っている様子はない。つまりこれは作戦通りということなのだろう。

 

 

(宝塚記念とさほど変わらない少人数でのレース……。ただ、明確な逃げウマ娘がいなかった前回と違って今回はスピリットスワプスがいながらも逃げを取った。真意は分からねぇが……)

 

 

 おそらく確信を持っているのだろう。トウショウボーイならば大丈夫だと。それに、トウショウボーイは逃げでも走れることは宝塚記念でも分かっている。それを踏まえての今回の作戦なのかもしれない。

 

 

 

 

《各ウマ娘が1周目の第4コーナーを抜けてスタンド前を走ります!先頭はトウショウボーイ!そのトウショウボーイに並ぶようにテンポイントがついています!3番手はスピリットスワプス逃げずに前を窺う形を取りますスピリットスワプス!》

 

 

《前の2人が結構なペースで走っているのを感じたのでしょうスピリットスワプスは控える!そして3番手スピリットスワプスの内をついて4番手プレストウコウその外5番手はグリーングラスだ!菊花賞ウマ娘の2人はここで控えているぞ!》

 

 

《しかし前の2人はかなりのペースで飛ばしている!これは後ろの方が有利な展開となるか!?そしておおっと!?テンポイントが外からトウショウボーイの内へと切り込んだテンポイントがトウショウボーイの内をつく!トウショウボーイがリードを広げようとしてます2番手テンポイントとの差を1バ身程広げようとしている!》

 

 

《レースはスタンド前から第1コーナーのカーブへと入ろうとしてます!先頭はトウショウボーイ1バ身程開いて2番手テンポイント!2番手からさらに1バ身開いてスピリットスワプス!4番手グリーングラス5番手にプレストウコウ!その後ろ6番手にトウフクセダン7番手メグロモガミしんがりはシンストームだ!》

 

 

 

 

 だが、俺は非情に落ち着いてレースを見ていた。何も慌てていない。そんな俺の様子を不思議に思ったハイセイコーがこちらを向いて話しかけてくる。

 

 

「神藤さん、随分落ち着いているね?もしかして、これもあなたにとっては想定内……だったのかな?」

 

 

 俺はこともなげに答える。

 

 

「まあな。宝塚記念での敗戦を考えたら可能性の1つとして考えるだろ。この状況は、俺にとっては想定内だ」

 

 

「なるほどねぇ……。けれど、このままだと宝塚記念での二の舞になるよ?」

 

 

 ハイセイコーはそう言うが、俺は不敵に笑う。ハイセイコーは俺のその表情を見て訝しむような目線を向けてきたが、レースを見なければ、と思ったのか視線をターフへと向ける。

 そして、驚愕の声を上げた。それはハイセイコーだけじゃない。おハナさんも、沖野さんも、この場にいる全員が驚いたような声を上げる。中山レース場にいる観客からもその声は上がった。

 

 

 

 

《さぁ先頭は第1コーナーの中ほどに入りましたが……ッ!テンポイントが内から仕掛けた!テンポイントが内からトウショウボーイに併せる!先頭はトウショウボーイとテンポイントこの2人の一騎打ちだ!後続をグングンと突き放します!》

 

 

《前評判はトウショウボーイとテンポイントこの2人のマッチレースになると予想されていました!しかしまさか、こんなにも早くマッチレースの様相を呈するとは誰も予想していなかったでしょう!テンポイントとトウショウボーイが先頭に立って競り合っている!第1コーナーを抜けて第2コーナーに入ろうかというところ!後続を突き放してTTの2人がグングンペースを上げている!》

 

 

《先頭は第1コーナーを抜けるところそしてテンポイントがまた内から行きました!トウショウボーイの内にテンポイントが入る!しかしトウショウボーイも負けじとペースを上げる!3番手はスピリットスワプス……いや違う!3番手はグリーングラスだ!グリーングラスが先頭2人の様子を窺う形!4番手はプレストウコウとスピリットスワプスです!》

 

 

 

 

「おいおい、大丈夫かよ!?」

 

 

「大丈夫なわけないだろ!下手したらテンポイントとトウショウボーイの共倒れだぞ!?」

 

 

「これが作戦だとしたら……あの2人のトレーナーは何考えてんだよ!」

 

 

 観客たちは口々にそんな声を上げる。おハナさんも難しい表情をしていた。沖野さんは待ち望んでいた展開だったのか、おハナさんとは対称的に笑みを浮かべていたが。

 ハイセイコーが俺に話しかけてくる。その表情は驚き、というよりも笑いを必死に抑えようととしている表情だった。

 

 

「……神藤さん、まさか、この展開を?」

 

 

「さぁ?どうだろうな?」

 

 

 そのまま俺はレースを見る。先程から変わらず、笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースが始まってすぐ。先頭を取ったのはスピリットスワプス……ではなく、ボクでもない。ボーイの奴だった。最内枠から飛ばしていく。ボクはそれに併せるように2番手の位置についた。ボクの後ろにいるスピリットスワプスが驚きの声を上げているのが聞こえた。

 

 

「え、え!?な、なんで!?」

 

 

 そんな声を尻目に、ボクはボーイの後ろにピッタリとつける。

 1周目の第4コーナーに入ろうかというところ。ボクは内にいるボーイを確認する……というよりはバ場の状態を確認する。

 

 

(……荒れとるな)

 

 

 第4コーナーのバ場は荒れていた。ボクはそれを確認し終えるとボーイの2番手の位置につける。ボーイも第4コーナーのバ場が荒れているのを分かってか、かなり外を回っていった。ボクはさらにその外を回る。

 そのまま先頭を走るボーイの1バ身程後ろをキープしていく。その最中、ボクはあることを考えていた。

 

 

(先頭取って走ったろう思うてたけど……まあそう上手くはいかんわな)

 

 

 向こうもボクの逃げを一番警戒していたはずだ。だからこそ最内枠を活かしてハナを取ったのだろう。ボクは3枠、逃げウマ娘のスピリットスワプスは7枠だ。そこから無理にハナを取ろうなどとは思わない。

 ならばと、ボクは誰かがボーイを突っつきに行くことに期待することにした。このままボーイに先頭で走らせたら宝塚記念での二の舞になる。だからこそ誰かがボーイにちょっかいを掛けることに期待したのだが……。

 

 

(ボクが2番手走っとることから察しはついとる。ま、誰も行かへんわな)

 

 

 2番手がボクなことから、スピリットスワプスは無理に先頭で走ることを止めたのだろう。抑えて走っているかもしれない。ボーイの速さは規格外だ。無理に競り合うよりは抑えた方がいいという判断だろう。

 心の中で嘆息しながらも、ボクは2番手で様子を窺う。ゴール板手前ぐらいだろうか?ボーイとラチの間が空いているのが確認できた。

 ボクは内へと切り込む。外からボーイを抜かすのではなく、内からボーイを抜くことを決めた。内へと進路を取る。

 しかし、向こうはそうはさせまいとラチとの間を締めてきた。もう潜り込むことは難しいほどの狭さになる。そのため、ボクは一旦下がって様子を見ることにした。

 

 

(……今は行かへん。無理に行ってスタミナ削るんことになったら本末転倒や。やからまだ抑える……)

 

 

 勝負は第1コーナーへ入ろうとしていた。相変わらずボーイが先頭で走っている。ボクは2番手、後ろにはスピリットスワプスが控えている。

 ボーイが内を確認するように顔を見せる。その時ふと、ボーイと視線が合ったような気がした。

 ……いや、気のせいではないだろう。向こうが何かを訴えるような視線を送ってくる。言葉を発したわけじゃない。ただ視線が合っただけだ。本当にそう思っているかは定かではない。ただ、ボクは不思議とボーイがこう言っているのだと、確信を持っていた。

「かかってこい」……と。つまるところ、喧嘩を売ってきたのである。

 

 

(……上等や。やったら)

 

 

「そん喧嘩ぁ……、買ったろうやないか!」

 

 

 ボクは加速してボーイの内へと切り込む。第1コーナーで、ボクはボーイの内へと潜り込むことに成功した。第1コーナー内側のバ場はそれほど荒れていない。これなら問題ないだろう。

 お互いの身体がぶつかりそうなほど近くで走る。そして、ボーイがボクを挑発するように告げる。ボクも、その言葉を返すように挑発し返した。

 

 

「来ると思ってたぜぇテンさん!オレからのラブコール、受け取ってくれたみたいだな!」

 

 

「はん!あんな熱烈なラブコールもろうたからな!お礼に敗北をプレゼントしたるわ!」

 

 

「上等だ!奇麗にラッピングしてそのまま返してやるよ!」

 

 

 お互いに身体がぶつかりそうな距離感を維持したまま、ボクとボーイは走る。

 勝負はまだまだ第2コーナーに入ったばかりというところ。だが、その時点でボクとボーイはお互いがお互いを競り落とそうとペースを上げている。後続は最早確認しようという気すら起きない。しかしペースを抑えているのであれば、差は開いていく一方だろう。

 序盤から、ボクとボーイの完全なマッチレースが展開されていた。




チャンミはデジたんが頑張ってくれたので何とか決勝には残れました。まあBグループなんですけどね。
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