ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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第85話 緑の刺客

《テンポイントとトウショウボーイが最後の直線に入ってきた!ほとんど同時だほとんど同時に最後の直線に入りましたテンポイントとトウショウボーイ!しかし外からテンポイントがトウショウボーイを躱したか!?最後の直線テンポイントがハナを奪った!しかしその差はわずかだテンポイント!トウショウボーイ追いすがる!テンポイント粘る!トウショウボーイが差し返すか!テンポイントがこのまま突き放すか!》

 

 

《このマッチレースは終わらない!終わってほしくない!しかし有マ記念残り200を切ろうしている!残り200を切ろうかというところでテンポイントとトウショウボーイが他のウマ娘を置き去りにして……ッ!いや、外からグリーングラスだ!外からグリーングラスが突っ込んできた!その差をグングン縮めていきます!ただ1人この世紀の一戦に割り込んでくるウマ娘がただ1人だけおりますグリーングラス!》

 

 

 

 

「いけー!押し切れー!」

 

 

「まだだー!差し返せー!」

 

 

「負けないでー!」

 

 

「頑張れー!」

 

 

 観客たちの大歓声が中山レース場に響き渡る中、俺はレースを食い入るように見ている。身を乗り出しそうな勢いで勝負の行く末を見ていた。

 全員、同じ気持ちなのだろう。最早誰も会話をしようとは思っていない。口から出るのは応援の言葉だけだ。他の観客たちと同じように、全員大声で応援している。

 実況も、興奮が抑えきれないといった様子で実況していた。

 

 

 

 

《残り200mを切った!残り200を切って先頭はテンポイントだ!トウショウボーイがハナを奪われたままだ!しかし凄まじい勝負根性だトウショウボーイ!内から差し返したトウショウボーイ!だがテンポイントも驚異の粘り!奪われたハナをすぐさま奪い返した!外からグリーングラスだグリーングラスが来ている!》

 

 

《外からグリーングラスが飛んできた!外から怖い怖いグリーングラス!先頭2人を猛追しますグリーングラス!最後はやはりこの3人での決着となるか有マ記念!先頭2人との差を1バ身に詰めましたグリーングラス!そして最後の坂を登り切って残り100mここでテンポイントが抜け出した!テンポイント完全に抜け出しました!トウショウボーイとの差を1バ身つける!》

 

 

《しかしこれが天を駆けるウマ娘の底力だトウショウボーイ!それ以上は離させない!そしてテンポイントとの差を詰めていく!トウショウボーイが追いすがる!テンポイントが粘る!外からグリーングラスが急襲してきた!さぁ日本一の栄冠は誰の手に渡るのか!?》

 

 

 

 

 残り100mを切ったその時。俺は今まで抑えていた気持ちを全てぶつける勢いで叫んだ。それは、テンポイントへの応援の言葉。

 

 

「頑張れぇぇぇぇぇ!テンポイントォォォォォ!」

 

 

 俺は何度もそう叫ぶ。テンポイントを応援し続けた。

 決着まで、残り僅か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はァ!ボクの影でも踏んでろやァァァァァァァァァァ!」

 

 

「オレの前を……!走ってんじゃ……、ねェェェェェェェェェェ!」

 

 

 前方から、そんな声が聞こえる。どうやら、あの2人の目にはどこまでもお互いしか映っていないらしい。

 そのことに一層怒りが湧いたが、むしろ好都合だ。その方が私が差し切るチャンスがあるのだから。私は自分が持てる全力を持ってあの2人に急襲する。

 

 

(後悔させてやる……ッ!私を意識の外に追いやったこと……ッ!必ず後悔させてやるッ!)

 

 

 思えば、いつもそうだった。注目されるのはあの2人だけ。私や他の子は注目されることは少ない。

 あの2人は私のことをライバルだと言ってくれる。そのこと自体は嬉しいし、私自身あの2人をライバルだと思っている。

 けど、私はあくまでその他大勢のライバルにしかなれないのだ。あの2人は、お互いがお互いを特別なライバルだと思っている。有マ記念でのインタビューの特番を見て、それは分かっていた。

 ボーイちゃんもテンちゃんも、倒すべき相手にお互いを掲げている。絶対に負けたくない相手にお互いの名前を出し合った。そこに、他の子の名前はない。

 別に深い意図はないのだろう。だけど、私はつい悪い方向に考えていってしまった。私たちには負けないから。そう考えているからこそ、お互いしか意識していないのだろうと。

 それは、世間の声も一緒だった。テンポイントのライバルはトウショウボーイだけ。トウショウボーイのライバルはテンポイントだけ。そんな声しか上がらない。

 ……そんなのは嫌だ。私だって、あの2人のライバルなのだと世間から認められたい!あの2人だけじゃない、自分たちの世代にはまだまだ強い子は沢山いるのだと!世間に知らしめてやりたい!

 結局は、子供の駄々のようなものなのだろう。注目されたいから、認められたいから気を引くためにあの手この手を使う。だからこそ……。

 

 

(あの2人の一騎打ちだと思っているこのレースを、私が横からかっさらっていってやる!)

 

 

 そう心に誓い、私は走る。すでにボーイちゃんに並んだ。後はテンちゃんを抜かすだけだ。

 ……だが、抜かせない。それだけじゃない。ボーイちゃんに追いついたはずなのに、追い抜くことができない。

 ありえない。ボーイちゃんもテンちゃんも、序盤から飛ばしてきたはずだ。体力は残っていないはず。対して、私の体力はなくなる寸前だが、2人よりはあるはずだ。どうして?どうして追いつけない!

 どうして追い抜くことができないのか。そんなことを考えたまま、勝負は最終局面へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。走る。走る。ただ、脚を動かして走る。ただ、いつものように走れているだろうか?ボクはふとそう思った。

 いつものように呼吸するのが難しい。脚が鉛のように重い、最早棒のように感じている。心臓や肺が破れそうだ。

 春の天皇賞で3200mを走った時でも、ここまではならなかった。だが、それも当然だろう。有マ記念の距離実に2500m。その距離を、ほぼ全力に近い形で、ペース配分というものをガン無視して走っているのだから。

 なぜそんなことをしているのか?理由は簡単だ。

 

 

(ボクの隣を走っとるコイツに……ッ!絶対に負けたないからや!)

 

 

 隣を走っているボーイに、絶対に負けたくない。その一心だったから。

 残り200m。最後の直線に入って取ったハナが取り返されそうになる。内心舌打ちする。

 

 

(ホンマに……ッ!恐ろしいやつやな、ボーイ!)

 

 

 だが、それでこそボクのライバルだ。こんなところでくたばるようなたまではない。そのことを、ボクが一番よく分かっている。

 もう駆け引きなんてものは存在しない。ただ、意地と意地だけがぶつかり合う純粋な力勝負。お互いに絶対に負けたくない。その一心で走っているに違いないだろう。

 ただ、トウショウボーイというウマ娘を負かす。そのことだけにボクの全神経を集中させる。

 そして、ボクとボーイは最後の直線の最後の坂に入っていく。ここを越えれば、ゴールは目前だ。坂を一気に登っていく。

 苦しい。ただでさえ最初から全力疾走してガス欠寸前のこの身体に坂はキツ過ぎる。だが、それはボーイも同じこと。絶対に諦めない。全ては勝利するために。ボクは必死に脚を動かす。

 最後の坂を登り終える。これで、残り100m。もうボーイと競り合っているのかどうかすら分からない。ただ機械のようにボクは脚を動かす。

 だが、残り100mが果てしなく遠く感じる。あとどれだけ走ればゴールに着くのだろう?そんな考えが頭をよぎる。もう何も考えられない。すでにガス欠になったのだろうか?ちゃんと、ボクは走れているのだろうか?そんな感覚に陥る。

 ……その時ふと、スタンドからの声がボクの耳に入ってきた。それは、本当に偶然だった。

 

 

「……ォォォ!」

 

 

(なんや?誰の……ッ!)

 

 

 この大歓声の中だ。誰の出した声かなんて普通は分からない。だが、その声だけは大歓声の中でも聞き分けることができた。

 

 

「……イントォォォォォ!」

 

 

(あぁ……。この声は)

 

 

 聞き間違えるはずがない。どんな時でもボクを励ましてくれた。

 

 

「……ぇぇぇ!テンポイントォォォォォ!」

 

 

 どんな時でも、ボクを信じてくれていた。

 

 

「頑張れぇぇぇぇぇ!テンポイントォォォォォ!」

 

 

 大切な、ボクのトレーナーの声!

 

 

「あぁ……そうやな……。そうやったな……ッ!」

 

 

 思わず、声が漏れ出る。真っ白になりそうだった意識が回復する。ボクの全身に、みるみるうちに力が湧いてくる!

 思い出す。選手控室でトレーナーと交わしたあの約束を。いつものルーティーン。お互いの拳を軽く合わせて誓った、あの約束を!

 

 

『観客席でしっかり見とき?ボクが1着で駆け抜けるとこ!』

 

 

「よう見とき……ッ!」

 

 

 深く呼吸をする。

 

 

「これが……、キミの信じる……ッ!」

 

 

 脚を力強く踏み込む。

 

 

「最強のウマ娘の……ッ!最強の走りやァァァァァァ!」

 

 

 ボクは、全力で駆け抜ける。残り100m先の、ゴール板を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《残り100を切った!さぁテンポイント先頭だ!テンポイントが先頭だ!しかしトウショウボーイとの差はわずかだ!トウショウボーイも意地がある!トウショウボーイが内から懸命に追いすがる!トウショウボーイ追いすがる!その差を1/2バ身まで詰めたトウショウボーイ!じりじりと差を詰める!テンポイントここまでか!?いや違う!テンポイント息を吹き返した!テンポイント粘る!テンポイント粘る!それ以上差を縮めさせませんテンポイント驚異の粘り!そしてそして外のグリーングラスもトウショウボーイに並んだ!3人がもつれ合う!》

 

 

《もう残りわずかだ!もう残りわずかだ有マ記念!勝利の3女神は誰に微笑むのか!?》

 

 

 

 

 中山レース場が揺れる。有マ記念というレースの歴史上見たことがない展開。最初から最後までテンポイントとトウショウボーイ2人によるマッチレース。そこに入り込めたのはただ1人、同世代の菊花賞ウマ娘グリーングラスのみ。他に出走しているウマ娘たちは前3人の激闘を後方で見ることしかできない。

 テンポイントを応援する声が飛ぶ。

 

 

「頑張れ!もうちょっとだテンポイント!」

 

 

「トウショウボーイに雪辱を果たしてくれ!」

 

 

「勝って、勝って海外に飛び立ってくれテンポイント!」

 

 

 その声に負けじと、トウショウボーイを応援する声が飛ぶ。

 

 

「後もうちょっと!差し返せトウショウボーイ!」

 

 

「お前の走りは誰にも負けねぇってことを見せてくれ!」

 

 

「トゥインクルシリーズ最後のレースを勝って、華々しくドリームトロフィーリーグに行ってくれ!」

 

 

 そして、グリーングラスへの声援も飛ぶ。その声は、2人にも負けていない。

 

 

「そうだ!テンポイントとトウショウボーイだけじゃねぇ!お前もいるってことを見せつけてやれ!グリーングラス!」

 

 

「2人はとっくにガス欠だ!差し切れるぞー!」

 

 

「頑張れ……ッ!頑張れ!グリーングラス!」

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議だった。さっきまではあんなに疲れていたのに、もう走り終わって楽になりたいと考えていたのに、今は真逆のことが頭に浮かんでいる。

 もっと走っていたい。このレースを終わらせたくない。そんな考えが頭をよぎった。

 ……それだけ、このレースがボクにとって楽しいものだったのだろう。レースという真剣勝負に楽しいという感情を持つのもどうかと思うが、ボクはそう思った。もうレースが終わりそうだという今際だからかもしれない。

 ボクは変わらず先頭を走っている。ボーイは半バ身だろうか?それくらい後ろを走っている。だが、微塵も諦めようとする気配はない。ボクに食らいつこうと必死になっている。彼女の叫びが聞こえるような気がする。

 

 

「テンポイントォォォォォ!」

 

 

 そう、叫んだような気がした。

 ……だが、それももう終わりだ。ボクはペースを緩めずに走る。そして……。

 

 

「ボクの……ッ!勝ちや……ッ!」

 

 

 ボクの身体が、1番最初にゴール板を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有マ記念。ファン投票と推薦されたウマ娘によって選ばれた優駿たちが年末最後に競い合う歴史と伝統のあるレース。その年最後に日本一のウマ娘を決めるレースとも言われている。そして、様々な伝説が生まれてきた。今回の有マ記念もまた、人々にとって忘れられないレースとなった。

 1番人気と2番人気のライバル2人が最初から最後まで競り合うマッチレース。共倒れになるんじゃないか?そう思っていた観客たちの声を嘲笑うように、この2人によるマッチレースが繰り広げられた。

 1番人気のウマ娘の名は〈貴公子〉テンポイント。2番人気のライバルの子には、絶対に負けられないと意気込んでいた。

 2番人気のウマ娘の名は〈天を駆けるウマ娘〉トウショウボーイ。こちらも同様に、1番人気のライバルには絶対に負けられないと意気込んでいた。

 お互いがお互いを特別なライバルと認めるこの2人によるマッチレース。見るもの全てを魅了した伝説のマッチレース。

 

 

「戯れにもみえた、死闘にもみえた」

 

 

誰かがそう言った。

 2500mの死闘を制した、勝者の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンポイント




有マ記念、決着。
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