テンちゃんと別れて、しばらくボーイちゃんと歩く。道中はお互い無言だった。そのボーイちゃんとも途中で別れて、私は1人自分の控室に入る。中にある椅子に腰かけて、扉に背を向けて項垂れる。
……今回のレースの敗因はなんだ?仕掛けるタイミングを見誤ったのか?それとも前のボーイちゃんとテンちゃんにあてられて自分も知らずのうちにペース配分を誤ったのか?そもそもついていくのに精いっぱいだっただけか?考えは尽きない。
そんな時ふと、前を走る2人の姿を思い出す。お互いのことしか目に映っていない。終盤も終盤、疲れも見えていた。けれど、どこか楽しそうに走っている2人の姿。そして、それ以上に感じた……。
そこまで考えて思考を逸らす。辛い現実から目を逸らすように。すると、控室の扉がノックされる。
「……誰~?」
そう言うと、扉を開けてその人物が入ってきた。私はその姿を確認するために扉の方に視線を向ける。沖野トレーナーとカイザーちゃんだった。姿を確認すると私は先程と同様に項垂れる。レースの疲れ……、違う、何となく、こうしていたかった。
私は沖野トレーナーに問いかける。扉に背を向けて、椅子に座り項垂れたまま。
「おきの~ん、他の子は~?」
「……先にライブ会場に行ってるよ」
沖野トレーナーは短くそう答えた。そしてそのまま続ける。
「グラス、今日のレースだが……」
「いや~、惜しかったな~」
けれど、私は沖野トレーナーの言葉を最後まで聞くことなく話始める。そして、今回のレースに対する反省を言い始める。
「仕掛けるのがちょっと遅かったかな~?もうちょっと早く仕掛けてたら、勝ってたのは私だったんだけどな~」
「……グラス」
私は言い訳がましくそう言った。沖野トレーナーは何か言いたげに私の名前を呟く。表情は分からない。そもそも顔を見ていないのだから。けれど、言葉を遮って私は続ける。
「思ったよりスタミナも削れてたな~。あの2人にあてられちゃったかもしれないね~。反省反省~」
「グラス」
「負けちゃってごめんねおきの~ん。でも……」
「グラス!」
今度は沖野トレーナーが私の言葉を遮るように私の名前を呼ぶ。いや、叫んだ、といった方が正しいだろうか。その言葉には怒気を孕んでいた。
私は思わず無言になる。沖野トレーナーは言葉を続けた。
「現実を見ろ、グラス!お前は負けたんだ!」
「……」
……分かってるよ。どうして自分が負けたのか。
「お前は負けた。テンポイントに、トウショウボーイに。そしてその原因は展開のせいじゃねぇ」
「……るよ」
私の何が、あの2人に劣っていたのか。
「今回の負けに関しては冷静にレースを展開していれば……とか、そんな次元の話じゃねぇ」
「……ってるよ」
何が一番悪かったのかなんて……。
「お前は、あの2人に……」
「分かってるよ!そんなこと!」
私は耐えきれなくなって、叫んだ。トレーナーと顔は合わせない。項垂れたまま、私は言葉を続ける。
……本当は全部分かってる。どうしてあの2人に負けたのか。
「分かってるよ!なんで負けたのか!」
レースにたらればはない。
「何が悪かったのか……ッ!」
もっとこうしていれば。もっとああしていれば。
「私があの2人に勝てなかった理由なんて……ッ!」
そんな考えが出る時点で……ッ!
「私が一番……ッ!分かってるよぉ……ッ!」
気持ちの時点で、私はあの2人に負けていたんだ……!
……前を走る2人を見て、一番感じたのは負けたくないっていう気持ちだった。お互いに、絶対に負けたくない。そんな気持ちで走っているのを私はひしひしと感じていた。他の誰に負けてもいい、だけど隣を走るコイツにだけは絶対に負けたくない。そんな気持ちで走る2人を、私はずっと見ていた。
最後の直線で並んだ時、ボーイちゃんとテンちゃんを抜かせなかった理由だって分かっている。私に、2人ほどの気持ちがあっただろうか?絶対に負けたくない。彼女たちに勝つためだったら、他の誰に負けてもいい。そんな気持ちで走っていたか?
……いいや、なかった。だからこそ、私は負けたんだ。
悔しさと後悔から涙が溢れて止まらない。悔やんでも悔やみきれない。私は懺悔するように沖野トレーナーに告げる。
「悔しい……!悔しいよ……!トレーナー…!」
「……」
「……グラスさん」
沖野トレーナーは黙っている。カイザーちゃんが私の名前を呟いた。私は続ける。
「今まで負けてきたことは沢山あった……!でも……!でも!」
私は涙声になりながら、告げた。
「今日の負けが……ッ!一番悔しいよぉ……!」
どんなに後悔しても時間は止まらない。どんなに悔やんだところで、もうこのレースの最初に戻ることはできないのだ。その現実に、私は涙を流すしかなかった。
そんな時、私の頭に何かが置かれる。これは、誰かの手だろうか?おそらく、沖野トレーナーの手だろう。声が聞こえる。
「……俺も悔しい!お前を勝たせてやれなかった……!それが何よりも悔しい!」
……違う。悪いのは私だ。そう言いたくなった。けれど、口に出すことができない。
「だからグラス。次は勝つぞ!」
……何を言っているのだろうか?テンちゃんは海外に行く。ボーイちゃんはトゥインクルシリーズを引退する。次は、誰に勝てば……。
そう思っていると、すぐに沖野トレーナーは言葉を続ける。
「確かにトウショウボーイはトゥインクルシリーズを引退する。テンポイントは海外遠征で半引退のようなもんだろう。けどな、お前が戦ってきた相手は、その2人だけか?」
「……違う」
「そうだ。あの2人がいないからってお前のトゥインクルシリーズでの戦いが終わったわけじゃねぇ。お前の戦いはこれからも続いていく」
沖野トレーナーは、そのまま続ける。
「だったら!お前はいなくなった2人の分までトゥインクルシリーズを盛り上げてやれ!そして、証明するんだ!自分はあの2人にも劣ってねぇ……ってな!」
「……できるのかな?あの2人に、勝ってないのに」
「できるさ。俺が保証する。それに、あの2人にやり返すんだったら、それこそドリームトロフィーリーグがある。それまではトゥインクルシリーズでお前も頑張るんだ!」
私の戦いはまだ終わっていない。そのことが、私の心に深く刻まれた。少しだけ、元気が出る。項垂れていた状態から、身を起こしてトレーナーの表情を見る。その顔は、笑っていた。
きっと今の私の顔はとても人に見せられたものじゃないだろう。泣きすぎて、どんな表情をしているのかも分からない。だけど、私は精一杯笑って言った。
「……そっか。おきのんができるって言ってるんだから、頑張らないと……だね」
その言葉に、いつの間にか近くに来ていたカイザーちゃんも笑顔を見せる。そして、私を労うように告げる。
「グラスさん。お疲れ様でした。結果は残念でしたけど……。けれど、私も決心がつきました」
「……なんの?」
私がそう問いかけると、カイザーちゃんは答える。
「私は、近日中に正式に引退することを発表しようと思います。そういえば、してませんでしたからね」
「……ッ!そっか……うん、分かった。カイザーちゃんがそう決めたなら、私は何も言わないよ……」
本当は引き留めたい。けれど、カイザーちゃんがそう決めたのなら……。
「そして、ドリームトロフィーリーグに挑戦します。グラスさんが勝てなかったボーイさんに、私も挑戦しようと思います。まずは、トレーナー探しからになると思いますけど」
「……え?」
一瞬、何を言っているのか分からなくて呆けてしまった。カイザーちゃんが続ける。
「確かに追いつけなかったかもしれません。けれど、グラスさんの走りは私の胸に深く刻まれました。だから思ったんです。もう一度頑張ってみようって。それに、グラスさん言いましたよね?私とグラスさんは、日陰者同盟だって」
「……うん」
「じゃあ、同盟の1人として負けたグラスさんの仇として私がボーイさんに勝ってきます!勝てるかどうかは分かりませんけど、私なりに頑張ってみようと思います!」
そう言って、私に笑いかけてくれた。どうしたらいいのか分からない。そんな私に、沖野トレーナーが話しかける。
「友達が頑張るって言ってんだ。応援してやりな、グラス」
「……うん、うん!頑張ってね……、カイザーちゃん!」
「はい!グラスさんの仇は、私が取りますよ!私たち、日陰者同盟ですから!」
私はまた泣いた。今度は悔しさからの涙じゃない、友達が復帰を決めたこと、そのことが嬉しくて泣いた。
テンさんと別れて、グラスとも別れてオレは控室で休んでいた。あれだけの走りをしたのだ。まだ疲れが残っている。ただ、ライブの準備もしないといけないのであまり休んでいられないというのが現状なのだが。
少しでも身体を休めようと椅子に座っていると、扉がノックされる。オレが返事をすると、外にいた人物たちが部屋に入ってきた。おハナさんとクイン達だった。
まず最初に、ハイセイコー先輩がオレに話しかける。
「お疲れ様、トウショウボーイ」
「ありがとうございます!結果はアレですけどね……」
苦笑い気味にオレは答えた。その答えに、ルドルフが告げる。
「いいえ、恥ずかしいことではありません。精励恪勤、お互いに全力を尽くして戦うその姿は、とても素晴らしいものでした」
「おう、そう言ってくれると嬉しいぜ!ルドルフ!」
「トウショウボーイ」
「な、なんでしょうか!テスコガビー先輩!」
「……なぜそう委縮する?」
「いや……。何となく?」
「……お前というやつは」
テスコガビー先輩は頭を痛そうに抱える。なんだか申し訳なかった。
そのままテスコガビー先輩が続けて言った。
「素晴らしい勝負だった。お互いに全力を尽くした力と力のぶつかり合い。見ているこっちも、走りたくなったぞ」
「お、おぉ……!ありがとうございます!」
何気にテスコガビー先輩に褒められたことは少ないので本当に嬉しい。そんなオレの様子にテスコガビー先輩は苦笑いを浮かべると、それ以上は何も言わなかった。
今度はマルだ。マルが何か言う前にオレはマルに謝る。
「わりぃ!マル!負けちまった!約束したのに……!ホントにごめん!」
「いいのよショウさん。ショウさんはパーペキな走りを見せてくれたわ。あたしはそれだけで満足よ」
あ、でもと付け加えて、マルは悔しそうにこちらに告げる。
「あぁ~!2人の勝負を見てるとあたしも出たかったわ~!もうホントにチョベリバ!」
「諦めなさいマルゼンスキー。あなたの脚を考えると出すわけにはいかないわ」
「分かってるわよ東条トレーナー!それでも悔しいものは悔しいの!」
地団駄を踏みそうな勢いのマルを微笑ましく思った。
次はおハナさんだ。おハナさんは無言のままオレを見ている。そんなおハナさんに、オレは質問した。
「なぁ、おハナさん」
「……何かしら?トウショウボーイ」
「今日のレース、オレに悪かったところはあったかな?」
……正直、聞くまでもない質問なのは分かっている。ただ、何となくそう聞きたくなった。
おハナさんは逡巡した後、答える。
「……いいえ、なかったわ。作戦も、あなたの走りも完璧だった」
「……そっか。おハナさんが言うなら、間違いねぇな」
「えぇ。今回の勝負は、完全にこちらの力負けよ。それほどまでに、テンポイントは強かった」
「そっか。……そっか」
おハナさんも、オレと同じ気持ちらしい。悔しい、というにはどこか晴れ晴れしい表情をしていた。
リギルのみんなとの話が終わったということで、最後にクインと話す。他のみんなはもうライブ会場に向かった。オレとクインだけが残っている。
オレはクインに話しかける。
「なぁ、クイン」
「……なんでしょうか?トウショウボーイ様」
「悪かった。勝てなかったよ」
「……はい」
「オレも、全力を出して頑張った。死力を尽くした。けど、テンさんはオレ以上に強かった」
オレはクインに謝罪する。勝てなかったことを。オレの言葉を、クインは相槌を打ちながら答える。
そんな時、クインがオレに問いかけてきた。
「トウショウボーイ様、昨日のことを、覚えておりますでしょうか?」
「……クインと一緒に帰った日のことか?」
クインは頷く。
「私はあの時トウショウボーイ様に言いましたね。勝利すること以上にご自身に悔いが残らないように走ってください……と」
「……あぁ、そうだな」
「トウショウボーイ様。悔いは、ありますか?」
クインのその言葉に、オレは答える。思っていることを素直に。
「……正直さ、やっぱり負けたから悔しいって気持ちは勿論ある。そりゃそうだ、負けて悔しくならない奴なんていないからな」
「……はい」
「けど……」
オレは、笑顔で言った。
「悔いはねぇ。それだけは間違いなく言える」
オレの言葉に、クインも笑顔を見せた。
「それは、何よりでございます。トウショウボーイ様」
今回のレース、結果としてオレはテンさんに負けた。そのことはすごく悔しい。
けど、悔いはない。全力を出した上での結果だ。だから、負けた悔しさはあっても負けたことに対する悔いはない。オレは、そう思った。
有マ記念、これにて終幕