ハイスクールD×D〜転生したら騎士(笑)になってました〜   作:ガスキン

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・・・ヤバいものを書いてしまった。


第九十八話 調教の基本はアメとムチ

生物はおろか、草一つ生えていない枯れ果てた大地。フェンリル、スコル、そしてハティの神喰狼三頭は、主であり、父でもあるロキからの命令でこの場所へ立っていた。

 

その命令とは即ち、自分達の目線の先に立つ一人の“小さきもの”を始末する事だ。名前は知らない。そもそもフェンリル達にとって、神であろうと何であろうと皆すべからく“小さきもの”なのだ。自分達の牙にかかれば、何者であろうが噛み砕けないものは存在しない。その様な矮小なるものを一々区別する必要など無い。・・・そう、先日までフェンリルは確かに思っていた。

 

フェンリルにとって、世界とは“獲物”だった。ロキに従い、彼を邪魔するものに対し、その神殺しの牙を突き立て、己が空腹を満たす。それが自分の役目であった。あの時もそうだった。いつも通りロキの指示に従い、目の前の“小さきもの”を噛み殺す。それだけの事・・・のはずだった。

 

だが、その“いつも通り”はやって来なかった。“いつも通り”ならば“小さきもの”は断末魔の声を上げていたはずだった。“いつも通り”ならば突き立てた牙に甘美なる肉の感触があるはずだった。“いつも通り”ならば、自分は空腹を満たせていたはずだった。

 

―――最初はどこから聞こえて来ているのかわからなかった。ピキピキという耳触りの悪い音。それが自分の口の中から鳴っていたものだと気付いた瞬間、神殺しの牙は呆気無く砕け散った。

 

抱いた感情は“戸惑い”。そして、次に襲って来たのは激痛だった。もがき苦しむフェンリルに対し、“小さきもの”が放った言葉が彼の心を凍りつかせた。

 

『威勢がいいのは結構だが・・・どうやら躾がなっていないようだな』

 

何故この“小さきもの”がしゃべるのだ? 何故この“小さきもの”が生きているのだ? 何故・・・この“小さきもの”の言葉に自分は震えているのだ? なぜ? 何故? ナゼ?

 

それが“恐怖”という感情だと理解する事がフェンリルには出来なかった。彼は恐怖を“与える”側であり、“与えられる”側になる事など皆無だったからだ。

 

そして今、あの“小さきもの”が再び自分の前に現れた。心が僅かにざわめくが、フェンリルはそれに気付かないフリをした。

 

そんな父の右に並び、標的である“小さきもの”を見て低く唸り声を上げるのは、フェンリルの娘であり、ハティの姉であるスコル。彼女にとって世界とは“退屈”であった。誰も彼も、自分がちょっと噛みついただけでアッサリ死んでしまう。それがつまらない。自分はもっと遊びたいのだ。スコルは戦いを戦いだと思っていない。彼女はただ遊びたいだけだった。

 

そんなスコルは今、とてもワクワクしていた。父の父であるロキから、この“小さきもの”は今までの“小さきもの”とは違うと聞かされていたからだ。父をこき使うロキは好きでは無いが、自分の退屈を紛らわせてくれるかもしれない相手を用意してくれた事には感謝していた。叶うのなら、父の合図を待たずに飛び掛かりたいとすら思うくらいに。

 

その反対、フェンリルの左に立つ、スコルの妹のハティもまた、“小さきもの”へ顔を向けているが、その目は“小さきもの”を捉えていなかった。それは、世界を“無価値”とするハティにとって至極当然であった。彼女の認める価値とは“強さ”のみであり、故にハティの中で“最強”である父の為に生きる事がハティの全てだった。その父どころか自分達にすら殺せるはずのロキに命令されるのがハティには屈辱で、いつかロキを殺して自由になる事を夢見ていた。

 

今回も渋々ではあったが、父の為にと我慢して命令に従った。さっさとあの“小さきもの”を殺して、父やスコルと一緒に帰りたい。“小さきもの”は所詮“小さきもの”でしか無い。軽く噛み殺してやろう。ハティはそう思っていた。

 

三頭それぞれに抱く思いは違っていた。たが、同時に共通している所もあった。それは・・・自分達の運命が既に決定づけられている事に気付いていないという点だった。

 

「「「アオォォォォォォォォォォォン!!!」」」

 

天を仰ぎ、咆哮するフェンリル達。並みの者であればそれだけで圧倒され、戦う前から戦意を喪失してしまうであろう。

 

「その二頭は兄弟・・・いや、もしかして親子か?」

 

だが、“小さきもの”はまるで気にした様子も無くそう呟くだけに終わった。その余裕ある態度にスコルは益々期待し、ハティは自分達を甘く見られたと気分を害した。

 

今にも飛び掛かりそうな二頭を制し、フェンリルが“小さきもの”を中心に周り始める。スコル、ハティもそれに加わり、徐々に互いの距離が近づいて行った。そして、牙の届く距離まで近づいた次の瞬間、フェンリルが吠えた。

 

「グルアァァァァァァァァ!!!」

 

それが攻撃の合図だった。フェンリルが正面、そしてスコルが左、ハティが背後から一斉に“小さきもの”へ襲い掛かる。その腕に、その脇腹に、その足に、神殺しの牙を突き立てる為に。今の“小さきもの”はあの鎧を纏っていない。アレさえなければ必ず殺せる。そうすればあの謎の震えももう二度と起こる事は無い。

 

フェンリルは確かに勝利を確信していた。―――自分達の牙が“小さきもの”へ食い込む刹那、その“小さきもの”の姿が消滅したその瞬間までは。

 

「「「ギャンッ!?」」」

 

慌てて止まろうとするが既に手遅れだった。一度放たれた弾丸を戻せないのと同じ様に、開かれた口から覗く牙を引っ込める事は出来ない。そのままフェンリルの牙がハティの首筋へ、ハティの牙がスコルの胸に、スコルの牙がフェンリルの頬へ突き刺さった。

 

神殺しが初めて自ら味わう事となった神殺しの一撃の威力はやはり凄まじく、穿たれた穴から鮮血が滝の様に流れ始めた。しかし、フェンリル達はそんなものに気を取られている場合では無かった。早く“小さきもの”を見つけ―――。

 

「・・・どうやら、俺の忠告は無駄だった様だな」

 

心臓を鷲掴みにされるとは正にこの事だった。自分達の背後から届く“小さきもの”の声に、何者にも臆する事の無いはずのスコル、価値を認めないものには一切興味を抱かないはずのハティまでもがその場に縫いつけられたかの様に動きを止めた。

 

“小さきもの”は後ろにいる。わかっているのにフェンリルは振り向けなかった。足どころか指の一本すらも石のように動かないのだ。まるで、自分の意思に反して体が振り返るのを拒んでいるかの様に。

 

○い。振り返るのがどうしようもなく○い。けれど、ロキの命令は絶対。自分はあの“小さきもの”を必ず殺さなければならない。しくじれば使えないものと判断され、ロキ本人に処分されてしまう。それは娘達も同じ。だからこそ、自分達が生きる為にも“小さきもの”を殺さなければならないのだ!

 

意を決し、フェンリルは無理矢理といった感じで体を動かして背後を向いた。

 

「お前達の為にももう一度言わせてもらおう。その誰彼かまわず噛みつく癖を直さなければ・・・後悔するのはお前達自身だぞ?」

 

まるで幼子へ言い聞かせる様に穏やかに、優しく、慈しむかの様に言葉を紡ぐ“小さきもの”。だが、フェンリルがその言葉を聞いて感じたのはとてつもない○○だった。この“小さきもの”は神喰狼である自分達を全く脅威として見ていない。ロキですら自分達と接する時には幾分かの警戒心を持っていたが、この“小さきもの”からはそれすら感じられない。強者だからこそ認められる弱者への慈悲・・・。“小さきもの”が自分達へ向けているのは正にそれだとフェンリルは思った。

 

「「グ、ガ、ガァァァァァァァァァァァ!!!」」

 

“小さきもの”に威圧され、硬直していたはずのスコルとハティが突然狂ったかの様に“小さきもの”へ向けて突撃した。それが○○に駆られての破れかぶれな行動だとフェンリルが気付いた時にはすでに二頭が“小さきもの”の腕と足に噛みついていた。

 

―――ピキピキ。

 

その音が聞こえた瞬間、フェンリルの時が停止した。あの○○の記憶が無理矢理呼び起こされる。やがて、停止した時が再び動き始めた彼の目に映ったのは、あの時の自分と同じく、牙を失い、苦しみにもがく娘達の姿だった。

 

「・・・さて」

 

“小さきもの”の視線がフェンリルを捉える。

 

―――クルナ。

 

「ギャウ、ギャウゥ・・・」

 

助けを求めるかのように弱々しい声を上げるスコル。だが、今のフェンリルにそんな娘の声は届いていなかった。

 

―――クルナ。

 

「グ、グルル・・・」

 

ハティは尚も立ち上がろうとしていた。父の元へ“小さきもの”を行かせたくないのか、“小さきもの”へ向かって手を伸ばそうとしている。

 

―――クルナ。

 

そんな二頭など既に眼中に無いのか、“小さきもの”はただフェンリルに向かって静かに近付いて来ていた。

 

―――クルナ。クルナ。クルナ。クルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナ。

 

最早フェンリルは声すら出なくなっていた。そして、この瀬戸際になって、ようやく彼は自分が“小さきもの”へ抱いていた感情の正体を知るのだった。

 

“恐怖”・・・。かつて、自分が命を奪って来た者達が抱いていたであろうその感情を、今は自分自身が抱いている事を、フェンリルは身を持って気付かされた。

 

「ふ・・・ようやく大人しくなったか」

 

“小さきもの”がフェンリルの体に触れる。その触れられた場所が恐ろしく冷たくなっていくのをフェンリルは感じていた。おそらく・・・いや、間違い無く自分はここで死ぬのだと、フェンリルは覚悟した。何故、前回の時点で気付けなかったのか。この“小さきもの”は他の“小さきもの”とは次元が違う。自分達やロキすらも足下にすら及ばない“偉大なるもの”なのだと・・・。

 

それを理解した瞬間、フェンリルの心から死の恐怖が少しだけ和らいだ。この“偉大なるもの”に殺されるなら本望だと。自分という存在もまた“偉大なるもの”の糧になるのならばそれは幸せな事だと。

 

だが、“偉大なるもの”は強さだけでは無く、心も“偉大なるもの”だった。トドメを待つフェンリルの体を、温かい何かが包み込む。それは以前、牙を失ったフェンリルを治療した“偉大なるもの”の力の現れだった。

 

「まさか、互いに噛み合うとは思わなかったぞ。どうだ、まだ痛むか?」

 

「ガ、ガウ・・・」

 

「そうか・・・」

 

首を横に振るフェンリルを、“偉大なるもの”は優しく撫でた。たったそれだけで、フェンリルは自分の体が融けてしまいそうなほどのとてつもない気持ち良さを味わうのだった。目はトロンとし、耳と尻尾は力無くダラリと垂れる。

 

「すまない。お前達を傷付けるつもりはなかったんだ。許してくれ」

 

その言葉は甘美にして強烈な毒のごとくフェンリルの耳を、頭を、心を侵していった。ああ、なんという慈悲深さだろう。愚かにも“偉大なるもの”へ歯向かった自分を許すどころか癒してくれるなんて。

 

フェンリルが気付かぬ間に、彼の心の中を“偉大なるもの”が徐々に支配していった。それに満足したのか、“偉大なるもの”はスコル、ハティへも慈悲を与えた。牙を取り戻したスコルは嬉しそうに“偉大なるもの”の周りを駆け、ハティは甘えるように“偉大なるもの”へ頬を擦りよせていた。

 

スコルは“偉大なるもの”に撫でられた事でその快楽の虜となり、ハティは父すら戦わずして屈服させた“偉大なるもの”の強さに心酔した事でフェンリルと同様“偉大なるもの”に心の底まで支配されていた。既にそこにかつての主であるロキの姿は無い。今この時より、神喰狼親子の支配者はこの“偉大なるもの”なのだから。

 

ならば、自分達のやる事は決まっている。我等が“偉大なるもの”を煩わせる悪神をこの牙で噛み殺してやろう。そうすればきっと“偉大なるもの”は喜んでくれるはずだ。

 

「アオォォォォォォォォォォォン!!!」

 

フェンリルの雄叫びの数瞬後、空間に大きな穴が誕生した。ここを通ればロキのいる戦場へ跳ぶ事が出来る。

 

「ここを通ればいいのか?」

 

「ガウガウ!」

 

返事をするスコルに頷き、“偉大なるもの”は穴へと飛び込んだ。それに遅れまいと、フェンリル達も穴へ身を投げ出した。

 

そして、一人と三頭は悪魔達と神が戦闘を繰り広げている戦場へとその姿を現したのだった。




まるまる三人称の敵サイドって初めて書きましたが・・・オリ主が悪人にしか見えない不思議。というか、最後の所とか思いっきり洗脳のやり方だし。

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