ハイスクールD×D〜転生したら騎士(笑)になってました〜   作:ガスキン

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お久しぶりです。平成最後の日に更新出来てよかったです。

それはそうとスパロボTおんもしれえ!(露骨な話題そらし)



第百七十四話 父として 

決意と共に新たな力を手にしたレイナーレ達。そんな彼女達をスコルは地上からのんびりと見上げていた。

 

「おーおー、あんな雑魚共相手に張り切っちゃってまぁ」

 

 呆れた様な、けれどどこか楽しそうな表情を見せるスコルに背後にいたハティが声をかける。

 

「戦力の増強を確認。スコルの心配は払拭された」

 

「だーかーらぁ! オレは心配なんざしてねえっつの!」

 

「把握。スコルは彼女達を信頼している。故に心配は不要だと判断」

 

「お・ま・え・なぁぁぁぁぁぁ……」

 

 見る者が見れば仲の良い姉妹がじゃれている様にしか見えない。しかし、彼女達の周囲に広がるのはそんな微笑ましさとは真逆の恐ろしい光景だった。

 

≪あ……ああ……≫

 

≪消して……誰か火を消し……≫

 

 地面に転がる黒焦げた塊……それはスコルの消えない炎によって全身を燃やされ続けている死神達だった。ハーデスの加護によって神殿内においては不死の彼等は今、その加護によって死を越える苦しみを味わい続けていた。

 

≪……≫

 

≪ひ、ひぃぃぃぃ! 私の腕が! 私の足がぁぁぁぁぁぁ!≫

 

 また、燃え盛る死神達の間には地面から生えたように氷柱が伸びていた。スコルの炎により周辺の温度が上昇しているにもかかわらず、溶けるどころか表面に水滴すらついていないその氷は、スコルの妹ハティによって生み出されたものだった。成す術もなく全身を氷柱に飲み込まれたものは、何が起こったのか理解できないまま、氷柱の創造主に許されるまで永遠の時を過ごす事になるだろう。

 

 そして運良く、いや運悪く体の一部だけを飲み込まれた者は抜け出そうともがいた挙句、氷と共に自らの体を自ら破壊する事となるのであった。

 

「んー……」

 

「スコル、思案中?」

 

「いや、最初こそ疑問だったが、こうして雑魚共を適当に相手してたらボスの考えがなんとなくわかった気がする。お前はどうだ?」

 

 主は「命は奪うな。痛みを与えよ」と彼女達に命じた。殺すだけならば簡単だ。不死の加護など神殿の外に引き摺り出してしまえば何の意味もない。主であるならば、もしや神殿内であろうとも連中を消し飛ばす力も持っているかもしれない。にも関わらず、この様な回りくどい命令を下す意味とは……。

 

「これはおそらく示威行為だと愚考する」

 

 ハティの回答にスコルも首肯する。今回、悪魔達の英雄であり自分達にとって”偉大なる者”である主の逆鱗に、冥府の者達は愚かにも触れてしまった。この先、同じ様な愚者は現れるかもしれない。そんな連中に対し、主は死神達を利用して示そうとしているのかもしれない。冥府の末路が、そのまま未来のお前達なのだと。

 

「羽虫にまとわりつかれても鬱陶しいだけだしな。ボスほどの雄に威嚇されてケンカ売るようなヤツがいたら、そいつはよっぽどのイカレ野郎だな。オレなら秒で漏らす自信があるぜ」

 

「同意」

 

 本人達は知る由も無いが、彼女達が導き出した答えは”博士”が主へ示したものそのものであった。

 

「ま、そういう事だってんならもっと派手にやってやるか。いっそこの趣味の悪い小屋もぶっ壊してやろうか」

 

 ざっと神殿内を見渡すスコルの発言に、死神達の顔色が変わった。

 

≪こ、この聖なる神殿を破壊するだと!? おのれ、我等の誇りを何だと思っている!≫

 

≪そうだ! それにこの神殿が崩壊すれば”あの方”の封印が……!≫

 

「あん?」

 

≪ッ! おい黙れ! それは禁句であろう!≫

 

 不用意な発言をした死神を別の者が一喝するが、その発言はしっかりスコルの耳に届いていた。興味深いとばかりにスコルは件の死神に視線を向ける。

 

「お前、今面白い事言ったな。……決めた。おいハティ、とりあえず手当たり次第にぶっ壊すぞ」

 

「了解」

 

 手始めに前方に見える黄金の柱に飛び蹴りをかましてやろうとスコルが体勢を低くしようとしたその時だった。

 

―――待テ。我ガ娘達ヨ。

 

低く小さな唸り声。しかし、死神達の動きを止めるには十分な威厳とプレッシャーの感じられるその声の意味を聞き取れたのは”彼”の娘であるスコルとハティだけだった。

 

「お父様?」

 

―――我ガヤル。オ前達ハ下ガッテイロ。

 

「おいおい親父。こんな奴等親父がやるまでも……」

 

―――下ガッテイロ。

 

「ッ……」

 

 ゆっくりとスコルの横を通り過ぎていく巨体……フェンリル。それを見送るどころか身動ぎ一つしなくなった姉を不思議に思い近づくハティ。

 

「スコル?」

 

「……やべえ。親父のヤツ目がマジだ。ありゃめちゃくちゃブチ切れてやがるぞ」

 

 額に汗を滲ませるスコル。よく見れば鳥肌も立っていた。

 

「? 何故?」

 

「わかんねえ。わかんねえけど……こりゃ相当荒れるぜ」

 

 娘達のひそひそ声を父は聞いていた。そして心の中で頷く。事実、自分の中には激しい怒りが渦巻いている。

 

 当然だ。目の前に散らばる小さき者どもは()()()()()()()()()()()()()() ()のだから。

 

………

 

……

 

 

 薄暗い部屋の中、液体の中に浮かぶ自分。それが”彼”の最初の記憶だった。

 

「おお! ついに目覚めたか! ククク、個体№2030……お前が目覚めるとはな!」

 

 ぼんやりと見える視界の先で何者かが自分を見て笑っている。自分と何者かの間を隔てている薄い壁に手を当てながら、その誰かが自分を呼ぶ。

 

「お前の名は……フェンリルだ! お前はこのロキの最高傑作となるべくして生まれたのだ!」

 

 ロキと名乗ったこの存在が、自分の主であると”彼”が理解できたのは、それから少ししての事だった。ロキは”彼”に必要な情報や知識を次々に教え込んだ。教えたとは言っても、それはおおよそ教育と呼べるものでは無かったが。ただひたすら機械を通じて”彼”の脳に直接覚えさせるというものだったのだから。

 

 情報量に脳が追いつかず、『教育』は激しい痛みを伴うものであったが、ロキがそれを躊躇う事はなかった。”彼”もまた、それが普通だと思いただ耐えていた。

 

 そんな時間をひたすら繰り返す日々の中、”彼”の肉体もまた成長を続け、目覚めてからずっと居続けたポッドの中から出る時がやって来た。

 

「フェンリル、これからはお前の体の強化を主に行っていく事にする。だがその前に……入って来い」

 

「し、失礼します……」

 

 ロキに促され現れたのは一人の女巨人だった。”彼”からすれば主以外で初めて出会う人型の存在だった。

 

「今日よりお前の世話係となるテュールだ。テュール、お前の役目はわかっているな?」

 

「は、はい。フェンリルの実験データをより効率よく取れるように、食事や体調の管理をする事です」

 

「そうだ。だからこそ行き場のないお前を引き取ってやったのだ。せいぜい己の役目を全うするがいい」

 

「はい」

 

「必要なものは用意する。……が、フェンリルの成長に益になるものしか認めん。お前自身のための物は一切認めんからな」

 

「それもわかってます。私はこの子の……フェンリルの為だけにここにいるのですから」

 

「ふん、弁えているのならいい。実験は明日から始める。今日は精々フェンリルにかみ殺されぬよう機嫌を上手くとっておくのだな。もっとも……お前の体は多少の事で傷つきはしないだろうが」

 

「……」

 

 そう言い残し、ロキは部屋を出て行った。真っ白で何も無い部屋。それが主が用意した”彼”と”彼女”の暮らす部屋だった。

 

 一匹と一人になった部屋。”彼”は”彼女”に興味を示さず、部屋の真ん中に移動すると丸まってしまった。

 

「え、ええっと……私、頑張ってお世話するから、よろしくね、フェンリル」

 

 意を決してテュールが声をかけるが”彼”は何も応えず目を瞑り、やがて静かに眠りにつくのだった。

 

 さて、ロキの宣言通り、翌日から早速”彼”の身体データの調査が始められた。様々な計器をつけられ、筋肉量や血液、果ては排泄物のチェック等ありとあらゆるものが対象となった。

 

 それが終わると今度は実際に体を動かしての調査へ移った。体力、速力、噛む力。単純な物から段々実戦的なものへと変わっていったが、”彼”はただ主に命じられるままにそれらをこなしていく。そして、”彼”は”彼女”の待つ部屋へと戻るのだ。

 

「あ、お、お帰りなさい」

 

 テュールがぎこちなく挨拶をするが、”彼”は気にせず定位置となった部屋の真ん中へ向かう。そこには”彼女”が用意した食事が置いてあった。

 

「今日はお肉だけじゃなく野菜も入れてあるから残さず食べてね」

 

「ぐるる」

 

 テュールの言葉にフェンリルは不満そうにうなり声をあげる。すると、”彼女”は何が面白いのか笑みを浮かべるのだ。

 

「ふふ、そんな風にうなっても駄目だよ。お肉ばかりじゃ栄養が偏っちゃうんだから大きくなれないよ。そうしたらロキ様にも怒られちゃうんだから」

 

 主の名前を出されては仕方が無い。”彼”は残さずそれを食べつくした。実は食事の中にはロキの調合した身体能力増強の薬が混ぜられていた。なので残せばロキが怒るという”彼女”の言葉は間違っていない。

 

「くぁぁ……」

 

「あ、もう寝ちゃうんだ。お休み、フェンリル。また明日も食べてもらえるよう頑張って作るからね」

 

 テュールの声は既に”彼”には届いていなかった。

 

 このように、”彼”と”彼女”の関係は世話するものとされるものでしかなかったが―――その関係性が変化したのはそれから一ヶ月後であった。

 

「むう、最近データの伸びが悪い。そろそろトレーニングと薬だけでは限界か。……やはり、当初の予定通り()()()()()()()() ()

 

 その日、ロキは部屋を訪れるとテュールへ向かってこう言った。

 

「テュール。これから三日間フェンリルを実験室にて移す。お前はその間自由にしていろ」

 

「え、ど、どういう事ですか?」

 

「二度も言わせるな、時間が惜しい。さあ、共に来いフェンリル。お前に新たな力を与えてやろう」

 

 主に従い”彼”は部屋を出た。ふと振り返ると、今にも泣き出しそうな顔をした”彼女”が見えた。

 

 どうしてそんな顔をしているのか”彼”には理解できなかった。けれど、何故か。何故かわからないがその顔はよくないと思った。だからこの時、”彼”は初めて自ら”彼女”へと声をかけた。

 

「がう」

 

「ッ……!」

 

 言葉は通じない。けれど、”彼女”は”彼”が「心配するな」と言ったような気がした。

 

「ふむ、フェンリルよ、ずいぶんあの女に気を許しているみたいだな」

 

「?」

 

「いや、何でもない。それよりもこの三日間、お前は苦しみと痛みの地獄を味わう事になる。だが、それを乗り越えればお前は新たな能力を得ることが出来るだろう。これから新しくお前と同じ幼体を作りだすのは少々面倒だ。死ぬな……とは言わんが精々生き延びてみせろよ」

 

 静かに開く実験室の扉。そして、ロキと”彼”はその中へと消えていくのだった。

 

「ッ!? フェ、フェンリル!?」

 

 そして三日後。”彼”は”彼女”の元へと戻ってきた。―――その体を真っ赤な血に染めて。

 

「ロキ様、これは一体……!?」

 

「なに、実験中の些細な怪我さ」

 

「些細って、こんなに血が出てるじゃないですか!」

 

「だが生きている。そしてフェンリルは新たな力を得た。今回の実験は大成功だ!」

 

 両手を広げ歓喜の声をあげるロキ。テュールはその目に狂気を感じ背筋を凍りついた。

 

「テュールよ。お前にもこいつの新たな力を見せてやろう。フェンリル!」

 

 ロキの合図と共にフェンリルの背中が盛り上がったと思った次の瞬間、太く強靭な触手が天井に向かって勢いよく伸びた。

 

「こ、これは!?」

 

「今回行ったのは合成実験。フェンリルに他の生物の混ぜ、その特性を己が物にさせる。まあその際、元の生物もフェンリルを侵食しようと暴れまわるため、体がボロボロになるのは仕方が無いことではあるがな」

 

「ぐ、ぐるる」

 

「ッ! 止めてフェンリル! もうわかった! わかったからそれ以上無茶しな―――きゃあっ!?」

 

 体をふらつかせた”彼”を見て慌てて駆け寄ろうとするテュールは、次の瞬間触手によって吹き飛ばされた。全身を強く壁に打ちつけられ、さらに触手に打たれた腕からは出血していた。

 

「制御は完全ではないか。これは調整の必要がありそうだ。テュール、フェンリルの手当てはするなよ。回復力の向上の為だ」

 

 伝える事は伝えたと、ロキは部屋を出ていった。テュールは全身をめぐる痛みに涙を流しながら体を起こそうとした。そんな彼女へ近づく影があった。

 

「フェン……リル……。よかった。元に戻ったのね」

 

 背中から触手が消えていた。安堵する”彼女”の腕をジッと見つめていた”彼”はおずおずと顔を近づけ、やがて労わる様に腕を舐め始めた。

 

「くるる……」

 

「心配してくれるの? ありがとう、フェンリル。でも私は大丈夫だよ」

 

 そう言って腕を上げるテュール。その傷が瞬く間にふさがっていった。

 

「凄いでしょ? これが私が里を追われ……そしてロキ様に拾われた理由なんだ。あなたが暴れて怪我をしても簡単には死なない。だから私があなたのお世話係りに選ばれたんだよ」

 

 ”彼女”は微笑み、”彼”を優しく抱きしめた。

 

「だから、辛い時は甘えてね。イライラしたら私にぶつけていいから。私はねフェンリル。あなたの事が大好きだよ」

 

 慈しむ様に”彼”を撫でるテュール。”彼”もまた抵抗せず、”彼女”へその身を預けた。

 

 そしてこの日、彼等は一緒に暮らし始めてから初めて横に並んで眠りについたのだった。

 

 翌日から、”彼”は”彼女”に心を開いたのか。ロキの呼び出し以外はずっと彼女の傍から離れなくなった。

 

「ロキ様にお願いして作ったの。これで寝る時も暖かいよ」

 

 ある日、手製のタオルケットをプレゼントした時の”彼”の喜びようは凄まじく、ロキに呼び出された時まで持って行こうとするほどであった。

 

「がう!」

 

「お帰りなさいフェンリル。今日の実験もお疲れ様」

 

「ぐるる」

 

 嬉しそうに周りをグルグルする”彼”を見てテュールも笑顔を見せる。

 

「……そろそろ頃合か」

 

「ロキ様、何かおっしゃましたか?」

 

「テュールよ。どうやらお前には新たな役目を任せる事になりそうだ」

 

「え?」

 

「なに、案ずる事は無い。むしろお前とフェンリルにとって良い事だろうさ」

 

 ロキは笑う。だが、それは”彼女”のものとは違い邪悪さに満ちていた。そしてこの一週間後、テュールは部屋から姿を消した。

 

「起きろフェンリル」

 

 ”彼女”が消えて数日。”彼”は”彼女”のタオルケットに身を包んだまま部屋の中でジッと横になっていた。そこへロキが訪ねてきたのだ。

 

「ぐるるる……!」

 

「おやおや、ずいぶん不機嫌そうだな。彼女と離れ離れにされたのがそんなに不服だったのかな?」

 

「がうっ!」

 

「くく、これ以上煽って噛まれたくはないな。そろそろ本題に入ろうか」

 

 ドアが開き、何者かが部屋へ入って来た。”彼”が主からそちらへ顔を向けると、そこには一頭の狼が立っていた。

 

「どうした。お前が会いたがっていた彼女だぞ? もっと喜んだらどうだ?」

 

 主が何を言っているのか”彼”には理解できなかった。動かない”彼”に向かってその狼は静かに近づいてきた。そして……。

 

―――久しぶり。……なんて、数日しか離れてないんだけどね。

 

「ッ!?」

 

 その言葉が聞き取れた瞬間、”彼”は理解した。目の前の存在が”彼女”なのだと。固まる”彼”を見て、ロキは喜色にまみれた表情を浮かべる。

 

「いずれ交配実験も行うつもりだった。だが、お前に相応しい番を用意するのに悩んでいたが……こうした方が手っ取り早いと思ってな。お前も嬉しいだろうフェンリル。こうして彼女がお前と同じ存在になったのだからな」

 

 どうして、これでいいのか。”彼”は思った事をそのまま”彼女”に伝えた。同じ存在となった事で互いの思いを正確に伝えられるようになりはしたが、こんな形で意思疎通したいとは思わなかったのに。

 

―――いいの。こうしてあなたとお話出来るようになったし、それに言ったでしょ。私、あなたの事が大好きだって。それこそ、あなたが他の子と仲良くするのを想像するだけで嫉妬しちゃうくらいにね。だから、ロキ様に人の姿を捨てるよう命じられても素直に頷けたんだから。

 

 雄として”彼女”に求められている。……認めよう、自分もまた目の前の”彼女”を雌として求めている。”彼女”が納得しているならば、自分はただ受け入れるだけだ。

 

 こうして、”彼”と”彼女”は一緒になった。二頭は愛を育み続け、そして……新たな命を授かった。

 

 (不服だが)主により「スコル」「ハティ」と名づけられた娘達は、父母の愛情の下スクスクと成長した。この頃になると、ロキは実験でいい結果を出すと外出を許可するようになった。北欧の大地を元気よく駆ける娘達を見ながら”彼女”と身を寄せ合うその瞬間が、”彼”にとってこの上なく幸せな時間となっていた。

 スコルは何かを獲ってきては自慢するように”彼”と”彼女”に見せ、ハティは走り回っていたと思ったら急に眠りだしてこちらを慌てさせる。その性格の違いも”彼”は愛しくて仕方が無かった。

 

―――ずっと、こうしていられるといいね。

 

 答えるかわりに”彼女”の頬を舐める。自分も同じ気持ちだった。『家族』と共にこの幸せな時間をずっと過ごすことが出来たらと。

 

 それが、叶わぬ夢となる事を、この時の彼は想像もしていなかった。

 

「フェンリル。このところ結果が芳しくないようだな」

 

 結果の表示された画面を見ながらロキが”彼”を責める。

 

「よもやお前、早く部屋へ戻るために適当に流しているわけではあるまいな」

 

「がう」

 

 その言葉を否定する。むしろ逆だ。自分が手を抜けば主は”彼女”達に何かするかもしれない。目覚めたばかりの頃と比べ、”彼”は主への忠誠心が低下していた。それ以上に気にかける相手が出来たのだから仕方ないといえば仕方ないが。

 

「ちっ、まあいい。さっさと部屋に戻れ」

 

「ぐるるる」

 

 主を残し”彼”は部屋へ戻る。この時、もう少しゆっくり実験室を出ようとすれば、もしくはこれから起こる悲劇を食い止められたかもしれない。

 

「……子どもは作れた。そろそろ潮時か」

 

 部屋に戻り、家族と共に眠りにつこうとしたその時、突然ロキが部屋へ入って来た。

 

「テュール。お前に最後の仕事をしてもらう時が来た。私について来い」

 

 いきなり現れて”彼女”を連れて行こうとする主に”彼”は牙を剥き出しにし””彼女”を守ろうと前に出ようとしたが、それよりも先に”彼女”が一歩踏み出した。

 

―――落ち着いて。子ども達が怯えてるわ。

 

 その言葉に我に帰る。見れば確かに娘達が不安そうに自分を見つめていた。

 

―――大丈夫。私じゃ実験の役になんて立てないし、きっとすぐに戻ってこれるわ。だから子ども達のお世話お願いね。

 

 安心させるように言い残し、”彼女”は主と共に出て行った。その日、”彼”は一睡もせず”彼女”が戻ってくるのを待ち続けた。

 

『フェンリル。お前だけで戦実室へ来い』

 

 主は姿を見せず、声だけで”彼”に指示をだす。言われるままに娘達を残し示された場所へ向かう。

 

 様々な相手と戦わされた戦実室。つい先日もここで空を飛ぶ魔獣二匹と戦わされたばかりだ。ここに呼ばれたという事はまた戦わされるという事か。

 

「ぐるるる……!」

 

 てっきり”彼女”と会えると思っていた”彼”は怒りを隠そうともせずうなり声をあげる。そこへまたロキの声が届けられた。

 

『今から一匹の魔獣を投入する。お前はそれを仕留めろ。そうすればお前は彼女と会えるだろうさ』

 

 ”彼女”と会える! その一言が”彼”の意思に火を点ける。何が出てこようがすぐさま殺して”彼女”の顔を見てやる。

 

『では、始めようか』

 

 合図と共に戦実室の奥の床が競り上がる。そこから現れたのは四足歩行の醜い獣だった。恐らく様々な生物の因子が掛け合わされた実験用の魔獣だと”彼”は判断した。

 

「?」

 

 魔獣と相対した瞬間、”彼”は違和感の様なものを感じた。しかし、それを確かめる前に魔獣が動き始めた。その動きも”彼”にはどこかちぐはぐに見えた。まるで自分の体をコントロール出来ていないような。そのような相手に負けるわけが無い。”彼”は冷静に突撃をかわし、相手が体勢を整えようとしている背後から触手を突き刺し、爪で切り裂き、その牙を突き立てた。

 

「~~~~~~~!?!?!?」

 

 形容しがたい悲鳴をあげながら魔獣が倒れる。いよいよ”彼”の中の違和感が大きさを増してきた。弱すぎる。こんな相手をあの主が用意するとは思えない。ならば、この魔獣には何か秘密があるに違いない。

警戒しつつ”彼”は魔獣に近づいた。そして、その目を見た瞬間全てを理解した。

 

 なんという事だ! 何故! 何故気づけなかった! この目は、この目の色は、自分を見つめるこの優しい目はまさしく”彼女”のものではないか!!!

 

「ほお、あの時とは違い今度は自分で気づいたか。成長したなぁフェンリル」

 

 ”彼女”のこの姿は何だ!? 何故”彼女”と自分が戦わされた!? 何故!? 何故!? 何故!?

 

「その女は大いに役立ってくれた。だが、お前を腑抜けさせろとは一言も命じていない。実験により神殺しの力を得たお前には、ここいらで昔のお前に戻ってもらわねばならん。そう、私の命令に忠実な神殺しとしてな」

 

 いつの間にかロキが室内にいたが、”彼”はそれに気づくことなく自らが空けた”彼女”の体の穴を塞ごうと必死に舐めた。それが何の意味も無いことを理解していても何かをせずにはいられなかった。

 

―――フェンリル……。

 

 か細い声で自分の名を呼ぶ”彼女”に”彼”は額をこすりつける。すまない。どうして。こんな事をするつもりではなかった。

 

―――わかってる。あなたは優しい子だもの。ロキ様がね。私は邪魔だって。私がいるとあなたが強くなれないから消えてくれって。ふふ、私ね初めてロキ様に逆らっちゃった。そんなの嫌だ。あなた達ともっと一緒にいたいって。結局、見た事もない魔獣と混ぜられて体すら自由に動かせなくなったけどね。元々の回復能力もあなたと一緒になる為に捨てちゃったし。残念だけど、ここまでかなぁ。

 

 どんどん弱弱しくなっていく”彼女”の声。一言も聞き逃すまいと”彼”はひたすら集中した。

 

―――私ね、幸せだったよ。里を追い出されて。生きる意味も見失ってたけど、ロキ様に拾われて……あなたに出会えた。まさか、狼のお嫁さんになるとは思ってなかったけどね。それでも、子ども達も生まれて、みんなで一緒にお出かけして……うん、本当に幸せだった。

 

 ”彼女”はもう助からない。ロキならば何とかなるかもしれないが、この状況を作り出した元凶が助けてくれるとは思えない。それは”彼”も、そして”彼女”もわかっていた。

 

―――フェンリル。最期のお願い聞いてくれないかな。

 

 何だ!? 自分に出来る事なら何でもする! 泣きそうな声でそう伝える”彼”に”彼女”は言った。

 

―――私が死んだら、私の事食べてくれないかな。どうせ死ぬなら最後まであなたの為に死にたいの。それに、そうすれば私はずっとあなたと一緒にいられるから。

 

 わかった、骨まで残さず全て自分の物にすると”彼”は約束した。

 

―――ありがとう。あの子達の事もお願い。どうかロキ様から守ってあげて。

 

 最後の力を振り絞り”彼女”は”彼”の頬へ手をやった。

 

―――ずっと……ずっと愛してる……あなた……スコル……ハティ……。

 

 力を失った手がゆっくりと床に落ちる。”彼女”は死んだ。自分が殺した。

 

 ”彼女”の亡骸に牙を突きたてる。その肉を食らい、骨を砕き、血をすする。もう、誰にも”彼女”を好き勝手にさせないために。

 

『し、失礼します……』

 

 初めて出会った時、”彼女”は不安そうな表情をしていた。

 

『え、ええっと……私、頑張ってお世話するから、よろしくね、フェンリル』

 

 頑張って声をかけてくれた”彼女”を無視してしまった。

 

『ふふ、そんな風にうなっても駄目だよ。お肉ばかりじゃ栄養が偏っちゃうんだから大きくなれないよ。そうしたらロキ様にも怒られちゃうんだから』

 

 緑色のアレは嫌いだったが、”彼女”の作ってくれたものは美味しかった。

 

『だから、辛い時は甘えてね。イライラしたら私にぶつけていいから。私はねフェンリル。あなたの事が大好きだよ』

 

 ”彼女”の暖かさが好ましかった。

 

『ロキ様にお願いして作ったの。これで寝る時も暖かいよ』

 

”彼女”の匂いの染み付いた贈り物は今も大事に持っている。

 

『―――いいの。こうしてあなたとお話出来るようになったし、それに言ったでしょ。私、あなたの事が大好きだって。それこそ、あなたが他の子と仲良くするのを想像するだけで嫉妬しちゃうくらいにね。だから、ロキ様に人の姿を捨てるよう命じられても素直に頷けたんだから』

 

 元の姿を捨ててまで自分を選んでくれた時は嬉しかった。

 

『―――ずっと、こうしていられるといいね』

 

 自分も同じ気持ちだった。

 

『―――私ね、幸せだったよ。里を追い出されて。生きる意味も見失ってたけど、ロキ様に拾われて……あなたに出会えた。まさか、狼のお嫁さんになるとは思ってなかったけどね。それでも、子ども達も生まれて、みんなで一緒にお出かけして……うん、本当に幸せだった』

 

 それは自分の方だ。だって、自分は”彼女”に与えてもらうばかりだったから。

 

『―――ずっと……ずっと愛してる……あなた……スコル……ハティ……』

 

 自分も……いや、”彼女”の命を奪った自分にそれを言う資格は無い。そんな”彼女”に自分が返せるものは……。

 

「食事は済んだか? まあ元々食わせるつもりだったから命じる手間が省けたな」

 

 ”彼女”の全てを平らげた時、背後からロキが”彼”に声をかけた。ゆらりと起き上がった”彼”は振り向くと同時に凄まじい殺気をロキに叩き付けた。

 

 コレは殺す! 必ず殺す! 何が何でも殺す! 後の事など知った事ではない! ここを出てあの大地で娘達と静かに暮らしてやる。その為に殺す! 絶対に殺してやる!

 

「アオォォォォォォォォォォン!!!」

 

 一撃さえ入れば殺せる。”彼”が渾身の力を込めてロキへ襲いかかろうとしたその刹那、”彼”の腹部に何かが撃ち込まれた。

 

「残念だったな。お前が私に反旗を翻す事も想定済みだ」

 

 急速に襲い来る睡魔。”彼”に撃ち込まれたのは特性の麻酔弾だった。

 

「さて、この後は記憶消去……いや、それでは脳神経に余計な負担を与えるな。ならば封印しておくか。そうだな。死の間際でようやく思い出せるほどの強力なものを……な」

 

「ぐ、ぐるるる……」

 

「お休みフェンリル。次に目覚めた時、お前は私の最強の僕となっている。……ああ、心配せずとも娘達も一緒だから安心したまえ」

 

 こうして”彼”の怒り、憎しみ、悲しみは封印された。愛する”彼女”の仇にいい様に扱われる恥辱の時を”彼”は過ごす事となった。それが恥辱である事すら思いだせぬまま……。

 

 しかし、その封印は時を経て一人の青年によって解かれる事となる。ロキは打倒され、”彼”の新たな主となったのは”偉大なる者”。ロキの命で相対したその場で死を疑似体験する事により、”彼”はしばらくして封印された記憶を取り戻したのだ。

 

 取り戻した記憶とこれまでの記憶を照らし合わせる中で、”彼”は娘達の変化に気づいた。亡き”彼女”が残した自分の宝物達から光が失われていた事に。

 

 ”彼女”がいなくなり、最初こそどこにいったのかしきりに聞いてきた娘達は、いつしかそれを口にする事はなくなった。おそらく彼女達ももう母が戻ってくる事はないと理解したのだろう。その頃から、娘達は笑わなくなった。

 

 スコルは周りのもの全てを獲物に見立て、襲い掛かるようになった。これは、あの北欧の大地で獲ってきた獲物を母に褒められていた頃を追いかけているのかもしれない。

ハティは家族以外のあらゆるものに興味を抱かなくなってしまった。自分とスコルを通して母の幻影をひたすら求めているようだった。

 

 そんな娘達が、光を、笑顔を失った娘達が”偉大なる者”とその家族と共に暮らす内に笑うようになった。”彼女”を失い、変わってしまった子ども達があの頃の二頭に戻ったのだ。それがどれほど、どれほど嬉しかった事か! きっとこの気持ちは誰にも理解できないだろう。

 

 ロキによって奪われたものを”偉大なる者”が取り戻してくれた。ならば自分は今度こそ守ろう。娘達を取り戻してくれた”偉大なる者”を。そして、愛する娘達を……!

 

………

 

……

 

 

 

 ”彼”が……フェンリルが抱く怒りの正体。それは娘達が得た暖かな居場所へ手を出そうとした者達へ向けられたものだった。

 

≪ひっ!?≫

 

 フェンリルが一睨みするだけで周囲の死神達が数歩後ずさる。しかし、最早”彼”の中で死神達に対する慈悲は一欠けらも存在していなかった。

 

 その体に様々な生物の因子を秘めるフェンリル。”彼”はある因子を目覚めさせようとしていた。それはロキによって与えられたものではなく、≪”彼”自らが

取り込んだものだった≫。

 

 彼女の思いを戦いに利用したくない。けれど今だけは、娘の為に使う事を許してほしい。

 

 四足歩行の状態からフェンリルが≪立ち上がる≫。前足の指が伸び、関節が生まれる。”彼女”から受け継いだ巨人の因子を発現させる事で”彼”はヒトに似た姿をとる事が可能となっていた。

 

「おいおい……マジかよ」

 

「驚愕」

 

 娘達の驚き声を背中に、神殺しの牙はその口を静かに開く。

 

「……奪ワ゛セ゛ナ゛イ゛」

 

≪しゃ、しゃべった……!?≫

 

 無理やり発声させたようなおどろおどろしい声に死神達が身をすくめる。彼等には一生かかっても理解できないだろう。その声に娘達の大切なものを守ろうとする父親の誇り高き意思を、決意を。

 

「モ゛ウ゛コ゛レ゛以上何モ゛!」

 

―――アオォォォォォォォォォォォン!

 

 神殿内に神殺しの咆哮が響き渡る。そして、フェンリルの放った一撃は、立ちふさがる死神達を紙くずのように吹き飛ばし、柱の一本を跡形もなく粉砕したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ドクン!

 

その衝撃が、神殿の地下深くに埋まる”ある存在”にまで届いていた事に気づくものは誰もいない。




娘達ばかり出て影の薄かったとはいえ、お父さんの話ちょっと頑張りすぎました。それと、テュールというのは神話でフェンリルに餌をあげる事の出来た唯一のだそうです。

さて、ここで唐突ですが先の展開のちょっとしたネタバレを。見たくない方はスクロールしないようにお願いします。



































もう数話したらイッセー達も呼んで鋼の救世主ごっこさせます。年齢、性別、種族、立場、様々な違いを持つ者達が力を合わせて強大な存在に挑む……さて、そんなものを見せられた一般の皆さんの反応はどうなるでしょうかね(ゲス顔)

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