食堂に入ると、朝餉の匂いがタクミの眠気を拭い去ってくれる。横須賀基地の飯は、どちらかと言えば上等の部類だ。
兵士の士気を保つには飯の質が不可欠と言われているが、まったくその通りだった。
以前試しにレーションを口にしたが、ドッグフードの味がしたのを覚えている。
「お、今日はサバミソか。ラッキーだな。」
ナイジェルが呟く。ターミネーターの侵略を巻き返してはいるものの、物資の確保はいまだに難しく、生鮮食品は特に入手困難な代物だった。
「それじゃ、いただこうかね。」
ナイジェルが箸を肴につける直前、タクミは彼の隣からゴツい手が箸を掻っ攫うのを見た。
「まだ箸の持ち方がなっとらんな、ナイジェル。」
いつの間にか背後に立っていたサイダモ・エイガー曹長がいつもの強面でご登場だ。異常に張った腕や胸板はレスラー顔負け、戦闘中に負ったという頭を横切る傷跡は、眉無しの顔と合わせるとヤの字がつく自営業の方々と見間違えても仕方がない。普段から訓練場に篭る姿が有名だが…。
「あ、曹長。珍しいですね、こんな時間に。」
とナイジェル。
「お前たちの班に伝言があってな。全員今すぐ第7倉庫に集合しろ。」
「何でです?」
「指示は追って伝える。逃げるなよ。」
手短に告げると曹長は食堂を後にした。
「何だってんだ一体?」
ナイジェルが首を傾げる。明日は出撃なので今日一日は訓練はないはずだ。
「…筋肉番付じゃないですか?」
タクミは我知らず呟いた。
「なっ、何言ってんだタクミ。寝言は寝て言えよ。」
「いやほら、夢で見たんですよ。先輩が倉庫から酒盗んだのがバレて、連帯責任でみっちり2時間…」
「2時間…。嘘だろ、証拠は完璧に消したはず…」
開いた口が塞がらずナイジェルが後ずさる。筋肉番付とは横須賀基地の伝統で、文字通り体中が悲鳴を上げるほどの激烈メニューだ。もちろん出撃前日にするバカはいない。
「でも、たかが夢だからたぶん説教程度で終わりますよ。」
タクミ自身、有り得ないと言う気持ちが強く気楽を装ったが…
現実は残酷だった。
あろうことか番付+曹長の説教の二重苦が待っていたのだから。
「ナイジェル、お前は班長でありながら、盗った酒で宴会をしようとしたわけだ。倉庫はお前の酒蔵か?」
「め、滅相もありません! 自分はただ…」
「言い訳は結構だ。誠意があるなら口より態度で示せ。そしてコガ、宣誓書にお前の名前が書いてあるが、これはどういうことだ?」
「ハッ、自分から進んで書きました。他意はありません!」
「そうか、じゃあお前には文面通りに便所掃除を1週間やってもらおうかな。」
「よ、喜んで!」
どうしても吃音になるのは、逆立ちをし続けているからだ。炎天下の中、スクワット、腹筋、背筋と来れば支えになるのは腕力くらいで、大声を出さなければ力が抜けてしまう。
ただでさえキツイのに曹長の尋問に答えなければいけないため、なけなしの体力がさらに搾り取られる。
「何だってこんなときに…」
「何だタクミ、知らないのか。今回の作戦、例のREX部隊が参加するらしいぜ。そのせいで基地中ピリピリしてんだ。」
主犯の一人である隣の同僚が、曹長に聞こえないように話しかける。
「REXってあの不死身の!?」
REX部隊はその名の通りT-レックスの如く戦場を暴れまわるほどの圧倒的な戦力を有する特務部隊だ。
「ああ、かの女神様が率いる化け物の集まりさ。戦況がどうにも良くないってんで呼ばれたらしい。…っと、お出ましのようだ。」
同僚が首を向けた先に目をやると、こちらに近づく一団があった。どれも曹長と引けを取らないマッチョ体形で、いかにもそれらしい訓練を受けてきたのが分かる。
しかし、タクミが気を取られたのは、真ん中を歩く一人の女性だった。ラテン系を思わせる小麦色の肌に整った顔、すっきりとしたスタイルは場所が違えば女優でも通用しそうだが、そこにあるのは空気が灼けるほどの存在感だった。
このときタクミは初めてオーラと言うものを感じたのかもしれない。そのオーラの源が真っ直ぐ向かってくる。
「お、おい。何でこっちに来るんだよ。」
「知るかよ。オレに聞くな。」
仲間がささやき会う中、女性らは倉庫の正面に立って鋭い声で告げた。
「エイガー曹長はおられますか。」
「私だが。」
すかさず曹長が応対する。
「今回、支援任務でこちらに着任することになりました。REX部隊隊長のマリナ・オーグランです。」
「サイダモ・エイガーです。ようこそ横須賀へ。お会いできて光栄です。」
マリナに応じて曹長も敬礼する。
「しかし、あのREX部隊の指揮官がこんな方とは…。広報部の宣伝はあまり信用しないようにしていたが、あながち間違っていないらしい。」
「虚構をいかに飾り立てるかが彼らの仕事ですから。…ところでこれは?」
「我が部隊伝統のレクリエーションです。部下が明日に備えて精神統一したいと言うものですから。」
何が精神統一だ。ちゃっかり自分の行為を正当化した曹長に対して、班の全員が殺意を燃やす。
その中でタクミは奇妙な引っ掛かりを覚えていた。マリナとは初対面なのにそんな気がしない。どこかで会っているような…。
マリナと目が合ったのはその時だった。強靭な意志を宿した瞳がタクミの腕を萎縮させてしまう。思わず視線を逸らすが、マリナは曹長になにやら話すと何故かタクミの隣に入り逆立ちを始めた。
これには仲間たちも動揺し、各々で小声で喋る。
「…私に何か用か?」
「えっ!?」
列に加わって1分後、マリナが話しかけてきた。
「さっきから見ていただろう。」
「あ、いや、別に…ただ偶然目が合っただけで…」
「そうか。」
マリナは特に追求することはなかったが、状況を持て余していた曹長の命で番付は半分の練習量で終わった。
結局、彼女のおかげで救われたが、奇妙な感覚はしばらくタクミから消え去ることはなかった。