ペットを飼ってる方はたくさんいらっしゃるでしょう。
雨の日の散歩とか大変ですよね。でも癒されるんだなぁ〜
雨の日は嫌いだ。ジメジメして、体が重くなって、憂鬱になる。
テーブルに置いたマグカップを手に取り、私は窓の外を眺めた。
私の職業から話すべきだろうが、あまり誇れるものじゃない。有体に言うと無職だ。毎日パソコンを開いて気の赴くままWebサイトを読み漁り、面白そうなネタがあればSNSにあげ、みんなの反応を楽しむ。そんな毎日を過ごしている。
ただ、無収入かと言われるとそうでもない。アフィリエイト広告、というのか?あれを使って、最低限生活ができる程度には収入を得ている。金持ちになる必要はない。生きていければいい。あまり目立ちたくない、という私の生来の性格も関係しているのかも。
そうやって、毎日をなんとなく過ごす。
息抜きに窓から外を眺めて、街を歩いていくさまざまな人を観察し、このひとはどんな人生を送ってるんだろう?とか、あ、アイツさっきフラれたな、とか、どーでもいい事を考えている。
まぁ、暇人の極みだ。
親が残した莫大な遺産があるわけでもなし。かと言って食うに困るでもなし。やろうと思えば何か仕事にも就けるんだろうとは思うが、そんな気も起きない。ただ近隣の方々には迷惑をかけないようには心掛けているつもりだ。
ガサッガサッ
狭く殺風景な私の部屋には、同居人がいる。
人ではない。が、私の心をいつも癒してくれる。
ヘルマンリクガメの『シェルター』くんだ。
私はこのシェルターくんを買うまで、今までペットの類を飼った事がない。あれ?あったかな?まあ、それはいいや。じゃあ、なぜ飼おうかと思ったかと言うと・・・・・・、すまない、忘れてしまった。たぶん暇だったんだろう。とにかく、この殺風景な部屋に、私以外の生き物が1人、いや1匹くらい居てもいい。そのくらいの感覚だ。
だがさてさて、ペットを飼おうと決めたのはいいが、私は騒がしいのは嫌いだ。特に犬はダメだ。四六時中構ってやらなくては死んでしまうのではないかとも思えるあのナマモノは、私の家にふさわしくない。散歩に連れていくというのも面倒くさい。というか、犬が人間の生活に合わせるべきなのに、いつのまにか主従が逆転したかのように飼い主が犬のためにその身を削っている様を見ると、「一体何やってんだよ」とため息をつきたくなる。こういうのを「ミイラ取りがミイラになる」と言うのだったか?とにかく私は、自分の生活圏に生き物を入れてやろうと思ったわけなので、ペットに生活の全てを捧げたいわけではない。だから犬は却下だ。
じゃあ猫はどうだろう。好き勝手に生きると言われる猫だが、生憎と猫も私は気に食わない。なぜって、猫は本当に好き勝手するからだ。外でやるならまだいい。問題は家の中でも好き勝手するところだ。壁を登る。机に乗る。壁紙を切り裂く。物を倒す。それだけ好き勝手やっておいて、暇になると媚を売り始める。私の生活を脅かすという点で、猫は犬よりタチが悪い。
ついでに言うと、犬も猫も、高い。とにかく高い。フラッと立ち寄ったペットショップで、大変可愛らしい犬が40万円もしていたのを見た時は本当に驚いたものだ。確かに生き物の一生を世話する、といえば命の値段としては妥当なのかもしれない。だがそれはあくまでも初期投資だ。ペットを飼うにはさまざまな道具やエサだって必要だ。私の月の収入よりも高い投資をして、維持費をさらに払い続ける。しかも私の生活圏は荒らされる。もう、アホかと思うしかない。
そんな時にふと目に飛び込んできたのが、リクガメというジャンルだった。
リクガメ・・・、亀は知っている。私も小さい頃に飼っていたから。だがアレはダメだ。水の中で暮らす亀は放っておくと水槽がどんどん汚くなるし、何より臭い。それを掃除するのが面倒だし、掃除の間は外に出しておかなくてはならない。そして、亀というのは意外と素早く動けるのだ。逃げ回る亀を捕まえるのはなかなかに一苦労。ウサギと亀とか言う童話があったが、あんな1日もかけてウサギを追い越すのがやっと、という亀は、水の中に暮らす亀には存在しない。下手したら、ウサギが気を抜けばすぐに追い抜かれてしまうかもしれないほどの潜在能力を奴等は持っているのだ。
だが、確かにリクガメは私もまだ買ったことがなかった。少し興味が湧いたこともあり、私はリクガメの入ったゲージを暫し観察した。ゲージの中には明らかに生まれたてだろうというような、私の小指ほどの大きさのリクガメが数匹うごめいている。わちゃわちゃしている。
なにこれ、かわいい。
短い手足で一生懸命に歩く姿。エサの野菜を大きく口を開けて必死に噛みつこうとしている姿(ちなみに私はこのとき初めてリクガメのベロを見た)。食べ終われば暖かそうな電球の下にいってそのまま眠る姿。そして何より、遅い。動きが極めてスロウリィなのだ。それこそ童話に出てくるような亀のまんまだ。大丈夫かお前ら?そんなんで野生で生きていけるのか?と思えるほどにコイツらはのんびりと過ごしていた。まぁ、野生で生息している奴らはもう少し危機感があるだろうが。
ここまで観察して、気付いたことがある。
こいつら、鳴かない!うるさくない!動きもめちゃくちゃスロウリィ!更に居住スペースがめちゃくちゃ狭い!つまりコイツは私の生活の邪魔をしない!故にコイツには、私の生活圏を脅かさない同居人としての資格がある、ということ!
だが問題は値段だ。犬や猫のようにバカ高いのならば話にならない。しかもリクガメというあまり馴染みのない種族だ。さぞや値段も高いのだろうと思って値札を見た私の目に『6500円』という文字が飛び込んできた。ん?65000円ではなく?6500円?安くない?
いや、もしかしたら初期投資に金がかかるのかもしれない。特殊な環境でしか生活できないのだろうし、設備などの値段が物凄いのだろう。そう思って店員さんに聞いてみた。
「ああ、その子たちならケージとか全部含めても4万円くらいですみますよ?」
・・・・・・マジで?
「ちなみに、食事とかは」
私は恐る恐る店員さんに尋ねた。
「基本的には野菜か野草ですね〜。このお店では野菜中心ですが、基本的には野草の方が栄養があって、この子たちにはいいんですよ」
「・・・その野草ってのは特別なものだったりするんですか?」
「いや、別に?たんぽぽとか大好きですよ。その辺に生えているやつでだいたい間に合います」
マジかよ・・・、こいつはとんでもねぇ当たりを引いたようだ。
「このヘルマンリクガメっていう種類は日本とよく似た気候の地域に住んでいるので、設備にそこまで気をつけなくても大丈夫なんです。まあ、冬は寒すぎると冬眠するんですが、あまりおすすめはできないですね〜。冬眠の間に体力が尽きて死んじゃうこともありますし。部屋の中で飼うなら室温さえ保ってれば問題ないと思いますよ?」
そこは大丈夫だ。私も冬眠しなきゃいけないほど寒い部屋になんて住みたくない。
「ただ、この子たちはすごく寿命が長いんです。大体30年前後は生きてます。だからペットを取っ替え引っ替えって方にはオススメできません。・・・もっともそれは、ワンちゃんやネコちゃんにしてもそうなんですけどね」
店員さんが少し悲しそうな顔をする。おいおい、これからペットを飼うかもしれないお客の前でそんな顔をするんじゃない。
ここまで聞いて私はハッとした。
リクガメ・・・、それって確か、ゾウガメとかそういうやつか?
マズい。いくらコイツらがペットとして超のつくほど優秀であったとしても、そんなデカいカメを飼うことはできない。
「あ、この子たちだったら大きくなっても20センチくらいですよ〜。30センチいくとかなりのおデブちゃんですね」
購入決定。
私はその日のうちにヘルマンリクガメ1匹と必要な設備諸々。それと栄養フードとパウダーを買って帰宅した。
あれから3年。
ヘルマンリクガメのシェルターくんは、今日も元気いっぱいだ。どうやらリクガメは湿度が高いと元気になるらしい。そこは私と真逆だ。
シェルターくんを飼って、いろんな発見があった。
カメは意外と早く走る。ミズガメの類はそうだったが、コイツもなかなか侮れない。晴れた日に公園なんかに連れてくと「お前そんなに走れたんかい!!」と思うほどめちゃめちゃ走る。ついでに言うと体力がヤバい。放っておくと2時間でも3時間でもいくらでも歩き続ける。後から知ったのだが、このヘルマンリクガメというのは1日に何キロも移動するのが普通の種族だそうだ。
それと、カメは意外と表情が豊かだ。犬や猫のように笑ったり変な顔をすることはないが、コイツは目でいろいろな事を訴えかけてくるのだ。何かが欲しいとき、何かをしてほしいとき、ものすごくこちらを見つめてくる。ヒドい時には睨みつけてくる。「なんだよ、今日はダメだよ」と話しかけてやると、「ふぅ、やれやれ。今日は勘弁してやるか」とため息を吐いたように目を逸らすのだ。この時の顔は本気でムカつくと同時に、面白くて笑ってしまう。
シェルターくんを飼い始めてから、誤算が2つほどあった。
一つめ。コイツは確かに鳴かない。だが鳴かないからと言って、うるさくないわけでもなかった。腹が空いたとき、ケージの外に出たいとき、コイツはケージの中でガッサガッサと暴れ回るのだ。ヒドいときにはケージに体当たりしてくる。その時のコイツはめっちゃうるさい。うるさいので一回無視し続けてみたら、ケージのガラスを叩き割られた。あの時はさすがに本気でキレた。
もう一つめの誤算。それは私がコイツを甘やかしすぎたことだ。シェルターくんが面白くてコイツに美味しいものたくさん食べさせたのだが、その甲斐あって、こいつは今や25センチと3歳児にしてはデカすぎるほどのおデブちゃんへと進化した。やっちまったとは思うが後悔はしていない。ケージを叩き割られたついでに、一回り大きなケージを買ってやった。その広さには割と満足しているらしい。
だが今日は、やたらと騒がしい。
いつもそうだ。私が雨で憂鬱な気分のときに、コイツは決まってガサッガサッと私にアピールしてくる。「元気を出して、いっぱい遊ぼう」とでも言うように。
私はため息をついてからマグカップを置き、ケージの外にシェルターくんを出してやる。シェルターくんはそんな私をガン無視して、自由に部屋の中を歩き始めた。これもいつもの事だ。
そして、決まって遊んでいる途中でこっちを見て、「どう?元気出た?」と話しかけてくる。
「はいはい、あんがとさん」
私はシェルターくんの甲羅を撫でる。
今日も元気だね。そのままの君でいてね、と感謝を込めて。
終