機動戦士ガンダム ゴーストクロニクル series000 作:GhostWrider.Jp
「クラウザー・ラウザー中尉!」
通路を隔てる白いドアに向かって、クラウザーは声を張った。中ほどから
小気味の良い電子音が鳴り、キーロックが解除された事を告げる。
ここからのエリアは艦長の為の空間だ。クラウザーはいつも、このエリアに入る時は緊張する。それが、長く乗り合わせた艦であっても。
「入ります」
誰も居るはずの無い扉の向こうに挨拶をして、クラウザーは歩を進めた。
視界が開けると同時に、通路の両側に立つ2名の兵士の姿が飛び込んできた。予期せぬ光景にわずかに歩みが
兵士の肘から先だけが動いたように思えた。静かに敬礼をしてくる。
クラウザーは切れよく敬礼を返しながら、2人を眺め上げた。
──様に、なっている……
敬礼をしている姿は切り取られた絵画のようだ。眼差しだけが生きている人間だと教えてくれる。
明らかに二人は別人であるにも関わらず、なにやら双子のように思えた。彼らの放つ同じ雰囲気、
「同行致します、中尉」
兵士の一人が言った。語感にも強靭さがありありと感じられる。
「頼む」
敬礼を
艦長というVIPをガードするのが、この二人の仕事である。彼らは憲兵だ。
────憲兵。
それは、艦船及びMS攻撃部隊の要員、すなわち通常の乗組員とは一線を
ここで憲兵に迎えられる。本来ならば、当然の事なのだ。しかし今の
数歩で尽きる短い通路を進み、突き当りの扉の前でクラウザーは背筋を伸ばした。軽く息を吸い、口を開いた。
「クラウザー・ラウザー中尉、上がりました!」
少し雰囲気に呑まれたか、クラウザーは自分でも声が大きくなっているのがわかった。
「入れ、ラウザー中尉」
歯切れの良いテノールだ。落ち着いていて明朗な声が、扉の向こうから帰ってきた。
空気が抜ける様な音と共に、ドアがスライドした。
「失礼します!」
一歩入って止まり、敬礼をした。目線をまっすぐ前方に据え、目に映る風景だけを見る。
艦長室の応接間だ。クラウザーのよく知っている光景だ。取り分けて変わった所もない。迎える男が起立していたことだけが、見慣れない。
男はクラウザーへ敬礼を返し、直ぐに切った。
「休め、中尉」
クラウザーは腕を下げ、後ろで組み、足を開いた。しっかりと相手を見つめる。
軍帽をかぶっていない。
「ロイデ・アームオン大佐だ、中尉。この船を任されている」
男が名乗った。
「コンペイトウ、第126パトロール艦隊、攻撃部隊所属、クラウザー・ラウザー中尉であります。アームオン艦長」
クラウザーの申告を受け止めた目が、
「掛けたまえ中尉」
アームオンはそう言うと、自らソファに腰を下ろした。
クラウザーが座ると、ゆっくりと話を始めた。
「君の現状を説明しよう」
机の上のファイルを取り上げ、クラウザーをちらりと見る。
ファイルを開いて目線を落とし、アームオンは語り始めた。
「貴君の艦隊は今より数時間前、敵との交戦により
君は我々が確認した唯一の生存者であり、この艦に収容を受けた。
収容は大破したGm型117と共に行われた。同機は
ページがめくられた。
「収容時、君は失心状態にあった。
医療科の監察の結果、精神に異常を来たしている事が判明。被撃墜から収容までの間の漂流の恐怖によるものと思われる。
よって例に
結果、充分な効果を得られたようで、精神は安定。以後の経過にも異常は見られず、
アームオンは言葉を切り、クラウザーを
クラウザーの表情は
勝っていたカードゲーム、突然鳴ったアラーム、予想外に強力な敵、僚機の悲鳴、敗北感と絶望感、死の確信、空白、そして医療科の白い天井……さまざまな記憶が駆け巡っていた。
クラウザーは腹の底がうずくような気がした。嫌な汗が滲むのを感じる。記憶操作の
クラウザーは気づかず、不快そうに口元に手を当てていた。
「中尉」
アームオンが、訊ねる様にチューブの伸びるマウスマスクを差し出した。あてて戻せば、掃除機の要領で綺麗に吸い取ってくれる。
クラウザーは気がついた様に自分の手を見ると、それを下げて小さく頭を振った。アームオンが少し笑う。
「……大変だったな中尉。しかし、よく生還した。……君に、感謝する」
アームオンの言葉は、クラウザーの胸を打った。
「続けるぞ、中尉」
アームオンは、再び視線を落として言葉を継いだ。
クラウザーには、アームオンの表情が、心なしか真剣なものへと変わったように思われた。
「本艦は地球連邦軍所属のペガサス級機動艦。コードはP004。艦名は未だ無い」
ペガサス級。連邦の最新鋭の機動母艦だ。しかし、この艦のコードが表しているものはもっと驚くべきことだった。クラウザーの瞳が開かれた。
「……そうだ中尉、本艦は極秘任務に
任務内容は機密輸送。
機密の内容及び目的地等については告げることは出来ない」
アームオンはファイルを閉じて机に置いた。
「我が艦は友軍にも存在及び所在を知られておらず、また知られる必要のない事を理解できるな? 中尉。
君は我が艦に収容を受けざるを得ない状況下にあった。そして、収容された。
おかげで君は、この艦の存在と、どの時に
アームオンの目線が、クラウザーの瞳にしっかり固定された。
「君を原隊に復帰させることは出来ない。クラウザー・ラウザー中尉。
コンペイトウの記録はこうなるだろう。第126パトロール艦隊は全滅。原因は不明。哨戒任務中の遭遇戦闘に
艦隊の生存者はゼロ、だ」
アームオンの膝の上で手が組まれた。
「君は
クラウザーの
「以上が、君の現状の説明だ」
アームオンは話を結んだ。
しばらく、時が置かれた。
「了解しました。大佐」
視線を戻すと、クラウザーは、はっきりと答えた。
率直に言えば、クラウザーはこの話に抵抗感を感じていた。しかし、アームオンの彼への処置は、妥当で、正当だ。
疲労している自分の心が、この急速な展開を受け入れる事が出来ないでいるだけなのだ。他の返答など、あり得はしない。
クラウザーには、そういう風に状況を
再び、目だけが頷いたように思えた。アームオンの口が静かに開く。
「中尉、そこで相談なんだが……」
気分を仕切り直した様に軽く深呼吸をして、クラウザーはアームオンを見た。
「何でしょうか、大佐」
「ああ、相談なんだが、君をP004のMSPとして迎えたい……
君の記録は照会した。優秀なパイロットだ。是非この艦の攻撃部隊に加わってほしい」
後で考えれば、
それでも、クラウザーは直ぐに アームオンをまっすぐ見た。
「了解しました。大佐」
迷いの無い即答を返した。
自分の艦隊、第126パトロール艦隊は充分に強かったとクラウザーは思っている。それを全滅するのに、恐らく数分も必要としなかった奴等……あの強力な敵部隊は、この艦がクラウザーを回収する時、まだあの空域に目が届いていたのかも知れない。
極秘任務を背負う特務艦が、クラウザーを回収する為にあの空域に来たという行為は、とてもリスクが高かっただろうと彼は思った。
そのリスクを省みぬ行動を、アームオンは
儀に
クラウザーは、心情的に恩義を感じていた。そして、パイロットとして、この艦は自分が帰する家だと思う事が出来ると考えていた。
「ありがとう中尉、では君をP004のMSPに配属する。士官室を割り当てるから、追って通達あるまで待機せよ」
アームオンの命令を受け、クラウザーはすっと立ち上がった。
「拝命します。大佐」
続けて敬礼をする。
「待機します。艦長」
アームオンも立ち上がって敬礼を返した。
「下がってよし、中尉」
アームオンが敬礼を切った。
「失礼します!」
クラウザーも敬礼を切り、綺麗に
部屋を出ると、二人の憲兵が彼を迎えた。来た時と同じように、歩み去るクラウザーの後ろから同行していく。
扉が閉まると、アームオンは応接室から執務室に移った。机の上の帽子を取り、しっかりとかぶった。
椅子に腰掛け、受話器を取る。
「私だ。本日ただ今より、クラウザー・ラウザー中尉をP004攻撃部隊に配属した。
……ああ、そうだ。……ああ、任せるよバトラー。ただ、彼にはG型の余っていたやつを…… ……ああ、悪い悪い、余っているわけではないな。わかっているって。
……そう4番機を
受話器から、小さな声が漏れている。
「あっはっは、そう言うなよ。私の口出しは治らないさ。
ん? ……あっはっは、そう、その通りだ。私の得意の
……ああ、そうしてくれ」
先程までとは、ずいぶん印象が違う。快活な笑い声が部屋に響いた。
「G型でやらせてみる理由? ……ん〜、勘としか言えないな……しかし、間違いなく言えることはあるよ。彼はただ一人生き残ったんだよ。
……そうそう、見ただろう? あの大破した彼の機体…… ……そうさ、そう。流石にパイロットだな。君の方が詳しいし、君の方が驚いてるじゃないか。
……うん、じゃあよろしく頼む」
アームオンは受話器を置いた。
しばらくして、引き出しを開けて葉巻を取り出した。マッチを
深く吸って、煙を吐き出し、席を立って一歩前に進んだ。
せり上がった艦橋のウィンドウ越しに、
scene 002 ゴーストソルジャー
Fin
and... to be continued