機動戦士ガンダム ゴーストクロニクル series000   作:GhostWrider.Jp

2 / 43
scene 002 ゴーストソルジャー

 

 

 

 

「クラウザー・ラウザー中尉!」

 

 通路を隔てる白いドアに向かって、クラウザーは声を張った。中ほどから(のぞ)いているレンズが、素早く(またた)いたように見えた。

 小気味の良い電子音が鳴り、キーロックが解除された事を告げる。

 ここからのエリアは艦長の為の空間だ。クラウザーはいつも、このエリアに入る時は緊張する。それが、長く乗り合わせた艦であっても。

 

「入ります」

 

 誰も居るはずの無い扉の向こうに挨拶をして、クラウザーは歩を進めた。

 視界が開けると同時に、通路の両側に立つ2名の兵士の姿が飛び込んできた。予期せぬ光景にわずかに歩みが(ゆる)む。

 兵士の肘から先だけが動いたように思えた。静かに敬礼をしてくる。

 クラウザーは切れよく敬礼を返しながら、2人を眺め上げた。

 

 ──様に、なっている……

 

 敬礼をしている姿は切り取られた絵画のようだ。眼差しだけが生きている人間だと教えてくれる。

 明らかに二人は別人であるにも関わらず、なにやら双子のように思えた。彼らの放つ同じ雰囲気、精悍(せいかん)で冷徹なそれ、が原因だろう。この種の兵士の目的の為に、抜かりなく鍛え上げられてきた精鋭なのだろう。

 

「同行致します、中尉」

 

 兵士の一人が言った。語感にも強靭さがありありと感じられる。

 

「頼む」

 

 敬礼を終え(切り)、奥へ顔を向け、二人の間を抜けた。

 艦長というVIPをガードするのが、この二人の仕事である。彼らは憲兵だ。

 

 ────憲兵。

 

 それは、艦船及びMS攻撃部隊の要員、すなわち通常の乗組員とは一線を()いて、艦の治安の維持に努めるMP(ミリタリーポリス)だ。

 ここで憲兵に迎えられる。本来ならば、当然の事なのだ。しかし今の疲弊(ひへい)しきった戦争状態にあって、まともに憲兵が活動している艦があるとは驚きだった。

 数歩で尽きる短い通路を進み、突き当りの扉の前でクラウザーは背筋を伸ばした。軽く息を吸い、口を開いた。

 

「クラウザー・ラウザー中尉、上がりました!」

 

 少し雰囲気に呑まれたか、クラウザーは自分でも声が大きくなっているのがわかった。

 

「入れ、ラウザー中尉」

 

 歯切れの良いテノールだ。落ち着いていて明朗な声が、扉の向こうから帰ってきた。

 空気が抜ける様な音と共に、ドアがスライドした。

 

「失礼します!」

 

 一歩入って止まり、敬礼をした。目線をまっすぐ前方に据え、目に映る風景だけを見る。

 艦長室の応接間だ。クラウザーのよく知っている光景だ。取り分けて変わった所もない。迎える男が起立していたことだけが、見慣れない。

 男はクラウザーへ敬礼を返し、直ぐに切った。

 

「休め、中尉」

 

 クラウザーは腕を下げ、後ろで組み、足を開いた。しっかりと相手を見つめる。

 軍帽をかぶっていない。肩章(けんしょう)には二本線に3つの星。

 

「ロイデ・アームオン大佐だ、中尉。この船を任されている」

 

 男が名乗った。

 

「コンペイトウ、第126パトロール艦隊、攻撃部隊所属、クラウザー・ラウザー中尉であります。アームオン艦長」

 

 クラウザーの申告を受け止めた目が、(うなず)いたように思えた。

 

「掛けたまえ中尉」

 

 アームオンはそう言うと、自らソファに腰を下ろした。

 クラウザーが座ると、ゆっくりと話を始めた。

 

「君の現状を説明しよう」

 

 机の上のファイルを取り上げ、クラウザーをちらりと見る。

 ファイルを開いて目線を落とし、アームオンは語り始めた。

 

「貴君の艦隊は今より数時間前、敵との交戦により殲滅(せんめつ)した。

 君は我々が確認した唯一の生存者であり、この艦に収容を受けた。

 収容は大破したGm型117と共に行われた。同機は損壊(そんかい)が酷く、しかるのち破棄された」

 

 ページがめくられた。

 

「収容時、君は失心状態にあった。

 医療科の監察の結果、精神に異常を来たしている事が判明。被撃墜から収容までの間の漂流の恐怖によるものと思われる。

 よって例に(なら)い、漂流中の記憶の抹消を試みた。

 結果、充分な効果を得られたようで、精神は安定。以後の経過にも異常は見られず、MSP(モビルスーツ パイロット)として復帰可能と判断されている」

 

 アームオンは言葉を切り、クラウザーを(うかが)った。

 クラウザーの表情は(けわ)しかった。

 勝っていたカードゲーム、突然鳴ったアラーム、予想外に強力な敵、僚機の悲鳴、敗北感と絶望感、死の確信、空白、そして医療科の白い天井……さまざまな記憶が駆け巡っていた。

 

 クラウザーは腹の底がうずくような気がした。嫌な汗が滲むのを感じる。記憶操作の残滓(ざんし)残留感情(エモーショナル・レジデュ)だろうか?

 クラウザーは気づかず、不快そうに口元に手を当てていた。

 

「中尉」

 

 アームオンが、訊ねる様にチューブの伸びるマウスマスクを差し出した。あてて戻せば、掃除機の要領で綺麗に吸い取ってくれる。

 クラウザーは気がついた様に自分の手を見ると、それを下げて小さく頭を振った。アームオンが少し笑う。

 

「……大変だったな中尉。しかし、よく生還した。……君に、感謝する」

 

 アームオンの言葉は、クラウザーの胸を打った。

 

「続けるぞ、中尉」

 

 アームオンは、再び視線を落として言葉を継いだ。

 クラウザーには、アームオンの表情が、心なしか真剣なものへと変わったように思われた。

 

「本艦は地球連邦軍所属のペガサス級機動艦。コードはP004。艦名は未だ無い」

 

 ペガサス級。連邦の最新鋭の機動母艦だ。しかし、この艦のコードが表しているものはもっと驚くべきことだった。クラウザーの瞳が開かれた。

 

「……そうだ中尉、本艦は極秘任務に()いている特務艦だ。

 任務内容は機密輸送。

 機密の内容及び目的地等については告げることは出来ない」

 

 アームオンはファイルを閉じて机に置いた。

 

「我が艦は友軍にも存在及び所在を知られておらず、また知られる必要のない事を理解できるな? 中尉。

 君は我が艦に収容を受けざるを得ない状況下にあった。そして、収容された。

 おかげで君は、この艦の存在と、どの時に()いてどこに居たかという所在を、知り得てしまった……つまり」

 

 アームオンの目線が、クラウザーの瞳にしっかり固定された。

 

「君を原隊に復帰させることは出来ない。クラウザー・ラウザー中尉。

 コンペイトウの記録はこうなるだろう。第126パトロール艦隊は全滅。原因は不明。哨戒任務中の遭遇戦闘に()る可能性が高い。

 艦隊の生存者はゼロ、だ」

 

 アームオンの膝の上で手が組まれた。

 

「君は(しか)るべき時が来るまで、我々と行動を共にする」

 

 クラウザーの眉間(みけん)は寄っていた。視線を少し落とし、やや下方を見た。

 

「以上が、君の現状の説明だ」

 

 アームオンは話を結んだ。

 しばらく、時が置かれた。

 

「了解しました。大佐」

 

 視線を戻すと、クラウザーは、はっきりと答えた。

 率直に言えば、クラウザーはこの話に抵抗感を感じていた。しかし、アームオンの彼への処置は、妥当で、正当だ。

 疲労している自分の心が、この急速な展開を受け入れる事が出来ないでいるだけなのだ。他の返答など、あり得はしない。

 クラウザーには、そういう風に状況を(つと)めて分析し、自分を律するだけの力があった。

 

 再び、目だけが頷いたように思えた。アームオンの口が静かに開く。

 

「中尉、そこで相談なんだが……」

 

 気分を仕切り直した様に軽く深呼吸をして、クラウザーはアームオンを見た。

 

「何でしょうか、大佐」

 

「ああ、相談なんだが、君をP004のMSPとして迎えたい……

 君の記録は照会した。優秀なパイロットだ。是非この艦の攻撃部隊に加わってほしい」

 

 後で考えれば、至極(しごく)自然な会話の流れだと思えただろう。しかし、今は虚を突かれた。

 それでも、クラウザーは直ぐに アームオンをまっすぐ見た。

 

「了解しました。大佐」

 

 迷いの無い即答を返した。

 

 自分の艦隊、第126パトロール艦隊は充分に強かったとクラウザーは思っている。それを全滅するのに、恐らく数分も必要としなかった奴等……あの強力な敵部隊は、この艦がクラウザーを回収する時、まだあの空域に目が届いていたのかも知れない。

 極秘任務を背負う特務艦が、クラウザーを回収する為にあの空域に来たという行為は、とてもリスクが高かっただろうと彼は思った。

 そのリスクを省みぬ行動を、アームオンは()ったのだ。そして、自分は助かった。

 儀に(もと)る事なき……と言えばそれまでだが、それは尊敬に値する勇断だと思えた。

 クラウザーは、心情的に恩義を感じていた。そして、パイロットとして、この艦は自分が帰する家だと思う事が出来ると考えていた。

 

「ありがとう中尉、では君をP004のMSPに配属する。士官室を割り当てるから、追って通達あるまで待機せよ」

 

 アームオンの命令を受け、クラウザーはすっと立ち上がった。

 

「拝命します。大佐」

 

 続けて敬礼をする。

 

「待機します。艦長」

 

 アームオンも立ち上がって敬礼を返した。

 

「下がってよし、中尉」

 

 アームオンが敬礼を切った。

 

「失礼します!」

 

 クラウザーも敬礼を切り、綺麗に(きびす)を返した。

 部屋を出ると、二人の憲兵が彼を迎えた。来た時と同じように、歩み去るクラウザーの後ろから同行していく。

 

 扉が閉まると、アームオンは応接室から執務室に移った。机の上の帽子を取り、しっかりとかぶった。

 椅子に腰掛け、受話器を取る。

 

「私だ。本日ただ今より、クラウザー・ラウザー中尉をP004攻撃部隊に配属した。

 ……ああ、そうだ。……ああ、任せるよバトラー。ただ、彼にはG型の余っていたやつを……    ……ああ、悪い悪い、余っているわけではないな。わかっているって。

 ……そう4番機を()てがって見てくれないか? うまく使いそうな気がするんだよ」

 

 受話器から、小さな声が漏れている。

 

「あっはっは、そう言うなよ。私の口出しは治らないさ。

 ん? ……あっはっは、そう、その通りだ。私の得意の上級権限の臨機使用(スペシャル・オーダー)ってやつだ。

 ……ああ、そうしてくれ」

 

 先程までとは、ずいぶん印象が違う。快活な笑い声が部屋に響いた。

 

「G型でやらせてみる理由? ……ん〜、勘としか言えないな……しかし、間違いなく言えることはあるよ。彼はただ一人生き残ったんだよ。

 ……そうそう、見ただろう? あの大破した彼の機体……    ……そうさ、そう。流石にパイロットだな。君の方が詳しいし、君の方が驚いてるじゃないか。

 ……うん、じゃあよろしく頼む」

 

 アームオンは受話器を置いた。

 

 しばらくして、引き出しを開けて葉巻を取り出した。マッチを()って火をつける。

 深く吸って、煙を吐き出し、席を立って一歩前に進んだ。

 せり上がった艦橋のウィンドウ越しに、白とグレー(shadow paste)の船体を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

scene 002 ゴーストソルジャー

 

Fin

 

and... to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。