機動戦士ガンダム ゴーストクロニクル series000   作:GhostWrider.Jp

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scene 032 One Fight, One Life

 

 

 

 

「ありがとう。もういいわ」

 

 P004第一ブリッジ──

 コマンダーシートに座るセカンド・コマンダー=スワン・ワンの肩に手を置くと、シュアルは交代を告げた。まだ敵とエンカウントする可能性は極めて低いが、オペレーション・サイレントマッパー・フェーズ2の作戦中である。コマンダー席を空白には出来ない。ファースト・コマンダーが任を外れる間はセカンド・コマンダーがそれを代行する。

 スワンがサッとシートから立ち上がり、席を譲る。

 

「失礼します!」

 

 代わって座るシュアルに敬礼をすると、やや固い動作で踵を返してブリッジを後にした。

 

『『お帰りなさい、シュアル。CombatVibe(コンバットヴァイブ)、9.16。とても高く安定しています。ブレイクスルーを予感させる傾向です』』

 

 P004AI作戦参謀官(ナビゲーター)HOLO(ホロ)の声がした。シュアルの聴覚だけに聞こえる囁き通話(ウィスパーネット)だ。

 

「「G型(G-シリーズ)-Phantom(ファントム)に、戦闘(コンバット)序列(シークエンス)演算法(アルゴリズム)を設定します」」

 

 席に座るなり、シュアルは言った。それから思い出したように、ただいま、をホロに告げる。

 

『『実戦では量子ビットの機能不全から、高度AIはスリープモード(フリーズ アンド スリープ)になります。よって設定できる演算法(アルゴリズム)はシンプルな反射的(リフレキシブ)戦闘(コンバット)序列(シークエンス)に限定されます。Phantom(ファントム)は完全に偽物(ホロデコイ)と同じ印象を敵MSPに与えるでしょう。あなたのクリアすべき課題の解決とは逆方向の方策です』』

 

「「時間の節約よ、HOLO(ホロ)。論より証拠。やれば一度で分かるわ」」

 

 コマンド・ディスプレイを滑らかに撫でて、OIC(オーアイシー)- LiFAS(ライファス)の実機シミュレーションモードをロードしながらシュアルは言った。

 

『『わかりました、シュアル。設定(コンフィグレーション) 選択(メニュー)はどうしますか?』』

 

「「Real(リアル) Pilot(パイロット)」」

 

『『台本(スクリプト)は?』』

 

「「…………Krauser Rauser(クラウザー・ラウザー)」」

 

『『OK、ライブラリよりクラウザー・ラウザーのコンバット・シークエンス・アルゴリズムを、G-シリーズ-Phantom(ファントム)に設定します』』

 

「「それから、このディスプレイ、起立角が大き過ぎるわ。5度まで倒して。コンソールの上に、二段(ダブル)に配列(デッカー)して」」

 

『『視覚的にハンディになります』』

 

「「コンソールはいつもブラインドで操作しているから見えなくても平気」」

 

『『コントロールは問題なくとも、表示される情報を指先で読み取る事は出来ません』』

 

「「そうだけど──LiFAS(ライファス)の時だけでいい。操作速度を可能な限り上げたいの」」 

 

 ディスプレイの上下左右端に指先を伸ばし、肩の持ち上げ動作による操作への負担(ロス)を確かめながらカスタマイズの意図を説明する。

 

『『わかりました、シュアル。その時のコンソール情報はコマンダーインカムへの発声で伝達するようにしましょう。これは特例です。あなたのこれまでの実績により、一過性伝達であるボイスアナウンスでも聞き逃しは無いと判断してのカスタマイズです。

 コマンド・ディスプレイを起立角5度に。コンソール上にダブルデッカー。フリーフローティングさせます。微調整してください』』

 

 テーブルのように倒されたディスプレイに指先を這わせながら、位置と角度を微調整する。下段、ディスプレイで隠れて見えなくなったコンソールをブラインドで触り、同様に位置をジャストに調整した。

 

「「これでよろしく」」

 

『『ホールドします。LiFAS(ライファス)起動時にオートプレイされるように設定(メモリ)します』』

 

「「いいわ、始めましょう」」

 

『『では、再開します』』

 

 ホロはそう言うとシミュレーションをスタートさせた。そして、シュアルのCombatVibe(コンバットヴァイブ)が9.39へ上昇するのを、検知した。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

『お帰りなさい、中尉。顔、サッパリしましたね。でも、表情、悲壮感ありますよ』

 

 毎度の、ウィルドの、不躾(ぶしつけ)な気遣いが聞こえた。少し、遠い。クラウザーはヘルメットのボリュームを調整した。

 

「バイザー越しによく分かるな」

 

 G2のコックピット──

 インターバルを切り上げて、実機シミュレーションを再開する為に戻ってきた。ウィルドの言う通り、気分は良い。そして、鬱々(うつうつ)ともしている。

 

『もちろん分かります。パイロットの状態だってマシンの一部みたいなもんです。それも含めて万全に整えるのが任務だと思ってます。メカニック・オフィサーですからね』

 

 クラウザーはコックピットを覗き込んでいるウィルドの表情を見ようと目を凝らした。ヘルメットのバイザー越しでは、目鼻立ちは見えても表情は漠然(ばくぜん)としている。雰囲気や顔色のようなものは掴みづらい。

 

『パイロットのメンテナンスはメンタルが9割です。中尉の悩みは何ですか? あ、簡潔に一言にまとめてくださいね。愚痴は医療科(カウンセラー)にしてください。それから、一番重要な事だけに絞ってください』

 

 …………まったく

 

 クラウザーは小さく溜息をついた。

 

「……撃墜された(死んだ)気がしないんだ」

 

 口を突いて出た自らの言葉に、自分で吃驚(びっくり)した。

 今はウィルドをスルーして去るというわけには行かない。無視していたら延々と訊いてくるだろう。さっさと要求を満たしてやるのが最速の処理だ。そう思って答えようとした。そして、図らずもウィルドの言った通りに簡潔に重要な一点に絞ろうと、抱える憂鬱(ゆううつ)漫然(まんぜん)と広がる煩忧(はんゆう)を思い切り削ぎ落として、言葉を紡ぎ出したのだ。

 

 死んだ気がしない? 88回も撃墜されたのに?

 

『あははは。中尉、さっきは連続88回、ですよね? でも、中尉、天才ですからね。中尉が墜とされた気がしないって思うなら、まだ墜とされて無いんですよ』

 

 まったく……あの時、お前が天才なんて言うから俺は大馬鹿だと思われて…………いや……あれのお陰も、あるのかな……

 

 表層の意識でそんな事を思いながら、頭の後ろの方で別の事を考えている自分を感じる。

 

『シミュレーションですからね。完全じゃないです。Gも無いし。あ、でも、それは有利な要素か。あははは』

 

「ハッチ閉じるぞ。メンタルメンテナンスはもういいか?」

 

 シートベルトの具合を確かめながら、離れろのハンドサインをウィルドに送った。

 

『了解。グッドラック中尉』

 

 ハッチが閉じて、メインモニターが点灯する。

 

実機シミュレーション起動(Activate the live simulation for)シナリオ(Scenario)A(Alpha)1(One)

 

了解(Roger,)実機シミュレーション読込(loading the live simulation for)シナリオ(Scenario)A(Alpha)1(One)

 

 クラウザーの命令にマシンボイスが答えた。メインモニターの上部にLive(実機) Simulation(シミュレーション) Mode(モード)の文字が点灯する。

 

G2( ラウザー )、聞こえるか? 想定(シナリオ) A1(アルファ ワン)、リセッションだ。準備は出来てるな?』

 

 バトラーのアナウンスが聞こえた。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

『『お見事です、シュアル(Excellent work, Shual.)おめでとう(Congratulations.)あなたは(You have )ファントムモードを( cleared the )クリアしました( Phantom Mode.)

 LiFAS完熟、完了です(LiFAS maturity is now complete.)』』

 

 シュアルは深く吐息した。緊張が一気に崩れていくのが分かる。

 

「「ありがとう(Thanks,)、……あなたのお陰よ(couldn't have done it without you.)」」

 

 シュアルは遠くを見るように(つぶや)いた。

 

『『Krauser Rauser(クラウザー・ラウザー)戦闘(コンバット)序列(シークエンス)演算法(アルゴリズム)を設定しただけでは、G型(G-シリーズ)-Phantom(ファントム)はシンプルな反射戦闘行動しか取りません。よってリアリティは決定的に不足します。

 しかし、シュアル、あなたはそのオートパイロットをベースに、終始においてより高度(シリアス)な上位戦闘行動を模索、思考し、それを徹底して上乗せ(アクセル)していきました。その密度と速度の高さは驚異的と言って良いでしょう。結果、真剣勝負を行うパイロットの息遣いをも感じさせる、非常に高いリアリティに結実しました。

 流石です、シュアル。あなたのアイディアの素晴らしさを賞賛します』』

 

「「アイディアじゃないわ。教えてもらっただけよ」」

 

 シュアルは嬉しそうに微笑んだ。

 

「「でも……これでいいの? 私、勝てて無いんだけど」」

 

『『イエス、シュアル。それで良いのです。Phantom(ファントム)は、MS対MS戦闘の勝利を目的としたモードではありません。敵MSをどれ程Phantom(ファントム)で圧倒しようとも、完全なる幻影であるPhantom(ファントム)では、撃墜を決定する実体攻撃を加えることが出来ないからです。

 Anti-Mobile Suit Combat(対MS戦闘)Specter(スペクター)が最適です。もしMobile Suit-to-Mobile Suit Combat(MS対MS戦闘)が求められるケースでは、Ghost(ゴースト)が最も高い戦果を期待できるでしょう』』

 

「「彼……エース認定パイロット(エース・サーティファイド・パイロット)も、そんな事を言っていたわ」」

 

 シュアル視線が遠くへ泳ぐ。

 

『『Phantom(ファントム)の存在意義は徹底して、実物たる虚像を作り出す事です。それは静止画像的なディテールの追求では達成できません。活動的躍動と意思の宿る姿によってのみ創出されます。どのような物であれ、それには造られた目的、つまり意志と、その存在や活動によって発揮したい効能、つまり思惑があるからです。

 Phantom(ファントム)の習熟にMS戦を課題としたのは、LiFAS(ライファス)完熟までの時間を最短にしなければならなかったからです。最もハイスピードで、瞬間的に意志と思惑を投影し続けなければならないケースの設定です。

 これは通常では困難を極める難易度として避けるべきタスクですが、シュアル、あなたにはこれを突破する可能性がありました。そして、あなたは見事に期待に応えてくれました。あなたはPhantom(ファントム)の本質を理解したでしょう。今後、どの様なケースにあっても、あなたの創り出すPhantom(ファントム)を虚像と疑う事は非常に難しいでしょう』』

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

『攻撃が命中した時の損害評価(ダメージアセスメント)を入れてくれ』

 

 P004第3デッキ待機(レディ)ルーム──

 準備確認(レディネス・チェック)を問いかけたバトラーのヘッドセットに、クラウザーの返答が聴こえた。

 同じくヘッドセットをして、クラウザーの通信を聞いていたキャスパーが、驚いた様にバトラーの方を見た。

 

想定(シナリオ)変更要求(モディフィケーション・リクエスト)は出来ない」

 

 眉一つ動かさずにバトラーは答えた。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

想定(シナリオ)は実戦が前提の筈だ。小破・軽傷(スクラッチ)中破・損傷(ダメージ)も全て撃墜(キル)になるのは──」

 

 ────問題は────リアリティの不足よ────

 

 セリフの途中、クラウザーの脳裏に不意に、展望室で交わしたシュアルとの会話がリフレインした。

 

「────リアルじゃない。シミュレーションでも損害評価(ダメージアセスメント)は必要だ」

 

 クラウザーは食い下がった。

 

『しかし実戦では激しいGがあるぞ? シミュレーションではそれは反映されないんだ。条件が不利だというなら五分(フィフティ)だろう』

 

 思わず、と言った感じで聴こえて来たのはキャスパーの声だ。

 

『こんの野郎! 黙って聞いてりゃあ! てめえ! いい加減にしやがれ! 何十回撃たれたと思ってんだ!』

 

 間髪入れずに、ラマンの怒声も割り込んできた。

 

 ────中尉が墜とされた気がしないって思うなら、まだ墜とされて無いんですよ────

 

 ウィルドの言葉を思い浮かべた。左手の小指でクロスを切る。

 

左腕(レフトアーム)の指先が飛んだだけだ」

 

 クラウザーは鋭く言い放った。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 キャスパー達の割り込み発言(インタージェクション)に何かを言おうとしたバトラーだったが、クラウザーの反論に、開きかけた口を止めた。セクショナル・コマンド・コンソールに映るクラウザーを見つめて腕組みをする。

 

『こ、こ、この! 負け惜しみ野郎! てめえの指は! 何十本もあるのかよ!!』

 

『──88回の命中は全て有効打では無かったというのか? G2(クラウザー)

 

 ついに、プロシューターも入ってきた。ラマンとは対照的に冷静な声だが、強く込められた凄みを感じさせる。

 G1(ジェット)をしてエスパーと言わしめる彼等、超級の砲撃手(スーパーエリート)のプライドを、クラウザーは真正面から叩き折る様な事を言っているからだ。

 

 ……奴等が黙っていられないのは当然だ。これは俺も口をはさめん。どうする? ラウザー。それだけの啖呵(たんか)を切っておいて、やっぱり負け惜しみでした、では済まんぞ?

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

「実戦では(かす)り傷で撃墜される事はない。損害評価(ダメージアセスメント)をしてくれ」

 

 クラウザーの口調は強く、毅然としている。しかし、バイザーの奥でその表情は苦しそうに歪んでいた。自分で自分を追い詰めている事が分かっているからだ。例外的な要求をしている事も、協力者たる砲撃手達への無礼も、そして、自分の立場を非常に危うくする発言をしている事もだ。

 

『その通りだな。だが、実戦では、何があろうと、もう一度やらせては貰えない。

 その戦いは一度しかない(ワンファイト)その命も一つしかない(ワンライフ)。クラウ、その戦闘は1回でいいな?』

 

 突然、予期せぬ人物の声がした。ほんの一瞬、クラウザーは驚きに顔を持ち上げた。そして、笑顔に変わっていく。

 

「ああ、ジェット。

 戦いはいつも一度だけ(ワンファイト)命もいつも一つだけ(ワンライフ)。一度だけでいい」

 

 クラウザーは答えた。

 

『そう言うことだ。ダンナ、すまねえがあと1回だけ、この馬鹿野郎の言う通りに相手してやってくれないか? ラムも。頼む』

 

 ジェットが二人に訊ねる。

 

実戦にリトライはない(ワンファイト)撃墜は全ての終わり(ワンライフ)

 いいだろう。G2(クラウザー)損害評価(ダメージアセスメント)付きでのワントライ、受けてやる。

 いいな? ラマン』

 

『仕方ねえ。あと1回だけでいいんだな? よぉし……相手してやるぜ。

 いいか! てめえ! 腹のど真ん中ぶち抜いて、一発で終わらせてやるからな!』

 

 プロシューターとラマンが承諾を示した。 

 

『決まりだな。G2(ラウザー)、特例だ。損害評価(ダメージアセスメント)を設定する。

 戦闘は一度(ワンファイト)命は一つ(ワンライフ)。これがお前の最後の(ラスト)トライだ。お前の証明を、見せてみろ』

 

 バトラーの採決が聴こえた。クラウザーはすぅと息を吐いた。

 

「ああ、見ていてくれ」

 

 そう言うと、左手の小指でクロスを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

scene 032 One Fight, One Life

 

Fin

 

and... to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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