機動戦士ガンダム ゴーストクロニクル series000   作:GhostWrider.Jp

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scene 036 イカロスの翼

 

 

 

 

 ビィーーーー!!

 

 デンジャーアラームの重く強い警報が鳴り響いた。警戒ランプが強点滅(ストローブ)して、コックピットを赤く染める。

 

高熱源体、発生(High thermal signature, detected)! レベルF+(Level F plus)! 居たね(We found them)! 二頭立てだよ(Two-Horse, confirmed)! 敵、補足(Enemy in sight)!』

 

 双座操縦殻(デュオシェル)右座(ガンナーシート)に座るナパームの叫びがヘルメットに響いた。

 

目標、ロックオン(Target, locked on.)アップル2、交戦に入る(Engaging, Apple2,)

 

 間髪を入れず、僚機からの通信が入る。

 

コピー(Copy.)アップル1、交戦に入る(Engaging, Apple1,)

 

 双座操縦殻(デュオシェル)左座(パイロットシート)操縦桿(スティック)を握るアインは応答を返した。ただそれだけの事だが、ナパーム達は高揚と士気の充実を感じた。

 アインの美しく力強い声はそれだけでも耳になんとも心地が良い。が、彼のそれは今、その戦歴により深く磨かれ、響鳴の指揮者(リゾナント)綽名(あだな)されることもある。それ故の効果なのだ。

 

 長距離巡航推進ミノフスキー・ジェットの燐光を掻き消す、メインスラスターの爆炎が腰部から放出された。

 二機の重MSが戦闘加速に入り、背部に半格納固定されていたMBC(メガビームキャノン)がリリースされて戦闘方向へ旋回(ピボット)していく。

 

MBC、レディ(MBC locked and hot.)予定の砲撃角に合わせるよ(Aligning to designated fire angle.)

 

 ナパームが戦闘連携(タック・リレー)をコールする。

 

ハルダウン(Hull Down)! オールレディ(Position set and locked)!』

 

 タイミングを合わせたかの様に、アップル2からの戦闘連携(タック・リレー)もコールされた。

 

ハルダウン(Hull Down)カウンター・フリップ(Counter Flip)! ────フリップ(Flip)!──」

 

 ブリーフコールを返しながら──

 

「──ダウン(and Down)!」

 

 ──アインはフットバーをスウィングさせた。

 前衛後衛に距離を取って位置した二機のドムがシンクロした動作(ミラーダンス)で180度ターンする。機体は敵に背を向ける姿勢になり、反対に、後方へ向けていたメガビームキャノンが敵を捉えた。

 砲身に備わったスコープ状のブラックレンズにモノ・アイが灯る。

鋭い電子音が鳴り『In Target Range(射程範囲内)』がコンソールにサインされた。と──

 

 ドドン!!!

 

 ──ほぼ同時に強大な衝撃と無数に裂けて散る雷光の如き強閃光が前衛のドム(アップル2)を襲った。

 真に、センターブロー直撃を受けたと分かる吹き飛び方で前衛のドム(アップル2)がノックバックした。

 僅かな時間差でもう一発当たっていると解析できる、捻り力も掛かったブローフォースだった。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 ──()らえ!

 

 スコープを(のぞ)くプロシューターの口元が言葉を形作った。

 貼りつけた様に、敵機中央にポインターを据え置きながら、一刻千金(いっこくせんきん)の思いでメガ粒子砲の有効射程内に敵機が入るのを待っていたのだ。

 左舷のラマンも同じく第二メガ粒子砲の射線軸を敵機前衛の展開するiフィールド中心に捉えて、その時を待っていると分かっていた。だから、ほぼ完璧な初撃一斉砲撃によるセンターブロー二連撃同時着弾が狙えると踏んでいた。これは滅多には出来ない。そして、思惑違わず、そうなった。

 

『ぶっ飛びやがれ!!』

 

 敵影中央で弾け散る命中拡散光を確認した時、ヘルメットにラマンの怒号が響いた。

 間違いなく彼女もまた、プロシューターと同時に、センターブローを見舞ったと確認できる叫びだった。

 

 ────同着の央打二連撃(ダブル・センターブロー)は、単発のセンターブローに数倍する衝撃を与える。これはドージングにより本来を遥かに超えるG耐性を持つMSP(モビルスーツパイロット)でも十分に不覚を覚える衝撃だ。ほぼ確実に瞬間的な操縦不能に堕とす事が出来る威力だ。

 そして同着の二発は、それぞれの発砲位置が違うために、着弾角に違いがある。

その為、仮に完全に着弾位置が一致したとしても、掛かる力の角度=衝撃のベクトルにはズレが生じる。

故に捻り力が発生し、操作不覚中の敵を錐揉み状に飛ばす事になる。

 その吹っ飛び状態(ブローアウト)は敵前衛がこちらに向けて固定しているiフィールド照射を外してしまう。つまり、敵機は無防備を晒す事になり、続く砲撃で確実に撃墜できるのだ。

 

 ──()ちろ!

 

 ブローされた敵機を連続的な動作で追照準すると、そのままの勢いでトリガーを引く。

 砲口と標的を繋ぐビーム光が引かれ、やはり同じタイミングで左舷から伸びる命中光も見えた。

 これまでの数多の戦闘で、プロシューターの記憶に刻まれた敵機撃墜の映像が、

ビームの閃光に貫かれ、打ちのめされる様にノックバックしながら千切れ砕ける機体の姿が、

一瞬の溜めを置いて巨大な閃光に呑まれて蒸発していく様子が、

網膜に先行再生されていた。

 

 ……──何だと!!

 

『え!! おい!? こ、こいつ!!』

 

 驚きに目を見開いたプロシューターの耳に、ラマンの困惑の怒声が聴こえてくる。

 襲うメガビームを展開保持したiフィールドで切り裂き散らして、綺麗な後退軌道と滑らかなローリング運動で着弾の衝撃と捻り力を収めていく敵機影(シルエット)の中に、(あか)いモノ・アイが灯った。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

やるな(Not bad)

 

 感嘆(かんたん)の口笛を吹いて、ナパームは敵艦の砲撃手(二頭立ての挨拶)を華やかに賞賛した。

 

でも─(Still, too bad)─」

 

 彼等(Flight of two)が敷いた連携機動(Two-ship formation)は標準のハルダウンではない。相手に背を見せる配置で機能させる、ハルダウン・カウンター・フリップだ。

 

 ────12Gを超えるMSフルスロットルに耐え、その高G下での彼等の戦闘操縦を可能にしているのは、MSP耐Gドージング施術だけではない。パイロットシートに組み込まれたDIPCOM(ディプコム)システムは、動的慣性を抑え、特にプラスG方向への負荷を大きく殺す。つまり、シートへ押し付けられる方向へのGフォースと衝撃を、大きく相殺するのだ。

 MSを反転させ、敵に背を向ければ、その砲火から受ける衝撃をプラスG(シートへ押し付け)に偏向する事が出来る。ハルダウン・カウンター・フリップはその効果を狙ったTwo-ship formation(ツーシップ フォーメーション)だ。これはHMS(重モビルスーツ)ドムを主力機体とする、EVFFF飛行隊のお家芸である。

 ドムは主火器(メガビームキャノン)を後肩部を起点とするターレット砲塔形式で搭載している。通常はその長い砲身を、首の後ろから背中に吊り下げる様に半格納固定しているが、戦闘時には展開、回転して、両の肩越し或いは頭頂越しに、その砲口を前方に向けて砲撃を見舞う。

 しかし、この砲は後ろに向けても良く、仮に撤退戦の時等では、他のMSでは追ってくる敵に向いての射撃等を行いながら、バック移動で後退しなければならないのに比べて、ドムは進行方向を向いた通常の前方加速で後退しながら、後ろの敵に向けた砲だけで応戦が可能だ。パイロットとガンナーの2名操縦はその効率を最大化する。iフィールドもメガビームキャノンの砲口輪郭部より照射されるから、機体がどちらを向いていようとも、砲口が睨む敵方向への展開が維持できる。

 そして、この体勢で受ける敵ビームの衝撃はすべて、プラスGとなり、MSPにとって最も(こな)(やす)いものに成り下がるのだ。

 プロシューターとラマンの同着の央打二連撃(ダブル・センターブロー)を喰らった前衛のドムが崩れなかったのは、この所為だった。

 

 ナパームは被爆の前衛(アップル2)に『平気かい?(チェックイン)』を呼びかけようかと思い、しかし僚機の直ぐに砲撃を返す様を見て、その代わりに交信セレクターを機内通信(デュオ・リンク)に切り替えた。

 

対空迎撃に入るよ(Engaging in intercept. As planned.)

 

ああ……(Roger that. Proceed.)

 

 アインが応答した。少し、怪訝な声だ。ナパームは少し、待った。

 

『……ナップ(Nap,)敵機は(G-type seems to be)艦の両翼に展開しようとしている様だ(positioning on both flanks of their carrier.)

 何故(Why…)母艦のiフィールドの外に出るのか(are they moving outside the carrier's I-Field?)? 何を考えている(What's their plan?)

 だが、しかし(But if…)今直ぐに撃墜してしまうならば(we take them out now,)それもどうでも良かったことになる(none of that will matter,)

 いいな(right?)?』

 

 メインモニターに開いた二枚の敵機G型フォーカスのウィンドウを見比べていたナパームは、それを両横端に動かしながら正面、二頭立てを含む全体映像に視点を移した。

 なるほど、確かに2機は両翼に展開しようとしている。明らかに二頭立てが照射保持するiフィールドの陰から出るつもりと見受けられる。

 二頭立てはEVFFF(こちら)の情報を得ているのでは無かったのか?

 二頭立ての砲手が超常の当て勘の持ち主(ピューパ)なのは間違いない。だから、彼等がその狙撃能力を理解していない筈はない。それとも──

 

 ……僕を舐めているのかな?

 

すぐにその杞憂を消してあげるよ(They'll be gone in no time.)

 

 ナパームの綺麗な顔が蒼白に染まった様に見えた。冷酷な視線を右のフォーカスウィンドウに投げる。

 映像のG型はとても高度な捉えられない(エイムレス)MSPだ。なかなか見れないレベルの最大回避運動(フル シャーク)を刻んでいる。

 

 ……普通、君が撃たれることはないだろうね。

 

 ナパームは、無造作に火器管制桿(グリップ)を捻った。

 ポインターが瞬間移動したかの様に、ウィンドウのターゲットをマークする。と、さらりとトリガーを引いた。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 ピピピピ!

 

 警戒アラートが鳴り、P004の展開するiフィールドから出ようとしているG2(自分)が光点で示された。

 コンソールに点滅(フラッシュ)するそれを、視界の端に映るに任せて、クラウザーは重なる敵機影の上方、前方のドム(バルク)の機体の上から覗く、後方のドム(バルク)の砲口を睨んでいた。

 クラウザーから見える敵機は、綺麗に静止狙撃戦型(ハルダウン)して──こちらに背中を向けている。

 この背を向けた静止狙撃戦型(ハルダウン)敵機ペア(フライト オブ ツー)が見せた時、クラウザーは、戦場を離れたどこかで、穏やかにアクロバットチームのエアショーを観ている様な感覚を覚えた。そして、ざわつく肌と痺れる背筋を感覚した。

 それは、この敵が一筋縄ではいかないという直感だ。突出した強敵を察知した戦慄への体の反応だ。

 

 警戒アラートが、遂にエリアを出てしまった事を告げる連続音にピークした。左手の小指で十字を切る。刹那──

 サイドモニターが発光で染まった。コックピットに強く陰影が描かれる。その、G2のサイドを(ほとばし)る強烈な破壊光は、クラウザーが凝視していた後衛のメガビームキャノン砲口に真っ直ぐ続いていた。

 

「うぅぉおおおお──」

 

 掛かった! と、いう思いと、痺れる背骨から絞り出された様な恐怖の叫びが交錯する。

 歴戦のパイロットにして回避運動のエキスパートたる自分だからこそ、ハッキリ分かる。この逸弾(ハズレ)は、外したハズレではない。命中させたハズレなのだ。

 つまり、敵はキッチリと虚像(ゴースト)を射抜いたのだ。LiFAS(ライファス)錯視(ゴースト)はシッカリと静かに機能している。その確認は取れた──が──同時に、やはり自分の最高の最大回避運動(フル シャーク)であろうとも何の役にも立たない敵である。とも、キッパリと確認が取れた訳だ。

 

「ハアッ!!」

 

 クラウザーは初めて、気合を喝破(かっぱ)した。無駄だと知っても、敵の狙撃を前に回避運動を放棄して飛ぶには、勇気が必要だったからだ。

 両手でスティックを思い切り引き、すぐに戻す。

 G2が爆光に飛ばされた。フルスロットル、プラス、オールバーニアのエマージェンシースロットルだ。MSP耐GドージングとDIPCOM(ディプコム)パイロットシートによる最高のG抑制(Gフォースダンパー)で実現できる最大加速だ。現在の地球圏に存在する有人機に、これ以上の加速はあり得ない。

 

行くぜ相棒(ウィズユー ブラッドハウンド)! 突入する(ダイブイン)!』

 

 ブリーフコールが響いた。視線をライトサイドモニターに飛ばす。

 G2(クラウザー)と同じ、緊急(エマージェンシー)スロットルの閃光を曳くG1(ジェット)の軌跡が走っていた。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

「そんな!!」

 

 (ハズ)は────

 

 ナパームは混迷(こんめい)し、狼狽(ろうばい)した。

 

OUT SIDE(アウトサイド)

 

 閃光を背負って加速し出した標的に赤い文字列が投影され、マシンボイスがそれを読み上げる。

 意識が、認識中枢が混乱して、狙撃時の感触と現実の結果が上手く結びつかない。ナパームの思考がフリーズする。それでも戦闘行動は止まる事は無く、体が勝手に、自動的に、続いての狙撃に火器管制桿(グリップ)を操作する。

 呆然とする意識で、頭上に閃くいつもの光芒を感じながら、その感覚のままにポインターを偏差する。ターゲットの進行方向そのままの先点だ。このG型は、ただひたすら真っ直ぐに最大加速で飛ぶ気らしい。

 可笑しい様な、腹立たしい様な、鈍い屈辱感に顔を歪めて、ナパームは再びトリガーを引いた。

 

OUT SIDE(アウトサイド)

 

 グラッ──と、横殴りの重力を受けたかの様な錯覚がナパームを揺らした。意味ある言葉にできない思いが渦巻き、更に思考を混濁させ、何を考えているのか自分で把握できない感じに包まれた。

 

「──アイン(Ein)! 何かが(Something's)──おかしい(wrong)!」

 

 戦闘で築いてきた経験則(サクセス メモリー)だけが、彼に解決的な対応行動を取らせてくれた。

 SOS信号(バットシグナル)よろしく──切迫の(すが)りを叫ぶと、呆然の(てい)の表情に似つかわしくない素早さで

火器管制桿(グリップ)を操る。

 左のフォーカスウィンドウにポインターをスナップインさせて、もう一機のG型に連射を浴びせかけた。

 非命中の赤文字が連続サインされ、マシンボイスがトーンリザーブする。

 

All Shots(全弾) OUT SIDE(非命中)

 

 息継ぎの様に、繰り引くトリガーを止めた時、マシンボイスが統合アナウンスを報告した。

 

どうして(I can't make sense of it)──」

 

 再び──右の標的に視線を戻すと、困窮に耐えて、ナパームはトリガーを繰り絞った。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

「チッチッチ!」

 

 眩しい光跡を描いて真っ直ぐに飛ぶG1(ジェット)G2(クラウザー)を激しく襲うビーム連射に目を細めながら、キャスパーは舌打ちを刻んだ。

 

 ──敵が絶対の冷静(アイスメナー)を失ってくれるのはいいが……もう少し落ち着けよ……まぐれで当たっちまったらどうすんだよ! ったく!

 ────しかし……

 

 ただ真っ直ぐに飛んでいるだけの2機に、敵の砲撃が全く当たらない事が、何とも気持ち悪い。

 これは錯視(ゴースト)が完璧に敵を惑わせているから起こっている現象なのだと、切実に思い知らされる。

 Gm型6機も今、不可視(スペクター)によって侵行している。こっちも、敵が捕捉出来ていないのは明らかだった。今はもう全機、完全に回避運動なしのフルスロットルで飛んでいる。

 LiFAS(ライファス)の凄さに、慄然とする。

 

"Decel Prep(減速用意): Approaching Point(ポイントへ接近)"

 

 高いビープ音が鳴り、減速開始の予定地点に近づいたことを告げる文字列が表示された。

 ここから接敵減速をかけて、射程の短いGm型主火器(レールガン)にとって最適な相対速度に調整する手筈だ。キャスパーは先行するGm1を見た。

 Gm1が左手を挙げた。ハンドサインを送る用意だ。

 

 ……予定変更──

 

 Gm1が開いた手の指先をパラパラパラと3回開閉した。のを、キャスパーが読み取る。

 続いて、掌を水平に倒すと、そのまま腕を真っ直ぐに突き出した。

 

 ──このまま進む……

 

 最後に親指立て(サムズアップ)をした。以上、その他変更なし、だ。

 

 ……減速せずに突入するのか────言いたい事はわかるぜ、ガット。G型の攻められ方は心臓に悪いよな。最速でキメて、終わらせてやりたいと思うよ俺も。でもな──

 

 キャスパーはGm2の左手を挙げた。

 五指を開いて、5を示す。そして親指を折って、6を示した。

 

 ──Gm5、Gm6。

 

 二本指に変えて、その手を左右に波振る。

 

 ──第二波(初めの予定通りに減速せよ)

 

 四本指に変えて、円を描いた。

 

 ──他四機のアタックをフォローせよ。

 

 不可視の接近強襲(スペクター インフィルトレーション)からの初弾、その一撃でキメるには、ちょっと速過ぎる相対速度(キツいスピード)だと思うぜ? 後ろ詰め(リア・ガード)のアイツらは──

 

 Gm2が掌を上に向けて上下させ、四指を折って親指立てに変化させた。

 

 これでいいだろう? Gm1。──という意味だ。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 ……そう思うか? キャス──

 

 ────Gm型主火器(レールガン)の初速は秒速10,000m程だ。これは非常に高速であるとも言えるし、とても鈍足であるとも言える。

 大気に満たされた有重力下では それは圧倒的に前者であり、広大な真空=宇宙空間では殆どの場合が後者だ。つまり、今の状況にとっては後者なのだ。

 

 敵を確実に仕留める為の遅すぎない弾速を、1秒以内で着弾する速度と考える時、有効射程距離到達からの発砲許容時間(タイム・トゥ・ファイア)は、

(砲の初速m/s+接近相対速度m/s)/ 接近相対速度m/s だ。

 

 現在の相対速度で強襲をかける場合、その時間は数秒ほどになる。これは、十分な時間とも言えるし、とても焦る短時間だとも言える。

 バトラーを初め、Gm4まで(トップ4)にとっては前者の筈だが、Gm5とGm6(リア・ガード)にとっては後者にあたるのかもしれない。それは、状況の緊張感と経験の深さのシーソーだ。シミュレーションも無しでの不可視強襲初陣の緊張度は、高い。

 後ろの二人のプレッシャーはバトラーの思う以上なのかもしれない。それを、こういう事は自分よりもよく見えていると認めるキャスパーが言うのだ。

 

 ──そうだな、了解した。

 

 バトラーは頷いた。

 Gm1が、Gm2の行ったハンドサインを繰り返した。了承と再指示だ。

 Gm5とGm6が減速に入り、後ろに離れていく。

 実力が発揮される状況(オペレーショナル・エッジ)が与えられるなら、彼等もP004MS隊に選出された精鋭だ。もし先行が仕留めを損ねた時には、確実にキメを仕上げてくれるだろう。

 

 だが、初撃で、最速で終わらすがな──

 

 バトラーは敵の砲火に(さら)されている友軍、G1(ジェット)と、G2(クラウザー)と、そして母艦(P004)を──LiFAS(シュアル)見遣(みや)った。

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 P004は、絶え間ない衝撃に震えていた。艦橋のウィンドウ・スクリーンは、少し彩度を欠いた穏やかな宇宙空間を見せている。対閃光防御により一定以上の光量がカットされているからだ。

 本当は厚い雷雲の中を飛んでいるかの様に、iフィールドで裂かれて弾ける無数のビーム被弾光で全周を埋め尽くされているのだ。

 クルー全員が対ショックマスクに口を閉ざしている所為(せい)で、ブリッジには悲鳴も呻吟(しんぎん)も聞こえない。

 無声通話(ボーンリンク)は、言語の意味を成さない呻きや喘ぎ等はノイズとして、その骨伝導振動を拾わない。物言わぬ筈の艦だけが、時折、共鳴増幅された船体振動を()いた。

 

 くぅ! ぉ……思った以上に────厳しい!

 

 不気味な船体慟哭が響き、空間が歪んだかと錯覚する衝撃振動の中、無秩序に乱雑に揺れるコマンド・ディスプレイ上でLiFAS(ライファス)の光学制圧支援をキープしているシュアルの胸中にも、弱音が渦巻いた。

 必死の手動操作・制御介入(マニュアルオーバーライド)に没頭するその表情は(やつ)れ、髪は乱れ、瞳は焦りに歪んでいる。

 

「「ターゲット、コールアウト(Target callouts, now.)! こっちを撃ってくるのは?(Who’s engaging?)」」

 

 シュアルはボイスコマンドを無声発声した。

 対閃光防御は砲撃のビーム光も見えなくなる為、敵が何処から何処へ撃っているのかを自然に視覚できないからだ。当然、P004からの砲撃や友軍機G型のビームライフル射撃光も見えない。

 

『『敵機の前衛がこちらを(Vanguard on us,)敵機の後衛がG型を(rear guard on G-types,)主砲二門が敵機前衛を攻撃しています(Main cannon targeting vanguard.)』』

 

 マシンボイスがBoneLink(ボーンリンク)で応答した。

 LiFAS操作中のカスタムで、現在、コマンド・コンソールの情報はボイスアナウンスで伝達される様になっているからだ。

 

 …………やっぱり、前衛だけ──

 

 こちらはメガ粒子砲二門。単純比較では二倍の砲撃力、二倍の手数である。しかし、敵機を()すどころか、(むし)ろマウントを取られているように感じられる。

 超級の砲手(スーパーエリートキャナー)と公認されるP004主砲手の二名(プロシューターとラマン)をして、たった一機のMS相手に押されるものなのか。ジオンの重MS(ドム)とはそれ程のものなのか。それとも、EVFFFという精鋭(エアリオン)故の事なのか。

 このままでは長くは持たない──

 

 いいえ、今、もういつ……──はぅっ!!

 

 不意に崩れかけたアサルトフィデリティビームのコヒーレンスのリカバリーを、ギリギリで間に合わせた。

 激しく脈打つ心臓を、無理矢理収める様に嘆息する。シュアルの心に悲壮な決断が浮かび出す。

 

 半数を……切って──

 

 システムの安定を守る。Specter(スペクター)Ghost(ゴースト)、それぞれを任務遂行可能な最低数にして、残りの機体への光学制圧支援を解除する。

 可能な限り行いたくはない措置だ。しかし、いざという時は、決断しなければならない。でも──

 

 その、いざって、いつ?

 

 シュアルは苦しそうに目を細めた。

 その時は、もう、来ているのだ。P004が砲撃を受け出した時に、もう既に。

 

 …………急いで……

 

 シュアルは唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

scene 036 イカロスの翼

 

Fin

 

and... to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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