ナパームの繰るMBC砲口から放たれた光の帯が、アインの視界を焼き付けた。
白光の一閃は、敵機を粉砕すると確信していた。ナパームが外すわけがないからだ。しかし、ビームの光が虚空に消え、無傷のG型の姿が予定されていた結末を拒んでいた時、アインは久しく忘れていた戦慄を意識した。
『そんな!!』
ナパームの狼狽を隠した驚愕の声がヘルメットに響く。
瞬時にして決する筈だった終焉を逃れて、緊急スロットルと思しき噴射光を背負って駆け出したG型に、再度のナパームの砲火が放たれた。そして──再びの、先程を凌駕する『信じられない光景』を目の当たりにした。
回避運動すらしていない直進の標的を、今日が初陣の新兵でもそうそうは外さない的を、
魔弾の射手が外したのだ。
錆びつきかけていた戦闘機能がうっすらと目覚め、その歯車が軋む音を錯覚した。
永らくのブラックヴォルト篭りの間に口にしていた、己を戦士だと宣っていたセリフが、今、酷く空疎に思える。
『──アイン! 何かが──おかしい!』
ナパームの戦況報告が、否、悲鳴が、投げかけられた。
ああ、おかしい……理解不能の異常事態だ………………だが、これよ──
標的を、同じく最大加速で真っ直ぐ飛んでいるもう一機のG型に切り替えて、ナパームの連射が浴びせられた。全弾命中しているようにも見える、が、G型のスラスター光は揺らぐ事すらない。
つまり、すり抜けるように全てが外れているのだ。
──恐怖に嬲られ、絶望が伸し掛かる……その、死の予感を拒む……殺意──
闘志が身体から吹き出す様だ。己が何者であるかが心に鳴り響く様だ。
──戦士とは、こうでなくてはな。
アインは自身の存在意義をはっきり感じていた。 心中で、高らかに笑った。
『アップル2より、アップル1。敵機が、直線で、高速接近中。迎撃に異常か? 今なら対艦防御を維持しつつ、対空迎撃を支援できる。が、長くは待てない』
アップル2から懸念のクエリーが入った。アインの唇が、可笑しさに歪む。
回避運動もせず、狂った様に突っ込んでくるだけのG型を、あのナパームが外しまくっているのだ。既に何発撃っている事だろうか。歴戦の僚機の違和感と疑念が如何なるものかは良くわかる。
G型に切り込まれれば、最初にやられるのは前衛だ。不審と焦りも高かろうよ、と思う。
「やってみろ」
素早くアンサーを返す。と、引き金に指をかけて待っていたのか、と思われる早さでアップル2の火線が伸びた。
・・・・・・・・
・・・・
「ぐぅ……ぅ──」
限界のGと最大の力みで、引き裂けそうに剥き出し食いしばる歯から呻きが漏れる。
ピーーーー!
エマージェンシースロットル継続限界を告げるビープ音が響き、強烈なGが柔らいだ。
「──ぅぉおおぇ……ぇっぷ…………よし……生きてんな」
嗚咽にも似た呻息をしながら、ジェットはG2の無事を確認した。
フルスロットルに減速した機体を、数秒刻みでさらに段階的に減速させながら、体が受けた負荷の回復具合を確認していく。G2も緊急スロットル継続限界によるスローダウンで、同様のリカバリーを見せている。
G型二機は今、考えられる限りの突入スピードで接近を掛けていた。限界まで緊急スロットルを続けて、緩慢飛行で回復をする。そしてまた緊急スロットルを敢行するのだ。
勿論、敵弾回避も隠密行動も一切考えていない。どれだけ短時間に目的地に到達できるかを実験試行するかの様に、只管に飛んでいる。
呼吸を整えながらメインモニターの敵機に視線を移した時、光の奔流がジェットの視界半分を埋めた。前衛のドムがG1を撃ったのだ。
「捕らえた! 待ってたぜ、この時を!!」
ジェットは叫びを上げた。この突入機動は、陽動を負った彼等の仕掛けだったからだ。未だ攻撃を引きつけられていなかった敵の前衛をついに引き寄せたからだ。
緊急スロットルを最大に駆使した接近速度の異常さは、早々に切り込まれる警戒心を敵に与える。iフィールドとカウンター・フリップしたハルダウンで、ロングレンジの砲撃戦では無類の強さを誇るドム分隊だが、サーベルの射程まで切り込まれればそれらは意味を為さず、逆に背を向けている状態の弱さを晒す事になる。
回避運動を放棄して突っ込んでくるという、的としての狙い易さを見せつける事と相乗して、P004を撃っている前衛の敵機にも、思わずG型を撃ちたくなる様に誘いをかけていたのだ。
スローダウンさせていたスロットルを上げていきながら、ローリング運動に機体を捻る。LiFASの光学制圧により、敵機は標的の位置を錯覚しているから外れているわけだが、緩く遅い回避運動めいた動きをする事で、更に敵を混乱させようとするジェットのセンスだ。
しっかし──阿吽だぜ。
ジェットはニヤついた。これまで数多の強者とペアを組んできた。が、今こうして、何の指示確認もせずに、ここまで噛み合う動きをする相棒は初めてだった。
クラウザーとなら、ツイン・タンゴでも、いけるかもな。
────MS高速戦闘機動の中でも、最高難度と言われるのがタンゴだ。超至近距離での無重力格闘マニューバーである。Cuartetosは、そのタンゴをさらにツインで連携させる離れ業のことだ。その速度の高さと視認性の悪さから、ノーコンタクトで息を合わせた攻防を連動させる必要があり、実行は極めて難しい。
「G1より、G2。獅子が檻に入った。このまま──」
──切り込んで……と、続けるはずだったブリーフを止めた。G2のエマージェンシースロットルが見えたからだ。
代わりにジェットも即座に両手のスティックを全力で引き、すぐに戻した。メインスラスターがマキシマムパワーの爆炎を噴出し、パワーバーニアのノズルがベクトルを揃えて閃光を飛ばす。ミリミリと体がパイロットシートにめり込んで、パイロットスーツの圧力適応が下方後方に持っていかれようとする血流に抵抗を強める。頭に圧壊の、顔に破断の、凄まじい力を感じて、殆ど思考が止まり、ただ耐える事だけしか意識できなくなっていく。
注文……は……要らなかった……な……
ジェットは霞む思考を巡らせながら、G1にサーベルを引き抜かせた。横を向く事など叶わぬ緊急スロットルのコックピットのサイドモニターに、同じくサーベルを解き放つG2の姿が映っていた。
・・・・・・・・
・・・・
激しい振動と、鳴動する空気の中、シュアルは死に物狂いの光学制圧支援のキープに全霊を注いで、ただひたすらに耐えていた。呼吸は浅く、胸の中に詰まった空気は出るに出られない。全身が硬直して動作が鈍くなっている事に、冷や汗が止まらない。心臓は鼓動を速め、耳の奥でその響きが鳴り響く。解放の瞬間が来るのを待ちわびながら、一瞬が永遠に感じられていた。
突然、時間が止まったかのように、世界の震えが止まった。そして、身体が崩れ去ったかのように、力が抜ける。
「はぁ……ぁはぁぁ」
血の気の失せた唇から声が漏れる。足元にまで達していた緊張の波がのろのろと引いていく。少し目を閉じ、重く沈んでいた胸の中から空気を絞り出し──
「……ふうぅぅ……」
──息を吐く。
全身を支配していた重圧が、痺れを残す様に消え去り、ようやく平常心を取り戻す。
LiFASの自動安定化をマークし、全機の支援を維持出来たはずの、不可視、錯視、それぞれをしっかりと確認すると、もう一度、安堵の吐息を漏らした。
「「ターゲット、コールアウト」」
まだ安定しない呼吸のまま、ボイスコマンドを無声発声する。
『『敵機前後衛がG型を、主砲二門が敵機前衛を攻撃しています。それから、
G型二機が敵分隊を近接格闘攻撃射程に捉えようとしています』』
マシンボイスの返答を噛み締めて、シュアルは強く頷き、ありがとう、と唇を動かした。
・・・・・・・・
・・・・
『こちらアップル2! 迎撃に失敗、状況が不明瞭! 何が起こっている!? 指示を仰ぐ! 至急、応答を願う!』
……やはりな。
思った通りの結果だ。一拍を置いて、もう一度アップル2の砲火が見舞われた。標的となったG型に変化はない。彼等の動揺が伝わってくる様だ。
アインはコンソールに視線を落とし、迫るG型の軌道ベクトルと、アップル2が対艦iフィールドを張りながら取れる射角限界ラインとの交点をタップした。そこが、迫るG型をアップル2が砲撃できる限界点だ。
「俺だ。よく聞け。アップル2は左G型を、ナップは右G型を撃て。
最大限のトライをかけろ。やれ!」
まず、それだけを言う。すぐさま二門のメガビームキャノンは指揮に従った。左右に放たれる砲撃光を瞳に映しながら、アインはタップしていた交点にG型が到達する残り時間を表示させた。急速にカウントダウンするデジタルカウンターを素早くアップル2に送信する。
「アップル2はタイムアップしたら二頭立ての砲撃に戻れ。いいな。決して対艦iフィールドを外すなよ? ────それまでに、カタはつけるつもりだがな」
『了解! 実行する!』
『わかったよ! アイン!』
同時に2つが返されると、ヘルメットフォンが自動的に音量を分けて、左横からアップル2が、右隣からナパームが、それぞれ返事をしているように聞こえた。
両者の声から、動揺が消えているのを確かめる様に聴きとって、アインは小さく頷いた。
さて──
アインはそっと左手を胸に置いた。先程から喉の奥より響いてくる、やかましい鼓動を抑えたかったのだ。
これ程に恐怖に慄いている己の心臓と、冷静そのものの頭脳のギャップを滑稽に思う。
残り12秒──無い。この謎を解けるか? アイン。
モニターのフォーカスウィンドウに映るG型の手に、禍々しいサーベルが握られているのが見える。奴等は『撃墜不能』なのだ。
これまでの常軌を逸した高加速の積み上げによって、もう今からでは、こちらが仮にエマージェンシースロットルを限界以上に駆使しようとも、直ぐに距離が詰まり切ってしまう程の相対速度が乗っている。逃れられないのだ。
果たして、墜とせぬ幽鬼のその攻撃は、同じく、回避不能、防御不能なのだろうか? それを知るには命を賭けるしか無い訳だ。これは、どう考えても絶対絶命だ。
「Eins, kein Zweiter……」
アインは小さく呟きながら、思考に沈んだ。一瞬で深い考察の世界に入り込む。
異常を把握しろ────
そうだ──異常はG型だけではない──二頭立て搭載の、Gm型は何処にいる? 何故出てこない?
最初を思い出せ──二頭立てのデッキは?
アインの記憶が再生され、4つの発艦ハッチが開いていた二頭立ての映像を結ぶ。
…………ハッチを、解放していた──今はもう閉じている──つまり、発艦したから、閉じた──それが、自然だ────
「Eins, kein Zweiter……」
この呟きはアインのルーティーンだ。今置かれている様な状況でも、深く高速な思考を可能にするほど強力な、自己肯定の儀式なのだ。
二頭立ての、あの翼は? 通常の仕様ではない──何故、あんなに光っている? ──戦いに意味のない装飾は無い──あの光には相応の役目がある──それは?
それが──始まり? ……一連の異常の、最初に起こった異常、それが、あの光…………
「Eins, kein Zweiter……」
アインの思考が、繋がり収束するような感覚に走る。震える心臓が止まった。
「全砲、二頭立てを撃つ! 共振の連撃を叩き込むぞ!
ナップ! センターブローで敵の砲撃を止めろ!
アップル2! 確実に一撃目を決めろ!
ナップ! 共振の二撃目、連撃を合わせろ!
いいな! やれ!」
応答に変えて、ナパームのビーム砲火が二頭立て前面で弾けた。センターブローしたと分かる強烈な衝撃に、揺らぐ船体姿勢が見て取れる。遠目ではゆったり傾いていく様に見えるが、内部は今、激震に天地が狂っているだろう。それを証明するかの様に、二頭立ての左右メガ粒子砲が沈黙した。
アップル2が敵砲の責めから解放され、央打の狙いに集中する。
数秒の間を置いて、央打する照準の確信を込めてアップル2が砲撃を放つ。のに、被せ合わせるかの様にナパームも再びの砲撃を放った。
二本の眩しい白雷が、怪しくその翼を輝かせる敵艦に注がれ、弾けた。
────衝撃は波紋だ。メガ粒子砲をiフィールド防御した時に発生する衝撃波にも周波数が存在する。アインが命じた『共振の連撃』とは、この衝撃波の増幅を意図した、異常に高度な連撃の事である。
そもそも、敵の展開するiフィールドの中心を撃つセンターブローは、やろうと思って狙えば撃ち込める程、簡単なものではない。大気や重力、コリオリ力などの阻害の無い、完全無障害な真空で、標的射撃双方が相対的に静止している配置での、しっかりとした機械的固定とスムーズな機械的駆動で狙いを微調整できる射撃装置を用いるならば、ほぼ100%、センターブローできるだろう。しかし、経験が浅く、緊張によるイージーミスが有り得る様な者だと、それでもそれなりの失敗をする。
通常のMSPならば、実戦でのセンターブロー成功率は数%。熟練のエースパイロットでも半々と言われている。もちろん、最大回避運動を行っていたり、被衝撃下に置かれている様な、激しい不安定状態では全く不可能である。
『無敵のG型』迫る土壇場で、アインは共振の連撃を指揮した。それは───
まず、最初の奏者のナパームが二頭立てにセンターブローを撃ち込む。ナパームは超常の当て勘をもつエスパー的な狙撃手だ。後衛で敵砲撃の衝撃も受けていないこの状況なら、センターブローは彼にとって造作もない。 これは余程の咄嗟でも成功するだろう。そして、成功した。
艦がセンターブローを喰らえば、その衝撃は烈震に相当する。内部クルーは身体防御にしくじれば深刻な損傷を負う激しさの揺れに耐える事になる。それは少なくとも一時的に戦闘行動を止めさせるには十分だ。よって、敵砲火はしばし沈黙する。
第二の奏者はアップル2だ。敵艦の砲火が止まり、不安定状態から解放されている間に、センターブローを撃ち込む。ここからが『共振の連撃』の構成になる。
アップル2にとっては半々が本来のセンターブロー成功率であり、現在の緊迫の戦況ではストレスも高い。しかし、強かにいざという時は決める力を発揮して、アップル2は仕事をやり遂げる。
ここで重奏をかけるナパームが、共振の連撃を完成させる。アップル2の砲撃に連撃を合わせてさらに、その衝撃が最大の共振を発生させる様に、超常を超えた超能の勘でタイミングを取るのだ。これはナパームにしか出来ない、し、そのナパームでも不確実なスーパーブローだが───今、それは成功した。
二頭立てに寸差着弾のセンターブロー二連撃が命中し、凄まじい雷光が広がった。その狂奔する稲妻の閃電乱舞の向こうに、もんどり打って三次元回転する二頭立ての姿が──こちらに向けて固定していたiフィールドの盾を混沌に捻じれた螺旋に踊らせる姿が──一撃で撃沈できる無防備を晒す敵艦の姿が──あったのだが──────
アインは別のものに──突然鳴り響いた敵機出現とフラッシュする赤色光を発生させた元凶に──その、突如としてメインモニターに現れた映像に──全ての注意を奪われていた。
「全力戦闘ォオ!!!」
仰天の双眸をギラつかせて、アインは絶叫した。
メインモニターには複数のGm型が出現していた。いきなり短射程距離に発生したのだ。
警戒アラームが同時多発し、次々と開いていくシューティングフォーカスウィンドウに主火器の銃口を突きつける姿が並ぶ。
反射的に動いた両椀が、機体に最大回避運動を刻み込む。挙動スライダーをタッチしながら、兵装ダイヤルをループする。
「Maneuver Mode」
マシンボイスがヘルメットに聴こえ、抜き放たれる灼熱の刀身がモニターに見える。
フォーカスウィンドウのGm型の銃口に菱形が収束して、狙いが固定されたとカチッとして見せる。被照準警報が一斉に鳴り響いた。
多数のバーニア炎に機体を彩らせ、アップル1が螺旋回避機動、複合、交差回避機動に舞った。
・・・・・・・・
・・・・
Beeeeep!!
Gm型のコックピットにも出現警報が轟いていた。それはLiFASの光学制圧支援が解除された事を告げる、自機出現の警報だったが──
「全機! 撃てェ!!」
バトラーは叫んだ。今、まさに、Gm型第一波の四機は主火器の有効射程に敵機ドム分隊を捉え、各自が照準動作に入った。その刹那のアラームだった。
一刹那に、母艦がやられたかと動揺したが、母艦損傷は鳴っていない。即座に艦況確認は後回しと決めて、眼前の事態に集中を戻す。
──あと、ほんの数秒だけ持ってくれれば、姿なきGm隊による強襲はコンプリートしていた。敵機は何が起こったのかもわからないまま、秒速10,000メーターの弾丸に粉砕されていた筈だったのだ。不運を決めた数秒。その口惜しさに眉間が歪む。しかし──
手強い……
運は重要な戦闘能力だ。バトラーはそう思う。不可視強襲が完遂されなかった事は無念だが、それより、この敵が自分達を凌駕する武運の持ち主かもしれないという事実の発生にこそ、戦慄を覚えた。
揺らぐ十字光がまだ標的に収束していく最中、ロックオンするタイミングを武運に任せ、バトラーは果敢にトリガーを絞った。
電磁発射無反動振動を感じると同時に、バトラーの耳に照準警報が聴こえていた。
scene 037 戦慄の凱歌
Fin
and... to be continued