6名のMSPが適応していた。
最も早かったのはアインだった。オリンピック短距離決勝のゴール前の映像判定の様に、ほんの僅かの先手だった。
共振の連撃を二頭立てに撃ち込み、その顛末を見届けようとしていた。その目前に、突如、銃口を向けたGm型が多数出現したのだ。圧倒的な驚愕の中、アインの戦闘行動は反射的に選択された。
この状況下で第一選択されるのは、エマージェンシースロットルがセオリーだ。最も素早く、最も包括的な回避行動だからだ。しかし、アインはそれを選ばなかった。
複合的回避機動をマニューバリングしたのだ。これはとてもディスアドバンテージな選択だ。複雑な操作はスピード的に絶対劣位であり、かつ、操作ミスのリスクを負うからだ。そして、それは致命の失着になって不思議はない。でも、アインは撃墜されなかった。
アインのマニューバリングに機体が反応する直前、実は最初のレールガンの弾がアップル1を襲っていた。だが──この一発目は外れたのだ。
アインの回避運動によるものではない。狙いが完全に定まるより、一瞬早く射出される結果に終わってしまった、Gm1=バトラー機の、武運を賭けて放った一発がそれだった。
続けて飛来したGm2=キャスパーのレールガンの弾は、アインのエマージェンシースロットルを見越した絶妙の偏差射撃だったのだが──螺旋回避機動、複合、交差回避機動で駆けるアップル1をその功が捕える事はなかった。
アインは至近の敵──異常高速で迫る二機のG型を見た。瞬時に、先に切り結ぶ方を見切ると灼熱の刀身の切先を振り向けた。
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・・・・
ナパームは放心状態だった。突然の敵機出現、そして高速に開いていくシューティングフォーカスウィンドウ。レッドライトがフラッシュするコックピットで『映像が発生した』という表現のままに湧いて出た敵機=Gm型らしき機影。
このホラーゲームの様な展開に現実感が追いつけず、何が起こっているのか全く把握する事ができなかった。ただ──戦士の体が、その身に刻んだ反応を返した。
スゥ……と静謐端麗な瞳が流れた。操る火器管制桿が、日本舞踊のように静かに無駄なく動いていく。
怪我の功名か塞翁が馬か──茫然の自失は逆に、ナパームに深いフロー状態を作り上げていた。虚空に閃く光芒を透かして標的を見ているような感覚だ。
……過去のどの瞬間も、この照準速度には及ばないかもしれない。
……未来にも、これほどの照準速度は再現できないかもしれない。
うっすらとそんな事を思いながら、ナパームは神速の八連射を行った。
6つのGm型と2つのG型を、すべて同時に狙撃したかの様だった。
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外したか!!
バトラーの貌が悲痛に捩れた。
秒速10,000メーターのGm型主火器弾は、動体視力の限界を遥かに超える飛翔速度だ。見る事はできない。しかし命中すれば、その途方もない破壊エネルギーは標的に決定的な崩壊を強制する。コンマ数秒以内にその変容を見れなければ、弾はもう遥か遠くへ消えているだろう。
その極限の集中をかけていた瞳に、回避に機動しだす標的の機体と──その上で駆動する砲塔の機体の運動を波乗りのように制して別動するモーションが映った。砲身に並装されたスコープに灯るモノ・アイの視線が自分を捉え、赫く冷酷に膨らむ光の揺らぎが、スロー再生のように鮮明だ。
こんなにゆっくり見えているのに、自分の身体は石像化したようにまったく動かない。そう、認識だけが加速しているのだ。分かっている。
瞳が沈痛に暮れた。0.1秒よりも短い、無念の慟哭を噛み殺し、バトラーは即決した。
「イジェクト! イジェクト! イジェクト!」
叫びながら頭部をヘッドレストに押し付けた。核融合エンジンが即座にカットされ、コックピットを照らす種々のインジケーターが一瞬明滅して予備電源に切り替えられた。
瞬時にシートが形状変化してバトラーの頭部後背に最適合致する。マグネティックリードが脚部も引き寄せ、完全フィットしたところで吸着ラッチする。スティックから離した腕を胸に畳んで、できる限りのコンパクトに体を纏めると、ヘルメットとパイロットスーツの内圧が上昇して、全身がエアバッグされた様に感じた。
最大音量の警報が轟き、メインモニターに脱出ハンドルのマークが点灯した。
「OUT SIDE」
マシンボイスの射撃結果レポートの声を最後に、バトラーは射出された。彼にとっては2度目の体験だ。やはり、この射出加速はエマージェンシースロットルを超えている。呼吸の圧迫と内臓の不快、そしてトンネルビジョンしていく狭まりの中でバトラーは思った。
視界が外空間の黒明に変わると同時に射出加速のGが途絶えた。高速で小さくなっていくGm1 の姿を見止めた時、凶暴な破壊エネルギー光が愛機を粉砕して迸った。寸分違わず重心を射抜いた時の砕け散り方だ。怖気を感じながら、バトラーは頷いた。
核融合エンジンがダウンした機体は誘爆の閃光を放つ事はなく、バトラーも膨らむ炎に呑まれて蒸発する末路を迎えずに済んだ。Gm1の頭部や四肢はそのまま千切れ飛び去っていく。
狙いをつけられたら最後、どうあっても避ける事はできない、絶対の狙撃。その技を持つ
超常の当て感の所持者=プロシューターとラマンという仲間を持ち、その力を身をもって知るバトラーだから即断できた行動だった。
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・・・・
豪速球が来ると思ってタイミングを取ってたらよ、カーブが来やがったんだ。そういう時の空振りは一人相撲みたいでさ、余裕で飛んでくる球に嘲笑われてるみてえに感じるんだよな……
その時、キャスパーが感じた一瞬の気持ちを語るなら、こうだっただろう。Gm2が鋭く構えた偏差の射線は、エマージェンシースロットルで飛ぶ標的を予測していた。
それは螺旋に捻りながらジグザグに飛ぶ、実際の標的の機動とは大きく乖離していた。そのチグハグさは、キャスパーに嘲笑を連想させた。
出現警報が轟き、Gm2のコックピットが赤く彩られた時、キャスパーもまた光学制圧支援の解除と、不可視強襲の失敗を理解していた。
緊急一斉射撃を叫ぶバトラーの号令を聴きながら、キャスパーは冷静に状況を解析していた。
敵は今、突然の敵機出現にパニックだろう。最大級の戦慄に襲われている。だから──選択する行動は、エマージェンシースロットルだ。
完璧に見切った確信を持って、キャスパーは最高に素早く的を射た狙いをつけた筈、だったのだが──
「OUT SIDE」
マシンボイスの耳障りなハズレ宣告が響く中、機動する標的上で独立旋回するメガビームキャノンがこちらに向いてくる動作が見えた。息が止まり、心臓が凍る。
『イジェクト! イジェクト! イジェクト!』
ヘルメットに聞こえてきたバトラーの叫びが、自身の心の悲鳴と重なった。
キャスパーもイジェクトをコールしようとして、喉の詰まりを激しく意識した。即座に、両手を180度外回転させてスティックを折り、ヘルメットをヘッドレストにぶつける様に押し付けた。
イジェクト発動の方式は二通りだ。音声発動と物理発動である。最優先命令の発動を受けて脱出装置が作動する。
直ぐに核融合エンジンが停止した静けさが機体から響いてきた。
電力が予備電源に切り替えられ、コックピットが一瞬の明暗に揺らぐ。 刹那、まばゆい砲撃光が標的のドムを映しているフォーカスウィンドウをホワイトアウトさせた。
腕を胸でクロスし、体の形に凹んだシートに半身を収めて、ヘルメットとパイロットスーツにエアバッグされながら、誰が撃たれたのかを気に掛けた。
マシンボイスがその答えを発声したのが分かったが、同時に轟いた最大音量の警報にかき消された。
全てのフォーカスウィンドウが消えて、メインモニター一杯に、脱出ハンドルのマークが点灯すると、圧倒的なGに潰されながらキャスパーは愛機に別れを告げた。
まだシートに固定された状態で回転するキャスパーが、Gm2に背を向けている時、太いビーム光が視界に映った。キャスパーの口が何かを呟く。回転がGm2を視界に戻した時、その姿は飛散するパーツの群れに変わっていた。
37回で終了した想定A1を思い浮かべて、キャスパーはそれに感謝した。
『狙われた』だけで脱出を実行する。それは実戦のMSPにとって至難だ。たとえ、そうすべきと知っていても、いざ現実になって即断するのはとても難しい。そして逡巡したなら、間に合わないのだ。
今、自分が生きているのは、あの、絶対回避不能を心身に叩き込まれたシミュレーションのお陰なのだと骨身で感じる。
飛び去るGm2の頭部を目線で追いながら、キャスパーは仲間の無事を祈った。
・・・・・・・・
・・・・
Beeeeep!!
G1のコックピットに出現警報が響いた瞬間、ジェットは微塵の躊躇いもなく両手の操縦桿を
全力で引き直ぐに半分戻した。
フルスロットル、プラス、サイドバーニアのフルスロットルオーバー加速にG1が飛ぶ。
────フルスロットルオーバーは、耐G能力に自信のあるMSPが行うカスタムスロットルだ。
連邦MSのフルスロットルは13Gを超えない設計だ。それは規定の水準を満たしたMSPが、戦闘操縦可能な限界Gとしての定格である。しかし、人体には個人差があり、標準を超える身体的耐G能力の備わっている者もいる。
戦場での勝利生存は絶対的優先事項だ。故に、13Gを超えても戦闘操作不能に陥らない自信のあるものは、定格フルスロットル以上の加速をカスタムする事が認められている。し、通例だ。フルスロットルオーバーのカスタムは、パワーバーニアの必要数を追加して行われる。
機体の姿勢制御バーニアは大推力偏向ノズル噴射式のパワーバーニアと、小推力固定ポート噴射式のピンバーニアの混合だ。フルスロットルオーバー時には、パワーバーニアがサイドバーニアとしてメインスラスターと推力ベクトルを合わせて機体加速を増加させる。自分の操縦限界Gまで、必要数を追加する様にカスタム設定するわけだ。
ジェットは14.7Gまでカスタムしている。これは耐Gドージング適応MSPの操縦の限界と言われる15Gに迫る数字だ。彼の高G素養は、P004MS部隊でも随一だった。
ジェットはLiFASが停止した事を分かっていなかった訳ではない。自身を護ってくれていた錯視が消えた事も認識していた。し、同じくGm型の不可視強襲が解除された事も──それが切り札の喪失を意味することも、P004隊勝利の頼みの綱が切れたのだという事も理解していた。否、最も深く理解していたのだ。そして──残る唯一つの勝機の為に、フルスロットルオーバー加速を選んだのだ。
Gm型は短距離外か、良くてもギリで透明マントが破れたはずだ。そこからの偏差射撃では
敵分隊を仕留めるのは厳しい……
異常加速をかけていた俺達はもう敵に迫っている。睨まれたら最後の目を誤魔化す
錯視はもう無い……一か八か──分かってるな、クラウ……
行くぜ相棒! 特攻する!
ジェットはクラウザーへの確頼を胸に叫んだ。
ピ……
接近アラートの最初の一音を合図に、ジェットはフルスロットルに加速を落とした。
……ピピピ──
高音のアラートが徐々に音量を上げる。フォーカスウィンドウにロックインしている敵機=前衛のドムは、ようやく機体を180度ターンさせた所だ。機体上部で独立旋回する主火器の射線が定まったのが分かる。スコープのモノ・アイが膨らみを増す。
熟練の技師がその道具を振るうかのように軽やかに、ジェットが操縦桿を操った。G1が流れる様な最大回避運動を見せて、メガビームをさらりと躱して迫る。
ドムが、腰部前面に殻納されていた第二火器を展開させるのを見て、ジェットは冷静に兵装ダイヤルをループした。
右手がビームライフルを腰の後部マウントにラッチして、代わりにサーベルを引き抜いた。G1が両腕二刀を靡かせる。
ここでサーベルを抜かないのは深刻な過失だ。と、ジェットは思う。
飛び道具なら先手を取れるし、その段階での攻撃は一方的だ。しかし、今、それを選ぶのは恐怖と焦燥が露見している。縋っている。
己に迫る敵を、狙えない回避スキルのホルダーと考えないのは致命的だ。高度な回避運動を駆使する相手には、この場面での銃撃の優位性は無きに等しい。ここでは、どんなエイムレシーにも通用する接近格闘に──回避運動ではもはや避けられない至近距離でのサーベルシュートに──戦闘をシフトするべきなのだ。
お互いがサーベルファイトを構えるなら、それは攻防一体になる。しかし、片方が『抜かない』のなら、相対する方はそれこそ一方的な攻撃を狙える。攻勢に特化して防御が雑になる、2サーベルシュートも安心して行えてしまうのだ。
ドムの第二火器が発砲に光る。相対距離の短さと相対速度の高さにより、
このレールガンの弾は、もはやビーム同様の体感ゼロ秒着弾に近い弾速だ。見て躱す事はできない。
しかし、ジェットは躱す必要はない。この短距離であっても、最高度の予測不能の回避運動を駆使する彼を捉える事は出来ないからだ。ただ……特別な例外を除いては──
接近アラートが最大音量到達した。
南無三!
硬い口元が武運を願う。鋭く絞られた視線は標的に集中している。だが、その心中で勝負を賭けている相手は違っていた。
G1の二刀が、前衛のドムを完全に捕えた軌跡を描く。完璧な変則十字の二重斬撃軌道だ。
防御手段を持っていない以上、どう機動しようと回避不能。撃墜必至の王手詰みだ。その時──
敵機切断の軽やかな手応えとは全く異質な衝撃が機体を襲った。ジェットの眉間に苦悶が走る。
メーデーアラームが低く轟き、全てのインジケーターが一斉にレッドに変わってコックピットを赤照明一色の世界に染めた。
メインモニターに機体下部を失った損害報告が線画され、核融合エンジンへの誘爆危機を警告するSCRAMが激しくフラッシュする。
即座にオートカットされて、SHUTDOWNに変わると、大きくCOMBAT INOPERABLEと表示された。
まだ生きてるが……ここまでか──
ジェットは小さく吐息すると、コンソールに移行した、標的の損害評価をチェックした。
DAMAGE。中破、損傷だ。舌打ちして歯噛みする。そして、両手のスティックを外側に折る様に180度回転させ──
「イジェクト!」
ヘルメットをヘッドレストに押し付ける。
脱出シークエンスの間にトドメを喰らうと思っていた。核融合エンジンが停止している事など関係なく、キッチリ、コックピットを射抜かれて。
しかし、追撃は無く、ジェットは無事に機外に射出された。
標的だった前衛のドムが引きずる様にターンして、下半身を失った姿で急速に離れていく戦意無きG1にレールガンを向ける動作が見えた。
ジェットは反対に首を向けた。肉眼を凝らして、自分を撃った筈の後衛のドムの方を見た。
小さく曳光するスラスター光を見つけて、その感じから、おそらくそれだろうと思ったが、機体を見定める事は出来なかった。
ジェットは無駄と思いながら、G2の姿を探した。
・・・・・・・・
・・・・
フルスロットルオーバーの加速の中で、クラウザーは出現警報を耳にした。微かに瞳が鋭さを増した様にも感じられるが、表情は何一つ変化していない。
クラウザーはこの事態を想定していた。何かの予兆があったという様な訳では無い。ただ、いつものように、これまで常にそうしてきた様に、訪れる戦況の可能性を、想定すべき事態を、考えていたからだ。
G2の位置は最前列だった。G1よりも前だ。エマージェンシースロットルを駆使しての最速突入の時、クラウザーは継続限界より少しだけ早く、自分でスローダウンしていた。体に受けた負荷の回復を早める為だ。
短距離走的にはショートランになるが、中距離継続走ではその早い回転によって、結果的により速く飛べた。
そして、敵分隊に届くラストスパートを掛ける位置に来たという判断で、フルスロットルオーバーに入っていたのだ。
メインモニター中央に後衛のドムのフォーカスウィンドウを大きく配置して、機首先端にサーベルの切先を置くように突き出したフォームでG2の飛翔姿勢を安定させた。
今、クラウザーのカスタムスロットルは13.6Gだ。これは彼にとって操縦余力にシフトした設定である。
────無限のバリエーションが用意される実戦において、何が正しく、何がベストか? という命題に普遍の最適解はない。
カスタムスロットルの設定を加速性寄りにすべきか、操作性寄りにするべきか、という問題についても同様である。
かつてクラウザーは14.4Gという、自身の限界丁度か少々超過まで上げたカスタムにしていた。前愛機の時だ。彼にとってそう設定すべき理由、それでいいと思える理由は唯一つ『それで勝てていたから』である。
これが、MSという黎明の兵器を駆り、ミノフスキー戦術という過去に前例のない戦闘方式の世界で戦う彼等が縋る、絶対の答えなのだ。
彼が所属していた第126パトロール艦隊は、任務による遭遇戦で全滅の憂き目を見た。その時、クラウザーも負けた。唯一人その戦闘で生き残り、漂流死をも免れて救出されたのは比類なき幸運だ。そして『負けた』以上、その理由を何としても見つけ出し、改善しなければならない。
何も変わらず『次も同じ』では既に死んでいる。それでは命を拾った意味がない。
あの敗戦の時、拮抗していると思っていたパワーバランス崩壊の兆しは、フルスロットルオーバー機動にあったのではないか。これが、クラウザーの想定解だった。
一連の機動の身体負荷が大きく、その後の戦闘操縦に意識できない遅れや鈍さが発生していて、その差が致命傷になったのかもしれないという分析だ。
今、あの時に比して、戦闘操縦に確実な余力を感じる。フルスロットルオーバーの加速を受けていても最速に近い鋭さで操縦できる自信を感じる。
……行ける──
クラウザーは左手の小指でクロスを切った。
この戦況で、自分が──G型二機が何をすべきかは、明白だ。クラウザーは静かに思考を整理した。
ジェット、理解しているな?
G1が前衛を、G2が後衛を、一発排除する。異常な加速により、相対速度は圧倒的に過剰だ。攻撃はどうしても一撃離脱になる。
先頭を行く自分が、先に前衛を攻撃すれば、その後の後衛への攻撃は著しく精度が低下するだろう。外すか攻撃機会を逃すかもしれない。その時は、後続のG1がその撃ち漏らしを仕留める。この形はフォローフォーメーションになり、チャンスが多く手厚い策に思えるが、実は間違いだ。
──敵の持つ絶対の狙撃力の1秒でも早い無力化──
今、これこそが最も優先すべき第一目標なのだ。だから、先頭機が最速、最高精度で後衛を討つ。それが最適解だ。
ピピピピ!!
接近アラートの高音が一気に上昇した。一瞬ですれ違う敵機前衛に一瞥をくれる事もせず、クラウザーはその先に視線を突き刺している。接近アラートがドップラーの低音変化を演出し、急速に消えていく。と、再び接近の高音に変わって、みるみる最大音量にゲインしていく。
フォーカスウィンドウで、自分と同じくこちらにサーベルを突き出すドムの、十字面に灯るモノ・アイが光を膨らませ──その上で回転する砲身の、並装スコープに灯るモノ・アイも赫く膨らみ──クラウザーを睨め付けた。
来い!!
閃光がスパークした。眼前の虚空に弾けたのだ。光の中に、何かを、誰かを、見たように感じた。
時がその流れにブレーキをかけて、全てが止まったかの様に錯覚し、闘争本能を鼓舞する銅鑼の音の幻聴が響いていた。
そして流れ込んでくる意思……迷いのない、どこまでも従順な敵意……
圧倒的に鋭く、でも、澄み切った刺線……故に分かりやすい。対抗できない速さであっても躱し易いと感じさせる、率直さ。
混沌をまだ知らない、天才少年の神技の様な、純真な攻撃。
あまりにも素直な殺意に恐怖すら感じる間もなく、自然に、クラウザーはG2を捻っていた。
機体のど真ん中、重心を貫く透明な圧力が、僅かの動きで外れる。最高効率の回避だ。機体姿勢が崩れる事もない。冷静すぎる自分に──呆れる。
傾きをつけた機体の前面胸部に、スレスレのメガビームが疾り抜けた。踊る人形の紋章が焼かれたかもしれない。そんな思いが過ぎる自分に、再び呆れる。
純白の敵意が、自分から外れていく──『彼』らしい、素直さで。殺したと、無邪気に信じて疑わない子供のように、次の敵にその視線を向けていく。その──奥、に……
なんだ!? ──思いよりも短い瞬きの感覚、それを言葉にするならばこうだ。
黒い。そして、強い。絶対的に揺るがぬ、鋼鉄の黒き炎。鋭く鍛え抜かれた黒光りする刃。そんな、強烈な殺意が、クラウザーを射抜いた。
威圧められるなど、記憶の片隅に埋もれた経験だ。クラウザーとて、その味を知らぬ訳ではない。が、ごく稀な事態だ。さっきとは打って変わって、重い焦りと冷たい汗に硬直して、痺れる様な、力が抜けるような、不快で苦しい感覚だ。
神速でも神技でも無いのに、制するのが、対抗するのが、逃れることが、甚だ困難に思える。
サーベルを突き出すドムを見つめ、その切先を映す瞳が、窄まり、細められ、しかし、鋭い光を帯び放つ。恐怖と覚悟が交差する──一瞬。
機体の接触振動が轟音のように突き刺さる。心臓に悪い音圧が体を響き抜けた。
ピーー──
レフトモニターにロスト部分を示すグラフィックがスライドインして、フレームアウトする。左腕が持って行かれたらしい。
損害報告の消えたモニターに、消えゆく灼熱の刀身を握ったままの左腕と、破損火花を散らすメガビームキャノンの砲身の、飛び去る姿を目撃した。
「DAMAGE」
マシンボイスの報告が聞こえた。フルアクセルのフットバースウィングをしながら、挙動スライダーをタッチする。
「shooter mode、sniper mode」
全開放されていた機体の可動域が、ロックされていく振動が伝わってくる。両手の操縦桿をツイストして狙撃ポジションに入りながら、フォーカスウィンドウの敵機の姿を精査するように睨む。
予想通り、敵はMBCをロストしている。だが、それだけの様だ。
撃ち漏らした。が、第一目標はクリアーした。クラウザーの表情が複雑に歪む。
────すれ違いざまの正面交差戦闘の時、ナパームのMBCはG1を狙っていた。その前の一撃で、G2は殺したと思っていたからだ。
G2と後衛ドムは、互いに攻防を兼ねるサーベルを接触交差させた。その衝撃がMBCの狙いを微妙に狂わせ、G1は撃墜を免れたのだ。
軌道のズレたG2のサーベルは、そのままMBCを飛ばした。それが、ジェットが予想するトドメの追撃が、脱出シークエンス中にも訪れなかった理由だったのだが。クラウザーもジェットも、今はまだそれを知らない。
クラウザーの左手が敵機の三次元トレースに動き、右手の操る十字光が次瞬予測の標的位置に先回りする。
フォーカスウィンドウのドムは、最大回避運動に翻りながら第二火器を展開した。
腹部の装着機部を起点に砲身が起き上がり、バレルから左右に開いたグリップを握って射撃姿勢が完成する。
クラウザーがビームライフル射撃シークエンスに指を踊らすと、G2のビームライフルが閃光を放った。
「OUT SIDE」
ドムはmaneuver modeのままの様だ。回避運動の挙動でわかる。構えはしたものの、レールガンを撃つ気配もない。
今、相対距離はshooter modeの中射程レンジだ。クラウザーがmaneuver modeから、shooter modeを飛ばしてsniper modeにしたのは、敵がビーム砲を失ったからだ。
亜光速の弾速を持つビームでなければ、この距離での命中は至難だ。レールガンの弾速では優に1秒を超過する着弾時間が必要になる。回避という程の回避をしなくても、まず当たらない。
敵も的確にそれを分かっている。レールガンの起動は後の展開に備えての事でしかない。最大回避力を駆使して、こちらを冷静に追い詰める事を考えている動きだ。その戦術を根拠するように、敵の回避運動は目を見張る速度感の予測不能さだ。
最高レベルの狙えない回避スキルのホルダーだろう。間違いなくトップ・エースのMSPだ。
……絶対の狙撃力だけじゃない。第一目標クリアーだけでは、決まらない。……こいつを止める必要が、ある。
クラウザーの戦闘経験が──死線を幾度もくぐってきた実戦の直感が、そう告げた。
母艦の貫通被弾警報を除いては、クラウザーは友軍被弾の警報を小さく設定している。不意のネガティブアラートは戦闘の集中と士気にとって良いことがないと感じているからだ。必要な時に自分で情報を取りに行けるコンソール・アップデートの方がいい。
先程の戦闘の最中に、友軍機被弾を告げるアラートらしき小さな音が鳴り、その内容を告げるボイスレポートが何かを言っていたのは感じている。きっと、非常に聞きたくないものも混じっているだろう。だが──今は、いい。
クラウザーは、この敵と一騎打ちの流れに戦闘展開している事を把握している。そして、この敵と対峙できる状況にあるのは、自分だけだろうという事も分かっている。だから、未だ、いい。僚機の次第を知るのは、こいつを終わらせた後が、いい。
クラウザーの真剣な狙撃を、舞うようにあやして敵機が距離を詰めてくる。最大回避運動なのに、加速比重しているかの様に疾い。鈍重そうな外見のドムが隼の様だ。
クラウザーは、この敵の排除を絶対目標に決めた。左手の小指でクロスを切った。
scene 038 明暗の光
Fin
and... to be continued